条件闘争
2016.09.20 台詞の一部を修正しました。
「受けてくれるか、四代目! 基本が緊急対策費五万プラスで一五万、キャリーオーバーがフリー六組分で六万、業者変更六万、ついでに学術院からの標本作成五匹以上の三万を合わせて総額一五万、全部で三〇万だ」
通常のビレジイーターなら一万匹で一万前後が相場。元から一〇倍以上の破格な依頼である。
当然クリシャはターニャが飛びつくだろうと思ったが、ターニャの返答は違った。
「プラス四万、それで一旦手を打とう。……アリの専門家、ロブのおっさんまでもがしくじってる、コケても生きて帰ってくれば返金半額以上のペナルティはなし。ここまでが条件だ」
「四万上乗せで返金も無しって、……四代目! キャリーオーバーの付いた政府系の仕事は提示金額基本丸呑み、仲間をやられようが失敗すれば全額返金。これは業界のルールだろうが! この件の本当の依頼主であるMRM、そのカウンターメジャーであらせられるリンク殿下の御前だぞ! この期に及んでまだ足元見るつもりか!?」
「なら受けない。誰が相手でもだ」
「おまえ~! 汚いぞ、四代目っ!」
そのやりとりを聞いていたリンク皇子の優しげな瞳が、すぅっ。と細くなる。
「いいだろう。さらに一万上乗せ、MRMが支度金として即金で5万だそう、今すぐ用意させる。……総督、準備を」
「で、殿下! お待ち下さい、この者達は……」
「口出し無用。これは貴公が今言ったように私とターニャの話だ。……但し。こちらからも条件を出させて貰うが、それで本当にそれで良いのだな? ――よろしい。ならばシュナイダー帝国第二皇子リンケイディア=バハナムの名においてその件はたった今、しかと承諾しよう」
ターニャを見つめていた視線が、総督へとむく。
「総督、直ちに契約書を発行したまえ。今、この場でMRMカウンターメジャーである私と、フィルネンコ害獣駆除事務所所長、ターシニア・フィルネンコ男爵。その双方がサインをする」
「しかし、殿下!」
「期間は一〇日。失敗したならそれでも良いが、それまでに私が認められるような何らかの成果を上げなかった場合。その時はこの私自らが地の果てまでも追いつめて、卿の素首討ちおとし、街道沿いに一週間晒してくれよう。宮廷騎士から逃げられる等とよもや思っては居るまいな? ――これが条件だ」
「で、殿下。お待ちを! フィルネンコ卿は……」
「口出しは聞かぬと言ったはずだ総督。――仮にも帝国皇家の皇子たる私に駆け引きを仕掛けるのだ。その程度の覚悟は当然に有るのであろう? ……卿よ、不服はあるまい」
「よ、四代目。お断り申し上げろっ! 今すぐだっ!」
「良いでしょう殿下、契約成立です」
「このバカ! 何でも勢いだけで……」
しかし、会話の流れに反して殺気を湛えた皇子の顔は元通りに緩む。
「ふむ……、ありがとうターニャ。――貴女の首の話はともかく、期限を切ったのは実のところは処理を急ぎたい、と言うのが主な理由だ。報告書を見る限り、事態はかなり深刻なのだよ」
「殿下。深刻、と申されますと?」
「まだ、みなには説明していなかったな。その報告書によれば、巣別れの兆候が出ている。クリシャ、4ページ目の印を付けた部分から先を見てくれ。……本当にそうなら猶予は一ヶ月無い事になる。簡単に死なない上にあれだけ大きいとなると、人の住む街の近隣に営巣をされたら厄介だ」
――クリシャは青くなって報告書のページを繰り始める。
「……さすがは殿下。良くぞ、このたった数行の部分から気づかれたものです。確かに一部のワーカーが羽アリの卵があるような動きを見せている……。ならば、仰る通りに事態は深刻です」
「まだ幼虫になってはいるまいが、それも時間の問題。新種を絶滅させるようなことになるなら、それは人間の横暴というもの。心は痛むが帝国臣民の命には代えられん。――ターニャ」
「は、はい。――なんでございましょう、リンク皇子殿下」
相も変わらずターニャがギクシャクと返答するのを見て、皇子は口元に笑みを浮かべる。
「私に気を使ってくれているのは十分に伝わるが、貴女の言葉でそのまま話してくれて構わない。何度でも言うが事は急を要する。言いたい事が旨く伝わらないでは、打ち合わせをする意味が無い。時間の損失であろう。……この件、ロミも良いな?」
「まぁ殿下がよろしいと仰る以上、僕が何かを言うところでは無いですけれど。でも、この人の普段は蓮っ葉なんてものでは……」
「ロミ! よけーな事言うんじゃねぇ! ――おほん。んでは、改めまして。……リンク皇子。あたしになんか聞きたいことがあるんだろ?」
「ふむ、察しが良いな。……ならば一つ。通常、専門家は一般的に、ビレジイーターの駆除とはどうやるものなのか」
すく、と立ち上がるとターニャは、剣の代わりに腰に下げた鞭を右手で引き抜く。
「相手は獰猛で数も多い。だがやることは単純だ。相手が変に利口で情報の伝達手段を持っているのを利用する」
言いながらゆっくりと部屋の隅まで歩いて行く。
「先ずは母体になっている牛を殺す」
パーン! 誰も座っていない空の椅子に鞭を振り下ろす。
「そして王アリを間違い無く、……殺す」
総督の方に向き直ると、再度腕を振り下ろし、ヒュン! と鞭は宙を切る。
「ひぃ!」
「その情報は瞬く間に群れ全体に伝わり、パニックを起こしてたった一時だが動かなくなる。その隙に油をまいて焼き殺し、それを免れた奴らも片っ端から踏み殺す。群れ全部が全滅したらお終いだ。……と、まぁ。言うほどには簡単じゃ無いが、普通ならやることはこれだけだ」
「全てを殺すのは何故なのだね? 群れからはぐれたビレジイーターはさしたる脅威では無いはずでは無いか?」
ビレジイーターは元の群れに帰れなくなっただけで生きる気力を無くし、餌をとらずに餓死してしまう“気の小さい”個体が大半である。
「相手は小さいとは言え危険な武器を持ったモンスターだ。単純に危ない。それにはぐれた連中はヤバいんだよ……」
「殿下、私からその件について補足説明をさせて頂きます。――確率はごくわずかですが、生き延びたワーカーの中から群れを率いるリーダーが出て、寿命まで生き続けるものが希に存在するのです」
「そう言う連中をリジェクタは“はぐれイーター”と呼ぶんだが、そういった群れは通常より凶暴なのが普通だし、増えこそしないが、母体がない分駆除も厄介だ」
「なるほど。プロならそこまで気を使うのが当然か」
――だが問題は山積している。そう言うとターニャは鞭をしまって戻ってくる。
「母体の場所がわからねぇ、踏んでも、火で炙っても死なねぇ。このままじゃあたしの首も危うい」
そう言って首をすくめながら、ターニャは元居たソファに収まる。
「もとよりキミが自分で言い出したのだ、ターニャ。最低限、私が納得するような手がかりを明日より一〇日で掴んでみせよ。生き延びたくば、な」
「わかってるさ、皇子。悪いがあたしは往生際は悪いぜ?
「ティオレントの街には避難するよう指示は出してあるが、あの街が本格的に墜ちて、しかも羽アリが出てくるようならば。帝国本国の東側は物資の移送も交易も、ほぼ終わりだ」
モンスターが原因で荒廃した街は、その後一般の野生動物などでは無くモンスター達の住処となる事が多い。
「東からの交易が完全に止まれば本国は国としての体裁さえも危うい。そして本国に変事あらば、大帝国シュナイダー王朝連合全体にも当然波及は避けられない」
ティオレントの街は、大きくないとは言え帝国本国を横断する街道の終点であり、貿易や輸送の要衝。
現状は荷物が一〇〇キロ以上遠回りをしている状態で、帝国内での荷物の搬送はもとより、他国との交易にも支障が出始めている。
「それもわかってる。確かに急がないといけないよな。イーターは条件が揃えば、スライムなんて目じゃないほどに爆発的に増える。いくらアリとは言え、デカいし多い。そんなもんの群れが三つとか四つ、同時に侵攻してきたら、そうなっちゃ何人リジェクタを揃えようが対処のしようが無い」
――総督に一つ、頼みがある。そう言うとターニャは真面目な顔を総督に向ける。
「なんだ?」
「駆除業者乗換手当分の六万とあたしの取り分から四万引いてあわせて一〇万、それは明日にでもロブのカミさんに渡してやって欲しい。そんだけあればこのあとどうするか、考える時間くらい作れるはずだ」
――四代目、おまえはいったい……。局長の言は無視されターニャは立ち上がり、それに吊られるようにクリシャとロミも立ち上がる。
「皇子、連絡手段は?」
「当面は鳩を使う。今日中に10羽程度事務所へ届けさせよう。状況が逼迫してきたならば、私の一存では軽々に動かせないとは言え、龍騎兵を伝令に。と言うのもやむを得ないだろう。私は帝国存亡の危機だと考えているし、されば手段を選んでいる場合では無い」
軍事大国であるシュナイダー帝国のみが持つ兵科、龍騎兵隊。モンスター、それもドラゴンを使役する世界最強兵団である。
その速度は帝国軍第三軍団の龍騎兵団が使う、二足歩行の砂走り龍の部隊でも当然通常の騎兵隊が操る馬の3倍以上。
伝令だけなら人を乗せてなお、鳩の二倍以上の速度で空を飛ぶ飛龍を使う情報軍団の飛龍調査兵団が居る。
帝国軍第一軍団の突撃龍騎兵団が使役するメイルドラゴンなら、矢を通さない天然の装甲が空を飛ぶことになるし、これも当然馬よりは数段速い。
そしてリンクは帝国皇家の皇子であり帝国軍総軍団長補佐の肩書きも持つ。
条件付きとは言えこれらを動かす事が出来るのだ。
緊急の伝令にはこれ以上のものは無い。
「必要な時にはお願いすることになるかな、それと皇子にもう一つ頼みがある」
「私で出来る事なら何なりと言ってくれ」
「ビレジイーターの変種では呼びづらい。皇子に何か名前を考えて欲しいんだが」
――ふむ。リンク皇子は顎に手をやって考えること数秒。
「見た目通りに黒い矢印、ではどうかね?」
そう言って皇子はターニャの目を見つめる。――矢印の先がキミに向かないことを祈るばかりだ。
「あ、あたしに向いているウチは一般人は安全、ってこったぜ?」
少しだけ頬を赤らめたターニャは目をそらして、更にぶっきらぼうに返す。
「当然、貴女なれば返答はそうだろう。……だが、さればこそターニャ。貴女の心配は当面私がするよりほかは無い、と言う事でもある」
「し、死んだら首が取れなくなるものな!」
「貴女が失敗するとは塵ほども考えて居ないが、何より私も男だ。――妙齢で器量よしのご婦人、しかもその命の心配をしようと言うときに。いったいどのような理由が必要になると言うのだね?」
耳まで真っ赤になって、皇子の視線から逃げるように直立不動の姿勢を取ったターニャが、良く響く張った声で突然挨拶をする。
「では皇子殿下、総督閣下。明朝は早い出立である故、フィルネンコ他2名、これにて失礼致します」
ターニャはそう言うと、型どおりのキチンとした騎士の礼を取って見せ、“従者”二人もそれに倣って臣下の礼を取った。