メッセンジャー
「結局、……待ってるしか無い訳か」
「そういうことなる」
グレディアン唯一の宿、その二階。
他に開いている部屋が無い、と言うことでターニャ一行は大部屋にまとめて押し込められてしまった。
一応宿の主人は。
「A級リジェクタの方をお迎えしたのに申し訳無い」
と言葉では言ってはいたが、特別な扱いとすればそれだけである。
「しかし、いつの間にそんなものを作ってたんだ?」
「先月、ルンカ=リンディから貰った。もしも現場の仕事があれば着ていくようにと言われたのだ」
実は服飾職人がパムリィのサイズで作ってみたい、と言っていたのを聞いたルカが、材料費だけは出すがどうか? と言う条件で仕立てた服である。
――まさか役に立つ機会があるとは思っておらなんだが。書き物机の上。パムリィはロミが持ってきた自分のベッドに座っている。
今日彼女の着ていた服は、例の装甲メイド服と同じ構造である。
当然、今は着替え用に持ってきた別の装甲メイド服に着替えている。
もちろん鋼鉄の装甲板。と言う訳には行かず薄い木の板が入っていたのだが、それ故に、カラスに噛まれて空から落ちても致命傷を負わなかった。とも言える。
但し帽子はない。
「頭噛まれたらどうする気だったんだ?」
「それほどは抜けておらん」
何かしらいつもよりは感情が見えるパムリィである。
「ほぉ、わざと烏に掴まったような口ぶりだが?」
「そこまで体裁を気にするつもりも無い。それでも頭は噛まれんし、足で捕まれん自信もあるぞ」
「女王、服もそうだろうが。その、羽は、……大丈夫なのか?」
皇太子が、多少気にしている様子で、ターニャとパムリィの話に割って入る。
「見た目だけなら明日には元に戻ろう、実際飛ぶとなると二,三日は必要になるであろうがな」
「意外と大丈夫なものなのだな」
「人間の方が身体の作りは繊細なる。そのような脆弱な生き物が、何故にここまで繁栄しておるのか、我は不思議に思うところなのだ」
「ところで、その。旦那。こんなトコしか無くて済まない」
そこそこ広い部屋ではあるが、大きなベッドが二つと書き物机、それしか無い。
双方、ターニャとレクスが座っているため、ロミとアッシュは床に寝るつもりで、それぞれの主のベッドの付近に座り込んでいる。
彼らとしても、――屋根があるだけマシ。くらいにしか考えていないのではある。
部屋が取れなかった以上は立場的に、外で寝ろ。と言われて文句は言えない。
「むしろそれはそなたに謝らなくてはな」
皇太子もお付きのアッシュもそれなりにガタイが良い。
主人とお付きが双方細い印象のある、リンクとオリファを見慣れたターニャには目新しくも見えるが、騎士である以上はこのコンビの方が正しいとも言える。
「私だけでも厩の馬車におりましょうか?」
「やめよ。ラムダが不機嫌になる。あやつは人間の男を嫌う傾向にある故、ここにおれ」
夜ぐらい一人でのんびりさせてくれ、と言うのがラムダの“言い分”で有り、少なくてもパムリィはそれを“直接聞いて”知っていた。
「妙齢のご婦人が、ロミはともかく、こんなむくつけき男二人と同室などと……」
「そこは別に拘りは無いんで、気にしないでもいいっす」
「リンクに悪い気がしてな」
ターニャは、いきなり自分の顔が真っ赤になったのを感じたので、窓まで歩いて頭を窓から突き出た。
「い、いきなりなんの話を……」
夜景を見るような格好になるが、田舎町。石畳と寝静まった街。それ以外にはなにも見えない。
「あの、……旦那はこんなところには泊まった事って」
クリシャもルカも居ない以上、自分で話題を変える他にないターニャである。
「もちろん無い。どころか、レクス個人として行動したことすらほぼ無いからな。気にせずとも、ここ数日はなかなかに楽しいぞ」
「――は? それはどう言う?」
ターニャは思わず振り返る。
厳格で知られる皇太子、かの有名なレクス殿下の発言。
あまりにもギャップがありすぎる。
「幼少の頃から、いわゆるお忍びで何処かに行く、と言う事が出来ん立場でな」
――リンクやリィファがうらやましくあったよ。そう言うとその無精髭の似合う顔でにっと笑う。
「その分贅沢をさせて貰っているのだから、あまり文句も言えんのだろうがな。リィファなどは、自由と引き換えにメイドどころか、洗濯女のようなことまでしていたと聞く。俺にはできんことだ」
「アレは極端な例で……」
「そうでもあるまい。リンクも宮廷中の制止を振り切ってリジェクトの現場に強引に顔を出したうえで、死ぬ目にあってそなたに迷惑をかけた」
「アレはむしろ若様に助けて貰って……」
ブラック・アロゥの件なら、死ぬ目にあって助けて貰ったのはターニャである。
「あのさ旦那、話が逆に伝わってるんだ。アレはあたしが……」
「はは……。いいのだ。だからな、そう言う冒険のような経験も、子供の時分にしておきたかったものだと、そういうことだ。リンクとてそうなのだろうが」
「旦那様。私もお側におりますので、多少はお控えを……」
アッシュの声にも、皇太子には全く動じた様子は無い。
「ターニャには、俺の初めての大冒険に付き合って貰う。というわけだ」
はっはっは……。と、なんとも豪快な皇太子の笑い声が響く。
「それは、いくら何でもウチの仕事では無いんでは……」
「そなたで無ければ勤まらんと、たった数日だがそう思うよ。――ときにターニャ」
「はい? なんすか旦那?」
「さっき待つしかない、と言っていたが」
エルフのヘシオトールは、去り際。
「宿の場所はわかっております、夜半に“我らが水の主”より使いをお送りしますので、お話はその折に……」
と言い残して藪の中へ消えた。
「言葉の通りですよ」
ターニャ一行は、そう言われれば宿に居るしか無いのである。
「エルフは来ないだろうけどな」
「見た目が似ておるものの、意外にも人の中に入ると目立つ故な」
「なぁパム。あたしとしては、そこは意外では無いんだが」
「似ておると思うのだがの」
とがった大きな耳と発光する瞳は隠しきれないし、それは目立つのである。
人間とみだりに接触するべからず。
エルフの戒律のせいで人間側がエルフを見慣れていないこともある。
「多分来るのは……。来たようなる。――アストリゼルス、開け方を知らん様だ。よいか?」
「はっ」
アッシュが扉を開けると、カラカラ、コツコツと何かがぶつかり合う音がする。 そして、ごく普通に見える少女が戸口に立った。
「女王様、初めまして。人間の皇太子に“我が主”より伝言です」
ごく普通の服装にも見えるが、何かがおかしいその少女。
「伝えよ」
「明日、今の時間に迎えを寄越す。馬車で走れる道を案内する故、馬車にて待たれたし、以上です」
その少女の違和感の原因。全てが貝で作られた上着に、水草でできたスカート。
「わかった。今日は悪戯は無しにて急ぎ帰り、我の言葉を“水の”に伝えよ」
「うん、帰る」
そう言うと少女はくるり、と後ろを向いてそのまま部屋の外へと出て行く。
「やれやれ、明日の夜までなにもすることが無くなってしもうた」
「約束してくれた分、昼間の調査とかしなくて済むが……。何処に連れて行くつもりだ? 水があるとこなら何処だって現れることができるはずだろうが」
「それを我に言われてもする顔に困る。有事の報復、準備だけはしてあるぞ。我以外でも、ここに来たものに何らかの不都合をヤツらが生じさせた場合……」
――は? 報復? なんだそれ? 不思議そうな顔をするターニャにパムリィは大真面目に続ける。
「コロボックルを一、〇〇〇人程使って近所の山を崩し、塩の好きなスライムを100万匹ほど湖に投入して水を吸い上げる。あの大鹹湖を潰すだけであるがな」
「あのな? あそこが無くなると、精霊だけで無くて、人間だって困るんだよ!」
――話の途中済まないが。皇太子が会話におずおずと、と言った風情で割って入る。
「ん? なんだい、旦那?」
「さっきの少女も、アレもモンスターであったのか?」
「あぁ、なるほどな」
ターニャは窓枠から離れて、自分が使うと決めたベッドに戻る。
「多分シェリーコートだと思う、アレでも川に住む妖精なんだよ。貝と水草の服が目印なんだ」
「それで間違い無い、まぁ夜なればあやつの姿なら目立つまい」
「だから女王に挨拶をしていったのか……」
「普段は川縁を歩く人間を道に迷わせて喜んでおる。まぁ、そう言う意味ではそこそこ無害ではあるのだが、姿を現すのは珍しかろ?」
「あぁ、あたしも初めて見た」
ターニャ達が寝付いた後、静かに酒を酌み交わす皇太子とアッシュ。
「……俺には可憐な少女にしか見えなかった。服装もさして奇異には見えなかったが」
「同感ですね。やはり旦那様が一人でお越しにならずに良かった」
「業者の選定は間違っていなかったな、感謝するぞアッシュ」




