妖精の専門家(中)
2017.05.03 本文を一部修正。
「……相変わらずあのタイプ虐めるの、好きなんだなぁ姉御。――まぁ入れよ」
「や、しばらく。――ん? お前、だいぶ雰囲気変わったな」
百九十を超える身長に更にヒールを履いて、小柄なターニャとの身長差は大人と子供程も開きがあるその女性は、しかし優雅な身のこなしで事務所に入ると、来客用のソファへと収まる。
「髪、どうした? 短いのも似合うじゃないか。まるで皇帝妃陛下の若いときみたいだ。――お? その髪飾も素敵じゃないか。……どうしたんだよ、急に色気付いちまってさ。リンク皇子は、お前がお洒落がしたくなるほどいい男なのか?」
「そんなんじゃ無いよ。髪は仕事でちょっとしくじって、そんでルカに痛んだトコ切ってもらったんだ」
「長いのも似合ってたが、なんか今のが、かえって色っぽい気がするよ。――髪飾りのせいかねぇ?」
「髪飾りは仕事の関係で貰ったんだけど、いいだろ? これ。気に入っててさ。……みんな似合うって言ってくれるし。――ルカ、お茶を用意して貰って良いか?」
お茶を配り終わったルカが姿勢良く来客の前に立つ。
「ヴァーン家の御令嬢。先ほどの非礼の段、どうかお許しを。わたくしを拾って下さり、あまつさえ役目を与えて下さった、我が主たるターシニア・フィルネンコ。この方を侮辱されること。わたくし、お相手が子爵家に連なる方であろうとも。どうあってもそれだけは許せません。他の事はともかくも。どうかその事だけは、ご容赦を願うところです」
そこで改めてスカートをつまんで挨拶の形を取る。
「わたくしは家族も、臣下も家財も無くし、家銘さえ残っておらぬ古の侯爵家ポーラス、その形だけの主。家の名さえ無くし、今はルンカ・リンディ・ファステロンと名乗っておるものにございます。卿は帝国貴族にして、同じくリジェクタとしてのお仲間でもあり、また経験も知識も全てがわたくしよりも上と存じます。故に先程のようにルカ、とお呼び下さいませ」
大きな女性はそれに対して姿勢良く立ち上がると、こちらは臣下の礼を取る。
「なんと! ポーラス侯の血族の方であったとは……。非礼をわびるのはこちらでありましょう。侯爵領が帝国に併合されたのはもう十五年も前。お若い身空で色々ご苦労があったでしょうに、なんと気丈な。……改めまして、私めは帝国より子爵の位を預かるヴァーンの事実上の当主、リアンと申すものに御座います。以降宜しくお見知りおきの程を願うところです」
「こちらも宜しくお願い致しますわ、ヴァーン家の御令嬢、……いえリアンお姉様」
「なるほど。――では。……こちらこそ宜しくね? ルカちゃん」
そう言ってリアンはちょっと姿勢を崩すと、ルカにウインクをしてみせる。
「……と言う事で、良い、のかな?」
「はい!」
――所長様、リアンお姉様。要らぬ時間を取らせたこと、重ねてお詫びを申しますわ。どうか不作法なルカをお許し下さいませ。ルカはそう言って一歩下がる。
「いいさ。貴族のしきたりは良く分からんが、そう言う話し合いもケンカにならん為には必要なんだろ? ――で、姉御。今日はわざわざなんの用事だい?」
「あぁ、それな。……お前が可愛い女の子を雇ったと言うから見に来た。と言うのが半分」
「……そんなどうでも良い理由でリジェクタをクビになっちゃったの! あの人?」
「最近、商会の名前を笠に着て調子に乗りすぎだったからね。ウチもA級だからさ、仕事が出来りゃそれで良いってもんでもない。少しは教育も必要だろうさ。――あんなんじゃ、いつまでたってもフェアリィなんて触らせるわけには行かないよ。全く……」
――なんだかんだで良いスタッフが揃ってるよ、お前んとこは。そこでリアンは身を乗り出す。
「で、用事のもう半分。……良いスタッフが揃ってるとこで。ターニャに私の仕事を手伝って欲しいんだ」
これにはロミが過敏に反応する。
「是非もありません、毎回手伝って貰ってばかりで心苦しくて……」
「ロミも現場に出るようなったそうだね。組合長から聞いてるよ。それに手伝った分は毎回キッチリ貰っているからそこを気に病むことは無い」
「でも姉御の仕事、あたしらなんかで手伝えるもんか?」
ヴァーン商会リジェクタ部門の専門はインテリジェントモンスターとされる妖精全般。
要するにフェアリィやピクシィ、床の下の小人や水辺の小人。
これら一般的に妖精のイメージで語られるものに加え、ホビットやゴブリンなどとひと括りで“妖精”と言うモンスターとして分類されている、と言う事である。
そこに分類されるホビットやゴブリン、トロールが人里で“悪さ”をしたときの対処は勿論だが、一番の収入源は帝国で唯一許可された“妖精の捕獲、販売”である。
主に身長約三十cmで美しい女性の容姿を持つフェアリィと、そして更に小さいピクシィが主な収入源だが彼らは頭が良い。並みの人間では言い負かされる可能性もある。
そのかなり厄介な相手を専門にしているのがヴァーン商会である
商家でもあるヴァーン商会は政府から専売の許可を取り付けると、フェアリィを飼うことが貴族のステイタスである。と宣伝をぶって浸透させた。
今や貴族の子女の一定数は“妖精”を鳥かごに入れ、肩に乗せている
頭が良い以上捕獲には手間がかかるし傷もつけられない、捕って良い場所や時期、数などは厳密に決められ、それは逐一保全庁やMRMへと報告の義務がある。とても簡単とは言えない仕事である。
その手間を考えてもまだ儲かる、それが“妖精狩り”である。
当然密猟者も出るのだが、ヴァーン商会の名前と、なにより実力行使。
それでここまで文字通りに“叩き潰して”きた彼らなのである。




