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害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-  作者: 弐逸 玖
第七章 紋章の乙女は憂う ~皇太子殿下、西へ!~
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客人の来訪

 まもなく夕暮れから夜になる帝都、職人街。


「なら、二人共。悪いが明日はちょっと早く来てくれるか?」

 ――ちょっと荷物があるんでさ。積むの、手伝ってくれ。そう言ってターニャは、帽子を脱いで帰り支度をするメイド服二人に声をかける。


「私はいつも日の出と共に起きていますので、問題ありません。ターニャ」

 着替える為に、ごそごそ荷物をまとめなながらエル。

「それはエルだけでしょ……。まぁ、お嬢よりは早く起きてるはずだし、寝起きも良いけど、ね」


「寝起きは危険なので近づかぬようにしていたが、正解であったのだな」

「危険とはどう言う意味ですか? パムリィ!」

 ――言葉通りの意味なる、今もそうであるな。そう言うとパムリィはエルの頭の上から肩へと場所を移す。


「女王、あんまりお嬢をいじっちゃダメだよ? こう見えて意外と沸点、低いんだから」

「パリンディ。我にはどうしたことか、意外に思う部分がない」

「あ、あなた方は……」



「と、ところでターニャ。明日はみなさん、朝からお出かけなのですか?」

 脱線した話を、エルが多少慌てて引き戻す。

「エルは良いお嫁さんになれるぜ、あたしが保証する。……明日の留守番は二人に任せるよ」


 朝一番からターニャ、クリシャ、ロミの三人は駆除の現場を二件廻る予定。

 一方のルカとパムリィの経理係コンビは見積と請求額の交渉で、こちらも朝から一日外回り。

 事務所に来て二週間、メイドさんズだけで初めてのお留守番。と言う訳である。

 

「我々もお役に立つ局面があるのでは? 専門知識はありませんが、荷物運びくらいなら……。」

「そう言う意味での実力はあるんだから慌て無くて良いよ。先ずは知識だ。……相手は人間じゃ無い。パムより数段、わけのわからん連中だぜ?」



「我はぬし等よりも、よほど理路整然として居ると思うが」

 エルの頭の上、パムリィが不満げに声を上げる。

「失礼ながら。ごく希に、ですが。女王が仰ることでわからないことが……」


「人間と妖精、齟齬そごは出るさ。希に、ならば僥倖だ、褒められて良いくらいだぜ」

 ――お互い、な。そう言ってターニャはパムリィに目をやる。

「……色々、はぐらかされた気がするがの」

「ははっ。気のせいだろ」 


「お嬢様、着替えて参ります」

 エルがそう言うと慇懃に頭を下げ、パリィもそれに続いた。

「わたくしの許可はいりませんわ、むしろターニャに……」

「要らねーよ。――あんまり遅くなってもアレだから、気にしないで着替えて来いよ」




 ゴンゴンゴン。

 エル達が着替えて事務所に戻ったタイミングで、ドアの呼び輪がなる。

「こんな時間に、……客?」


 最近、フィルネンコ事務所が結構な金額を稼いでいる、とは近所で結構有名になっている。

 既に一件、パムリィが賊を撃退、では無く殲滅せんめつしているが。

 これは彼女とうまやのラムダ、そして納屋のスライム達しか知らないことである。


「……まともな客の来る時間じゃ、ねぇよな」

 ターニャが呟くと同時にロミが出ようとするが、ルカが人差し指を立ててウインクをしてみせ、そのまま玄関へと向かう。


「……、わかりました」

 無言の中に“自分は武装をしているので大丈夫だ”というメッセージをくみ取ったロミは、一歩遅れて火かき棒を後ろ手に。ルカのバックアップに廻る。


 いつの間にかエプロンドレスの上に、上着を着込んだルカであれば。全身仕込み武器だらけ、完全武装状態と言って良い。

 手狭な場所であれば尚のこと。

 何かがあるというなら、それは彼女の独壇場と言えた。



「お客様。本日は既に仕事は終わったのですけれど、お約束などありまして?」

「お約束はいたしておりません。ですがフィルネンコ卿に急ぎ、お願いが御座いまして、是非お会いしたいのです。卿は御在所でありましょうか?」


「御用向きにもよりますわね。我が所長様のお知り合いですか?」

 ロミには、彼女が左袖の投げナイフの固定を外したのが見えた。――ルカさん、警戒しすぎですってば! 彼の押さえた声は、果たして彼女に聞こえたのかどうか。


「残念ながら直接は存じませんが。我があるじのご兄妹きょうだいがいつもお世話になって居るところです、――そのお声はお嬢様、でありましょう?」

「は? おじょう、さま?」

「やはりそうだ。親衛第三のアッシュです。お久しぶりに御座います」


「ロミ君。心配ありません、親衛騎士みうちです」

 ルカは投げナイフの固定をもどすと――聞いた事のある声だと思いましたわ。そう言いながら冠貫かんぬきを外す。


「それならそれと早く言いなさい、当然にターニャはいますが。――こんな時間に何ごとですか」

「姫様、お久しぶりに御座います、お元気そうで何よりですな」

 筋骨隆々ではあるものの、そこはかとなく品がある、ヒゲを生やした二〇代前半の男性がそこに立っていた。


「挨拶は結構です、本題はなんですか?」

 相手は皇太子付きの親衛騎士、ルカの態度は目に見えてぞんざいになる。

「結構ってこた無いだろ、いつもなら怒るくせに。――あたしがそのフィルネンコですが」


「お初にお目にかかります、宮廷第三親衛騎士団副長、アストリゼルス・イルサムと申します。噂以上に見目麗しく、お目にかかれたこと、まこと光栄です」

「それはどうも。えと、用事ってなんですか?」

 ――ははっ。彼はさらにかしこまってターニャに最敬礼する。


「お会い頂きたい方がいらっしゃるのですが、これよりお時間を少々、よろしいでしょうか?」

 何かを言いかけたターニャを制して、ルカがさらに噛みつく。

「アポイントメントも無しにこの時間に、あまりにも礼を失しているのではありませんか? 仮にも宮廷の人間が、男爵とは言え帝国貴族を軽んずるおつもりですの!?」



「諸般の事情から、事前に約束をすることは叶わなかったのだ。だが確かにそう見え無くも無い。アッシュ、話し方をわきまえよ。……前の仕事が長引いたこともあるのでそこは汲んで欲しい」

 その声を聞いたルカの顔が一気に青ざめ、スッとロミの後ろに下がる。

「もう少し早く伺う予定であったのだが、そこは謝罪しよう」


「あ、あなたは。……もしかすると、その」

 ルカの態度でだいたい来客が誰なのか、わかったターニャではあるが。

 だからこそ、軽々に名前は呼べない。

「常日頃はリンクのみならず、リィファなどは寝食までも世話になっている。是非礼を言わせて欲しい」


 そう言いながら。

 いかにも鍛えた長身に、金の髪を後ろになでつけた男性が玄関をくぐってくる。

 がっしりした顔つきはいかにも厳しいように見えるが、その目。青い瞳は、リンクやルカとの血の繋がりを思わせた。


「初めてお目にかかる、フィルネンコ卿(レディ・フィルネンコ)。帝国皇太子おうたいし、レンクスディア=ドルミラム・デカルロ・ド・シュナイダーである」


 事務所の中にそう言いながら彼が足を踏み入れた瞬間、ルカ以外の“床に立った”全員が跪き、一瞬遅れたターニャもいつも通り、ロミに床へと引きずり下ろされた。

「皇太子、殿下……、皇子の、……兄上?」



「お、おお、大兄おおあに様……。お久しぶりに御座います。変わらずご健勝の様子、リィファは、た、大変に安堵をいたしております」

「ふん、そこまで殊勝な人間であったか? ……まぁしかし。先だってリンクより話は聞いていたが、お前も息災なようで何よりだ」


「こ、これはまた、ありがたきお言葉を……」


 ――ルカさん、得意じゃ無いとは聞いて居ましたが。

 ――本当に苦手なのね、皇太子殿下のこと。

 普段をみれば考えられないことだが、言葉に詰まってしまったルカを見てのクリシャとロミであるが。

 すかさず侍従二人が主人の後を引き取る


「皇太子殿下にはどのような形であれ、お久しぶりに拝謁の機会を得ることが出来、大変光栄に存じます」

「僭越ながら、私達二人も姫様と同じく。お変わりない様子をとても嬉しく思います」

 一応、パリィでさえ。騎士としての最低限の“嗜み”は教育を受けている。

 皇太子本人にそこまでの拘りが無い以上、当然普通の挨拶程度ならできる。


「うむ、お前達も変わりなきようで何よりだ。先だって合流出来たことでもある。エルとパリィにはこれからもリィファのこと、よろしく頼むぞ」

「は! 勿体ないお言葉、ありがとう存じます!」

 二人共同じタイミングで、礼の言葉を述べて頭を下げる。


 そして皇太子は、その場の中でただ一人。礼を取らなかったものと目を合わせる。

 パムリィは、ターニャの頭の上。背を伸ばして顎をあげ、空中で皇太子を見つめつつ、腕組みで真っ直ぐに立っていた。


「ほぉ。ぬしがルケファスタの兄」

「あなたが女王パムリィであらせられるか……」


「これほど見た目がかけ離れておるのに。それでも血の繋がり、というものは見て取れるのだな。人間とは、げにも不思議なものなる」


 ――す。パムリィは、いつも通りに音も立てずに皇太子の前に出る。ごく自然に膝をついた皇太子に合わせて高度を下げ、右腕を突き出しそのまま前へ。

 皇太子もその手の甲が、自分の唇に触れるに任せる。


「我が愚妹ルケファスタが迷惑をかけているのだと聞き及ぶところ。どうか、今後ともよしなに願いたい」

「ルケファスタに迷惑をかけて居るはこちらなる。……承知の通りであるよ。帝国皇太子レンクスティア。われがパムリィだ」

 

 皇太子が立ち上がるのにあわせ、パムリィも高度を上げる。

「……人間の作法、言い回しをよくご存じだ」


「リンケイディアにも同じ事を言われたが、聞いておらぬのか?」

「お互い忙しく、アレとはこのところあまり話す時間が無い。なにか情報の行き違いで無礼があればお許しを。――みな直ってくれ、これでは話が進まない」



 みんなゆっくりと立ち上がるものの、全く予期しない訪問者に、ルカやメイドの二人でさえ、どう動いて良いものかわからない。

 この空気を打破ずべきは自分しか居ない! と開き直ったロミが口を開く。

「殿下。……所長にお話が、あるのですよね?」


 しかし、残念なことにその決意はパムリィに砕かれた。

「話か。確かにな、リンケイディアの言う通りの人間であれば。そろそろ来る頃あいでは無いかと思っていた」


「ふむ。ときに女王陛下、リンクは俺のことをなんと?」

「陛下、は不要ぞ。――冷徹で凄然せいぜんと、非情なほどに筋を通す人間。まことシュナイダーの皇太子である、と言うていたが」

「……本人の前では決して言ってくれぬのだが」

「だが、いの一番にここに来た。我としては伝聞から確信に変わったぞ」



「……パム。皇太子殿下に、なんの話だ?」

「俺のことはレクスで良い。こちらもターニャ、と呼ばせて貰うぞフィルネンコ嬢(レディ・ターシニア)。いずれ時間は取って貰える。と言う理解で良いのか?」


「……もちろん、喜んで。――エル、パリィ。片付けちまった後で悪いが、お客様だ。お茶の準備をしてくれ」

 ――かしこまりました、所長様。直ちにっ! 私服姿のメイド二人は、“主人”を置き去りに必要以上にキビキビと、奥に引っ込む、

「私がお湯を沸かす、パリィはテーブルを……」

「お湯は私がやるからエルがかたづけて!」

「いやいや、私が……」


「な、――ふ、二人共。ちょっとお待ちなさ……」

 ルカの声は届かない。

 取りあえず、単純にこの場から台所へ一旦逃げたかったものらしい。



「ターニャ、色々済まない。――いずれ立ってする話でも無かろう? なぁ、女王よ」

「我に限って言えば、立ち話で済ませようが、今この時に無かったことにしようが。どうでも良い話なる。……とは言え。そちらには当然、その話の続きもある。のであろ?」

「さすがによくご存じだ……」

 


「クリシャ。二人を手伝って、応接テーブルかたづけておいてくれ」

 ――お嬢様は会議に同席な。ターニャは小声でそう言って、ルカの肩に手を置き。


「わたくし。ちょっと気分が悪いので、部屋に戻っ……」

「と言う訳にはいかないよなぁ? せっかく、普段逢えない皇太子殿下あにうえさまがいらっしゃってる。多少の体調不良はおさないと、な」


 そっと立ち上がろうとしたルカの肩は、ガッチリと押さえつけられる。

「……も、もちろん。そう、ですわね」

 ルカはがっくりと肩を落とした。 

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