クィーン=パムリィの接客
「まぁ、気にはなるのだ。気にはなるのだがあえて行かぬ、フェアリィもピクシィもそうそう弱い生き物でも無い故。な。――スライムもまた然り、であろ?」
パムリィはスライムの一匹の上に寝転がって独り言を言っている風ではある。
「せめてぬしらのような消化液でもあればのぉ。――見た目? ははは、ぬしらがそれを言うか」
実際に会話が成り立っているのかどうか、それはパムリィとスライム達にしかわからないことではある。
「だいたい納屋で、エサが十二分に確保出来るとは言え、こんなにも過密な状態でさらにこの速度で増える。……人間の資料はもちろん、我らピクシィの知識にあっても、そのような前例は聞いたことが無いのだが」
何かを話しかけるように、スライムの数匹がパムリィの周りへと近寄る。
「ふむ――。だがな。それこそ、我なぞは人類領域を侵略するつもりでもあるのかと……」
パムリィがそういった瞬間、スライムの中に埋もれる。
「ははは……! そこまでターシニアとロミネイルに義理立てするかや。……ぬしらの方がピクシィよりよほど人間に近いわっ!」
スライムの中から首だけ出したパムリィが笑い、折り重なるように集結したスライム達は、潮が引くようにすぅっと彼女の周りから引く。
「全く、ぬしらがモンスターの女王をやった方が良いのでは無いか? 我よりよほど向きであるぞ。あっはっはっは……」
“誰も居ない”納屋の一部を仕切られたスライムの囲いの中、パムリィの笑い声だけが響いた。
数時間後。事務所の中にはパムリィのソロヴァンの音と独り言だけが響いていたが。
そのソロヴァンの音が止まる。
「うん? ――どうしたか。ぬしらが自ら声を上げるなど珍しい。――ほぉ。裏口から……のぉ」
誰と会話をしているのか、パムリィの目は虚空を睨む。
そして、何かを訴えるような控えめな馬の嘶きもパムリィの耳に入る。
「ふむ、ラムダも気にして見ておったか。――男が二人、であるか。……客ならば相手をせねばならぬが、世の中には招かれざる客、と言うものもおるわけであるしな」
彼女は、何ごとか書いてきた紙に文鎮を置き、ペンをペン立てに戻すと浮き上がる。
「番犬はおらぬが番馬に番スライム、そして対応する事務員はピクシィ。人間の基準で言うまともな対応、というものが。これでできるものであるのかどうか……」
来客があれば用件だけは聞いておけ。と言うターニャの指示は出ている。
対応する上で、話す内容も一応ルカから聞いてある。
但し、ターニャやルカは大事な指示を出し忘れている。
どうやって。
手段については結局、パムリィに一任した形になってしまっているのだった。
彼女の言う“まともな対応”がどう言うものであるのか。
人間として正しいものであるのかどうか。そこは現状、“人間”には誰にもわからない。
「――わかっておる。――あのな、一つ言い置くが。ぬしらが動いてはそれこそロミネイルが迷惑を被るのだぞ? ……ぬしらに言われずとも我が様子を見に行くわ」
「こないだのスライムの件、なんだかんだでで八〇万以上になったそうだぜ?」
「ここ暫くでも、貴族の仕事が多いからな。結構な金額が金庫に入ってるってぇ寸法だ」
「ドミネントスライムも50匹以上居るらしいからな、これの二,三匹も頂ければ」
「ハンスのオヤジの話だが、生きてるなら一匹三万は下らんらしい……」
厩を廻ってラムダから、――見たことの無い男達が三回ほど敷地を回っていた。と“話”を聞いたパムリィは、そのまま納屋を経由して換気口から顔を出し。
身体は出さずに、今の話を聞いた。
「ふむ。……招かれざる客の方、か。ルンカ=リンディなればどう対応するであろうな」
男達が納屋の扉を目指しているのを見て取った彼女は、納屋への扉へ先回りし。
あえて落とし錠を、引き上げて抜き取った。
「良く来たな、なに用か? 事務所は本日休みなる。我が留守を預かっておる故、申し伝えはするが。仕事の依頼も、金銭の授受もできんぞ?」
パムリィは扉が開いたと同時に、声を張る。
彼女は彼らの次の言動で、どう対応するか決めるつもりでいた。
「る、留守番……? 休みでみんな出かけたんじゃ……」
――おい! 留守番がいるなんて聞いてないぞ?
――とは言え相手はピクシィだ、誤魔化してスライムだけでも頂いていこうぜ?
「あーおほん。留守番で居るのに何も出来ない、ってのは多少困っちまうぜ」
当然その辺はモンスター。分けても小さい身体で武器も持たないピクシィである。
特に自分で喧伝したりはしないので誰も意識していないが、人間で言う五感は異常に発達している。
そのひそひそ話は、パムリィも完全に内容を把握できていた。
「――まぁそれでも良いが。ぬしらに用事は、あるかのぉ……?」
パムリィはそう呟くが、その瞳はまるで明後日の方向を向いている。
「そりゃ非道い! アンタがパムリィさんかい? 初めまして、だな。おいらはアカデミーの研究士、ハビディだ」
握手のつもりか、彼の差しだした指をパムリィは握ってみせる。
「改めて会計士見習いのパムリィだ。先も申したように誰も居らぬのだが」
「キミがいるじゃ無いか。――オレはロウデスと言う。……えっと、俺達はアカデミーでクリシャとターニャには世話になっててな、パムリィ、でいいのか? よろしく頼む」
「ふむ、きゃつらの知り合いを全て知っているわけでも無し、それは良いが……。なに用であるのか? 二人共、今日は夜まで戻らぬぞ?」
「実は……、今日。うん。ドミネントをな。二、三匹、研究用でアカデミーにもらうことになっててさ。で、オレ達が引き取りに来たってあんばいさ」
「そうそう、ターニャには話してあったはずなんだけど。休みの看板が出てたんで困っちまってさ、裏に回ってみたってわけ」
「……ほぉ」
表情を全く動かさずにパムリィはそれだけ言った。
正面ドア以外の施錠は全て。ルカが出かける前に確認し、それに彼女も付き合っている。
裏に回ろうが普通の方法で中庭に入れる道理は無い。パムリィの“対応”は決まった。
「ぬしらにくれてやることにする。――うむ。二匹だが、問題はないな?」
「おとなしいスライムだし、大丈夫でしょ?」
「おとなしくはあるか。――ん? “栄養”は問題無さそうではある」
「ん? あぁ、エサの確保もバッチリだぜ?」
「育て方は既にターニャからアカデミーに廻っているしね」
――入るが良い、こちらだ。パムリィは男二人を率いてスライムの囲いへと飛ぶ。
「これはまた、綺麗だな!」
「生ける宝石なんて言われるわけだ、これがこんな居るなんてよ!」
パムリィは柵をすり抜け、中から二人に声をかける。
「まぁ、二人共。柵の中に入るが良い。一人一匹ずつ選んでくれ」
二人共、スライムを手に持ち、足元にもスライムが寄ってきて一部が身体にまとわりついている。
「意外にも表皮はしっかりしているんだな、しかも人を嫌うはずなのにこんなに懐いて」
「すべすべなのに滑ったりしない、不思議な手触りだな」
「さて、誰か帰って来ても厄介だ。――早々に始めるが良いぞ」
パムリィがそういった瞬間、男は二人共床にひっくり返る。
「我を阿呆だと思うたのが運の尽きだ。――アカデミーの研究士はウソであろうが、これくらいは知っておろう。……スライムは、究極の“雑食生物”なる」
岩場でじっとして、岩のミネラルを少しずつ舐めるようにして生きながらえるイメージのドミネントスライムであっても、やはりそこはスライム。
好んで他のものを食べないだけであって、その消化液は、おおよそ全ての物質を自身の栄養へと還元するのである。
「ちょっと待て! いったい何を……!」
「どうせ人のものをかすめ取る以外、役にも立たぬくずなのであろ? なればこの際、次世代繁殖のための栄養となるが良い、人間の風上にも置けぬ下衆どもが……!」
パムリィが言い放った次の瞬間。
スライムが体中に乗り上げ、男達の姿は見えなくなる。
「無理矢理ふえている以上は、動物性の栄養も多少は必要であろ? 生きているならますます栄養価としては良い。――む? ――ターシニアに仇成そうというものだ、そこは気にせずとも良い」
パムリィは空中で姿勢を正して顎を引いて胸を張る。
「妖精の女王であるこのパムリィの名において、ぬしらドミネントに許可、……いや、命ずる」
――この者らを跡形も無く、食い尽くせ。
彼女の足元からは悲鳴が上がるが、一瞬で悲鳴も消え失せ、通りまで男達の声が届くことは無く。
少しの間をおいて、勝ち誇ったような馬の嘶きのみが響いた。
「誰かが帰ってくる前には、服も骨も。微塵も残さず全て食い尽くして形を一切残すなよ? 人間同士であると、この“接客”は、あまりよろしくないのでな。――そう、善し悪しのみでは済まぬのだ。知れば知るほど色々面倒であるのよ、人間の社会は。な」
「パムさん、良いですか?」
夕暮れのフィルネンコ事務所。ターニャ以外は皆事務所に戻り。
ルカとクリシャが夕食の準備をする中、相変わらずパムリィはソロヴァンを弾いていた。
「ふぅ、今日はこんなもので良かろう。――なにか? ロミネイル」
「スライムの色が少し濁ってる気がするんですけど、何か知ってます?」
「知らん、……ヤツらに直接聞け」




