草原の狩人
2017.8.16 台詞を一部修正しました。
「先程、今はリジェクタの見習いなのだと言ったな?」
花畑の中、少年と少女は向かい合う。
「えぇ。フィルネンコ事務所の所長に餓死寸前のところで拾って貰いました」
「所長というと……フィルネンコ男爵か? ……そう言えば、か、彼女は、その、び、美人で有名ではないか! ロミぃ~、まさか……!」
なんでここでかんしゃくが起きるのか、ロミには理解出来るまで数秒を要した。
「え? ちょ! ちょっと待って下さい! ――どう言う想像してるんですか!」
「いや、だって、妙齢の令嬢が行き倒れたロミを拾う。と言ったらほかには……」
「ありません!」
「人にばかり言うがな? 自分こそ男であろうとも十二分に整った顔つきをしておるのだぞ。それこそ、そこに無自覚でその辺をフラフラされたら私がたまらん! 私の大事な、その、なんだ、えぇと。友人、そう! 数少ない私の友人なのだぞ!? 本当に勘弁してくれよ? これ以上私の悩み事を増やさんでくれ……」
「……全く大袈裟な。ターニャさんは確かに美人だし優しい人ですが、それ以上に怖い人ですよ。僕の師匠はホンモノのプロです。――僕は彼女をそう言う意味では女性だと思って見たことは一度も無いし、男性として扱ってもらったことも無い」
「ちょっと待て。それはそれで大問題だ! フィルネンコ男爵は、ロミをなんだと思って居るのかっ!」
――なんだとって、普通に弟子でしょ? ……あぁ、あとは弟とか、かな。なんだと良かったんだろう?
ロミはようやくルゥパのかんしゃくが治まったのを見てほっ、と。ため息。
「それはさておき、――されば、私の元に入った情報は正しかったのだな」
どうやら、誤解から始まったかんしゃくの種火は押さえたようだ。ロミは胸をなで下ろす。
「なんですか?」
「ロミは帝都にてモンスター関連の仕事をしている。と言う噂が複数聞こえてな。但し直後に、リンクお兄様がMRMの議長に就任した関係上、それ以上は表だって話を追うことができなんだ」
「なるほど」
彼女も莫迦では無い。
リンクのすることに鼻先を突っ込む危険、それはきちんと認識している。
やること全てに先回りし、妹たちの危険は完全に排除しておく。彼女の二番目の兄はそれこそ過保護の典型のような人間である。
ルゥパはこれまで、危険と思われる現場で兄のにおいを感じなかったことが無い。
だからといって後で怒ったり、たしなめたりもしない。彼女が報告をあげるまで、妹を叱るために自身の執務机を立ったりはしないのだ。
当然報告をあげても、――皇帝妃陛下や皇太子殿下にこの一件は報告しないから安心しろ。以降は気をつけるように。と言われて終わり。
彼は彼で、ルゥパにとっては十分過ぎるほど怖い存在なのである。
「それでさしあたって、先ずはモンスター関連の有名所に出資をすることにしたのだ。まさか一件目から当たり、とはな」
皇族は十二歳になり、宮廷騎士の服に袖を通すと同時に、ある程度の予算を自身の好きに割り振ることができる。
自分の姉の投資が如何に的確であるか、彼女の姉に対する自慢話を何度も聞いているロミはその制度のことは、だから知っている。
「今日は偶々来ただけです。……その出資の件は引き続き各方面へお願いします」
今朝程も。彼は馬車の中で、そんな話をして来たばかりである。
「ロミが業界にいると知れた以上、そこは心配せずとも良い。私の今期の自由予算は全てモンスター関連に振り向ける」
「そんな無茶な……」
「私が如何に浅はかだとて、闇雲に投資をするわけも無かろう。一応調べた。……完全に予算不足だな、業界全体が」
「やたらに行き届いた調査ですね……」
「事前に姉上様が調べておった資料を引っ張り出しただけだ」
「リィファ姫、が……?」
「MRMの事がある。恐らくはリンクお兄様の役に立つことをしたかったのだろう。……だが姉上様の個人予算は事実上凍結されているから動かせん。だから私は姉上様の代わりに投資をするだけ。事前にチェックされた先を、再度調べているに過ぎん」
ロミは、ルカに初めて会った時からモンスター自体には疎いくせに、業界については妙に詳しかったのを思い出す。
「姉上様のリンク兄様への想いは、多少行きすぎているきらいがあると思うのだ」
会計や経理の専門家、と言うことでなんとなく納得していたが、その専門家の目でリサーチを終わらせた上で。
まるで儲かっていないとわかっているフィルネンコ事務所。その原因までも完全に把握した上で、あえて経理係となるべく門を叩いたらしい。
「経営状態まで調べてあったのか。……なんて周到な」
「あぁ、全くだ。兄妹である以上、あまり度を超すと良くない噂が立つのでは無いかと心配だったのだが。……此度の件、頭を冷やして頂く時間がとれた、とも言えるわけか。確かに考え様ではあるな、流石はロミだ」
「え? 殿下。なんの話ですか?」
「ん? 何か、おかしかったか?」
「あ、いえ。えぇまぁ、き、……兄妹ですからね。美男美女であらせられるのはそうですが、お二人ともその辺は……」
「そうだろう? おかしな噂だけで大事なお兄様と姉上様がギロチン台など、そんな話は御免被る」
「いやはや、全くその通りです……」
「その、ロミ」
「この臭い……。殿下、お待ちを」
ロミは足元の気配に気が付くと即座に抜刀、そのまま切っ先を足元へおとす。
剣には、直径10センチ前後のオレンジ色のロッテンジェリーが突き刺さっていた。
「オレンジマーブル? なんでこんなところに。スライムさえ居ないところに腐れスライム……?」
止めを刺したのを確認し、剣を布で拭って腰に戻す。
「ほぉ。……流石は専門家だ、私はまるで気が付かなんだ」
「まだ見習いですがね。……お話が、あったのでは?」
「あぁ、うん。――順番が逆になってしまって本当に申し訳無い。そう言う部分が私の気遣いが足らぬところ、だから誰もついて来ぬのだ」
「なんの話です?」
「お前のお父様の件だ。……ロミのお父様という以上に、私にとっても優しい叔父様のようなお方だった。私の抵抗及ばず、各方面の圧力に屈し、死地に送り出すことになった由。それは、皇族たる私にも責のあるところ……」
帝国の姫とは言え、現状でさえまだ十二歳になったばかりの彼女である。それでも何かしらの抵抗をしてくれたらしいこと。それはロミには伝わった。
「もはや許せとは言わぬ。自らの力不足を露呈する結果となったこと、今もって口惜しいばかりなりや。あのときの私にはなにも、……なにも、できなかったのだ。あれ程お父様に世話になっておきながら。……なのに私は、なにもしなかった」
「貴女が責任を感じる話ではありません」
「皇帝陛下は無理であっても、せめて。……せめて私の企てに皇太子殿下を巻き込むことができたれば、お父様も命をおとすことはなかったはず……」
ルゥパは唇を噛んで下を向く。
「既に当時、大兄様は皇太子として忙しく仕事をしておったにしても、それでもお話は申し上げるべきだったのだ。何度でも言う、許せとは言わない。これは私の怠慢だ……」
そこまで聞いたロミは唐突に剣の柄に手をやる。
「……! か、構わぬぞ。覚悟はとっくにできておるのだ。さぁ、やれ」
すぅ。眼を細めたロミはルゥパの方を真っ直ぐに見やる。
「ルゥ、動かないで!」
「あ、あぁ」
ルゥパは両腕を真っ直ぐに下ろし、ロミを見返す。
「大声は立てない、目も閉じない、動かない。……いいね?」
「ロ、ロミ? ……私は」
音もなく、剣を抜き放ったロミは正面。ルゥパに向けて剣を構える。
「ルゥ。僕を信じろ、動かないでよ!?」
「私はお前を疑ったことがないっ!」
軌跡も見せずにルゥパの頭の上を通過したロミの剣。それはそのまま振り切られ、ルゥパの頭にバラバラと草がおち。
その後、乱ぐい歯の並んだ“口”が目の前におちてきた。
「――な? ひぃっ!」
しばらく開け閉めを繰り返した“口”はゆっくりと動かなくなる。
大声を出すな、動くな。と言われていた彼女は、両手が不自然に開き、無様に腰が退けたが。
弱冠十二歳の少女は。それでも何とか悲鳴を飲み込み、足をその場に留めるのに成功した。
そのルゥパがはたと我に返った時、既にロミは彼女の後ろに陣取っている。
「こんなところで人喰い草に囲まれた!? いつの間にっ!」
ロミの目の前、雑草の集まったように見える胴体から、無色の体液が音もなく噴き出している。
足の代わりの根っこが突然柔らかくなったように見えると、ばさぁ。見た目通りの草の塊のような音を立てて、その異形の者の残骸は倒れたが。
その後ろにも同じくうごめく異形の影。
いつの間にか彼らは、草原の狩人達に囲まれてしまっていたのだった。
「後ろ四匹は僕が。――ルゥ、抜いて! キミの正面に一匹居る! 火の属性は禁止だよ、山火事になるから!」
「心得た、……氷の剣っ! ……効くのだな?」
ロミの声に応じて抜刀したサーベルは、見る間に青白い輝きを放ち始める。
「基本は草だ、切れれば何でも良い!」
「ただ切るなら得意だ! ――それで、どうすれば良い!? 専門家殿!!」
「目はないけれど、熱と振動、そして息を検知して襲ってくる。上手く向こうを自分の間合いに誘導するんだ……、後はわかるね? ――てっぺんに牙の生えた口がある、狙い目はその口のすぐ下。……あまり早くはないけれど歯は鋭い、気をつけて!」
その声に顔が引き締まり、目を輝かせたルゥパが答える。
「は、はいっ!」




