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帝国A級業者筆頭

 地下を掘り抜いた階段。

 踊り場になっているのはそこで少し方向が曲がっているから。

 その踊り場に目の粗い繭のような巣を張って、1m半はある巨大な蜘蛛が身動きもせずに真ん中に陣取っている。



 機材倉庫から。まともに通路を通って、その踊り場手前までフル装備で上がってきたのは、カタリナ率いる女性リジェクタのみ四名で構成されたチームK。

 彼女達は普通に三分前後で到着。

 現状、半分身を隠しつつピッグハッカーの観察を続けている。

 


 一方。装備はほぼ、ターニャから預かったスライムスライサーだけであるクリシャがコロボックルなら普通に通れる通路。

 これを通って、駆けながら案内するコロボックルの子供達男女二人を追った。

 小柄とは言え、匍匐前進で彼らを追いかけるしか無かった彼女がカタリナ達の向かい側へ到着したのは、だから十分以上遅れた。



「ま、当然カタリナさんは着いてるよね」

 直接は微妙に見通せない蜘蛛の巣の向こう。半分見えるカタリナの顔の横、右手が添えられいくつかサインを作る。


「動き無し。気が付かれてる。そちらも、か。開始、指示、乞う。……うん、了解」

 リジェクタ間で通用するハンドサインを読み取り、自分も右腕を突き出していくつかサインを送る。

 カタリナの親指が持ち上がり、その手は顔とともに岩の向こうへと消える。



「さて、キミたちだけど……」

「少なくても、アレよりは早いぞ」

「アイツ、すごく遅いもんね」


 ――言うと思った。クリシャはため息を一つ。

「あのね?」

父様ててさまも言った。もう状況は分かったから蜘蛛は潰して良いと」

「私たちだけでも、アクリシア居なくてもなんとかなるよ?」


 ……なるほど。口には出さずにクリシャは思う。

 コロボックルは小さな妖精。

 但し、強弱で言えばモンスターの中でもかなりの強者に分類される。


 最強の狩人として知られるエルフや、遺跡の守護者として恐れられるスプリガン。妖精に区分されるものでも、攻撃力を誇るモノ達は多い。

 コロボックルもまた、その小さな体躯を生かした戦略を考え得る頭と、想像を遙かに上回るスピードで人間に後れを取ることはほぼ無い。

 ヘルムット家族が捕獲されたのも、弱った子供達を盾に取られたから。

 


 今の話は。蜘蛛ピッグハンガーに関して言えば、管理人家族だけで、いつでも排除はできた、と言うことだ。

 人間が、いや。帝国政府が。この件に本当に関与していないのか。

 今の生活を気に入っているヘルムットが、それを見極め切れずにいた。と言うことである。


「その話、あたし以外に言っちゃだめだよ? 私とターニャが来なければ蜘蛛も鎧もどうにもならなかった。おーけー?」

 モンスターと人間。思考の違い、立場の隔たりを理解できないものが聞いたなら、反逆を疑われる。

「うん」

「わかった。どうせ鎧と泥野郎はどうしようも無かったし」



「じゃ、行ってみようか。カタリナさんちの攻撃に巻き込まれないようにね」

「わかってる」

「ちょろいよー」

 抜いたさやを足下に置いて、クリシャが右手に握ったスライムスライサー。その刀身が炎に包まれる。

 流石に無視をできなくなった巨大な蜘蛛は、クリシャの方へと向きを変える。


「……はっ!」

 絶対的な力こそ無いが生粋の狩人、エルフの血を引くクリシャである。そのスピードは見た目を裏切り、瞬発力と目の早さなら、その辺の冒険者は足下にも及ばない。

 燃え上がる刃はなんの苦も無く鋼鉄の強度を誇る糸を次々切断していく。


 そしてその足下を、体に合わせて小さな剣と槍を持ったコロボックルの子供達がクリシャに倍する速度で駆けていき、蜘蛛の足下へ易々と回り込む。


 そして完全にクリシャの側を向いた蜘蛛の腹にやじりが突き刺さる。

 蜘蛛が再度振り返る前には、チームKの面々は弓矢と吹き矢を打ち終わり岩陰に姿を隠した。



 大蜘蛛ピッグハンガーを目一杯混乱させ、巣をズタズタに切り裂いたところで初めの位置に戻ったクリシャ達。

「次で終わりかな?」

「真っ二つ、いまのでなんで、できなかった?」

「ね? なんで一回じゃダメだったの?」

 子供達のうち、女の子の方が。第一関節から切り取った、自分の身長より長い蜘蛛の足を一本、ごく普通に抱えていた。


「これ、おいしいかな?」

「生のままかじんな、みっともない! 父様ててさまに聞いてからだ」

「ひょ、標本、作んなきゃいけないから。真っ二つも、蜘蛛鍋も。……無しね? 次は私が頭、落とすから手伝って?」


 ――その足は、あげるから。言いながらクリシャはいったんスライサーの火を消す。

「こないだ生えてたマンドラゴラと一緒に煮たらおいしいかな? コレ」

「マンドラゴラがもったいない! だいたいアレはもう少し大きくしてから人間に売るって、母様ははさまが言っていたぞ」

「えー! 自分で食べないの? アレ……。もったいなーい!」


 子供二人は今の一瞬で、外皮の薄い部分を見極め、肉を断ち、腱を切って足を切り取ってきたのだ。単純におやつにしよう、位のつもりで。

 たいがいのことには動じない、と。自他ともに認めるクリシャも、内心、流石に舌を巻く。


「カタリナ達が居るから隙が多い、――アクリシア。標本ってガワだけ残すんだっけ? ……わかった。だったら生きてるうちに肝を取るぞ」

「うーん、蜘蛛アレの肝? ……ね、兄様あにさま。足と違っておいしそうに思えないよ……」


「あれだけデカいんだ、きっと肝もデカいから喰いでもある。肉食なんだし、だったら美味いはず」

「わかった。じゃ、私が外を切る?」


「あぁ、おれが取り出すけど、固いから二回切らないとダメだぞ? 確かに足も美味そうだがアクリシアが使うというなら、それはダメだ、いいな? ――アクリシアが困ったら父様ててさまに怒られる。見た目は壊すな。綺麗に切れよ?」

「はあい!」

 女の子は返事をすると抱えていた足を放り出す。


 ――足もおいしそうには見えないけどね……。足下に放り出されたそれを見ながら、口には出さないクリシャであった。





「おい、ビビってないよな? 未来の冒険者」

 ターニャとヘルムットに続いて冒険者見習いが二人、通路を歩く。


「だ、大丈夫ッス」

「もちろんですよ、なななに言っちゃってくれちゃってたりするするするんですか」

「頼むぜ、ホント。……生き延びたらノービス確定はもちろん。アイアン飛ばしてカッパーの受験資格、もらえるように言ってやるからさ」


「マジッスか! でも開拓団かリジェクタに同行して実績を……」

 本来、上位の資格を取るためには実績が必要。

 フィルネンコ事務所の面々がいきなり銀の冒険者章(シルバープライズ)を取ろうというのは、これはフィルネンコ事務所に所属している。と言う事実が大きい。

 本来は実績があっても最低、アイアンからスタートする冒険者章である。


「これ以上の実績なんかねーだろうさ。――ヘルムット」

「なんだ?」

人工物(アーキテクタ)のワンダリング・メイルで間違いないんだな? 自然発生(ワイルド)では無く」

「間違いない。そもそも言葉が通じないのではなく、聞けない。あれはそういう意味ではモンスターでは無い」


「ふむ……やはりそうなのか。――だが、ここに置くとして。一体何がしたい?」

 作れる技術は確立しているが、一方で非常に高い水準の魔導が必要で、その上手間暇もかかる。かなり上位の召喚術が必要になる。


「ところでターニャさん」

「ん? なにか?」

「実際に剣とか、つかえるんスか?」


 ――あぁ。良く言われんだよな、それ。そう言いながら腰に差した剣をすらりと抜き放つ。

「そんなにお嬢さんに見えるかね、あたし」

「って言うか、実物があまりにも華奢で綺麗でちっちゃくてかわいらしくて……。その、失礼ながら。剣とか似合わないなぁ、とか?」


「そ、そんなあからさまな、その、ば、馬鹿にしてんのかっ! ――一応根拠はあるぞ。ちょっと前まで皇家の剣指南役だったアリネスティア伯爵家。そこの元総師範代から、なにも教えることは無いって言われた」

 コレはロミのことなのだが、但し。そう言われたのは事実である。


 騎士にも剣士にも向かないが、剣の腕そのものは確かだ、と。ロミは驚いた顔で間違いなくターニャにそう言った。

「え? ええっ!? マジッスか!!」


「ゴールドの試験の時。親衛騎士にならないかって言われたくらいだぜ、だいたいあたし……。下がれ!」

 足音を立てずに、いつの間にか彼らの真正面に現れた二mを超える巨大な鎧。

 それがターニャの頭をめがけて、一切の躊躇ちゅうちょ無く巨大な剣を振り下ろす。

 ガキーン! インインイン……。

 火花を散らしてターニャの細身の剣が鎧の大剣を受け止め、鉄と鉄が衝突した音が洞窟に響き渡る。


 ギュラン、チィーーン!

 大剣を押しやって流すと、ターニャは後ろへと下がる。一方の鎧は動かない。

「あそこが限界、か。――さっきの打ち合わせ通り。お前達は次、あたしが剣を受けたら肘と膝の関節を狙え。それで動けなくなる! 確かに中身は無いが、たかが鎧だ、ビビるんじゃねーぞ!」

「は、はい!」


 鎧を上手く動かすために普通の鎧には無い、関節部分の補強があるはず。とターニャは踏んでいる。

 それがあると手足を魔法でくっつけておく必要が無いので作成も制御も数段楽になるのだ。と。

 彼女は以前。シュミット大公国のリジェクタから聞いたことがあった。


 肩や股の部分や籠手、頭の部分にもその類いの人工関節が仕込んであるはずだが、一番狙いやすく、失敗しても逃げやすい場所を指示している、と言うことだ。


「ヘルムット! こっちが三人がかりになったら裏に抜けろ! 多分床に五芒星か六芒星がベースの魔方陣がある、そいつを壊せ! 多分表面ひっかくだけで止まる!」

「……わかった」

 ヘルムットはそう返事をすると、彼の身の丈に合った剣を抜刀してさやを投げ捨てる。


「行くぞ? タイミング命だ! 二人とも、あたしの動きをよく見て動け!」

「はい!」





 大シュナイダー帝国帝都のほぼ中心に位置する宮廷。その内部。

「殿下! 国営第一のリアより報告ですっ!!」

 リンクの執務室に息せき切ってマクサスが飛び込んでくる。


「ターニャが出てきたか……。以外に手こずったな」

「……なぜお分かりに」

「皇帝軍の第一軍団投入が必要だとなれば、いくらお前でもその様な顔では入ってくるまい」


 ――まして相手はターニャだぞ。時間以外の心配をする方がどうかしている。そんなことを言いながら、言葉ほどには落ち着いてはいないリンクである。

 今だって。――逆です! と、言われれば即座に剣を取って外へと飛び出しただろうな。という自覚は自分で持っていた。


「殿下のお見立て通り、召喚師サモナー魔物使い(テイマー)の関与無しでは動かせないモンスターが複数いたようですが」

 手紙を受け取ったリンクがざっとそれに目を通す。

「うむ。ワンダイング・メイルにピッグハンガー、……なんと、スワンパーだと!? ――確かに。後日、MRM本会議を招集して検討が必要だ」


 先ほど。既にオリファからも、鳩で第一報が届いている。

 ――召喚師サモナー魔物使い(テイマー)双方の能力を持つ高位魔道士、一名。不審な動きを見せるも、半年前より行方知れず。


「しかし。ターニャとまともに渡り合うワンダリング・メイルとは、また強力なものを作ったものだ。確かに高位魔道士なのだろうな」

 リンクは彼女の動きを見たことがある。剣士とも戦士とも異なる体裁き、体重の載せ方、動き出し。

 美しくは無いがその剣の扱いは、無骨な強さを感じさせた。


 まともに剣での小競り合いとなれば、彼の配下であってもオリファ、マクサス、リア以外はあっさり打ち負ける可能性がある。

 武道も剣技も基本は型。それの無い相手は次に何をするかわからない、それはいかにもやりづらい。

 しかもターニャは単純に剣の腕が立つ上、実戦慣れしている。


フィルネンコ卿(レディ・フィルネンコ)、あの見かけにしてそれほどの腕前なのですか?」

「お前の次、くらいのものではある。……以降オリファよりの報告は?」

「ありません。特に変更がなれば明日の昼には宮廷に戻るかと」


「明日はそのまま自室にて待機しろと伝えろ。明後日も休みだ」 

「あの副長が、素直に聞いてくれるとは思えませんが……」

「明後日はフィルネンコ事務所に赴き、ポロゥ博士の補佐をせよと私からの命令だ。コレなら文句はあるまい」

「……さすがは殿下」


 ――それとな。本当は自分の左横。マントともに壁に掛かっている剣を掴みたくて、うずうずしながらリンクは続ける。

「マクサス、私の名代としてコレより国営第一の様子を見てこい。ついでにリアとデイブを、お前の口から直接褒めてやってくれ」


「なんと……! 喜んで! すぐに支度を!!」

 ――MRMの長として、今日中にこの書類の山全てにサインをしなければな。口には出さずため息も飲み込み、表情を崩さない。リンクはそういう、困難な事業に成功した。

 本当は自身ですぐにでも現場に行きたい彼である。


 敬礼の後、きびすを返すマクサスにリンクが続ける。

「これを機に、今後ターニャ、クリシャとも知己として話ができるよう頼む。流石にオリファだけでは人が足りんし、リアでは不安が残る。オリファ以外で私の名代が務まるのはお前くらいしかおらぬからな」


 一度廊下に出たマクサスはドアの前まで戻り、再度敬礼をすると。

「そう言って頂ければ光栄です。……全ては殿下のお心のままに」

 そう言って今度こそ廊下へ出て行った


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