一触即発
「ふむ。……わざわざ呼び立てたようになって済まなく思う」
「そこはもっと思って貰わなければ困る。我を呼出の口実に使ったこともあるしな」
白い服を着て白い羽を背負い、金髪をなびかせた美少女。彼女はどうやら皇太子へと話しかけたようだが、それにはパムリィが答える。
「人間と共にあると知ってのち、“陸の”には迷惑をかけた。確かに謝罪が必要だろうな」
「そんなうえからの謝罪など要らんわ。但し“水の”に通じるとは言え、妖精を手駒に使った件は別なる。さらに“水の”がなにを考えているのか、そこは理解しておかねばこれからの……」
パムリィが喋り終わる前に、結構な太さの木が一本。幹が斜めにずれると、そのまま湖へと落ちる。
「ロミ、旦那を! ――サイレーンっ! なんのつもりだ!」
「妾はなにも……」
「落ち着けターシニア、我の身内だ。……問題はない」
パムリィはそう言うと、倒れた木の後ろへと声をかける。
「ずいぶんと手荒な挨拶だのう。ぬしらスプリガンは、それだから人間から誤解を受ける」
「女王にはお初にお目にかかる。人間との共存を唱えているのは知っているが、我らはそこに従う気はない」
「そこは好きにすると良い。考えを無理強いする気などないわ」
姿は木陰に隠れて見えないが、盗掘に入る人間など歯牙にもかけない古代遺跡の守護者。スプリガンがすぐそこに居るらしい。
「共存ではなく共生であるがな。……取り込み中だが、なに用なるか?」
「こざかしいエルフどもにはそれなりの懲罰が必要ではないか。と、それを直訴にあがった次第だ。……ついでに“カラスども”から女王を守るには人間2,3人では足りなかろう」
――事実、足りずに女王が羽を痛めた。ありえん話だ。木陰からの声は続く。
「エルフどもがついて居ながらこの体たらく。人間などどうでも良いが、“水の”がその気ならこちらにも覚悟はある。と、言いおかねば気が済まない」
「まぁまて。このものらの誰かが死ぬればそうなるが、今は生きてある」
「妖精を穢すものは、例え精霊であろうと許さぬ。女王の考えは如何に……?」
「単純だ。……その時は戦争なる」
――新女王の誕生を心より祝う。言葉と共に気配が薄くなるのをターニャは感じた。
「妾が姑息にもうぬを頼ったが故に、余計な手間を増やしてしまったな。改めて陳謝する」
「うえから謝罪など要らぬとは、先にも言ったところなる。意図するところは汲んだからこそ皇太子を連れて来てはみたが、害をなすのではなかろうな?」
自分で飛べない以上、ターニャの肩から動けないパムリィは、髪の一房を掴んで肩の上に立ち上がる。
「水と陸とが対立するは、なにも初めてと言う事でもなし。我はぶつかることに躊躇はないぞ」
「まぁ、女王。気持ちはわかるがその辺で……」
「むぅ」
自国領内、しかも目の前で。さらに自分が原因で“怪物大戦争”の口火を切られては困る皇太子である。
「さて、サイレーンの長、ピューレブゥルとやら。次代の皇帝たる俺に何某かの話があるのだと。そう思って妖精の女王にここまで連れてきて貰った」
――それがしきたりでもあるのだが。そう言うと皇太子は腰の剣を外してアッシュへと渡す。
「用向きを教えて貰うわけには行くまいか」
「たいした用事ではない、うぬに昔語りを聞いて欲しいと思うただけだ」
「……昔の、話?」
「その瞳、その顔立ち。うぬはシュナイダーの血が良く出ておる」
「どう、言う……」
「妾を含めサイレーンは、精霊にあっても長寿の部類。分けても妾が何故に女王などと呼ばれ、サイレーンを率いる立場におるか」
「……最長寿の個体である、と?」
「その通り。そこな女。その剣の飾りを見せてくれないか」
ターニャは鞘ごと剣を外して銀色の剣を掲げてみせる。
剣の柄には皇家の紋章、憂いのサイレーン。
「……それは妾であるのだ」
「え? えぇ!? ……に、似てなくも、ないけど。……って、えーと」
「かつてこの大平原には人間は、東の極一部にしかいなかった」
「アルフレイド大平原は、帝国樹立前にはそもそも人類領域じゃなかった。それはモンスター関係の仕事をしてるヤツならみんな知ってる」
ターニャは表情を変えず、事務的にサイレーンの言葉に答えを返す。
「なるほど、人間であっても知っていることなのだな」
「みんな知ってること、ですか……?」
ロミが不安そうにしているのにも、感情を感じない声で返答する。
「今、覚えたろ? 忘れんな」
「もちろん、俺達皇家の人間も知っていることだ。開祖アルフレッド・シュナイダー。彼がモンスター達と交渉の末に手に入れた土地だ、とな」
「ふむ、そういう理解であるのか。間違ってはいるまいが」
「ピューレブゥル、俺に認識に何か間違いが?」
「シュナイダーを名乗る若者が、人間の住む場所を広げんと、妖精の女王と交渉をした。そして確かに陸のモンスターと人間、その交渉は成された」
サイレーンの瞳は、皇太子のそれを正面から捕らえる。
「戦って食い合ってつぶし合い、勝った方がその土地を得る。妖精の女王は伝統的に、粗野で野蛮な方法を好む」
パムリィはむしろ、口の端に笑みを浮かべて答える。
「野蛮だと言わるればそうであるやもしれぬな。だがしかし、一番わかりやすいと我などは思う故、先だってもそう答えたところなる」
「一番温和なピクシィですらこれだ。先程のスプリガンとて、アレはアレで至極普通の挨拶なのであろうな」
「我から見てもアレを普通とは言わぬ。人間との付き合いも長い時間の間にそれなりには学んだ。――ぬしを基本的には敵視しておるのだ。“水の”の括りであるエルフであっても、それは例外ではないぞ」
「……わかっては居た」
「皇太子を呼び出すのに我を使う。……わかっておろうが、人間に距離も生活も近い我ら妖精は、だからそのような姑息な手法を使うことを嫌う」
――その上、我の不注意で怪我をしてしまった。直情的なものが多い故、言動は過激にもなる。言いながらターニャの頭によじ登り、頭のうえに座り直す。
「キングスドラゴンはおくにしろ。シュナイダーの跡継ぎが自発的に来ること。これこそが、我らの会見の条件であろ?」
ターニャは頭の上のパムリィに声をかける。
「そうなのか?」
「“水の”がどのような条件でシュナイダーと話をしたかは、知らんし興味もない。だが、ルンカ=リンディも言っておったではないか。陸と水を総べるものに逢う。シュナイダーの皇帝にとっては、いや。我らにあっても。双方、これは必ずしも必須ではない」
「確かにルカはそう言ってたが」
「どうしてもとなれば、これは自分で逢いに行く事になろうが……」
――自ら呼び寄せるなどとは無粋の極み、なにより盟約を無視することと同義なる。パムリィは多少怒りを含んだ声色で続ける。
「なに故、盟約を無視してまで皇太子をここに呼び出す必要があった? 我はそれが知りたいだけなる」