非常事態一歩手前
「では……殿下よりお預かりしてまいった条件書です、どうぞ。――同じものが明日の午前には組合にも回ります」
ターニャは分厚い封書を渡されげんなりする。
受け取ってしまった以上は、一応全て目を通す義務がある。と言うことだからだ。
「報酬は先ほども申し上げたとおり基本三五万、不明者の発見や管理人との接触がなった場合は上乗せ。――期限は明日より一週間。その時点で、条件未達であってもまずは殿下にご一報される様お願いいたします。その後の指示は殿下より再度お話があるはずです」
「条件はどうせ丸呑みするしか無いんだけどさ。……地上の環境が荒れ始めてるって話、オリファさんは具体的に何か聞いてますか?」
「モンスター系の植物が急激に増え始めています。それに居ないはずのモンスター、これの目撃情報も職員から上がっています」
管理事務補の職員もモンスターの専門家。
彼らが見たというなら本当に居る可能性が高い。
「例えばグレーター系スライムやタテガミキバヤマネコ。さらには切り裂き鹿や樹の人まで見たというものがいるそうで」
「おいおっさん! さっき、おかしくなってまだ三日、つったよな?」
人を見れば有無を言わずに襲いかかってくる木の化け物、樹の人や、肉食性の鹿のようなモンスター、切り裂き鹿は環境がかなりモンスターよりにならないと現れない。
さらには見るものを威圧する巨大な三mの肩高、白く美しいたてがみと、噛んだもの全てをかみ砕く巨大な牙を持つタテガミヤマネコ。
これに至っては、基本的に餌がモンスターなのである。人類領域ではほぼ目撃情報さえ無い種類だ。
目撃者についても、見間違いなどのリスクは限りなく低い。
つまり、すでに国営第一の周りはすでに人類領域とは呼びがたい環境となった可能性がある。と言うことなのだ。
「おいおっさん、おかしくなるペースが速すぎねぇか?」
「そこまでとは俺も聞いていなかったが……」
「おっしゃるとおり、環境の悪化はあり得ないスピードで進んでいます。毎日三mずつ人類領域を侵しつつある。誰に聞いても前例が無いと……」
「……帝国最高議会前での召喚系魔道士のモンスターテロ。あたしの祖父様の時代に一度だけあったはずだ。父様に聞いたことがある」
「……そういや。まだお前の親父さんと組んで、現場に出てた頃に聞いた事がある。先々代の時代か。――おい、お茶は良い! 大至急だ。過去帝都で起こった大規模モンスター事件を調べろ!」
総督はお茶のセットの前にいた女性職員に声をかける。
「でも、具体的には何をどう調べたら……」
お茶のテーブルを背に女性職員が総督に聞き返す。
「30年前から50年前くらい、主にわいたモンスターはドクギリヤリトカゲとダークメルトスライム、それとシャドゥバットもでてる。担当はメインがフィルネンコ事務所、サブでメルダック商会とチームロンシャンだったはずだ、これでいいか!?」
「わかりました総督、大至急調べますっ!!」
「とにかく帝都中枢が近い、早く手を打った方が良いんだろうな」
「わかってる。明日朝七時に管理事務所に集合だ。うちはあたしとクリシャの二人」
「良いのかそれで?」
「あぁ、これ以上無くヤバい匂いがする。自分で考えて動けるやつで無いと潜る前に死ぬ。ロミとルカは間違いなく腕は立つ。けどA級業者としては物足りねぇ、連れて行けねぇよ」
彼ら二人は、戦力としては計算できるが、まだプロとは呼べない。
「あの妖精はどうだ?」
「ピクシィを害獣駆除でなんに使うつもりだ? それこそ笑われるだけだ」
ターニャは、そうは言ったがパムリィも間違いなく役に立つはずだ。とも思う。
だが、まだそういう複雑な現場には連れて行けない。と彼女は判断した。
「うちは若いのを三人出すつもりだったが入り口まで、か?」
「頼みてぇ事があるんだ。数が足らねぇ、今すぐ五人以上出せ。それと管理所は一〇人くらい居るんだろ? 両方今すぐ総動員な?」
「できる限り人は用意しよう、C級で良いなら夕方までにリジェクタも何人か呼べるとおもう」
「そうしてくれ」
「学術院の学者二名、宮廷守備隊から四名、私は今回無理なのですが、親衛第四からも今朝ほど伺ったリア……アリアネともう一人、出せる予定ですが……」
ターニャは今朝、リンクの伝令に来た少女を思い出す。
年はルカやクリシャと同じくらいではあるが、仮にもリンクの親衛騎士に抜擢される人材である。
腕が悪かろうはずが無いし,若いとはいえ親衛騎士であれば、宮廷守備隊や帝都警備団に部下を持つ身。当然に現場指揮にも長けるはずだ。
「あくまで潜るのはあたしのクリシャの二人だけ。各方面にちゃんと言っておいてくださいよ?」
騎士達は騎士達でそれなりに血の気が多い。
今回については領土を守ると言う大義名分もしっかりたつ。
暴走しないまでも、必要以上に前に出ては困る場面もある。
初めてたったリジェクトの現場で、厳格にその場のリーダーであるターニャの指示、これに粛々と従ったリンク皇子やオリファが希有な存在なのである。
「わかりました、騎士達にはターニャ殿の命令は絶対である。と、きつく言い含めておきましょう。――他に何か必要なものはありますか?」
「目撃されたモンスターの種類と位置を詳しく知りたい。ダンジョンの管理事務所でリストアップとマッピング、してないかな?」
「は、ではすぐに調べさせましょう」
「アブニーレル卿、それはこちらでやろう。――話は聞いていたな? 大至急管理事務所に馬を飛ばせ」
総督はドアの横に控えるうちの一人に声をかける。――当たり前だ、お前が直接行け!
入り口で控えていた職員が一人、一礼すると部屋を飛び出していく。
「とにかく。急がないと不味い。総督、あいてるB級以上の業者のピックアップ、組合長に頼んでくれ」
「何をするつもりだ? ピックアップだけで良いのか?」
「フィルネンコ事務所が 失敗し た場合、地上部分だけでも全面駆除が必要になる可能性がある、広い上に危険度Ⅱ以上がいるから人数が居る」
「四代目が 失敗す る? ……いや、わかった。各方面に声がけはしておこう」
「むしろ、ここで総督閣下が座ってることの方が重要になる。頼むぜ?」
環境変化が急激すぎる以上、誰かが人為的に環境変化を起こしている可能性がある。
ターニャは人間が裏で何かしている。と言うことなら、自分が失敗する可能性はかなり高い。と踏んだ。
普段の態度にはみじんも出さないが、自分が経験値の足りない若輩である。
と言う自覚は必要以上に持っている彼女である。
「あたしが 失敗し たら、多分。非常事態宣言を出す羽目になるぜ?」
「だろうな。……覚悟はしておこう」
「とにかく準備を急ぐ。おっさん、紙! クリシャ、切り裂き鹿と樹の人のデータ、頭に入ってる分、簡単に書き出してくれ。――オリファさん、騎士団には後でちょっと頼み辛いお願いがあるんだけど……」
「現在親衛第四からは私とリアの二人のみですが、リンク殿下にお話はしてありますので本日中であればリィファ殿下の第五、ルゥパ殿下の第六からも何人か借りられます、必要なら宮廷守備隊からも一〇人ほど来るように言います。帝都警護団も私の権限内で最大限動員しましょう。……何でもします!」
「……ますます頼みづらいなぁ」




