依頼、要請、お願い
「で、総督閣下。何の用事なんだ? 親衛騎士がお使いに来る位だからリンク皇子っつーか、MRM絡みなんだろうけどさ」
「そう話を急くもんじゃ無い四代目、まずはお茶でもどうだ?」
環境保全庁総督室。
正規の召喚状で呼び出されたので、ターニャは宮廷騎士代理人の制服に銀のレイピアを腰に帯び、クリシャも帽子を手に持って黒マントで博士の正装。
「……また、ターニャが怒りそうな案件だと。そういうことですか?」
直接依頼をかけられる立場のリンク皇子が、わざわざ環境保全庁経由で依頼をかけている以上そうなのだろうとクリシャは思ったのでそのまま口にする。
あぁ見えてリンク殿下も、ターニャに正面から不機嫌な顔をされるのは、それはイヤなんだろうな。と、こちらは口出さずに思う。
「まぁ博士、その辺は。――まずは二人とも座ってもらえると……」
――だいたい、人を呼び出しておいてだなぁ……。そう言いながらも、大体の事情を飲み込んだターニャは剣を腰から外すとソファに収まる。
「“依頼人”が直接ここに来るって事か?」
状況的に依頼人はMRMにおいて議長の椅子に座るリンケイディア第二皇子。彼以外にはあり得ない。
それに通常、部屋の主以外は誰も居ないはずの総督室。入り口のドアの前には職員が二人ほど控えている。
デスクに付いている総督自身も、いつものラフなシャツにズボン姿では無く、サスペンダーに蝶ネクタイで、椅子の背中には上着が掛かっている。
誰か“エラい人”が客に来る、と考えるのはターニャであっても容易だった。
女性の職員がお茶をテーブルに置くと、一礼して部屋の隅に下がる。
「状況は俺も知っているんだが、MRMがお前に何をどこまで、いくらで頼む気なのか聞いていないからな。議長閣下ご本人かどうかは知らんがまもなく来るはずだ」
「リンク皇子の依頼って言う時点で、あたしの場合はほぼ断れねぇんだけどな。……話が早く済む様に、総督が知ってる状況だけでも最初に聞いとこうじゃないか」
「ふむ。……お前は国営第一ダンジョンは当然中身まで覚えてるよな?」
ダンジョン、とは一般的な洞窟では無く環境が極端にモンスターよりになった物をさす。
もちろん洞窟に限った話では無く、古い塔であったり、廃墟と化した街まるごとであったり、森全体、と言うこともあるのだが今は置く。
そしてその内部の食物連鎖は当然に、微生物や小型の昆虫以外はモンスター間で貫流し完結する。
人間がむやみに入って良い場所では無いが、人が近づかないのを良いことに、盗賊団や非合法の研究をする魔道士などがアジトにする場合もある。
その場合は、うろつくモンスターの他に侵入者よけのトラップなどが設置されることがある。
いずれ、この世界のダンジョンの定義はこうであると言うことだ。
それが故に、冒険者章やリジェクタ免許を持つものはダンジョン探索や新規発見ダンジョンの調査も“営業品目”の一部。なのである。
「一応、ウチはA級なもんで。国営第一の現調の依頼が来たことは無いけど……」
リジェクタ試験や冒険者資格試験にはモンスターは当然、ダンジョンへの対処、攻略が含まれる。
帝国内には、その試験や練習のために擬似的に作られた人工的なダンジョンが数カ所ある。
「子供ん時に何度か潜ったことはある、別に壁が動いたりはしてないんだろ? だったら迷宮部分の大体のマップも、お宝ゾーンのトラップもだいたい覚えてるぜ」
国営第一はその中でも初心者向けのダンジョンであり、モンスターも危険度Ⅰのもの以外はいない。
素人であっても、命を落とすことはほぼ無いと言って良い。
「実はな? MRMが言ってきてるのは、そこの現調なんだよ」
人工ダンジョンの現地での難易度調整、それを専門家達は現調。と呼ぶ。
帝国内に何カ所かある人工ダンジョンについては、強すぎたり増えすぎたりしたモンスターをリジェクタが駆逐し、敵となるモンスターを放す。
と言う仕事を当番制で担当している。
報酬はほぼ実費のみで実質ボランティア。
金にうるさいものが多いリジェクタ業界にあって、この仕事だけは文句を言うものがほぼ無い。
自分たちも新人の時に散々利用し、新人が入ればそこへ放り込むからだ。
リジェクタでありながら、行ったことの無いロミやルカの方が珍しいのである。
「……確かにターニャが怒りそうではありますね」
「怒りゃしないさ、むしろ心配になってきた。国営第一は国内でも最低難度のダンジョンだぞ。……まさか、誰か“喰われた”んじゃないだろうな?」
「そのまさかだ。三日前、“客”として入った冒険者三名、さらに自主的に救助と調査に入ったC級チームの四名。そして様子を見に行った環境保全庁の職員五名が帰ってきていない。……以降は付近一帯に立ち入り禁止措置を取った」
自然、人工問わずダンジョンの近所には環境保全庁の管理事務所が置かれ、職員が配置され、常時監視の認についている。
ダンジョンへの入場料の徴収のみが仕事、などと陰口を叩かれる彼らではあるが。
監視を任されている以上は、本職のリジェクタほどでは無いにしろ、それなりの専門家集団でもある。
人工ダンジョンであっても、入場料の徴収はあくまでついで。なのであり、本来の仕事はモンスターよりの環境が、地上に進出しないように監視、調整すること。
その彼らが何もできずにいきなり立ち入り禁止処置をとる。
と言うなら、近隣はかなり危険な状況になった。と言う事だ。
「……莫迦な! 国営第一でそんな被害が出るなんてあり得ないっ! “管理人”は何やってる! あいつはサボったりはしないタイプのはずだ」
人工の各ダンジョン内部には“管理人”がおかれ、できる範囲で通常時のモンスターの間引きや、緊急時のけが人の搬送や連絡が任されている。
「あそこの管理人は四代目の斡旋だったな。――実はこれも三日前から音信不通でな……。MRMが出張ってくる原因もそこなんだが」
と総督がそこまで言ったところでドアがノックされる。
「総督、MRMよりお客様がお見えです!」
「お通ししろ」
総督が立ち上がり、上着を羽織りつつドアの向こうへ声をかける。
「総督閣下、お久しぶりです。ターニャ殿もご足労様です」
職員二人が左右に引き分けたドアの向こうには、白と青の親衛騎士団の制服。
「アブニーレル卿か、ご苦労様。意外にお早いお付きだったな」
「あれ? ……オリファさん? どーも」
皇子の代役は彼の副官にして懐刀。第四親衛騎士団副長。
事実上皇子の近衛騎士団長、オリファント・アブニーレルであった。
「殿下が自身でいらっしゃるはずだったのですが、急な用事が入りまして、名代で私が参りました」
「いずれ、宮廷よりわざわざ来ていただいた事に変わりは無い。遠慮は要らないので座りたまえアブニーレル卿」
「堅苦しいのは抜きで行こうぜ、オリファさん。……仕事の話だろ?」
侯爵相当の権力を持つ総督と、主人の代理人であるターニャを前に。
「は……、お二人にそう言っていただけると楽で良いですね」
と言いながら、座る前に形通りの挨拶を抜きにするわけは無い堅物の彼である。
「では、早速。……ターニャ殿は概略はどこまでご存じでいらっしゃいますか?」
やっと剣を外し、ソファに収まったオリファントである。
「国営第一で“客”と様子を見に行った連中が喰われた、と。今さっきそこまでは」
「“喰われた”、と言うのが果たしてどこまでを示す言葉なのかわかりませんが、いずれ不明者が出ている、さらに管理人と連絡が取れない。地上の管理班も仕事の遂行に支障を来している。その上……」
「……? まだなんかあるんすか?」
「詳細は後ほどご説明いたしますが、異常な速度で環境がモンスターよりに変化しています」
「確かにさっき、そうは聞いた」
「これを尋常ならざる自体として、MRM議長が臨場を強く希望されたわけです。なのでそれならと、今朝ほど殿下をなんとか説得してターニャ殿に急遽お願いに伺った、とこういう次第です」
「確かにそんなとこに皇子を行かせる訳にゃいかんだろうけどさ」
「だから四代目なんだろうさ、代理人閣下。――MRMから出して来ている条件は?」
「第一には不明者の捜索、救出」
「もう三日だろ? それは依頼にお答えできる自信が無いよ……」
「まぁ。そこについては、生死問わずになることは殿下もご承知ですから。――ついでダンジョン内外の現状の確認。学術院と保全庁から専門家が同道します」
「おっさんも来るのか?」
「嫌みのつもりなら効かねぇぞ? むしろ行きたいんだからな。……俺はここに座ってんのが仕事なんだよ! ――荷物持ちくらいなら若いのを出してやる」
「第三に管理人の捜索、保護、事情聴取」
「当然だよな。見つけてとっちめてやる!」
――あたしがわざわざ紹介してやったのに! そう言うとターニャはあからさまに不機嫌な顔になる。
「でもターニャ、被害に遭ってる可能性だってあるよ?」
「そうならますますだ! 何のための管理人だよ!」
「さらに状況が許せば環境悪化の原因の究明、ダンジョンが再使用可能かどうかの検証を願います」
「だから私とターニャを呼んだ?」
「その通りです、クリシャさん。こと、モンスターの知識に関しては、国中探してもターニャ殿とそしてクリシャさん、お二人に敵う方は無いですからね」
「廃棄するんすか? それとも再使用だとして環境の再構築は? 既存分は全滅させる事になるかもしれないけど、その後のモンスターの種類とかそういうの……」
「あそこは知っての通り、入り口は一つしか無いからな。廃棄となったその場合は環境保全庁が全力で埋め立てる」
「再使用可能、と判断された場合の環境復旧は専門業者にやらせますので、ターニャ殿の今回の仕事は使用可否の判断まで。と言うことになります。今回の報酬は基本三五万だと伺ってます」
「それで三五万って……」
リジェクタ間でも有名な合理主義者リンク皇子。
当然彼の出す依頼の金額は、そのまま仕事の難易度を表す。
おそらくはとんでもない事態になる。
もしくはもうなっている。
「もう貴女に頼むよりほかないのだ。何をしても良い、事態収拾を急いでくれ、ターニャ」
ターニャにはリンクがそう言っているのが聞こえるような気がした。




