ロミ・センテルサイドの将来設計
「ふむ……。植物までもがそうなる、と」
「環境がモンスターよりになる、と言うのは言葉以上に危険なことなんだ。素人がスライムを飼うなんてもってのほか、と言うさっきの話は納得して貰えたかな?」
「なるほどな」
そう言いながら歩みは止めずにメモをとる姿。
それががルカにダブってイヤなものを感じるロミである。
――まぁ、姉妹なんだし。雰囲気が似ていてもそれは普通か……。
「何か? さきの話に何か捕捉が?」
「いや、何でもない、……です」
二人は本来であれば妖精達が縄張りにしてる、保護区の中央付近まで分け入っていた。
「……ルゥ! 動かないで!」
気配に気が付いたロミが瞬時に抜刀した剣は、ルゥパの足に噛みつこうとした歯の生えた百合のような植物。これの華の部分を茎から切り落とす。
「まだこの辺は完全には駆除し切れていないか……。怪我は無い?」
「良く気が付いたな……!」
「……まぁ、これでも一応専門家なんで」
「え? ……あ! そう言う意味ではないぞ!? 気を悪くしたなら謝罪を!」
――先日来、護ってもらってばかりなので。そう言ってルゥパは肩を落とす。
「ばかりって……。ウォーキンググラス以外になんのこと言って……」
「その時もそう。私の力不足の話をうやむやにして無かったことにしたでしょう?」
「別に誤魔化したわけでは。あのときはモンスターが……」
「今回の話もそう。あえてロミの方からリンク兄様に私の話を出してくれたのでしょう?」
ロミに思い当たる節はある。
リンクとは先日、別件で会った時に確かにルゥパの話をした。
あまりに無理をして皇族としての役目を果たそうとしている、潰れる前に誰かに話を聞いてやって欲しい。
ルカとルゥパは別の人間である、真似する必要も同じ事をする必要も無いのだと、諭してあげて欲しい。と。
「……まさか話が一周して僕に帰ってくるなんて、そこまでは想定外だけれどね」
「やはりロミの差し金でしたか……。姉上様の居らっしゃらない今、宮廷内に本音で話す相手が居ないとどうしてわかったの?」
「そういうつもりじゃない。……それに代理人はまだ居ないにしても、親衛第六だって君が人選をしたはずだ。腹を割って話せないような人達を側近に選んだの?」
「そう言うわけではありません。ただ彼らに意味も無く重責を担わせるのは……」
「彼らはみんな、それを望んで君の護衛になったんだよ。リンク殿下とオリファさん達を見てごらんよ」
「わかってはいるけれど……」
「ロミネイル! そうやって、ぼおッとしてるから! だからいっつもターシニアに怒られるのっ!」
いきなりそう叫びながらフェアリィがロミの目の前に飛び出す。
「……! ミリィさん!? びっくりするじゃないですかっ!!」
「びっくりしたのはこっちなの! なんでこんなところに突っ立ってるのっ!!」
但し、いつもの暢気なフェアリィでは無い雰囲気にロミは気が付いた。
「どう言う、……ことです?」
「あなた達、囲まれちゃったのっ!!」
「まさか、ウォーキンググラスが……!」
「アイツ等、まるで話が通じないの! 妖精だろうと喰いに来るの! 人間だったらなお喰いに来るの!! ……うぅ、時間無い! もぅ、ここは一回貸しておくのっ! 絶対返してねっ!!」
フェアリィのミリィがそう言った瞬間。
どこに居たのか、ぶわっ! と羽音を立てて。草むらの中から無数にフェアリィやピクシィが飛び上がる。その数は軽く五〇〇を超え、1、000にも迫る勢いだった。
「何処にこれだけの妖精達が!?」
あまりの数の妖精に思わずロミにしがみつくルゥパ。
「……。一〇匹以上? なんで気が付かなかった……!」
一方のロミは妖精の数には目もくれず、ウォーキンググラスの気配を伺う。
「ロミ、無謀ではないのか!? いくら何でもウォーキンググラスにフェアリィが対抗するなどと……」
前回、そのススキの化け物に死ぬ目にあわされたルゥパである。
見るからに“か弱い”妖精達を心配するのは当たり前とも言えたが。
「フェアリィの危険度は公式には設定されていないけれど、分類上はⅲ相当だと言われているんだ」
「危険度が高級リジェクタ付託モンスター相当……?」
先程ロミに罵声を浴びせたフェアリィにしても、ルゥパの目にはとてもそうは見えなかった。
「本気で敵対したら危険なんだ。――さっきの話だと、縄張りを荒らされた上に仲間を何人か喰われたらしい。あのミリィさんが真顔なんて、相当気が立ってる」
「……あのか弱い姿で、その上牙も毒もないのに。どう危ないと?」
「フェアリィ系の強さは単純な力じゃないんだよ。強い同族意識と、そして見た目と言動にそぐわない頭の良さ。見かけを遙かに上回る素早さと力。その場で負けても、後で必ず仕返しをしに行くしつこさ。……武器は牙や毒だけじゃない」
妖精の群れがいくつかに割れたおかげで、その下に居るウォーキンググラスがルゥパの目にもハッキリわかった。彼女が確認出来た分で一三匹。
妖精達は上から何か粉を振りかけ、ウォーキンググラスは軒並み動きが悪くなる。
動きが鈍ったところで、妖精達は足の様な根を切り取りにかかり、倒れ込んだ個体は動く部分を次々解体される。
ウォーキンググラスは完全に身動きが取れなくなったところで、今度は上から油をまかれて火をかけられる。
一〇箇所以上で火の手が上がり、黒い煙がたなびくまでほんの三分しかからなかった。
「……な、なんと言う」
「わかっただろう? フェアリィは危険なモンスターなんだ」
「助けてあげたのにその言い草は無いと思うのっ! ものが草だっただけにっ!」
いつもの、何処まで本気なのかわからないフェアリィの言動に戻ったミリィが、ロミの前に再び姿を現す。
「ミリィさん。……もちろんです、ありがとうございました」
「貸し一つなの! 絶対返してもらうからっ!」
「なにをどうして返せば良いのか、僕にはさっぱり……」
なにしろ相手は妖精である。現金を渡して喜ぶ道理も無い。
「こないだ、ルンカ=リンディからもらったマカロンって言うの? アレ、おいしかったの!」
「なんでルカさんが知り合いなんです……」
――全力で人脈を広げてるとは言え、なんで妖精の、しかも“大お姉様”とまで知り合いなんですか! とツッコみたいロミであるが当人がいない。
「えーと。マカロン、で良いんですか?」
「よろしく~! そんじゃね!」
肯定も否定も無し。出てきた時と同じく、唐突にミリィは飛び去った。
「お嬢様! 火の手が上がりましたがご無事ですか!!」
「有事の際には、ためらわず我らにお声がけ下さいとあれ程!」
背格好はルゥパとほぼ同じ。少年や少女が四名、偽装をかなぐり捨て剣を手にルゥパの前に飛び出してくる。
「全員、まずは落ち着け。見てのとおり、大事ない。……モンスターの絡む案件であった故、またしてもセンテルサイド卿に助けてもらったところだ」
その台詞を聞いた彼らはロミに跪くと剣を足元に置き低頭する。
「不甲斐ない我らに変わりお嬢様の窮状を救って下さったご様子、感謝の言葉も御座いません!」
「……今回、僕はなにもしてないですから。頭を上げて、立って下さいよ」
「ですが……」
「詳細は後ほど“お嬢様”から聞いてもらうとして。ただ、モンスターの生態を“観察”していただけですから」
「本人がそう言うのだ、良いであろう? 必要以上に堅苦しくしても仕方があるまい」
――それにな。そう言うとルゥパの口元には笑みが浮かぶ。
「今後もモンスター絡みの事象については、私はこの“ロミさん”に教示を願うことになる。皆も既知として名前と顔くらい覚えてもらっておくようにな?」
「そんな話は僕はなにも……」
「そなたらは先に事務所へ行っておれ。どうやら長居できる状況にはないようだ、私達も状況の検分を終えればすぐに向かう。――あぁ、そうだ。メル?」
ルゥパは、自身の言葉に従い、素直に事務所へと向かう少女の一人を呼び止める。
「お嬢様、なにか?」
「マカロンを大きな方のバスケット満杯で二つ分、早急に用意するよう宮廷に伝令を出せ。期日は明日の午前まで。届け先はフェアリィの大お姉様、レディ・ミリィ殿宛だ」
ルゥパは不思議そうな顔の少女に、笑顔で続ける。
「駆除の報酬なのだそうだ。モンスターというもの、知れば知るほどによくわからなくなるな。 ――ははは……、何故そうなったのかは後で説明する。用意は頼むぞ」
「は、直ちに。……センテルサイド卿、お嬢様はお頼み申しました。よしなに!」
そう言うと少女は駆け足で仲間を追い抜き、一目散に事務所へと向かった。
「ロミ。……ところで、一つ。あなたに聞いておきたいことがあったのです」
状況をスケッチするロミの前。手伝います! と言って聞かず、ウォーキンググラスの残骸を集めていたルゥパが振り返る。
「なんです? 僕にわかることかな?」
――それは知りませんが。そう言いながら腰を伸ばしてルゥパが立つ。
「リンク兄様より“フィルネンコ事務所へ直接出向くこと、まかり成らん。”とご指示を頂いているのですが、これは何故だと思います?」
既に既成事実としてロミとは邂逅を果たし、しかも
「モンスター絡みの案件でわからないことがあれば、私以外ならロミに聞くと良い」
と言いつつ、事務所のへ直接来訪することは禁止する。
ルゥパには矛盾した指示に思えてならない。
もっとも。彼女が事務所を訪れたとして。
「いらっしゃいませ、お客様。御用向きを伺いますわ」
と対応に出るのは、通常であればルカ・ファステロンこと彼女の敬愛して止まない姉姫様、リィファ第一皇女。
彼女がフィルネンコ害獣駆除事務所で経理をやっていることはリンクと皇帝妃以外には秘密なのである。
それがルゥパに漏れれば、彼女がフィルネンコ事務所に入り浸るのはほぼ確定。
――そりゃ殿下だって禁止するよな。とロミは思うが、口は違う言葉を紡いだ。
「色々と宮廷内で良くない話があることくらいは僕も聞いている」
「うん? まぁそうですが。……しかしその話、何か関係が?」
「知ってのとおり、わが所長であるターニャさんはリンク殿下の代理人だろう?」
――なんの話です、私の聞きたいのは……。ロミはあえてその先を喋らせない。
「君が昔のとおりのルゥなのであれば。“宮廷内”に対して特に野望なんてものを持っていないとすれば、そこは実質心配は要らない話ではあるけれど。……それはそれとして」
スケッチブックをパタン。と閉じて小脇に抱えると、ロミは立ち上がる。
「それでも“リンク派”と括りたい人達は居ると言う話だ。そうなってしまえば例え、皇太子殿下が何事も無く皇帝に即位されたとしても、事後に面倒事が持ち上がる可能性がある」
――資料はそんなもので良いよ、事務所に戻ろう。そう言うとロミは地面に置いたバッグを拾い上げて肩にかける。
「リンク殿下が、そもそもそう言う方では無い。と言うのは百も承知だけどね。それでも周りの人間はそうは見ない」
「皇太子には何事も無く可及的、速やかに即位してもらわねば。今だって身動きが取れなくて困っているのです。……その上、事後にまで面倒事が付いてくるなど、確かにそんな話はもってのほかです」
「小さなわだかまりの芽も一つずつ丁寧に潰す。リンク殿下らしいと言えばそうなんですけど……」
「それに、大兄様に順調に即位して頂かなければ、私のも降宮も遠のいてしまいます」
「……はい?」
「宮廷を降り、リジェクタの女房になる。今はこれが私の唯一無二の希望なのです。……少し時間が早くて残念ですが行きましょう、ロミ」
「その話、まだ覚えてたんだ……。何処まで、冗談なの?」
戸惑った顔のロミの横を、ウォーキンググラスの残骸が入った籠を持ったルゥパが通り過ぎる。
「私はお姉様と違って、真面目な話に冗談を挟めるほど頭の回転が良くありません。もちろん全て本気です!」
そう言い切ったルゥパの横顔は、はつらつとして。ロミには歳相応の女の子に見えた。
「まさかフェアリィが危険なモンスターであるなど、彼らは思いもしないでしょうね。うふふ……。教えてあげたら、みんな。どんな顔をするでしょう」
楽しげに事務所までの道を歩くルゥパの後ろ、肩を落としてげんなりした表情のロミが続いた。




