ビレジイーター
2016.09.20 台詞の一部を修正しました。
2016.09.26 ルビの一部を修正しました。
「殿下、何故それ程に……」
「ポロゥ博士、私も一応モンスターレスポンスミーティングの議長の立場であることだし、専門家同士としてクリシャと呼んでもよろしいかな?」
「殿下がおよろしければ、呼び方はお好きなように」
「ではクリシャ、早速だがこの報告書を見て欲しい。中身は追々目を通して貰うとして今は二ページ目の線を引いた部分だけで良い。これは情報軍団の偵察部隊が今朝方、私にあげてきたものだが、――どう思うか?」
「…………。有り得ません、こんなビレジイーターはいません!」
報告書から顔を上げたクリシャがそう言うが、初めから彼女がなにを言うかなどわかっていたと言わんばかりの皇子は意に介さない。
「簡単にビレジイーターの性質ををここで。……良いかな? クリシャ」
「ターニャや総督さんもそうですが。殿下ご自身、モンスターには相当にお詳しいではないですか」
ここに居る中で一番の素人に思える皇子も、自ら進んでMRMに参画するほどである。
また帝国アカデミーモンスター部会の名誉総裁でもあり、クリシャも何度かモンスター学会などで直接話したことがある。
彼は宮廷ではモンスター通で通っている。
今のクリシャの台詞は、ビレジイーター程度は知っていて当然、と言う話である。
「対策を考える為には、一度みなで定義を再確認する必要があると思うのだが」
――わかりました、では簡単に。とクリシャは眼鏡をあげて真顔になると、一同の顔を見渡す。
――俗に言う体長約一〇cmのビレジイーターの他、やや小型で八cm強でありながらもっとも凶暴なメドゥイーター、大きさが十二cmを超える大型のグレイトイーターの以上三種。これが現在、帝国学術院で正式に確認されている、いわゆる村を一晩で喰い潰す大アリのモンスター。ビレジイーターです。
――大きさが10cm前後である以外は、見た目通りに一般的なアリと行動様式はほぼ共通です。そして極端に素早いわけでも、やたらに頑丈なわけでも無い。正直、モンスターに詳しい人が以外が見た時に大きなアリ、としか認識出来ないでしょうし、それは大きく間違ってはいないわけです。
――食性は雑食ですが肉食の傾向が強く、生きた家畜などを襲って粉々に刻んで巣に持ち帰るようなこともします。王アリ以外の群れの全てが普通のアリで言うところの働きアリであり、かつ兵隊アリでもある。分業をしているだけで同じものである以上、有事の際には群れ全体が一糸乱れず外敵に襲いかかります。
――寿命は約五年。主な武器はカメの甲羅でさえ噛み切る大顎、口から吐く鉄をも解かす酸、そして王アリ以外の持つ、生殖器の変化した尾部の毒針です。但し、やはり最大の武器はやはり数でしょう。通常は約五千から二万匹で一つの群れを形成します。約五〇〇匹のグレイトイーターに襲われた牛が、たった十分で骨だけになった。と言う記録もあります。
――通常のビレジイーターで約一万二千匹、大型のグレイトイーターでは通常約八千匹程度。小型のビレジイーターであるメドゥイーターでは約二万匹で一つの群れを形成します。最大ではメドゥイーターの約一六万匹と言う記録が残っています。
――その一方、モンスターといえどもサイズの制約からは逃れられません。よって当然物理的に押しつぶされたりすれば簡単に死にます。その他基本的に火気は嫌います。
――そしてモンスターとしてみると多少物足りなくはありますが、昆虫の見た目でありながら学習能力や仲間同士の伝達能力にも優れています。少なくてもただの昆虫や、スライムなどと一緒にしてはいけません。
――同じ群れには同じトラップは二度通用しませんし、巣別れの時期に元々の巣にいた世話係のビレジイーターたちが、若い雄と雌に自分たちの脅威を伝達している、と言う説もあるほどです。単独になった時の行動は臆病で、脅威があれば逃げきって、その脅威の内容と場所を仲間に伝えることに徹します。
――アリとのあからさまな相違点が一つ。昆虫のアリの群れは、女王アリを中心にほぼメスだけで構成されますが、これに対してビレジイーターの群れは王アリを中心にほぼオスのみで構成されると言う事です。
――何故こんなことが可能になるかと言えば、女王アリが偶蹄目のメスの脳内に入り込み完全に体の自由を奪った上身体の構造を書き換え母体とし、子宮へ入り込んだ王アリが母体とシンクロした上で体の続く限りタマゴを産ませ続ける。と言う生殖様式にあります。女王アリはビレジイーターの情報を母体へ複写し終わると程なく死に至るのですが、これこそがビレジイーターをモンスターたらしめているとも言えます。
――巣別れの時期のみ羽を持つ新王アリと女王アリが生み出されます。これは種類を問わず母体一つから約三〇匹前後ずつ、と言うのが普通でその後別の巣から出てきた雄雌がつがいになり、新たな母体を探すことになります。
――それ故、普通のアリとは逆に巣別れや母体替えの時期以外メスがいらない。自己を失ったまま母体となった偶蹄目は、寄生したイーターの王アリの寿命まで生きるのが普通ですので、働きアリたちは母体となった牛や水牛などが死なないように、砂で屋根を作って覆いを掛け、自分たちは食べない種類の草や木の根を運び、母体へと供給し続ける性質があるのです。
――自己が無いだけで母体は生きてはいますから、食糧が近隣に無くなると王アリの意思に応じて移動さえします。最大では母体となったレイヨウの一種が、元の巣から五日かけて五〇キロ以上移動した。と言う記録が残っています。
「但し、駆除自体はアリと似たようなものであり、駆除業者であれば一万匹前後の群れなら半日で処理してしまう。と言うのが我々モンスター学者の考える一般的なビレジイーターの姿です」
そこまで言うと、クリシャはテーブルの上の水に口を付ける。
「ありがとう。――そこまで踏まえた上で。その報告書を見て、どう思うかね?」
「報告書を見ての私の私見ですが。体長十五cm強、はぐれた個体を踏みつけても地面にめり込むだけで潰れず、火で焼き殺そうとしても動じないどころかむしろ襲いかかってくる。等と言うことはすべてあり得ないはずです。しかもその数最低一万。まぁ、……実際に軍の方がお怪我をなさっているようですが」
「取り急ぎ、宮廷に居たキミ以外のモンスターに詳しいものに見解は聞いた。概ねキミの言う通りの答えだった」
「なので私個人は、新種や変種の可能性が高いのでは無いかと推察します」
「ビレジイーターに似た生物、と言うのはどうだろうか?」
「でもさぁ、でん、くぁっ!? ――ぐふぅ! ……おぉお」
ターニャが口を開いた途端、ロミの肘打ちが脇腹にまともに決まる。
「どうしたかね、ターニャ。何処か具合が?」
「ご、ご無礼。ちょっと、む、むせました、こほんこほん。……改めて。お恐れながら殿下。帝国軍の新兵はビレジイーターの群れに放り込まれるのがしきたりだったはず」
これは怪物駆除業者なら誰でも知っている。
組合の持ち回りで数年に一回。
怪我人はともかく、死人が出ないように監視、監督の業務が回ってくるからだ。
「良く知っているね、その通りだ。私も、私の兄上である皇太子殿下も妹も。15の誕生日の日に、ビレジイーターのただ中に放り込まれた。数年後には末の妹も同じ目に遭う予定だ」
――皇子はともかく皇女にまでそんな事するのか、帝国皇家は容赦無いなぁ。と同じ事を思ったクリシャとロミは顔を見合わせる。
「それに情報軍団と言えば帝国軍の中でも精鋭が選抜される部隊、見間違えたりはするはずは無い、……とあたしはかんがえます」
「確かにな、そうなのだ。今回、被害の状況視察に送ったのは情報軍団の、分けても最精鋭部隊だ。私も見間違えは無いと考える」
「ならば種類はおいてビレジイーターで良いのだとあたしも思います」
そう言うとターニャは大真面目な顔で総督へと向き直る。
「……おっさん。この仕事、いくらだ?」