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害獣駆除はお任せを! -モンスター退治屋さん繁盛記-  作者: 弐逸 玖
第六章 フィルネンコ事務所の休日
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お休みの予定

「所長はいらっしゃるかな?」

 呼び輪の音と共に若い男性の声。

「いらっしゃいませ。どのような用向きで、しょう、……か。…………お兄様!?」

 玄関へ対応に出たルカが固まる。


「え? ルカさんのお兄さんって……」

「やぁ、しばらくだった。みんなそろっているようだね」

 ぱっと見、貴族の若者。制服も剣も持たない青年。

 鳶色の目、さらさら流れる前髪。襟元のスカーフを止めるのは銀の髪留め。

 戸口に立つのは帝国の第二皇子、リンケイディア=バハナムであった。

「リンク殿下!?」


「お、お兄様っ!? こんな時期に護衛も無しに……!」

「今日は若様とでも呼んでもらおうか。……もちろん護衛なら居るぞ。リア、お前も気にせず入ると良い」

 ――ではその。し、失礼を。先日ターニャが“着せられていた”彼女曰く『装甲メイド服』。漆黒に青をあしらったそれが、赤く短い髪に映える少女。彼女はおずおずと事務所の中に入ってくる。


「アリアネ一人ですの!?」

「ひ、姫様にはご機嫌麗しゅう。拝謁の機会を賜り光栄に存じます。……ターニャ様も。お変わりないようで何よりです」 

「オリファもマクサスも何かと忙しくてな。……特に問題も無いと思うが?」

 態度と年齢。それ以外は護衛として全く問題がないのはルカも先刻承知であるが。


「あ、リアちゃん。お久しぶり! 元気だった?」

「よぉ、変わりないようだな?」

「ターニャ様、ご機嫌よろしゅう。ドクター・ポロゥもお元気そうで何よりです」



 ついっ。リンクの前にパムリィが音も無く滑り込む。

「ふむ。……ぬしがルンカ=リンディ、いや。ルケファスタ=アマルティアの兄であるか」

「……? おぉ! あなたが女王パムリィでいらっしゃいますね」

「いかにも。これだけ違いがあると言うに、兄妹きょうだいというものは、やはりそこはかとなく似ておるものよな。――改めて問う。ぬしがシュナイダーのリンケイディアであるな?」


「陛下の仰るとおり。我は、リィファの兄にして帝国の皇子、リンケイディア=バハナムと申すもの。常には我が愚妹がご迷惑をかけている由、聞き及んでおります」

 リンクは。そう言いながらパムリィを見上げるようにひざまずくと、低頭する。


「世話になっておるはこちらである故、顔を上げよリンケイディア。――人間のやり方とすればこれで良かったと思うが……」

 リンクの顔の高さに合わせて高度を下げたパムリィは、空中で背筋を伸ばして顎をあげると右手を突き出す。

「我がシュナイダー皇家のものと知り合いとなるは、妖精全般においても良きことであろう。以後、昵懇じっこんに頼む」

 姿勢良く直立したまま突き出した右手の甲がリンクの唇に触れる。


「敬意を表した挨拶のつもりであるが、間違っていたなら容赦せよ。何しろ人間のやり方というものは良くわからぬ事が多い。“サイズ”の違いもあろうしな」

 ――別に我がエラいわけでも無し、立つが良いぞ。そう言いながらパムリィ自身はリンクとは距離を取る。

「しゃべり方が意味も無くエラそうだ、っていつも言ってんだろ!」

 事務所の一番奥、自分のデスクに着いていたターニャの言は、リンク、パムリィ双方に無視される。

「いえ、人のやり方というものを良くご存じだ。むしろ驚いています」


「作法が間違っていたなら教えてくれ。何しろ人間のやり方については知らんことばかりだ。仲良くしたいつもりが宣戦布告をしてしまっては問題がある」

「そこまでの齟齬そごは生じないでしょうが……」

「なったらなったで、見通しの人間は滅ぼすまでだが。基本的に我は仲良くしたい」


「簡単に滅ぼすんじゃねぇよっ!」

 とりあえずターニャが突っ込む。

「もちろん簡単にはいくまいが、我の見通しに居る人間数千であれば、ゴブリンの一万も呼び出せばなんとかなろう」

「お前なぁ……!」


「ターニャ、良いのだ。それに人同士でさえ、言葉の行き違いで戦争になることもままあることだよ。お互いに気をつけねばな。――女王陛下。こちらも懇意にしていただければありがたい限り」

「臣下のおらぬものに陛下などとは要らぬよ。パムリィで良い。貴公と逢うたことも基本は秘密にしておくことになるのよな? ――良いさ、色々事情もあろう。いずれ言いたいことが伝わって何より」

 そう言うとパムリィは、お茶の準備をするルカの肩へと場所を移す。



「私ごときにまでこのような、その。も、申し訳なく……」

「フィルネンコ事務所のルカは雑用係、そこは気にせずとも結構。冷めないうちにお上がりなさい。――それよりお兄様。突然、お約束も無しに何用でございますの?」

 事務所のソファに通されたリンクとリアに、お茶を出しながらルカが言うが。


ファステロン卿(レディ・ファステロン)。無理矢理ここに放り込んだような形になって悪かった。フィルネンコ卿(レディ・フィルネンコ)にも、まずは非礼をわびておこう」

「おにぃ……。いえ、若君様のお心遣い、感謝しております」

「どっから誰が聞いてるかわかんねぇからな、気をつけるに越したこたぁないわな」


 ポーラス侯爵ファステロン家。ルカがでっち上げたその最後の家系図では、直系の子供は女子であるルンカ=リンディしか居ない。

 その彼女がお兄様と呼ぶ存在ならば、誰かが興味を持ってもおかしくは無い。

 家銘を召し上げられようが、腐っても元侯爵家の末裔である。

 リンクがやんわりと指摘し、ターニャが気が付いたのはそこであった。


「で、皇子。ルカの設定はともかく、あたしも用事は聞きたいんだが?」

「そうだな。……ターニャ。明日の予定はなにも無いのだろう?」

「何をいきなり。……あ! もしかして例の子爵の現地調査を中止にしたのは!」


「そういうことだ。……最も駆除するには状況が特殊なので、MRM経由で専門家を三名、明日から送り込んで観察をさせることにしただけで、仕事を無理矢理キャンセルさせたわけでは無い」

「皇子だからって、人んちの仕事の邪魔をするのは……」

「はは……。そう言われると思ってね。だから変わりの仕事も持ってきた。金額は多少高くなるし、明日一日だけ。行くのもロミ一人で良い」


「なんだそれ?」

「さるお嬢様が例のモンスター保護区を見学したいのだそうでね、その護衛だ」

「それだけで7,500?」

「いいや、8,000だ。私のメンツもあるからこれはイヤでも受けてもらう」


「それとルカ・ファステロン」

「は? わたくしですか?」

「君に会いたいという人が居る。明日、時間があるならちょっと都合を付けて欲しい」

「わたくしに、リィファではなくルカに会いたい人など……」

「人となりは自分で確かめると良い。少なくとも、私が直接依頼を受けたことで依頼人の身の証と思ってくれ。……こちらも断られると私が困るのだ、リアを明日迎えによこす」

「私が明日ほど、ご案内申し上げます、ひ……えーと。お嬢様」

  


「で、やっと貴女あなただ。ターニャ」

「あたし? なんかあんの?」

「貴女に用事があってこうして足を運んだのだが?」

「いや、その。……言い方はごめん、悪かった」

「ふむ。おほん……。当主として代理人フィルネンコに命ず。明日、夕刻より帝国アカデミーモンスター部会の晩餐会があるので私のパートナーとして正装にて同席せよ」


「え! 晩餐会!?」

「丁度良かったですわ。昨日、新調したドレスが届きましたの」

「服が無いと言い訳をされれば、こちらで用意させるつもりだったのでそれは有り難い」

「な……、莫迦! ルカ、お前、よけーなことを……」


 昨日の夜届いたばかりでまだ袖を通しても居ない若草色のドレスは、ターニャの部屋のクローゼットに吊ってある。

「何しろ貴女に断られると、これはもうなすすべが無い。どうか頼む」

 ――何か用事がある訳でも無いのだが、代理人を同席しないと格好がつかないのだ。そう言って皇子は、意外にも済まなそうに頭をかく。


「アリアナ、明日。わたくしのお迎えは何時ですの? ――わかりました。それまでにターニャは見られるようにきちんと“加工”しておきますわ」

 まるで保存食か何かの扱いである。

「ちょっとまて、加工って……!」


「リアの一時間後に馬車をよこす。私もできる限り来れるよう努めよう」

「若君のお迎えまでの一時間で、逃げださないと良いのですけれど」

 ――逃げるかっ! とはしかし、言わないターニャである。


「あら、本当に逃げるおつもりでしたの? でも自分で脱げないから、ドレスのままでは逃げられませんわね。それともスカートを脱いで下履きだけで逃げるのかしら? うふふ……」

「い、いくらあたしでも、そんなことするかっ! ……ぬぅ」

 ドレスのままで逃げたところで、距離も、いける場所もたかが知れている。着替えさせられた時点で事実上、詰み。

 それはいかにターニャでも納得せざるを得ない。


「僕はどうしたら良いですか?」

「途中まではルカと共にリアに従ってくれ。行き先自体は知っているな?」

「えぇ、まぁ」


 ――用事はこれまでだ。礼を失するようで恐縮だが、忍びの上急ぐ故、これで失礼する。リンクはそう言うと、来たときと同じく、何事も無かったように玄関をくぐり、多少慌ててリアがそれに続いた。




「ロミ、休みのとこ悪いんだが……」

「実質お休みと同じですよ。服はこのままで良いですか?」

「装甲メイド服の方が良いかも知れませんわよ」

 そう言ってルカが笑う。


「……メイド服って。一応男なんですが」

「もちろん冗談です。宮廷に上がるときの服で良いでは無いですか。従者の正装ではむしろ動きづらいでしょう?」

「まぁそうですが」


「私は、ちょっと先生のところに行っても良いかな? 留守番がいなくなっちゃうけど」

「休みだから構わんさ。留守番ならパムもいるしな」

「客が来たなら適当にあしらっておこう」

 ――適当にあしらうんじゃねぇぞ。そう言ってパムリィをにらむターニャだが目は笑っている。

 自分が対応に出るより、それこそパムリィが“適当にあしらった”ほうが対応がまともなのでは無かろうか。と考えついたからである。


「さて、一度ドレスを合わせますわよ。靴だって半年履いていないと言っていましたわよね?」

「何だよ急に! ……いや。あの、明日でも。良いんじゃ……」

「良いわけありませんでしょ? そうで無くてもそういう格好になれていないのです。歩き方や立ち居振る舞い、我がご当主様として恥ずかしくないようキッチリとお教えいたしますわ!」



「人間のしきたりや風習、色々とやっかいよのぉ」

 ルカに引きずられて事務所を出て行くターニャを見てパムリィがつぶやく。

「普段からその辺。パムっち以上に気にしてないからねぇ」 


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