表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/183

馬車の中の内緒話(上)

2017.07.11 本文に一部加筆しました。

 いつもの荷馬車ではなく、屋根も椅子もある、きちんと人を乗せる用途の馬車の客室キャビン

 一応四人乗りとは言え、もちろんそう大きなものでもスピードの出るものでもなく、座席に向かい合って座ったクリシャとロミはのんびりと馬車の揺れるに身を任せる。

 のんびり、とは言えこれで歩くよりは五倍以上速い。


「これから伺う方はクリシャさんのお師匠様、にあたるわけですよね? ……だったら大博士とか帝国学術院の上席研究士の方とか、そう言う方なんでしょうか」

 



 大帝国シュナイダー王朝連合は、自他共に認める軍事国家でありながら、研究者や学者の地位は高い。

 クリシャの持つ次席博士の称号にしても騎士の上、男爵の下、と言う程度の扱いを受け、公式の場では顔を合わせた皆が閣下とは呼ばないまでも博士。と呼んで敬意を払い、最敬礼する。

 研究士と呼ばれる研究者達も、騎士に準じる扱いを受け敬われるのである。



 ちなみにこれは、平民からの成り上がりであり、リンク皇子の近衛であるオリファ。騎士の中でも上位の位を受ける彼の言動が、偶にギクシャクする所以ゆえんでもある。


 何しろ次席博士ですら騎士の上。さらに男爵のターニャに、厳密には家銘を剥奪されていない伯爵家総領のロミ、身分を隠しては居るが皇家の長女で主の妹君、第一皇女ファーストプリンセスであるルカ。

 最近はそこに、妖精ではあるし、人間の称号とはそもそも違うとしても。正真正銘の女王。パムリィまでが加わった。


 貴族として正式にそれを名乗っているのはターニャのみ、ではあるものの。

 礼節を重んじる彼にとって、その全員からフランクに接してくれ。と言われるフィルネンコ事務所は、ある意味かなり厄介な鬼門なのである。



 年若くして優秀な研究者であっても、礼儀や作法に通じているわけでは無い。むしろクリシャに限らず逆であろうことは、ロミでなくても想像に難くない。

 “モンスター学の権威”として出かけるときは気が抜けないし、なのでターニャと同じ理由で、クリシャもロミに同行を頼むときが多い。

 実は彼女は彼女で、礼節に関する知識だけはある。という多少歪んだ状態なので、知っていて知らんぷりを決め込むターニャより非道い事になる可能性がある。と言うことを自覚しているからだ。



「モンスターには詳しいよ、帝国では一番じゃないかな。でも権威とか肩書きとかすごく嫌う人なの。だからいまも単に、モンスターを研究してる人なんだよ」

「クリシャさんの先生なのに、肩書きゼロ。……ですか!?」


「モンスター学で大博士の称号を持ってる人が居ないのは、先生が博士の称号を受け取らないからだ。なんて噂があるくらい」

「そこまで凄い人なんですか!?」

「一般に言うお弟子さんにあたる人が、私を含めて一〇〇人以上居るんだ」


「クリシャさんクラスが一〇〇人も!?」

「まぁ、専業でモンスター学をやってるのは私含めて数名だけどね。……ほら、モンスター学って、数ある研究の中でも特にリスクが高くて、その上わけわかんない生き物ばかりで研究もまとまらない。更には儲からないからね」



 大多数のモンスター学の権威は他の分野の専門家でもある。

 彼らにとってのモンスター学は、知っていると便利。程度の認識であり、故にモンスターを専門にするものは数が限られる。


 リジェクタとの情報共有は欠かせない一方、そこで新たに知り得た情報は当然学会に発表したりするのは他の学問と同じ。

 実用的な応用。と言う面では組合経由で、傘下約一〇〇軒のリジェクタに情報が還元される。


 だからといってクリシャの様に、フィールドワークをかねて直接リジェクタ事務所に籍を置くものはもっと少ない。

 これも危険で忙しく研究の時間が削られる上に儲からないから、である。


 同じく儲からないのだったら、帝国学術院やMRM、その他の研究機関に居た方が良い。と言う判断になる。直接命に危険が及ぶ可能性が少ないからだ。

 パムリィの言う経済、これにあまり関わりがないのがモンスター学者である。



「言われてみれば、モンスター学の博士って少ないですよね」

「次席博士が私の他に2名、博士は一人しか居ないね。大博士は居ないわけだし」

「普通の生き物よりも面倒くさいのに、ちっとも資料が増えないわけはそれですか」


「お金が無いとねぇ、ほら。ご飯食べられないから」

 スポンサーやパトロンになり得るのは、ほぼリジェクタのみ。

 ヴァーン商会のような例外はあるにしても、無尽蔵に予算を引き出せるわけでは無い。


 モンスターに関心のあるリンク皇子。彼が議長カウンターメジャーに就任したことでMRMも研究助成に予算をつけるようになったが、それでさえまさに雀の涙。と言う表現がしっくりくる程度である。

「……そりゃそうですけど」


「でも久しぶりだな、元気にしてるかなぁ? 普段の生活全般、構わない人だからなぁ」 

「僕が事務所に来てから、会いに行ったことって。ないですよね」

「そうかぁ、もう一年以上かぁ」

「僕のせいだったり……」


「あぁ、無い無い。……ターニャのお父様が亡くなってからしばらく、ターニャと二人きりでそれなりに忙しかったからね。それに相手が私であろうと、人に会うのをおっくうがる人だし」


「ところでクリシャさん、次席博士になったのっていつですか?」

 クリシャは一六。ジャンルを問わずこの年齢で博士の称号を持つものは帝国全土でも十指に満たない。

「一〇の時だったかな、急に宮廷にお呼ばれして。良くわかんなくて普段着で行ったら、……宮廷の執事さんやメイドさん達がみんな青くなってね。無理矢理着替えさせられたの、覚えてる」



 当然に幼いときからの英才教育を受ける必要があるはず。とロミは思ったのでそう聞いたが、一〇歳で次席博士の称号を受けるなら完全に天才である。

「先生も、ちゃっちゃと行って帰ってこい、くらいにしか言ってなかったし。だから皇帝陛下に謁見する、なんて最初から思ってなかったし」


「ひ、一人で行ったんですか……? 宮廷からの召喚状、何だと思ってるんです」

「今ならそんなことも考えるけどさ、何しろ一〇歳だから」


 なんであれ、称号を帝国から賜る以上は。皇帝か代理の皇族への謁見は含まれるはずであり、当然それは召喚状に書かれているはず。

 ドレスコードを守れ。とはもちろん書いていないだろうが。

「先生は仕事に邪魔な呼出、くらいにしか思ってなかったみたいだし。それに当時、私もまだ子供だったから、呼び出される意味さえわかんなかったし」



 研究者、と言う人種はあまりにも色々頓着しなさすぎる。とロミは思う。

 権威や礼儀礼節。そう言ったものは確かに、研究自体には不要ではあるだろうが、一方ではそう言うものと付き合わない以上は、研究費など下りては来ないのだ。


 あのターニャでさえ。ほぼ着る機会がないとは言え、ルカに言われるまでもなく年に一度、正装のドレスを新調する。


 宮廷から男爵としての正規の呼出や、大口契約を寄越す貴族との食事会など。おおよそ彼女が嫌うような事柄もまた、男爵家当主であり、所長でもあるターニャの仕事の範疇であるからだ。


 彼女がロミを拾ったのも、半分はそう言う場で失態を晒さないための保険。

 それを丸投げされたロミの努力によってその保険は現状、機能していると言えた。

 ロミが言う無頓着、はその辺を人任せにさえせずに放りだしている、と言うことだ。


 もっともターニャも権威や礼儀などと言ったものを嫌うとは言え。ドミナンティス男爵家三代目当主であり、歴史も看板もあるリジェクタ事務所の4代目。

 それがターシニア・フィルネンコなのであり。だから研究者とはだいぶ立ち位置は違うのではあるが。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ