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害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-  作者: 弐逸 玖
第六章 フィルネンコ事務所の休日
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ターニャ・フィルネンコのお仕事

「何処の姫様かと思ったぞ、見違えたなターニャ。いや、今やフィルネンコ卿なのであったな」

「ご無沙汰をしてました、子爵様。……その、お変わりないようで、なによりです」


 すっかり日も落ち、会議の議場から晩餐会の会場へと、場所を移したターニャである。

 横で防波堤になってくれるはずのリンクが何処かへ行ってしまい。

 仕方が無いので、極力誰とも目を合わさず、部屋の隅に居る作戦にシフトしたのだが。

 めざとく彼女を見つけるものは居た。


じじいはそう変わらぬさ、少々禿げた程度だ。一方の貴女あなたはすっかりお綺麗な淑女レディにおなりだ。――はっはっは、髪も無くなる道理であるわ!」

 例えば先代である父の代に、世話になった目の前の老人の様なもの達である。


 彼女を子供の頃から知る彼らは、壇上で演説をぶつリンクの隣。

 ドレス姿で、その服装には不釣り合いな銀の剣を腰の後ろに下げ、女性宮廷騎士を示す紫紺のたすきを掛け、しとやかに立つ女性の姿を認め。

 その可憐な女性が「ドミナンティス男爵家当主、ターシニア・フィルネンコ嬢」である、と紹介されてたいそう驚いた。


 だからリンクの演説が終わり、彼女が一緒に壇を降りてのち。むしろ積極的にターニャに話しかけようと動いた。

 これで見つからない、という方が無理がある。

「いや、別に何かが変わったわけでは……」


「殿下にも格別に引き立てて頂いているそうでは無いか。――あとで息子とも一曲いかがかな? レディ・ターシニア」

「それはまぁ、仕事の上の話で……、それにあたし、ダンスはちょっと……」

「あくまで仕事一筋か。親父殿が聞いたら喜ぶものか、悲しむものか。はっはっは……」

「はぁ、……どうも」


と言うやりとりを数度繰り返し。

 リンクの顔を立てるため。と言う理由でそれでも場に留まっていた彼女は、ついに逃げることを決断する。


 とは言え、言葉通りにその場から逃げる。と言う訳にも行かず。実際はドレスの裾を気にしながら、ホールからテラスへと移動するのみではあるが。

 どうやら具体的所用の無いものは、そこまで追いかけない。と言うルールがあるようだ。と、このような場に不慣れなターニャが見て取ったこともある。


 もっとも追いかけない理由も、彼女はすぐに気が付いた。

「あんまり長い時間居たら、今度は心配されるんだろうけどな……」 

 テラスの隅、植え込みの影で顔色悪くしゃがみ込む女性を見てため息のターニャ。


「……コルセットぉ! ちくしょう、ルカのやろうぉ! あんなに美味そうなものが並んでるのに、――喰えねぇ!」

 本来は食い気で色々誤魔化して乗り切ろう。と思っていたターニャは、テラスの柵にもたれかかってぼんやりくらい庭を見るしか無い。



「一人にしてしまって済まなかった。……だが巧く立ち回ってくれていたようだな。こう言う場は初めてなのだと聞いたが、その辺はやはりターニャだ。物事何でも器用にこなすものだと感心している」


「……皇子おうじ? ――いや、その、……お言葉、ありがとう存じます」

「はは……、今は普通で良いよ。……それともそれで通すことにしたのかい?」

 ――さすがに大公国の高級貴族を無視する訳には行かなくてな。そう言いながら、リンクはターニャの隣に並んで柵にもたれる。


「帝国の偉いさんが集まる晩餐会、なんてのは出たことが無かったけど……」

 これまで彼女が正装で出かける用事とすれば、せいぜいが組合の集まりか、もしくは先代や先々代から懇意にしている貴族の主宰する晩餐会程度である。


「あと半年はこう言う集まりは無いから、安心してくれ」

「い? ……半年後にまた、来なくちゃいけないの?」

「あ、あぁ。そう言う言い方も。あるかな……」

 ちょっと肩を落としたリンクの元に、親衛騎士の制服を着たデイブが飛び込んでくる。



「殿下、ターニャ様も。お打ち合わせの最中、申し訳御座いません! 至急殿下のお耳に入れたいことがございます」

「焦ることもあるまい。……既にファステロン卿は、無事に戻ったのだろう?」

「それはもちろん、そうですが」


 デイブは多少不満な顔をしながらリンクの耳元へ口を寄せる。

「は? デイブ君、今。ファステロン、つったか? ……ルカになにかあった、のか?」

 ターニャの呟きをよそに、デイブのリンクへの報告は続く。


「ふむ。……まさかゴモリアの一党であったとは」

 リンクは身体を反転させると。柵に背中を預けて上を見上げ、ため息。

「なお、関係者八名は帝国への謀反の計画、反逆の罪で捕らえましたが。首謀者と思われる子爵以下、三名が自害した。と、たった今程。捕縛に向かったアリアネから連絡があり……」


「もう良い、わかった。捕縛したものの身柄は宮廷警護団に引き渡せ。その後の処遇は、容疑者が子爵の爵位を持つ以上、下級貴族院と法務大臣に一任するものとする」

「しかしそれでは殿下の……」

 現下級貴族院議長と法務大臣はリンクとあまり折り合いが良くない。と言うのは宮廷に居るものなら誰でも、デイブでさえ知っていた。が。


「むしろ私の影響力が届いては不味いだろう。私の我が儘で皇太子おうたいし殿下にご迷惑がかかってしまっては、それは本末転倒というものだ」

「ご深慮に気付かず失礼を致しました、早速に手配を致します故、我はこれにて。……ターニャ様にはこのような身なりで突然現れた件、非礼をおわびいたします。――では」

 デイブはさっ、と敬礼をすると、来た時同様。多少慌てたように建物へと入っていく。



「皇子、今、ファステロンって……」

「あぁ、それはだな……」

「殿下、引き続き何度も失礼を致します」


「今度はオリファか、……何ごとか」

 先程のデイブとは違って、礼装用の制服を着たオリファが背筋を伸ばして立っていた。


「ポロゥ先生の件で少々気になる話が。殿下のご見識をお伺いしたく……」

「……私で良いのか?」

「むしろお話を伺うは、宮廷内でもリンク殿下以外には無いかと」

 顔を近づけ、何ごとか話すオリファと、頷きながら聞くリンク。


「誰かあてはあるのか?」

 深いため息の後、リンクはオリファへと向き直る。


「先生に関係も近く、また単純な武力が必要となっても期待出来る。と言うならフィルネンコ事務所より他ありません。……ですが、今度は関係が近すぎるのが問題です」

 ――万が一、人質などとなれば目も当てられない。これはルカのことを念頭においてるかな? ターニャはそう思いながら、知らんふりのままオリファの言葉を聞く。


「それに四六時中、となれば一チームでは回せない。なので今晩中に二,三。該当するチームをピックアップしておきますので、明朝ご確認を」

「……当面はどうするつもりだ?」


「環境保全庁より現場職員を数名、借り受けました。それと本日のみですがリィファ殿下の親衛第五から四名、こちらはあえて制服のまま、敷地内の目立つ位置に配置が成されるよう担当部局に要請。夕刻には既に配置についた旨、報告が来ております」

 

 ――では、そのように。そのリンクの言葉を聞いたオリファは、リンクとターニャに一礼をすると静かに建物内に下がる。


「今度は、ギディオンのおっさん、って……? なんかあったのか?」

「両方、晩餐会が終わったら説明しよう。それで良いか?」

「うん、みんな大丈夫そうだし。……だったら今は要らないや」

 ――そう言ってもらうと、私も助かる。リンクは先程より、さらに深くため息を吐いた。


 


「なぁ、皇子はさ。……毎日こんなことしてんのか?」

「そうでもないが。まぁ、あなたの感覚なら。そう言っても良いか。……話は晩餐会だけでも無さそうだな」

 ――なにを聞きたい? と言ってリンクはターニャを見るが、彼女はくらい庭を見つめたまま。


「普通にさ、すげえなって。……敬語で喧嘩してるような会議に出て、腹ん中の見えねぇおっさん達とつまんねぇ話で笑いつつ、大事な仕事の話をしながら飯を食う」

「知っていて言っているのだと思うが。各種の会合や晩餐会、舞踏会はそもそも、そう言う場なのだよ」


「その上、さっきみたいに日に何回も。間違ったら人死にが出るような、そんなとんでもないことにみんなが意見を求めてきて。それにその場で答えなくちゃいけなくて、さ。――あたしにゃ絶対できねぇよ」


「それが故、皇子としての立場が帝国臣民より保証されているのだ。帝国の皇族で居る限り、臣民の期待を裏切る訳にはいかん、と言うわけだが……」

 ――君の仕事とさしたる変わりは無い。と続けたリンクの顔を見返すターニャ。


「帝国筆頭の看板を背負って駆除しごとを受ける。……このプレッシャーはむしろ私には耐えられないと思う」

「……いや、それ程のことでは」

 ターニャは、外側を向いていた身体をリンクへと向ける。


いくさでもない限りは、私は自分で手づから何かをする。と言うことがほぼ無いのでね。貴女は、女だてらに命を張って現場に出ている。筆頭業者の看板、その裏付けはつまるところ、貴女の実際の仕事の内容、実績とイコールだ」

 

 リンクとターニャ、二人の目が合う。

「我が代理人として。いや、それ以前にそのような友人が私に居る事実。そしてそれが、華奢で魅力的な妙齢の女性であることについて。私はたいそう誇りに思っているところなのだ。……言っておくが、お世辞では無いぞ?」


 リンクの顔を見ていたターニャは、見る間に自分が赤くなったのがわかったが、そこは薄暗がりの中。リンクにはわからない。



「その、皇子。……あたし、あの」

「どうしたか? ……言われてみれば顔色が優れない気がするが」

 せっかくバルコニーへと逃げてきたのだが、ターニャはさらにこのシチュエーションからも逃亡を計ることを即断した。


「えっと、その。真面目な話の途中でごめん、……お、お花摘みに、さ。行きたいかな、とか」

「そ……、それは気が付かず失礼した。――先に中に戻っている。誰かに声をかけられたら、私に急ぎの用事があると言うと良い。オリファとマクサスにも、貴女を見かけたら私の元に連れてくるよう言っておく」


「あ、ありがと」

「あぁ、き、気にしないで良い。――無作法なのは済まない、知ってのとおり、私は気の回らぬ男なのでな、先に行っているぞ……!」

 そう言うと、珍しく少し慌てた様子のリンクは、きびすを返して急ぎ足で建物の中へと入る。



「あそこまで気が回って、その上いい男なのに。なんで浮いた噂一つ立たないのかなぁ。……帝国の皇子だってのに」

 くらい庭を見やりながらターニャは呟く。

 最近、リンクに対するその類の噂に関しては、ターニャの名前以外はほぼ登場しないのだが。

 本人はそんなことには当然、思いあたったりはしないのであった。

次章予告


フィルネンコ事務所への来客。

その来客からの依頼はさる人物を護衛すること。

リジェクタとしては筋違いとも見えるその依頼を

しかしターニャは受けるのであった。


次章『紋章の乙女は憂う ~皇太子殿下、西へ!~』


「それは、いくら何でもウチの仕事では無いんでは……」

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