馬車の中の内緒話(下)
「そんな偉い先生とどうやって知り合ったんですか?」
「生まれてすこしから、なのかなぁ。なにしろ記憶は1歳半以前は朧気にしか無いから、その辺は自分ではなんとも」
「いや、それはそれですごいんですけど!」
ロミも彼女の記憶力が普通で無いことは知ってはいたが、まさかそれ程とは思って居なかった。
「……えーと、先生の娘さんとか?」
「んー、違うなぁ。……近いとこだと、ふむ。実験動物?」
「その言い方だと、犯罪のニオイしかしませんよっ! ……幼女を実験動物にしちゃいけませんよね!?」
何しろ相手は話から言っても変わり者の研究者。
必要であれば、人権などと言うのものはごく普通に無視する人種である。とロミは理解している。
「あはは……。そう言う実験は当然しないってば。まぁ外性器の発育状況の確認みたいな事はあったけど」
「もう完全に犯罪ですよ、それ!」
「うん。言葉にすると結構アレだったね、自分で言ってて今ちょっとヒイた。……あのね、例えばお医者さんの前で服、脱ぐのに躊躇しないよね? まぁその程度の話なんだよ。――でも実験の結果としての私。と言うのも。これはこれで事実だからね」
「いったい何の話を……」
「あれ? ロミには言ってなかったんだ」
「……? だから、なんの話なんですか?」
「非合法なので内緒ではあるんだけど。……私ね、エルフと人間のハーフなの」
「えぇえ!? ――何ですかそれ!? もちろん聞いてませんっ!!」
「そうなんだ」
人とエルフ、見た目こそ近いが人間とモンスター。
確かに性交渉に限れば、見た目ほど“スムーズ”では無いにしろそれなりに可能ではあるが、自然な状態において交配はもちろん不可能。
但し魔導の介在があればそれは可能になる。そこまではロミも知っている、が。
「先生にとっては、知能の発達や身体の育成状況を検分するための被検体。それが私だった、と言う話」
もちろん、自分で言うように非合法であり、バレれば作ったものはギロチン台に直行、作られたものも基本“廃棄処分”。それが帝国の決まりである
「だから内緒にしといてね? ――私、“処分”されちゃうから」
「いや、そのクリシャさん。それって結構、大事なんじゃ無いですか? サラッと言うような話では無いような……」
「でも実際そうだから、他に話しようが無いというか……」
何処までも普段の調子のクリシャに調子が狂うロミである。
確かにクリシャのかけて居る眼鏡は遠視用、眼鏡を外せば2キロ先の手のひらに載るような大きさの鳥、その種類や性別まで詳細にわかる。
その眼鏡を外して髪型を変えれば彼女が十六だということは誰も信じないだろう。完全に今、十四であるロミよりも年下だ。
エルフの身体的特徴、とがった耳こそ無いが。幼く見える。眼が良い。は完全に表に出ている。
寿命二百年はどうなっているものかちょっとロミは気に掛かったが、次の一言で完全に頭から飛んだ。
「あぁ、“作った”のは先生じゃないよ?」
「……じ、自分のことを作られた、とか言わないで下さい!」
「事実に即せばそう言う表現になるのだけれど、確かに表現としては不要に刺激的だね。……ターニャのことばっかり言えないなぁ。気をつけるよ」
確かにモンスターの種類には野生の怪物、知性のある怪物の他に、作られた怪物と言う括りがある。
代表的なところでは彷徨う鎧やゾンビ、歩く人形などの中でも、いわゆる自然発生したものでは無いものがそれに該当する。
そして、その括りの中には二種以上の生物を、人為的に合成した生き物。いわゆる合成生物も含まれる。
事務的に分類するなら、クリシャ自身も合成生物に該当するのではあるが、本来、作れる者が限られるうえ、生殖の可否や寿命設定などは非常に厳密に設計段階から管理されて居る。
当然それの材料に人間を使うのは禁止、その禁を破るのはかなり非常識かつ、危険な行為である。人間はおろか自然の摂理が太刀打ち出来ない本当の意味の“怪物”を作ってしまう可能性があるからだ。
モンスターでさえ、一応は自然の生き物、大自然の摂理には敵わないのである。
そして禁を破った当人も、わざわざ帝国政府が禁則事項に設定している以上は重罪人、事実が露呈すればただでは済まない。その時点でギロチン台送りが確定する。
もしくは運が良くても縛り首。他の選択肢は無い。それ程の重罪。
そして作られた生物も専門家監修の元、基本的には【廃棄処分】となる。
「いずれその事実に気が付いて、作った人を捕縛して私を拾ってくれたのがターニャのお父様。そしてその後、ターニャと一緒に一時育ててくれたらしいのだけれど。最終的にどう扱って良いかわからなくて、私を持ち込んだ先が先生のところだった。と言うことなの」
ただ、ターニャの父親は某かを彼女に感じ取り、“処分”が成されないように何処かに掛け合い、それは認められたらしい。
そしてその読みが正しかったのは現状、帝国随一のモンスター学者として最年少で次席博士の称号を得るまで成長したクリシャ自身。彼女が身をもって証明している。
まだ乳飲み子である自分の娘と共にある程度育ててはみたが、最終的には持て余した。なので専門家に預けた。と言う流れなのだろうか。と、ロミは考える。
一歳半以降の記憶を完全に持つ彼女である。多分頭が良すぎたのだろう。
きっと赤子でありながら大人達の考えを感じ取り、喋れずとも、歩けずとも。彼らの期待し、思うような赤子。そう言う言動を取ったのかも知れない。
普通ならば手のかからない良い子、なのではあるがターニャの父親も帝国に聞こえたリジェクタである。観察眼が並みでなかったのは想像に難くない。
可哀想だが自分の手には余る、として最終的に一時専門家に預ける。と言う苦渋の断を下した。
普段のターニャの言動を見ていれば、その父親であり師匠でもある彼女の父が、どのような人間であったのかは透けて見える気がするロミである。
合理的な人情家。
矛盾するようなその信条のお陰で、それを引き継いだ弟子であり娘。ターニャにすんでのところで餓死から救われた彼はそう思う。
――きっと冷たくて優しい人だったんですね。
「うん?」
「いえ、何でもないです。……ただ」
「ただ?」
「えぇ、そう言う先生であるならば、結構気難しい方だったりするのではないかと」
「うーん、むっつりしてるわけじゃないけど気さくな人。とは言えないかなぁ」
「……やっぱりそうですか」
「さ、まもなくだぜ。お二人さん。――クリシャ、帰りは何時に来りゃいいんだ?」
誰にも内緒の話をしていた二人に、御者台から声がかかった。




