取引現場
昼下がり。
エルドランを名乗る男ともう一人がターニャ、ルカの二人と休憩用の東屋に座っている。
管理事務所のバッジを胸につけた男性の乗る馬がルカとターニャの前に止まり、ターニャと何事か話をすると、男は一礼をしてそのまま戻っていく。
「お嬢様、お話中に失礼を致します」
「何事ですかタニアさん、エルドラン卿とお話の最中ですのよ? はしたない」
「お許しを、お嬢様。……急ぎの連絡がございます故」
「わかりました。許します。――何事ですか?」
ターニャは口元を手で隠してルカの耳元に何事かささやく。
それを聞いてルカもふむ、と一つ頷く。
「タニアさん、ご苦労ですが事務所まで取りに行ってもらってよろしいかしら?」
「しかしお嬢様のおそばに……」
「貴女以上に信用出来る使用人は居ませんでしてよ? それにわたくしはエルドラン卿と一緒にいるのです。卿のお付きの方もいらっしゃいます。そこは心配せずとも大事はない、とみてよいでしょう。――大事なお茶のお道具一式です、よろしくお願い致しますわ」
「すぐ戻ります、お任せを。――エルドラン様、お嬢様を一時お願いします」
「何とか間に合ったようですわね。お三時のお茶の道具と言う体で持ってきたようですわ。連れてきた家人はタニア以上に気の利かないものばかりなので、どのように持ってくるか心配をしたものですが。きちんと言った通りにした様ですわね。今回は取り越し苦労で良かったですわ」
貴族家のお嬢様ならば、食事もお茶もデリバリーで運ばせるのはおかしくない。
ピクニックに自分専用の食器や料理人を連れてくることさえも、そうおかしな事では無い。
ルカが言うのは、現金をそれに偽装してヴァーン商会の目の光る保護区内、そこに持ってこさせた。と言う事である。
「タニアさんの気が利かないと言うならば、もはや用人の括りで気の利くものなど誰も居ないと思いますが?」
「お気遣い痛み入りますが、田舎貴族であっても。……いえ、田舎貴族なればこそ礼節を重んじ礼儀をわきまえなければ、ますますバカにされるばかりですわ」
「寡聞にして私は、バステニアというお名前を存じなかったのですが、さぞやティオレントではご高名であることでしょうね。お世辞やお追従で無く、用人の皆さまがたもタニア殿初め、とても良い働きぶり。お嬢様の博識ぶりも、もはやティオレントに留め置くのが惜しいほどです」
――どうやら、偽装工作をしておいて正解でしたわね。
ルカ身辺の調査は、出来る範囲でしたらしい雰囲気を感じてため息を吐く。
「お褒め頂いて光栄ではありますけれど。なにしろ名前ばかり古くて、事実上このところは何もしていない家なものですから」
名前を調べられて偽名だと判ると困る、と思ったルカは、だから普段の自分の名前と同じ様に、事実上無くなったティオレントの商家の名を名乗っているが、これはルカの知識とネットワークの成せる技のなのであって普通の人間には真似が出来ない。
普段名乗っているファステロンの名前と違うとすれば、家銘だけで無く、バステニアの名字を名乗る貴族家が一〇年前までは本当にティオレントにあったことくらい。
だから実際。これはルカの言う通り何もしていない家なのであり場所が帝都でさえ無い以上、本職の人捜しを使って本気で調べない限り商家である事しか判らない。
当然にルッカ=リンドなる娘が居る事実も無いが、これも調べようが無い。
「時にエルドラン卿。少々およろしいでしょうか?」
「どうなさいました?」
「わたくしの話し相手はどのような子になったのでしょうか。……正直に申しますれば田舎暮らしは退屈で、少し変わった話し相手ぐらい、居てくれないとやっていけないのですわ」
ルカはターニャの言葉を思い出していた。――密猟者について行ったフェアリィは、同族の加護はもう受けられない。ならば自分の元に来るフェアリィは、事後。どんな扱いを受けるものか
「普通のフェアリィでよろしい、というお話だったやに記憶しておりますが……」
「そうですわね。値段的にも田舎貴族にはそれで限界。だいたい、そのフェアリィさえ。ここに来るまで見たことが無かったと言うていたらく。田舎貴族たる所以ですわ、お恥ずかしい」
帝都で貴族の少女の間で妖精を飼うことが流行りだしたのが、約三年ほど前。
帝都の流行を知らない、と言う事さえルカの年代なら恥ずかしいことである。と言う前提で喋っている。
――作りすぎなんじゃねぇの? とターニャには言われたのだが。
直接家業に関係のない少女達にとっては、流行を追いかけることさえも。
貴族家の少女達にとっては、結果的に結婚相手を見つけることにも繋がる大事な仕事なのである。
少し拗ねたように話すルカに、エルドランは満面の笑みで答える。
「なんとピクシィと話がつきました」
「フェアリィでは無くてピクシィですの!? それはまた、珍しいですわね」
「お嬢様のことをご存じで、是非に一緒に暮らしてみたいとのことでしたが」
「わたくしを、知っている……?」
今朝のパムリィのみならず、ピクシィ自体、妖精の中では特に高い地位を誇る。人間にこびを売る必要はほぼ無く、人間と共に暮らす例もほんの数例。
――そしてそれは、例外なく相手をパートナーとして認めたときに限られてるんだ。ルカは食事中にターニャから聞いた話を反芻する。
「この公園内でもピクシィは数十体しか居ないのですよ。フェアリィと比べてすこぶる頭も良く、身体は小さいが一般には数倍丈夫、寿命もほぼ人間並みに長いです。長きにわたり、お嬢様の良きパートナーになれるかと存じます」
「そういう事であればお高いのでは無くて? 恥ずかしながら先程内示された金額以上となると、現状での上乗せは一万も出来ませんわよ?」
「当然対価については、当初お話しさせて頂いた通りで結構でございます。向こうの条件が、身元の引受人がレディ・バステニアであることでございましたから」
「は? わたくしを名指しで指名してきた、と?」
偽名を気にするはずのピクシィが、居ないはずのバステニアの令嬢を指名してきた?
ルカは見た目に不審が表れないよう、苦労して表情を維持する。
「しかし、わたくしは……」
「人見知りでなかなか出てこないピクシィと、お会いになって話しただけでも自慢出来ようものですが、その心までをも掴むとは。本当に特別な方なのですね」
「――旦那様、バステリアのお嬢様。お待たせを致しました」
下男が恭しく捧げ持って来た、豪奢な鳥かごのなか。ブランコに座ってルカを見つめる小さな人影。
「先程このものより聞いた。お前はルッカ・リンドと言うのだな? 今朝ほどはなかなかに楽しかったぞ」
かごに収まってブランコに座っていたのはパムリィであった。
ルカは彼女の本意を掴みかね、言葉を慎重に選ぶ。
「……。あら、まぁ。今朝ほどお目にかかって以来ですわね。こういった形でまた出会えるなどと、運命というものを信じてみたくなりますわ。本当に嬉しい限りです」
「なかなかに面倒くさい状態になってしまったの。お前に気を使わせるのは業腹ではあるが、それもすぐに終わりなのだろう?」
状況は理解出来ているようではあるが、ならばむしろ。――わざと話に乗った。と言う事なのですの?
ルカはパムリィの腹の中が読み切れないで居た。




