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花畑の女王

「ねぇターニャ。世の中のお嬢様やら姫やらと呼ばれている存在は、皆こんなことをしているものでしょうか?」

「囮とか、撒き餌とか。そんな扱いはされてねぇと、そうは思うけれども。……なんだ?」


 既に花畑に通い始めて三日目、契約最終日の朝。


 ルカの洋服は日替わりでくるくると変わり、ルカの設定した家の色であるブルーを基調に、ほぼ見た目の変わらないターニャの“重装メイド服”にしても毎日襟や袖の形、帽子。微妙にデザインが違った。

 今日の“ファステロン家の紋章"は、スタンドカラーになった襟の左に刺繍されて居る。


「……そうでは無く」

「着替えを整理するだけでも一苦労だろうしな」

 前二日よりは装甲スカートが軽いので、そこは助かったな。と素直に思うターニャである。

 スカートの吊りが肩に食い込んで、初日などは痣が出来たくらいだ。


「いや、お洋服の整理などは。それこそメイドなりの仕事であって……」

「お前の心配はあたらねぇさ。忙しそうにしてなさる人が大概だよ。――お前が一番良く知ってるだろ? そうで無ければ貴族なんてやってられねぇよ」


「もちろんそうなのですが。わたくしのここ三日の行動、これはこれで、皆さん納得されているようにも見受けられるので、ちょっと疑問なのですわ」


「たまに向きじゃねぇお嬢様だって居なさることはあるだろ。……そしてそうなりゃ今度は本人が一番辛いだろうさ」

 貴族のしきたりに全くなじめない自分も、ターニャは当然その中に含めている。


「向かない方、ですか。なるほど、モノは言い様。とは良く言ったものですわね」

 さぁ。と気持ちの良い風が渡り、ルカの首元を飾るスカーフとプラチナの細い髪の毛が揺れる。


「ターニャが騎士様に向かないのと一緒ですわね」

「貴族も向かないぞ?」

「あら? ここまで見てきて、ターニャには貴族家御当主様と言うのは、存外向きで無いかと思うのですけれど」

「そうかね。高貴なる(ノーブル・)義務の強制(オブリゲイション)、なんてさ。あたしにゃ縁遠い言葉だと思うんだが」



「ノブレス・オブリージュ。と同じ事であるのよな? 言葉としては良く聞くが、人間も妖精も。本当に理解出来ているものは果たしてどの程度居るものやら」

 昨日のミリィよりも更に小さい妖精が、ターニャの目の前に現れる。

 その大きさは、約一五センチ有るや無しや。

「ん? ピクシィか。……見ない顔だな?」 


「ふむ。お前がターシニアだな。皆がお前が来て居るので会ってこい、とそう言うから来てみたのだが」

「あたしに……?」

「みんながターニャにって、え? ……では。あなたは、もしかすると」


「頭が回るようだな娘。――いかにも。我は妖精の女王、パムリィだ」

「改めて、リジェクタのターシニア・フィルネンコだ。今後ともよろしく」

 ターニャは胸に手を当て、略式の臣下の礼の形を取る。


 距離感を計りかねていたルカだが、ターニャの礼をみたうえで、

「初めまして。わたくし、ターシニアの弟子にあたります、ルンカ・リンディ・ファステロンと申すもの。どうぞよしなに願いますわ」

 と、スカートをつまんで膝を曲げ、こちらは正式の挨拶をする。


「ルンカ・リンディ。品行方正であるのは評価するが、何故ゆえ真名まなを名乗らない?」

 やはりその部分はわかるものらしい。

「そ、それは……」

 すいっ、とパムリィはルカの前に場所を変える。



「事情があるならばそこは汲もうが、あまり良いことでは無いぞ。それに、人間が名を隠すときは犯罪行為を犯している場合が多いと聞いた」


「そんなわけ……! よろしいでしょう。聞きなさい、妖精を束ねし女王パムリィ」

 元から良かったルカの姿勢が更に良くなり、顎が上がる。



「わたくしは、本当の名をルケファスタ=アマルティア・デ・シュナイダーと言います。つまりはシュナイダー帝国の第一皇女だと言うことです。市井におりて、人やモンスターを勉強するにあたり、目立たぬように名を変えターニャ、……ターシニアでしたわね。今はこの彼女に助けてもらっているところです」

 ルカの差しだした手にパムリィが降りるが、彼女もまた姿勢を崩すことは無い。

 

「なれば、どうか女王にあっても、わたくしのことは、ルンカ・リンディと呼びしこと、そして帝国皇女の地位にあることは他言無用であることのこの二つ、ターシニアのためにもどうか守られんことを。このルケファスタ、伏して願うところです」

 ルカの“口上"が終わるのを待って、パムリィはルカの目の高さまで再び舞い上がる。


「納得したぞ、ルンカ・リンディ。お前は帝国の皇族なのだな? 女王として表に出て来てそうそう、早速に良い知り合いが出来た」

「今申し上げた通り、わたくしは姫としての力は持ち得ない、ただの女ですのよ」


「それでもだ。シュナイダー帝国と懇意にしているモンスターなどキングスドラゴンくらいのもの。友人に皇家の姫が居るならば、アドバンテージとしては十二分」

「そう言ってもらえるならば幸いですわ」

「帝国の不興を買って、ピクシィやフェアリィが根絶やしにされたのでは敵わないからな」


「……そんなことは」

「なにしろ、なにも出来んのはお互い様だ。せいぜい人と妖精の橋渡しとなるよう互いに努力しようではないか……。それと、安心しろルンカ・リンディ。お前の願いは我が生きている限りは守られよう」

 ルカはなにも言わず目を伏せると、スカートをつまんで再度礼をした。


「さて、ターシニア」

 パムリィは、すいっとターニャの音の前に場所を変える。

「なんだ?」

「このところ我が子らが次々、人の世へと出て行っている」

「すまない。ソレについては人間側にも落ち度がある」


「いや、攻めるつもりは無いのだターシニア。……我は純然に問いたい、人の世とは我らにとって住みやすいものか?」

「妖精の観点で眺めたことは無いが、例えばゴブリンやブラウニーが裏路地に住み着いていることはある。但しそれはフェアリィやピクシィではない。わかるよな?」


「フェアリィやピクシィの類は住み着いては居ないのか?」

 不思議そうな顔で更に尋ねる。

「野良ではほぼ、街に居着くのは無理だろうな」

「住みにくいのか? ならば何故、人は生きていられる?」


「人は、生きる上でお花畑は必須では無いからな」

「妖精も増えるとき以外は、事実上要らんのだが。外に出たがる輩は贅沢な者が多いのだな」

 パムリィは腕組みをすると首をかしげる。


「やはりお花から生まれる、と言う事なのですの?」

「実際にはちょっと違うが、まぁそういう事だな。――リジェクタであれば、我らのことについては詳しいのでは無いのか? ルンカ・リンディ」


「先程も申した通り、まだ見習いなのですわ。だからターニャに色々教えてもらっているところなのです」

「ふむ。向上心を持つ人間というのは悪くない。我にも出来る事があれば気兼ねなく言ってくれ」

 ――ありがとう存じます。と言ったルカの肩の上にパムリィは何気なく座る。


「ところでパムリィ。妖精狩りの密猟者を見なかったか?」

「このところ多いらしいな、直接見かけたことは無いが……」

「お前も気をつけてくれ。無理矢理さらうこともあるらしいからな」

「そういう事であれば気をつけよう」



「そう言えば。フェアリィのミリィが、新女王が命令を出さないと嘆いていたがアレは?」

 ターニャに問われて、パムリィはふわっと舞い上がると、空中で直立不動の姿勢を取る。


「誰かになにかを言われずとも、自分の行動は自分で決めるべきだ。それが出来ないものは非道い目に遭おうが自業自得、勝手に滅べば良い。妖精、特にピクシィ、フェアリィ種はモンスターの頂点たるべき存在だと我は思う。だから、莫迦バカの血などは要らん。残す必要など無いから、どこぞでのたれ死ぬというならそれで良い」


「それはだいぶ傲慢なんじゃねぇの?」

「頭の出来と気質の話をしている。ピクシィ、フェアリィ以外ではここまで他の種のことを考えることは出来ん。我は、だからこその女王だと思うてあるぞ」 


 ――また会おう。そう言ってパムリィはどこへともなく姿を消した。

「まだお昼どころか、お茶の時間にもならないのに女王と逢えるなど、ツイていますわね、わたくし達!」

「……いつもながらお前のツキは怖いくらいだよな、本当に」

 太陽は、まだ中天に昇りきってはいない時間である。



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