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花畑の少女

「いつもこうなら楽で良いですわねぇ、ターニャ?」

「こうもなにもねぇと。いくら相手が姉御とは言え金、もらうのに抵抗があるんだけど……」


 天気の良い昼下がり。

 明らかに花畑、と言うのどかで平和な背景の中。ターニャとルカは佇んでいた。


「綺麗なお洋服を着て、ただ立っているだけで一万五千ですわよ? こんな良いお仕事は他にありませんわ」

「お前がお姫様だっての実感するよ。その手の服来てて違和感、一切ねぇもの」


 ルカは風が吹いたら飛んでいくのでは無いか。と言うほどにフリルのあしらわれた真っ白なシャツに、いかにも上等な生地の空色の上着を着て、大きなツバのついた帽子をかぶっている。


「ターニャも素敵な女騎士様ぶりですわよ」

「装甲スカート、ねぇ。ホントにあるんだな、こう言うの」


 一方のターニャも青い服を着ているのは同じであるが、こちらは大きく膨らんだ袖の下の二の腕と、前身頃の部分に一部装甲板が隠されたシャツと上着。


 そしてすねまで覆う長いスカートは、彼女の言う装甲スカート。吊りスカートのプリーツ部分には、隠す気のない金属の輝きがチラチラと見える。

 大きくないツバの廻った帽子の中にも鉄の補強材。帽子に結ばれた長いリボンの左右には、帝国章と昨日ルカが10分でデザインしたファステロン家の家紋。


 腰に細身の剣を差すことが前提のデザインであるので、帯剣ベルトも含め意外にもそこは違和感が無い。


 通常剣士がつける革の手袋こそ無いが、細身の剣の握りの部分には短時間であれば打ち合いになっても耐えられる様に滑り止め兼緩衝材として、綿が詰められ、皮の帯がキツく、やや厚めに巻いてある。

 つまりはこの格好で臨戦態勢なのである。


 お嬢様が普段の生活をする中での護衛、そうであるのでゴツい武器防具は無し。但し、万が一の際には主の為に、賊を倒せないまでも、時間を稼ぎ楯になる。

 ターニャが今袖を通すのはそう言う用途の服だった。


 さる良家のお嬢様と、そのお付きの専属女騎士。そう言う設定であるらしいが、本当に端から見てそう見えているものかどうか。ターニャはため息を吐く。

「値段分は危ねぇ、って事なんだぞ?」


「相手が人なら。それならターニャのことは、わたくしが間違い無く守りますわ」

 空色の服を着たお嬢様は女騎士にそう宣言する。

 腰に吊られた金色に輝くダガーの他、胸と太ももに短剣、袖口には投げナイフ、スカートの中にはなんと短めの打突剣エストックを隠し持ち、そもそも徒手空拳であっても、護衛の騎士より数段強いお嬢様である。


「やれやれ……。見た目と反対でやんの。カッコわりぃな。重いだけだよ、重装メイド服」

「得意分野はそれぞれですもの。格好云々など関係ありませんわよ?」

「お前が良いってんならそれで良いんだけどさ……」 



 今、二人が特に当てもなくのんびりと歩いている花畑は、モンスター自然保護区。

 まさに名前の通りの場所なのではあるが、見ていて不快になるようなモンスターや、特に人に危害を加える種類のモンスターは居ない。


 要するにモンスターが放し飼いになっているが、特に危険はない。と言う場所。

 本来はモンスター研究者達が作った施設なのであるが、資金調達のためにその一部を開放、危険のないものを集めてある場所である。


 一般の生物よりもモンスターの多い環境は、更にモンスターを呼ぶことになるのだが、リジェクタ達が“掃除”、と称して場にそぐわない種類のものを定期的に駆除している。

 なのでルカが現在背負っているような設定のお嬢様が、“野生のモンスター”を見学しに来る、と言ったことも、ここではごく普通にある光景である。


 そしてモンスターには興味がなさそうな、貴族のお嬢様がわざわざ足を運ぶ。この自然保護区の目玉は当然――。


 

「あっ! ターシニアだ!」

 いきなり花畑の中から飛び出して、ターニャの目の前に現れたのは。

 年の頃なら一四,五のワンピースを着た少女。但しその少女は背中に羽を持ち身長は約30センチ、つまりはフェアリィである。


「お、ミリィか。久しぶりだな。元気だったか?」

「まぁ! 本物のフェアリィ!?」


「今日は変なカッコしてるねっ!」

「変じゃないと思うけどなぁ。カッコ良くないか? これ」

「重そう!」

「それは否定しないけどな」


「そっちの子は知らない! アクリシアじゃ無い!」

「わたくし、ターニャの助手でルカ・ファステロンと申します。よしなに」

「むぅ……」

 自己紹介を受けて、フェアリィは何故か難しい顔で腕組みをした。


「妖精の類はみんなそうなんだが、本当の名前で無いと気になるんだってさ」

「わかるものなのですか、……でも外で本名を呼ばれても、それは困りますわね」

 ルケファスタ=アマルティア・デ・シュナイダーである。と名乗ればフェアリィは納得するだろうが、一方。

 絶賛家出中である帝国第一皇女ファーストプリンセスの名前で呼ばれては、色々と困るルカである。



「えぇと、では改めて。先日よりターシニア・フィルネンコの弟子になりました、ルンカ・リンディ・ファステロンと申すものです、フェアリィさん。宜しくお見知りおきを願いますわ」


「ルンカ・リンディ? ちょっと変な名前! でもなんか事情ありそうだから良い! 私はミリィ! よろしく!」

 略称が気にくわない。と言うだけでも無さそうで、更には偽名である事には気が付いている様子なのだが、納得はしてくれた様子にルカはため息を一つ。

「……よろしくですわ、ミリィさん」


「ミリィ、密猟者が入ってるって姉御が言ってたが、なにか知ってるか?」

「みんな外、行きたがるから! ちょうど女王様不在でやりたい放題だから! 誘われたらホイホイ出て行っちゃうの! 困ってるの!」

「女王不在?」


「こないだ死んじゃったの!」

「知らなかったよ。――で、新しい女王は?」

「新しい子は、もうだいぶ前に生まれてる! けど、今はまだ命令出さないの!」

「姉御以外に声をかけられても、付いていかないようにみんなに言っててくれよ?」

 ――お前は女王以外なら結構エラい大お姉様なんだろ? ターニャがそう言うとフェアリィは腕組みでむくれる。


「誰も言う事聞いてくれないの! ウイリアムじゃない人はあとで非道い目に遭うからダメって、みんなに言ってるのに! 外でのたれ死んだら困るって言ってるのに!」

 妖精は飽きたのか、――じゃあね、ターシニア。そう言うと花畑の上を何処かに飛び去っていく。



「初めて見ましたわ、フェアリィ。想像以上に可憐な姿ですのね」

「ほう、宮廷には居ないのか。賢明な判断だな。――なんでアレと四六時中一緒に居たいと思うのか、あたしには謎だよ」

 ――装甲スカートは座りづれぇよ。そう言いながら手近な石を見つけたターニャは腰掛ける。


「先程のミリィさんとの話。……密猟、と言う言葉に違和感があるのですが」

「誘拐、とか。近いかな」

「むぅ。……もう一つわかりませんわね」


「ようするにだ、自分の意思でお花畑を出たい。と思うヤツしか事実上外には出ないんだよ」

 嫌がる妖精を捕獲したところで売り物にはならない。当たり前だ。

「特に此所のお花畑は人工ものだしヤツらにしたら結構狭い。外の世界が気になるのはそうなんだろうけどな」


「その仲立ちをしているのがヴァーン商会、リアンお姉様、と言うことなのですか?」

「そういう事。外に出てもやっていける。妖精を飼う財力がある。妖精の女王と姉御が、二人共。人間と妖精、両方を見てそう言う判断をしなければさ。本来、妖精がお花畑を出ることは無いんだよ」


「だから密猟は誘拐、なのですか?」

「そうだ。例えば精神的に弱い子が外に出れば最悪2,3日で死ぬ」

 ――見た目通りに弱い生き物だ。環境の変化には特に弱い。そう言いながらターニャは帽子を脱ぐ。


「例えば、お花畑を用意出来ない程度の小金持ちが妖精を飼ったところで、環境が整わなければ一ヶ月程度で結果的に殺しちまう」

 ――此所は学者達が一年中,人工的に花を咲かしてるんだがな。ターニャは脱いだ帽子をくるくると回す。リボンが出鱈目でたらめにふわふわ揺れる。


「此所には寒いときの待避小屋もあるんだぜ、見えないだけでな。その中だって当然、冬でも花が咲き乱れてる」

「必須条件なのですか、……お花畑」


「あぁ、一年中何かしら花が咲いてるのが条件だ。家の中に花畑用の部屋を作るのが普通だな。だから本当の金持ちしか飼えないんだ」

 ――もっとも野生だったら、冬場は崖の隙間や石の下なんかに引きこもってるんだけどな。ターニャは絡んだリボンを丁寧に伸ばすと帽子をかぶり直す。


「思った以上に贅沢な趣味ですのね」

「此所に定着させるだけでも10年以上かかってる。……殺さないためにはどうしても必要なんだよ。外に出る子の選別も、お花畑も、な」



 お茶の時間も過ぎて、まもなく夕方になろうかという時間。

 空色の服を着たお嬢様と、そのそばに立つ藍色の女騎士に、詰め襟のスーツを着たやせぎすの男性が声をかける。


ファステロンのお嬢様(レディ・ファステロン)。お楽しみのところ恐縮ですがそろそろお時間でございます」


「あら? もうそんな時間なのですね。ここへ来てから時計をみていないので気が付きませんでしたわ」

「よろしければそろそろお戻りのご準備など、お願い致したく……。もしお気に召しましたなら、明日もまたお運び頂ければと存じます」


「仕方がありせんわね。――戻りますわよ? 準備を」

「はい。……お嬢様のよろしいように」

 誰がどこから聞いているかわからない。なのでお嬢様と侍従、基本的にはこのスタンス。

 意外にもルカが一番嫌がった設定である。


「それとお嬢様には、もう一つお願いがございます。我らがヴァーン商会の会頭が貴賓室でお嬢様のお帰りを待っておりますれば。お忙しいとは存じますが、管理事務所の建物に少々お立ち寄りを頂けないでしょうか」

「わかりましたわ。……では。レディ・ヴァーンには後ほど伺います、と言づてを願えますかしら?」

「承りました。なれば後ほどお嬢様のご準備がよろしい頃に、お荷物など預かり受けに、今朝程お迎えに上がったものを寄越しましょう。ではわたくしはこれにて一時いっとき、失礼をさせて頂きます」

 うやうやしく礼を取ると、男は下がった。



「あの方が、此所にいると言う事は、お屋敷のお掃除係からリジェクタ部門に戻れたのですわよね?」

 今日はもう帰って良い。と言いに来たのは先日、フィルネンコ事務所に現れて、自分が殺しかけた男であったのに気が付いたルカである。


「だいぶ服装も言葉使いも変わってるけどな。――気にはしてたのか、それ」

 当然にターニャもその事には気が付いて居たらしい。

「自分の何気ない一言で他人の人生が変わってしまうこと。これほど怖いこともそうそうありませんわ」

 帝国の姫として、自分の影響力はきちんと把握しているルカである。

 

「意外と良いヤツなんだよな、お前」

「当然ですわ。もちろん自分で言う程、人の機微きびさとい。と言うわけでも無いでしょうけれど。――ところでターニャ」

「ん?」


「人というのは変われば変わるものなのですね」

「もぎり取られて女になるのは、それはイヤだったんだろ? 姉御が言うと冗談に聞こえないからなぁ。……気持ちはわからんでも無い」

 二人が帰り支度を始めた時、空の色はまだルカの上着と同じ色だった。



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