面倒くさい人達
「貴女に是非聞きたいのだ、ターニャ。この状況下で眠ることに対して貴女は本当に何も思うところは無いのか!」
「アイツ等なりに気を使ったんだと思う。まさか帝国の皇子をモンスターの標本と同じ部屋に寝せるわけにはいかないし、他の部屋にはベッドなんかそもそも無い」
拠点に選んだのはあまり大きくない家である。
リンク達が来る事など当然初めから考えていない。
アイツ等。ことクリシャとロミは結局、ずらりと瓶や串刺しのブラックアロゥの並んだ部屋の中。
ソファと、箱を並べて作った簡易ベッドで寝ている。
皇子と一緒に来た親衛騎士は交代で夜通し寝ずの番に就いているので外。
この部屋は昨日まではターニャとクリシャが使っていた部屋だ。
「妙齢の男女が同じ部屋で夜を共にするなど……」
「一緒のベッドってわけじゃ無いしな。皇子が嫌で無ければそれで良い話なんだが。あたしと一緒じゃ、嫌か?」
――多少寝相は悪いけれども、クリシャにもなにも言われないから、いびきはかかないと思うんだ……。
そう言うと少し恥ずかしそうに目を伏せる。
「そうでは無くて! ……貴女が美貌を誇る女性で、私が男だ。と言う事を忘れては居ないか? と言っている!」
「び、美貌を誇ったつもりは一度も無いよっ! そう言う自意識過剰なタイプじゃ無い、自分でもわかってるんだ、……その、ある程度。アレだってのは」
「アレっていったい、……いや、違う! そうでも無くっ! 私が言いたいのは」
「まぁ、確かにあたしが女だってのは、自分でもたまに忘れてるけどな。まぁ、同じベッドで寝るって言われりゃ躊躇もするが……」
――それに。横になっていたターニャはむっくりと起き上がって。
窓を挟んで隣のベッドに座る皇子に顔を向ける。
「あたしにゃ、皇子が皇家の立場と男の力で、無理矢理あたしを手込めにするとは思えない。そうなったら逆らえやしないけど、そう言うのは皇子は嫌いだ。だろ?」
言いながらターニャは簡単に纏めた金色の長い髪を一度ほどく。
わざわざ襲ってくれ、と言わんばかりのその態度。しかもそれは絶対わざとではないのだろう。
そう思うとリンクは苦笑する。
「貴女にそう言ってもらえるならば、それはそれで誇らしくはあるのだが。ね……」
上着を脱いだリンクは、細い印象とは裏腹にかなり肉付きが良い。
その筋肉で盛り上がった胸元を月明かりに照らされた彼は、
――はぁ。
とため息を一つ吐くとそのまま立ち上がって窓際へと歩く。
「だが。あまり私と仲の良い印象を周りに与えると、貴女の為に良くないのだぞ? わかっていないのか?」
「あたしが第二皇子妃の座を狙うとか? あっははは……、言ーたいヤツには言わしておけば良いじゃないか。名前だけの貴族様でさえ満足に出来てないのに、どころか皇族ぅ? あたしに勤まるわきゃあないよ。そんなの皇子も良い迷惑、笑い話にもなりゃしない」
もたもたと髪を三つ編みにしながらターニャが答える。
寝る前は絡まないように纏めるだけだし、出かける時に綺麗に編み込んである時はぶつくさ言いながらも、クリシャが半分楽しんで編んでいる。
その長い金色の髪はだから、普段はあまり自分で手を入れることはない。
だからといって短くしないのは一応女である事を忘れないため。
ではあるのだが、彼女はそれは恥ずかしいこと、として誰にも話さない。
「当然、そう言う心ない噂を流す者もあるだろうが……」
「わかってるよ、あたしら市井の者にも噂は流れてくる。――皇太子を亡き者にしてリンク第二皇子が次期皇帝の座を狙っている。なんてな? ……皇子が心配してんのはあたしがその協力者としてみられることかい? ……ないない、そもそもリンク皇子に限っては、自ら皇位争いを起こしたりはしない。それが起こるなら、その時は誰かの陰謀に皇子が巻き込まれたんだろうさ。だったらあたしも巻き込まれてやるよ」
――黙って巻き込まれちゃ居ないけどな。髪を編み終わったターニャはリンクの方を振り返る。
「何を根拠にそう思う? 私が兄上、皇太子殿下を亡き者にしようと画策してはいないと、貴女はどうして言い切れるのだ?」
月明かりに照らされたシルエットもターニャを振り返る。
「お家騒動なんて言うのはさ、多分個人の欲とか利害とか、そう言うのを抱え込んだ連中がぶつかることで始まるんだろ? ロミの家だって、代々仕える執事が実はガンだったわけだし」
戦に負けて部下に保証を出すだけならば、仮にも帝国に籍を置く伯爵家。
そう簡単に潰れるわけは無い。
家名を金に換えなければいけなくなったのは他に理由がある、そういう事だ。
「あの戦の前だったら、帝国軍最強の第二軍団の長、アリネスティア伯爵の御曹司が、事もあろうにリジェクタの助手をやってるなんて誰が信じるよ? ……皇子はそんな残酷な事が出来るような人じゃ無い」
「少なくとも貴女が残酷なわけでは無い。詳細までは知らないが、むしろそれなりの意思を持ってロミを拾ってくれたのだ。と、言うところまでは聞いている」
ロミネイル=メサリアーレ・センテルサイドは、伯爵家の家名を無くして後。
気にするものこそ多かったものの、自らに火の粉がかかるのを恐れ、結局誰も救いの手を差し伸べるものは無く。
結果、行くあても無いまま、着の身着のまま屋敷を後にした。
金銭も持たず、なので食べるものも無く。
街角で二晩明かした三日目の朝、
「よぉ、伯爵家の御曹司なんだってな。――プライドを抱えて家銘と共に死ぬ、というならあたしからはなにも言わねぇ、それはそれで立派な生き方だし、元貴族としても家臣が誇りに出来る立派な死に様だ。……だが。まだ死にたくねぇし、その為なら貴族の地位にしがみつくつもりもねぇ。と言うなら、メシとベッドはあたしが用意してやる。――どうする? 今、この場で決めろ」
と長い三つ編みの金髪を揺らしながら、エラそうで小柄な女性は言い放った。
「ん? ――あたしはターシニア・フィルネンコ、モンスターの駆除をやってる。業界トップのA級だ。格はだいぶ落ちるが一応貴族様、男爵だぜ?」
そうしてロミは、フィルネンコ男爵家の女当主ターシニアこと、ターニャにあっさりと拾われたのだった。
「知らん間に、とは言わないが、突然父様が亡くなってあたしが男爵家当主になっちまったからな、礼儀作法のわかるヤツは必要だったさ。アイツは若いのにその辺キチンとしていないと嫌なタチだし、隠しちゃ居るが武勲で名高いアリネスティア伯の御曹司、当然剣の腕も立つから普段はクリシャの護衛にも使える。その上年齢的に給金も安く済む。最適だろ?」
「経緯はともあれ、ロミの友人として。改めてフィルネンコ卿には心よりの感謝の意を表させて貰うよ」
「それに、周りの取り巻き連中はどうだか知らんし興味も無いが。……皇子自身はさ。こう言っちゃあ悪いが、あたしにゃ皇家の人間としては、そう言う“我”の部分が弱いというか、なんつうか足りてねぇと見えるぜ? それに……」
「中々に辛辣な意見をありがとう……。それに、とは? まだ罵倒し足りないのかね?」
リンクは歯に衣着せぬ物言いの彼女に苦笑しながら、――友人、とはこのように口さがなく言い合えるものなのだろうな。私は初めて友人を得たのかも知れない。と思う。
「皇帝陛下や皇太子殿下の事は知らんけど、家族としての父上や兄上が好きだろ? 母上の皇帝妃陛下や、妹である皇女殿下二人の事も、さ」
――皇子は自分の我を通すためなら家族間で有ろうと戦もやむなし、みたいな種類の人間には見えんのだよな。あたしには。そう言うとターニャは、そのままパタン、とベッドに倒れ込む。
「ま、あたしの観察眼なんか何処まで当てになるか。わかったもんじゃないけれど。でも皇子は、そう言う意味での権力欲は無い人なんだと、あたしはそう思ってる。もっとも、国を治める資質がどういうのものだか、良く分からねぇのだけれど」
「……ありがとう、貴女にそう言ってもらえるだけで救われる。宮廷周りでも色々言うものは居る。聞こえないところで言って居るつもりだろうが。そう言った話は当人の耳には、ほぼ間違い無く入るものなのだよ」
言いながらリンクは自分に割り当てられたベッドへと戻る。
「気にするタイプにも見えないんだが、エライ人はエライ人なりに苦労があるもんなんだなぁ」
「気にもするさ、色々とね。私に関して言えば貴女が思ってくれているほど、強くも高潔でも無い。――だから、数刻後。眠りに就いた貴女を襲うかも知れないぞ?」
「そんときゃ牛切り包丁で真っ二つになるだけだ。あたしはその辺、皇子だからって遠慮しねぇぜ?」
――あっはっは……、それは良い。いかにも楽しそうに笑いながら皇子はそのままベッドに倒れ込む。
「ちっとも良くねぇだろ! 笑いのツボが捻くれすぎだ!」
――捻くれているのはお互い様だ。リンクは笑顔のままターニャに話しかける。
「総督を怒らせてまでペナルティを半額返金に減額したのは、それは死んだ仲間のためだと、どうしてその場で言わない」
「……い、いったい何の話を」
「私まで誤魔化せるとは思わんことだ。一応貴女に助け船を出したつもりなのだからね? ――先任リジェクタの家族に一〇万渡したら、あとは経費しか残らないじゃ無いか。かといって10万もの大金となればいくら貴女でも、ポンと出せる額では無い。……貴女と私は捻くれ者同士だから、その辺はわかる気もするがね」
「捻くれ者、ね。よく言われるよ。……けれど皇子までそこに含めちゃ……」
「ならば面倒くさいヤツ、と表現を変えようか? 偶には言葉遊びも面白いな」
「かえって印象が悪くなった気がするんだが……」
「――貴女も私も面倒くさい人間には違いない。……考えても見よ。ただ、異性とこうして無駄話をする。それだけのことにも理由が居る。……全く。お互いいい歳をして、情けない話だと思わないか?」
「……ん? あぁ、そうか。――うん。そうかも、……しれないな」
「ならばその面倒くさい同士、今後も懇意に頼む」
そしてその言葉にほんの少し、含むところを感じたターニャは過敏に反応する。
「……えっと、あ。……た、たった今から“懇意”にしたいとそういう事なら、本当に本気で、その、牛切り包丁の試し切り、させて貰うからなっ!」
「ふふ……、ならば辞めておこう。兄の最期の顛末を知った妹たちに泣かれそうだからな。――ターニャ。初めに言っておく。実は私は、少々いびきをかくようなのだ。うるさいようなら起こしてくれて構わない」
「あたしは一度寝付けば朝までもう起きないから。……その、あ、あたしはいびきはともかく、実はたまに寝言を言うみたいで、あの……」
――私も同じく、寝てしまえば朝まで起きん質であるからそれこそ気にしないで良い、それに……。そう言うとリンクはシーツを掴む。
「もし貴女の寝言に私の名が出てくるというなら、それもまた一興と言うもの。……おやすみ、ターニャ」
リンクはシーツを引き上げるとターニャへ背を向ける。
「おやすみ、皇子殿下」
少なくても、今夜突然。しかも皇族と“仲良し”には成れないさ。
リンクの背中にそう呟くとターニャもまたシーツを引っ張り上げて顔まで被り、リンクのベッドに背を向けた。
「実はそんなに嫌でも無い、とかさ。皇子だって男なのに、なんでだろう……」
男性に対して特別な感情など、今まで一八年間。
抱いた事も無かったターニャである。