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目覚め ~午前~

新連載です。

交易路の中心、別名:酒の中継地点。


酒処は東西南北にあり、酒の六割はこの街を経由して国中に広がって行く。


大河を西に臨む丘に、その街は造られた。


その歴史は長く、難所を避けて街道が整備されたとき、交差した地点がこの街の始まりだったと言われている。


今や都市国家とも言えるほどに成長したこの街は、膨れ上がる人口を市街に収めることが出来ず、その周囲に新市街を形成していった。


当然それにに伴い、新たな城壁が作られる事が決まると、街はますます発展していった。


つまりは人足の雇用が始まると、飯屋や酒場が出来る。人足がそれだけで満足が出来るはずもなく、彼ら相手の歓楽街が生えてくる。当然、宿の形態も複雑化。


短期長期は言うに及ばず、ランクもさまざま。健全な宿から連れ込み宿まで多様化していく。


そして街が発展すれば、一攫千金を狙う者、お零れに与りたい者や美味い汁を啜りたい者、健全と不健全が混ざり合うのは必定。


単純に、表と裏・白と黒・光と闇に区別できなくなっていく。


しかしその様な混沌が存在するとは言え、一般市民が目の当たりにするのは稀である。


街には様々な神殿や祠があり、人々を律する神がいれば、人々に自由を説く神もいるし、何を教義としているか分からない神もいる。


清濁合わせてなんとやらとは言えやしない。まさに混沌。


それがこのサルクロッド城塞都市である。




街には何柱もの神が祭られ、幾つもの神殿や祠があるのだが、共通していることがある。


神によって供えて良いもの悪いものがあるだが、どの神も”酒”は良いものとされている事だ。


そして星の数ほど神がいる様に、神へ酒を供えるための聖杯は、一つとして同じものは無い。




そしてここは酒を司る神の祠。


象徴は蛇。


ご本尊である蛇の像は長年詣でた者たちに擦られた結果、つるつるになって元の姿を留めていない。


蛇の姿は様々なものを象徴している。


主だったところでは、水・生命・薬など───しかし、それぞれ別個の神である。




この祠を詣でる者たちは、信者と呼ぶほど大層なものたちではない。


酔っ払い達は自分の酒瓶を傾けて数滴奉納し(こぼし)、今日も酒にありつけたことを感謝する。


酒場に勤める者たちは、定期的に酒瓶や酒樽を納め、日々の職場(酒場)での商売繁盛を祈る。


熱心な信者と言えば酒を造る者たち位だろうか。酒作りの時期になると身を清めた杜氏が、昨年の結果報告と今年の為の祈願に訪れる。




勿論この神にも正式な聖杯があるのだが、他の神と違うのは、神像の前に置かれた酒杯は聖杯として代用できるというものだ。


古い逸話にこうある。


”友と飲もうと酒を持参したのに、うっかり杯を一つ割ってしまった。ならば残った一つで代わる代わる飲もう”


それに倣った奉納のやり方だ。


酒を満たした杯を像の前にいったん置き、奉納の意思を示した後自ら飲み干し、改めて杯を満たして立ち去ると言うものだ。




ある夜、酩酊した酔っ払いがこの祠を訪れた時の事である。


この日、まだ奉納してない事を思い出した男は、酒瓶片手に千鳥足で祠へ向かった。


すると道中では口寂しくなり、ちびりちびりと酒を口にしていく。


祭壇にようやっと辿り着くと、酒杯を祭壇におき、酒で満たして先ずは一礼。一息に干す。


次は神の分、と瓶を傾けるが……


”ちょろっ……ぽた、ぽた、ぽた……”


男は”明日は今日の分も持ってきますので、これで勘弁してください”と祈りを捧げて帰って行った。




翌日、男は昨日のお詫びとばかりに大瓶を抱えて行くのだが、奉納帰りの友人に掴まり、祠の並びの店で宴会を始めてしまう。


宴会前に、一声かけて奉納しておけばよかったのに、男はその日酔いつぶれて奉納の約束を破ってしまった。




さらに翌日。


いつもの仲間と酒を飲んでいたが、三日連続は不味いと思ったのだろう。


そこそこで酒の席を立ち、祠へ向かった。


今回は同じ轍は踏まぬとばかりに、二本の酒瓶を満たした。これで一本飲み干しても、もう一本あるから大丈夫である。


妙な安心感からか、道中で男はたちまち一本空けてしまう。二本目に手が伸びるが、かぶりをふって思いとどまった。


のんびり歩いてるから誘惑に負けそうになるのだと思い立った男は、小走りに祠へ向かう。


しばらく走ると息が上がってしまったが無事に辿り着けたので、祭壇の前に腰を据えると酒杯を満たす。


そしていつもの手順で頭を下げて一礼。その最中にぐらりときて結構な強さで頭を祭壇にぶつけてしまうが、酔っているせいで痛みを感じない。


それどころか、走ったせいで鼓動が早くなり、頭を下げたせいで酒精が一気に駆け巡る。


息を落ち着けようとそのまま頭を下げ目を閉じていると、いつしか男は眠ってしまう。


奉納の仕方などいくらでもあるのにこの男、なぜこのやり方に固執した?


今となっては後の祭りである。






『二度ならずも三度もやらかすとは』


何やら男の頭に響いて来る。


『ちょいとお主にはお灸を据えねばならぬようじゃな』


ぅぅ、お仕置きをされるような心当たりはないのだが……


『ぬかせ!酒を目の前にちらつかせておいて飲ませぬとは、言語道断じゃ!罰としていくら飲んでも酔えなくしてやる。精々ほろ酔いまでじゃ。そうれ!次からは忘れず酒を持ってくるのじゃぞ!』


いくら飲んでもほろ酔いまで?!やった!何杯でも飲めるぜ!


『ぐぬぬ、罰を喜ぶとは……ならばこうしてくれる!はぁーっ!』




司祭が朝のお勤めをしに祠に入ると、男が一人突っ伏して寝ていた。


「起きて下さい。酒神の祠とは言え、祭壇で寝られては困ります」


なにせ祀っているのが酒の神様なので、時々こうして人がが酔いつぶれて朝を迎えているのだ。


”んん~”


男が意識を取り戻したようだ。うめき声を上げながら起き上がり始める。


「今何時だ……見え……変だ……」


「まだ酔ってるのですか。掴まってください。椅子がありますから」


果たして男に降りかかったのは天罰なのか呪いなのか……




 


★☆★☆






覚醒し瞼を開けるが、天井そのものが見えるわけでもない。この視界に慣れるまで、結構な歳月を費やした。


その代わりに耳と鼻が鋭敏になった。


今でも俺の横からは、うっすらと彼女の身体の匂いが香ってくる。


寝返りを打つと、ちょうど彼女の髪に顔をうずめる位置だった。今朝もいい香りだ。


いい髪の香りだと何度か褒めていたら、どんなに店の帰りが遅くとも洗髪してから寝てくれるようになった。


夜の店での接客では、酒・煙草・香水・汗と、ありとあらゆる臭いが充満する。長い髪だとそれらの臭いを吸ってしまい、寝起きには結構きついのだ。


ほとんどヒモの俺に気を使ってくれている辺り、俺って愛されている?と思っても自惚れでもないのではなかろうか。


ベッドから降りしなに、ずれてしまった掛け布団を彼女に掛け直してやる。


見えないのに何でずれていると分かったかって?そこは無闇に明かせぬ事情ってやつだ。実は全く見えていない訳ではないのだ。


しかし常人と同じ視界ではないので面倒はある。だが部屋の中の家具の配置は身体に染みついているので、躓いたりぶつかったりする事は無い。


このように定位置のコップを取り、水魔道具から水を注ぐのもお手の物だ。


喉の渇きを癒すと、これまた定位置に準備してくれている服を身に着ける。この辺も彼女の気遣いだ。


そして盲人の印である目隠しを着ける。厳密な盲人ではないし義務でもないのだが、ただ視力が正常でもないので着けることにしている。


しかもただの白い布の目隠しではない。彼女のお手製で刺繍までしてある、目出しの穴の無い布の仮面だ。ちょっとしたファントムマスク風なので、ある意味俺のトレードマークにもなっている。


身支度が整うと、背負い袋と杖を手に小さく彼女に声を掛けて家を出る。


「いってくるよ」






家を出ると早朝特有の匂いに包まれた。


朝日の匂い。街はまだ目を覚ましたばかりで、埃の臭いもしない。


近所からは朝食の匂いが立ち昇りはじめている。


麦粥、温めたミルク、香ばしいベーコンの脂、蒸かし芋……バターの溶ける香り、複雑なスープ……この家の隠し味がどうしても一つ分からん。魚の干物を焼いているのはどこの家だ?


”コン…コン…コン…”


一定のリズムで、足元の石畳を杖で探って行く。


その間も俺はエルフよりも短い耳を忙しなく動かし、周囲を確認していく。




朝市の手前の通りに着いた。


ここは荷馬車の往来が結構あるので、盲目(の態)の俺には危険な所だ。今も右から荷馬車が迫っている。


手前で俺が立ち止まると、周囲からホッとした空気が伝わってくる。いや、これくらい分かるから。


歩を進めようとしたが思いとどまると、右からの荷馬車の影から左からも荷馬車が来ていた。これがあるから油断できない。


「にいちゃん、おはよう!」


突然空いている手を小さな手が握って来た。朝市の周辺を掃除している孤児たちだ。ここらの区長が清掃の仕事を与えて、万引きなどの犯罪をしない様にしている。ここらはまだいい方だ。場所によってはチンピラの使い走りで、飢えを凌いでいる孤児もいる。


「いつもの?」


「ああ、頼む」


すると追加で三人ばかし付いて来て、一生懸命、今朝の朝市の情報を伝えてくる。


”あそこの肉屋で出来立てのハムが並んでいた”

”あそこの店では新鮮な野菜を運んでいた”

”あそこのパン屋は昨日の売れ残りだ”


などなど。


子供の肩に掴まらせてもらい、買い物を続けていく。




「あとはパンか」


”じゃぁ、こっちだね”とワイワイ騒ぎながら進んでいくと、パンの焼ける香ばしい匂いが前から顔に直撃する。


ふと足を止めると、肩を貸してる子供が”どうしたの?”と聞いて来る。


「こっちにも店、あったか?」


”そう言えば新しいパン屋が開いてたよ!”

”お客、少なかったよ!”

”でも、いい匂いしてたかも!”


それならばと言う事で、案内してもらった店に人の気配は少なく、動きが無い気配は店主のものか?


「味見、できるかい?」


勇んで開店した物の、客足もさっぱりな状態に店主は意気消沈していた。そこにやって来た四人の子連れの(ハーフエルフ)が試食を言ってきた。


店主は、ままよとばかりに全員に一口大のパンを渡してくる。


子供たちはあっと言う間に食べてしまったが、俺はしっかりと味を噛みしめていく。


しっかりと詰まった生地は少し酸味がある。だが嫌な味ではない。このままで食べると好き嫌いが出るか?


「五つ貰おう。四つは包んで、一つは八等分にスライスしてくれ。それから、まな板借りれるか?」


初めての客だったようで、店主は二つ返事で貸してくれた。




背負い袋から先程買ったリンゴを一個取り出すと、手拭いでしっかり磨く。


一緒に出したナイフでリンゴを四つに割っていると、子供たちの視線が痛いほど突き刺さる。目が見えなくともこれ位わけないが、子供たちは俺の手元が心配なのではなく、リンゴが食べたくて注目しているのだろう。


芯を切り取り一個づつ薄くスライスしていると、店主が切ったパンを持ってきた。


「こんな感じで?」


店主がまな板の端にパンを置く。俺はうっかり弾き飛ばさぬように、大きく外側から二枚づつ手に取ると、スライスしたリンゴを並べて乗せて挟んでいく。


「今日の駄賃だ。落とさない様に気を付けろよ」


”わぁ~、リンゴがはみ出てる!”


焼き立てのせいもあるが、水分の少なめのパンは食べるとパサついてしまう。そこに汁気の多いリンゴを挟んでみた。酸味のあるパンは甘酸っぱいリンゴで緩和され、子供たちには食べやすくなるだろう。


手渡していく子供たちからは清潔な匂いがする。多少の労働の汗はあるが、不衛生な匂いはしないのは誰かの方針か?


三人は男の子だったが、四人目は女の子だった。清潔にしていると匂いでも判別がつく。


実はリンゴは四つ割りであって四等分ではない。割っている最中に一番大きな塊に目星をつけて置いた。なに、手にすれば重さで一発である。と言う事で、一番小さなこの子に腹一杯食べて貰う。


「ありがとう……」


手渡すと小さな声で礼を呟き、一生懸命齧り始めた。


手渡したときのパンの大きさ、彼女の手の小ささに俺はふと思いつく。


見えないながらも店主の方に顔を向けると、ちょっとお願いした。




「───これで落とさないし、食べやすいだろう」


男の子は大丈夫だろうが、店主に女の子には食べやすいように紙で包んでもらった。


「同じやり方で売るのは大変だろう?いい組み合わせ探してみてくれ」


何やら言いたげな店主にこちらから告げる。この程度、探してみればやっている所などごまんとあるからな。


俺は子供たちが食べ終わるまで、店頭のパンを一口づつ試食させてもらった。






俺は子供たちに荷馬車通りを渡らせてもらって、そこで別れた。


明日はまた別の子供たちが渡らせてくれるだろう。恐らく駄賃目当てでローテーションを組んでいるに違いない。


”コン…コン…コン…”


俺は杖を突いて、来た道を帰って行く。




”コン…コン…カン…”記憶通りの位置で音が変わった。


ドアノブに手を伸ばしたが、中から気配がするので素早く半身になると扉が開く。


と同時に飛び出してきた彼女に抱き付かれ、唇に柔らかなものが一瞬押し付けられた。


それから俺の胸元に顔をうずめ、両腕でしっかと抱き締めてくる。俺は彼女に蹂躙されながらも家の中に入り、後ろ手でしっかりと施錠した。


「どこ行っちゃったかと心配したわ」


「朝市にいくのはいつもの事じゃないか」


「それでも心配なの」


そう言いながら彼女は俺の首に腕を回し、爪先立ちで再度キスをしてくるが、俺もまんざらではないので背中や腰を撫でながらそれに応える。




しばらくして満足したのか、ようやっと彼女が身体を離すが、何に気付いたのか噴き出して笑い始める。


「何がそんなにおかしいんだ?」


「あなた、その服で出かけたの?いえ……ごめんなさい。私が悪いのよね……」


全く見えていない訳ではないが、見えている訳でもない。


笑いながら教えてくれた彼女によると、俺の上下の服装は色も柄もとんでもなくちぐはぐな物だったようだ。彼女のお蔭で不自由のない暮らしを過ごせているが、見えない所を笑われるのは甚だ不本意である。


朝食が済んだら彼女には、愛情たっぷりの”おしおき”をすることに決めた。




計三回を予定しています。よろしければお付き合いください。


お読みいただきありがとうございます。

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