入り口
周りを見渡すクリシャが眉根にしわを寄せて呟く。
「いくら魔草の成長が早いとはいえ、……ここまで」
「ど、ドクター。閉鎖した日もここまででは無かったんですが……」
「あ! いえ、違うんです。別にサボっていたとかそういうことを言いたかったのでは無く……」
ダンジョンの入り口まで後一〇〇メーター前後。
完全に人類領域とは一線を画す植生に彩られたダンジョン付近。
なぜだか霧がかかり、視界は最悪に近い。
「クリシャ、……これ、仕込んだやつって。いるよな?」
「だろうね。どんなに早くても自然にここまでなるなら一ヶ月はかかる」
「ところでターニャ様、風があると言うのにこの霧は……」
「近所で霞草の花が咲いてるんだろう」
ターニャの言うのは、花が咲くと霧を吹き出し視界を極端に悪化させる。
そういう植物のことであり、魔草に分類される一種である。
「……視界が悪くて敵わん、事務所から2,3人、草刈り回ってもらって良いか?」
――わかった、どの辺だ? と言う声にこれはクリシャが応える。
「正面やや左に群生してると思います」
「だいたい噛み付き花とセットで生えてる、足下気をつけてな?」
「フィルネンコ所長、ありがとう。せいぜい気をつけるよ」
「人為的にやってるとして。こんなことに、一体なんのいみ……。ん?」
ターニャの目の前、綿毛がふわふわと通過し、高度を下げる。
「ターニャ! 伏せてっ!」
クリシャがターニャを押し倒し、そして。
ぽんっ! 軽い爆発音とともに、ターニャの立っていた付近が土埃とともにえぐれ、深さ三センチ、直径一〇センチ程度のクレーターになる。
「ターニャ様! ご無事ですか!? ――今のは一体!?」
晴れてきた視界の中、タンポポがまとまって生えているのが見える。
「爆撃タンポポ! こんなもんまで生えてんのか!?」
爆撃タンポポ。
見た目は普通のタンポポなので、花も咲けば綿毛も飛ぶ。
但し、綿毛が着地した瞬間。種の外郭が爆発、地面を爆砕すると同時に他の種の植物をも粉砕。
柔らかく掘り起こされ、競争相手の無くなった地面に、自分の種だけを確実に下ろすのだ。
歩いたり噛みついたりはしないものの、これもあからさまな魔草である。
当然。人類領域に生えてる道理は無く、見つけた場合は土地ごと焼かれるほどに危険視されている。
単なる変わった植物ではあるのだが、危険度はリジェクタ以外は関与しない方が良いとされるⅱ。
これは人喰い草と同じ。危険な植物と言うことである。
「リアちゃん! 魔道士の人は!?」
「用意はできています! ――ターニャ様、先生にご指示を!」
「私も役に立てるなら、来たかいがあると言うものだ」
リアの声に反応してローブを纏った壮年の男性が前に進み出る。
「どうすれば良いのだね? フィルネンコ卿」
「あの辺のタンポポを空間ごと焼いて欲しいんすけど、いけますか!?」
――空間ごと、とは? 魔道士と思しき男性がターニャに聞き返す。
「半端な火力で焼くと綿毛が熱風で飛び散っちゃって、っていうか……」
「ふむ、卿の言いたいことは大体わかった」
「……えっとあの」
「卿、目標の真ん中を指でさしてくれ。――うむ、それで良い。危険である故、そのまま三歩ほど下がられよ」
言いながら男は一歩前に進み出る。
「帝国兵はターニャ様と先生を護衛せよ! 半円陣!」
「その他の物は引き続き馬車を見ろ! いつモンスターが来てもおかしくない、綿毛にも注意を怠るな!?」
「……清浄なる紅蓮の炎にて全てを焼き尽くし、清廉なる焰をもって汚れたこの場を浄化せしめんことを……! 骨組みの炎!」
ターニャが指をさした場所を中心に高さ二メーター、幅約15メーターの“四角い炎”が吹き上がり、ターニャの言うとおりに空間ごと焼き尽くした。
「ふぅ、……卿よ、これで良かったか?」
「すげぇ、……魔法、マジすげぇ」
「ちょっと、ね! ターニャ!?」
「あ? おお、……ありがとうございます。――リアちゃん! 全員、今焼いたフィールドに移動!」
「総員、移動! 先生はしばし動けん、守備隊から二人つけ!」
「了解です! ――先生はこちらへ!」
「……ん? ターニャ様。あんなところに牛が二頭ほど居ます。存外、大丈夫なものなのですねぇ」
ほこらのようになったダンジョン入り口正面、乳牛が二頭。
草を食むでも無く、ただぼんやりと立ってる。
「……え? げ! リアちゃん! ありゃ村喰い蟻の母体だ!」
「メドゥイーター! 1万は居る群れが二つも!?」
「だぁ、もう! 次から次となんなんだ! ――管理事務所班! 持ってきたベトベトガエルとロッテンスライムを袋ごと、群れの真ん中にぶん投げろ!」
「三番の荷物を全部放り出せ!」
昨日の夕方から夜にかけて。保全庁と管理事務所が総出で捕まえた、荷車丸々一台分、革袋四つ分の悪臭の塊が、そのまま大アリの群れの中央へ放り投げられる。
次々とモンスターが現れる。
宮廷から徒歩でも四時間弱の国営第一ダンジョンである。
「一体どこまで……」
「……西の山を越えた先みたいになってるね。なんだろ、これ」
帝都の西。山を越えればそこはモンスターの領域なのであり、現状は不可侵とされている。
専門家であるターニャや学者であるクリシャは、調査や研究のために足を踏み入れたことがあるのだが、状況はまさにそのモンスター領域を彷彿とさせる。
「モンスタープランツ系がここまで多いと、……やっぱ見間違えってことは無いんだろうな。――やっぱり。おいでなすったぜ?」
晴れてきた霧の中、視界の左側に五メーター程度の枯れ木が四本ほど見えてくる。
そしてその枯れ木は、あろうことか、複雑に伸びた値を器用に使ってターニャ達の元へと“歩いて”接近してくる。
「やっぱり居たね。樹の人だよ」
「弓兵隊、前へ。火矢を用意しろ!」
人とみれば、なりふり構わずその長い枝をしならせて襲いかかってくる。
結構な攻撃力を誇るのだが一方。
見た目通りに本体は枯れ木。火にはめっぽう弱い。
これについては事前にリアとデイブにも対処方を話してあった。
但し見た目に反してある程度頭が回る。
火矢を避けるくらいの知性は持ち合わせているのだ。
「デイブ、指揮! いけるな!?」
「まずは右の一体に集中! 狙え……、放てぇ!!」
だから避けきれない量の火矢で、飽和攻撃をかけることにしていた。
「次、二番隊! 目標変わらず、矢をつがえぃ!」
「で、当然こっちにも来る。と」
右を振り向いたターニャは腰の剣へと手をやるが。
「ターニャ様、アレは私が。――デイブ、そちらは完全に任せる! 弓兵以外の帝国兵は全員私に続け、鹿狩りだ!!」
「応!」
二メートルを超えるその見た目、まるで業物の刃物のように不気味に輝く巨大な角で、捕食する相手を角でズタズタに切り裂き、その小さな口に入る大きさまでさらに切り刻む。人間も、彼らにとっては手頃な獲物。
鹿の見た目の肉食モンスター、切り裂き鹿。
それが三頭、ゆっくりと近づいてくる。
リアが鹿狩り。と言ったのは、もちろんモンスターであることを認識した上での話。
「なら。頼むぞ、リアちゃん」
「お任せを! こう見えて猟師の娘です、鹿を狩るなぞ造作もない。一頭は私手ずから仕留めて見せましょう!」
「クリシャ、行こう。管理事務所は草刈りしながら着いてこい!」
ターニャ達が、先ほど袋ごとぶん投げたロッテンスライムを追い越し、牛へと迫ろうかというまさにそのとき。
――ばくん。
間の抜けたそんな音とともに、一頭の牛の腹が丸々無くなり、そのまま牛はどお、と横倒しになる。
「居た、……ホントに居たよ」
「じ、人類領域でタテガミキバヤマネコ。……それもこんな近くで」
巨大な灰色の山猫は、牛のその他の部分に牙を突き立てるが。
そこでターニャ達に気がついたらしく、白銀のたてがみをなびかせながら彼女達の方を向いて、――がぁっ! と吠えた。
クレストファングとあわせた目を全く離さずに、背中に背負った“牛切り包丁”を下ろして構えたターニャが叫ぶ。
「クリシャ! やれ!」
「ターニャ様、一体何をどうしたのですか? あの巨大な魔物は……」
切り裂き鹿一頭を前言通りに一人で仕留めたリア。彼女が剣を右手に持ったまま、ターニャの元に駆け寄ってくる。
「クレストファングはな、清らかな乙女の吹く笛の音を聞くとうちに帰りたくなるんだとさ。……相手がバカで助かった」
「は、あの。いや、うむ、モンスターだし。……そ。そういうもの、なのですね……?」
「吹く人は関係なくて、多分笛の音が嫌いなんだよ。笛の種類やら曲やら色々細かい決まりがあるんだし」
清らかな乙女。の部分に反応したらしいクリシャが、真っ赤な顔で高級そうなケースに笛をしまいながら話に割って入る。
「牛も一頭まるまる食べちゃったし、眠くなったのかも。だよ?」
クレストファングは、人間は餌としては積極的に襲わない。
腹が減っていなければ。人間からすれば脅威度は下がる。
「まぁいいや、クリシャ。潜る準備をしようか。……つーか、何持って行けば良いんだよ、この状況」
大きな背負い鞄に、馬車に積まれた装備を詰め込みながらターニャ。
「うーん。……どうしようか、ホントに」
「先ほど先生が焼いたところを拠点とし、ダンジョン入り口から外周柵の扉までのルートをターニャ様の帰還まで死守する! 部隊再編、急げ!」
「帝国兵は専門家と組んで周辺の草刈りにまわれ! モンスターがいることを念頭に、行動時は必ず専門家の帯同を徹底!」
周りでは着々と、付近を“人類領域”に戻す作業が始まっていた。




