将来的な不安
皇太子がセイレーンに邂逅を果たして10日ほど。
フィルネンコ事務所は既に平常営業に戻り、今日も日中の留守番はメイド服を着たエルとパリィの二人のみである。
「おや? ケイヒル殿、いらっしゃい」
「デイブ君じゃないか、久しぶり! ……今日はあたし等だけだぞ。ターニャもお嬢もいないが、急用かい? ――ま、座んなよ」
そこに第四親衛騎士団でも一番下っ端である、やや黒みがかった金髪を短く刈り上げた少年デイビッド・ケイヒル。彼が私服でやってきたところだ。
「むしろターニャ様とお嬢様はいらっしゃらない方が好都合です。実はお二人に話がありまして」
「私達に? 一体何ごとですか?」
応接に通したデイブに、カップを進めながらエルが訪ねる。
「相談というか、愚痴と言いますか」
リンクの近衛とルカの腹心。立場は違えど同じく宮廷内に籍を置く彼ら。
年齢の近いこともあって、元から顔見知りではある。
特にデイブはあまり宮廷に関係のない平民からの成り上がりであり、立ち位置の近い彼女たち二人は、友人として気に入っていた。
「先日、その、……レクスでん、もとい。大若様がターニャ様を伴って一週間ほど、南方のグレディアンに行かれたでしょう?」
「仕事は継続だけど、今回分は問題なく終わった。ってターニャは言ってたけど、それがどうした?」
――その。普段にまして何か話しにくそうにするデイブである。
「……? 私達にも言いづらい様な話なのですか?」
「まさか……。おい、デイブ君。皇帝陛下に何か……!」
キングスドラゴンに逢わずに即位する、と言うのは歴代皇帝でも3人しか居ない。そして全ての皇位は短期で終わっている。
レクスはしきたりに拘ったが故に、ドラゴンには邂逅できて居ない。
「……な、なにを言うんですかパリィさん! いくら何でも不敬です!」
「いや、でもさ……」
「確かに今のは誰かに聞かれては不味いでしょうが。でも私達は宮廷からある程度距離を置く立場、多少は見逃して欲しいところです。……でもそれでは、私達に話とは。なんでしょう?」
「その大若様が、ターニャさんの仕事ぶりをたいそう気に入ったと……」
「ん? 良い事じゃん」
「特に私達二人は面倒を見て頂いて居る身。宮廷のお墨付きを頂ければ、割のよい仕事も増えそうなものですが。ケイヒル殿、何処に問題が?」
「ご本人が仰ったわけでは無いにしろ、仕事ぶりのみならず、ターニャ様のお人柄まで気に入った様だと、宮廷内で噂が立っているとしたらどうですか?」
「でも、貴族のご当主とはいえターニャは男爵。あまりに身分が……」
「まぁ、側室として第二皇帝妃みたいなカタチで入るなら、それはアリじゃないの?」
――それが不味いという話です。そう言ってデイブはがっくり肩を落とす。
「なにを気にしてんのさ?」
デイブは“正規の表現”を使いたいのでちょっと声を潜める。
「親衛騎士は、新皇帝に嫡子が誕生した時点で部隊が再編されます」
「それは存じてますが……」
第一親衛騎士団は皇帝と皇帝妃の近衛。親衛第二はその親族の護衛にあたる。
第三以降は嫡子が増える度、創設されていく。
リンクには親衛第四が付き、開店休業中のルカの第五、最近作られたルゥパの第六まで。現在六つの親衛騎士団がおかれている。
「今の第四の中でもリアまでは間違い無く、第二へと移動になってリンク殿下付きになるでしょうが、でもそれ以降……」
「リア殿はあぁ見えて、第四では序列三位、リンク殿下の信頼も厚いですからね」
「あぁ、なるほど。そういうこと。側室でターニャが宮廷に入ると……」
――そういう事です。デイブはカップを置くと背筋を伸ばす。
「ターニャ様付き専任なのであれば。個人的にはむしろ好ましいくらいです、が」
「皇帝直属第一親衛隊に取り上げられた上で、皇帝のお世話をしつつ、元親衛第三のエリート連中と出世争いってか?」
「勘弁して下さいよー。僕はそう言うのは興味ないんです!」
「まぁデイブ君も、のちのちそう言うのは必要に……」
「お二人だって人ごとじゃ無いんですよ!?」
「はい? なにが言いたいのですか?」
ぐっとお茶のカップを煽って中を飲み干し、カチャン。カップを置く。
「ターニャさんだけが宮廷に入る前提で、お話しなさっているようですが」
ぐっと胸を反らすと人差し指をあげる。
「当然、お嬢様がいつまでもルンカ=リンディとしてここにいるわけには行かない。と言う事実をお忘れでは無いですか?」
「……う、あまりに居心地がよくて」
「完全に失念していましたが……」
「リィファ殿下が、唯一。、表面上だけであろうとリンク殿下のお相手としてお認めになっている女性はターニャ様のみです」
「それは、でも」
「親衛騎士とは違い、代理人は生涯契約者個人の代理人。宮廷にお戻りになったリィファ殿下は、リンク殿下とターニャ様の顔を見る度、不機嫌なのが確定する、ということですよ?」
エルとパリィの顔から徐々に血の気が引く。
「そしてその不機嫌な殿下の最側近がお二人。……ね、人ごとじゃ無いでしょ?」
「た、ターニャはでも、若旦那の代理人だから……」
「殿下のデスクの後ろに、金と銀。二本の剣が飾られることになるでしょう。代理人は慣例的には召し上げになるはずです。側室とは言え、皇帝のお妃様になるのですから」
メイド服の二人は完全に顔色が青ざめた。
主人が機嫌良く執務机に座る未来が見えない。
「皇太子殿下ご自身が気に入ったとか、言って居るわけではないのでしょう?」
「その辺はリアの話ですからなんとも」
彼がその話を聞いたとき、リア自身も肩をおとしていた。
彼女もやはり。自分の主人が皇子の括りから外れて後、明るくキビキビと仕事をする光景が浮かばなかったからだ。
「とは言え、僕らが出来る事は何も無いわけでして」
「願わくば宮廷の連中が」
「あまりターニャのことを気に入らないと良いのですけど」
――はぁ。昼下がりのフィルネンコ事務所。
自分ではどうにもならない未来を勝手に夢想して、ため息を吐く三人であった。
次章予告
大帝国シュナイダー王朝連合を構成する国々。
その中でも中枢であるシュムガリア公国。
宮廷から直接出たその依頼を受けたターニャは
しかし、自分では行こうとせずに
何故かロミに対応するように指示する。
次章『人の形、人の中身』
「……ならば騎士なるものの本当の姿、見せて貰いましょうか」