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終業報告

「お、帰ってんのか。――ただいまぁ」

 ターニャがかなりゲンナリした様子のルカを連れて事務所のドアを開く。

 日はまだ高い位置にある。

「お帰りぃ。ずいぶん早かったね」

「そっちも意外に早かったな。……問題なく終わったか?」


 ルカが事務所に来て、ロミがヤル気になった。そのお陰で、事務所は二手に分かれることが出来るようになり、細かい仕事も取るようになった。

 ルカの会計処理で、今期が大赤字である事が判明したせいでもあるが……。



 本日は、ロミとクリシャ、ターニャとルカに別れて早朝から駆除業務に出ていた。


 ロミ・クリシャ組は某貴族からの指名の依頼で、領地内で立木を枯らすキラービートルの対処に向かった。

 一方今帰って来たターニャ・ルカ組は環境保全庁からの緊急依頼で、数名が犠牲になった開拓地の巨大アリ地獄(イーター・ライオン)の駆除へと廻っていた。



「二mの巨体で火を吐いて岩をひっくり返すとは言え、でっかいカブトムシだもの。

――ターニャが言ってた業者の人も直ぐに引き取りに来たよ」


 樹液を吸うのは普通のカブトムシと同様。当然、通常は木に影響を与える程樹液を吸ったりはしない。

 但しどうやって見分けているものか。人工的に植林した樹木は別で、枯死するまで全てを吸いあげる。

 当然二,三匹現れればその大きさから林程度は数日であっさり全滅する。


 オス同士が縄張りやメスを巡って人里で争いを始めれば、そこは巨大なカブトムシ。パワーは見た目の数十倍、小さな村なら全滅する程の被害が出る。

 そして当然モンスター。力が強いだけでは無く、自らに害をなすと見なせば、パワーでのアタックの他、結構な射程距離を持つ火を吐くのだ。

 更にその固い外骨格は、屈強な兵士が投石器スリングで投げた鉄の玉さえはじき返し、熟練の騎士の剣さえ透らない。


 近隣に現れた場合、住人にとってはかなり始末の悪いモンスターではある。

 実際に脅威度はⅢ種に分類され、政府からの仕事だった場合は駆除業者リジェクタ以外に駆除依頼がかかることはない。

 

 但し、ビレジイーターさえアリと言いきる駆除業者リジェクタから見れば。キラービートルでさえ昆虫の延長線上、デカいムシ。でしか無いのである。


 しかも最近はその剥製をリビングや客間に飾るのが貴族の間で流行っている。単純に強いので、当然その分値段は張る。

 冒険者達も力試しにと、わざわざ対峙するために山へ趣くときはあるものの、剥製にするなら綺麗な死骸でなければならない。

 剣や魔法でバラバラ、穴だらけの死骸では意味がないのである。


 なので剥製業者は出現情報や保全庁の駆除依頼、そして駆除の仕事を受けたリジェクタの動向を気にし、自ら引き取りの営業をかけてくる。

 つまり、死骸の処理でさらに儲かるパターンのおいしい仕事であると言う事だ。



「依頼自体は早期収束で千五百のボーナスが付いて全部で四千、死骸は手数料も込みで、剥製業者がオスは二万、メスは一万で引き取ってくれるそうなので、なんと全部で総額五万四千に、なって……」

 ロミはこの報告で喜んでくれるはずのルカが無反応。どころか、かなり機嫌が悪いことに気づく。


「あの。ルカ、さん……?」

「なんなんですの、あれは! ただ延々と砂を吐いて来て! お陰で頭の先からブーツの中まで全身砂まみれですわっ!」

「基本的にはデカいアリ地獄だからなぁ。当然そうなるだろ?」



 ルカは、先程まで。二mの穴の底から、巨大アリ地獄(イーター・ライオン)に延々と砂を掛けられ続けていた。


 見た目は名前通りにビレジイーターを好んで補食する大きなアリ地獄(アント・ライオン)

 だが巣穴の高さは二m以上の高さがあり、人間が巣穴に落ちれば上がれないし、当然のごとく喰われる。

 彼らには巣に落ちてきたのが生き物であるかどうか、それ以外の好き嫌いがない。


 名前の通りに彼らは、ビレジイーター系のモンスターを好んで補食する。カモシカやレイヨウが母体ならば、そのイーターの群れは岩山に居ることも多い。

 その辺は流石にモンスターであり、餌が居るなら岩場さえ砂に変えて巣を作る。

 つまり岩さえ粉砕して砂へと還元してしまう厄介な能力を持つ、と言う事だ。


 今回の相手はその巨大アリ地獄(イーター・ライオン)の中でも大きく、気性の荒いジャックナイフ・ジャンボライオン。

 彼らはもちろんビレジイーターも喰うのだが、巨大アリ地獄(イーター・ライオン)の中でも異例で、他の動物やモンスターを主食にする様に進化した種である。


 体長は一.五mを優に超え、名前の通りにナイフのように鋭く、鋼さえ切り裂く両前足の爪は落ちた獲物の息の根を止める。そのサイズから当然大顎は人間の胴体を軽く両断する。

 そして見た目に反して砂の中に居る限りはやたらに素早い。


 段取りが終わるまで目を離さず様子を見ていろ。とターニャに指示されたルカに対して約一時間。

 彼女を脅威と認識した巨大アリ地獄(イーター・ライオン)は、ルカが場所を変えようと距離を取ろうと、間断なく砂を浴びせ続けた。


 毒や酸を吐くわけではないのは良いのだが、その分。

 まるで嫌がらせのように顔に当たり、服の裾に潜り込むその砂は、大人しいお嬢さまの“ふり”をしてるルカの心の“何か”。それを徐々に、確実に削り取っていった。


 その間、ターニャは周りに居た開拓団に対し、荷車に道路用の砂利を積んで、巣を埋め立てるように指示。荷車三台を手配し、砂利を運び投入場所を指示するべく指揮を執っていた。


 本来は水を撒いて砂の流動性を止めるのだが、山の中では大量の水は簡単には手に入らない

 なので巣穴を半分程度砂利で埋め立てて、動きが鈍ったところで止めを刺す。

 この為に段取りに時間がかかる、と言う事である。ターニャが取ったのはこの手の駆除では常套手段でもあった。


そして本来、水を撒く代わりに砂利を使うので人手も手間もかかる。つまりは結構時間がかかるはずだった。



 だが、荷車三台分。最初の砂利が投入され、若干だけ動きが鈍って、人間の足場が仮に確保出来た時点で。

 頭から砂を掛けられ続けて怒り心頭のルカは、ターニャの静止を無視して巣穴に飛び降りた。

 相手の攻撃は全く意に介さず、両の前足を切って捨て大顎をへし折り、何事も無く首を刎ね。三〇秒で駆除は終了した。

 そのせいで、予定を大幅に短縮して依頼は終了したのだった。



「こっちは保全庁総督おっさん絡みだから追加は無し、五千八百で確定だ。砂利と運搬費で五〇〇、死骸の処理で三〇〇マイナスだから最終は五千、だな」

 当然、同行していたターニャもそれなりに全身砂まみれであるが、こちらは予定通りでもあり、さして気にする様子も無い。


「ふむ、両方で五万九千ですか……。あと一万ちょっと足りませんわ」

 数字の羅列を聞いて会計係の顔に戻ったルカが、頭の中の帳簿に今回の依頼料を書き足す。

「まだ足りないかぁ、もう報告まで日がねぇな」

「また人ごとの様にターニャときたら……。誰のせいだと思って居ますの?」


 赤字として報告すると税金は免除されるものの各種依頼の条件が変わって受けられなかったりするし、なによりリジェクタの仕事は元々書類仕事も面倒なのだ。

 その面倒な書類が更に増えると言う事である。

「ロミ、あたしは明日もおっさんの所に行ってくるわ」

「じゃあ、僕は組合長さんの所に……」


「まぁそれはそれとして。二人共、湯浴みの用意、してあるよ。――今の時間なら女性専用だけれど。ルカさん、公衆浴場嫌いでしょ?」

「あ、あそこは。その、なんと言うか」



 ふざけてターニャと張り合っている時以外、自分で吹聴したり。と言う事はもちろんないし、本人はまるでそう思っていない節もあるのだが。


 ともあれ、ルカが輝くプラチナブロンドでプロポーション抜群、シミ一つない抜けるような白い肌を持つ美少女。と言うその事実は揺るがない。

 第一皇女ファーストプリンセスであれば、たくさんの肖像画も書かれているが、『それより数段お美しい』。と言うのが実際に彼女を見たおおかたの人間の感想である。


 だから。同性だけしか居ないとは言え公衆浴場に行けば間違い無く、その容姿は必要以上に目立つのだ。

 フィルネンコ事務所のルカで居る以上、無用に目立ちたくない一心でこだわりの縦ロールさえ辞め、少し髪も短くした彼女である。



「多分そんな事だろうとシャワーを段取りしました」

「お? ロミ、気が利くじゃんか」

「お湯も結構湧かしたから、二人でも一五分くらいは持つんじゃないかなぁ。ね、ロミ」

「とは思うんですが……」


「ん? どうしたロミ? ……ああ、大将のご機嫌が斜め。と」

「いつにも増して今日は機嫌が悪くて。……一応配置にはついてくれてますが、事前の説得には失敗、現状てこでも動きません」

「ダメならタライにお湯はるさ、お湯は沸かしてくれたんだろ?」

「……すいません」

「なんの話をしていますの?」


「あぁ、それと」

 クリシャが、タオルと着替えを持って中庭に行こうとするターニャとルカ。二人を呼び止める。

「さっきヴァーン商会の使いの人が来て、午後からちょっとターニャに話があるから用事がないなら事務所ここに居てくれって。そう言う話だったよ?」


 帝国内でも最大の商家、その功績で子爵の肩書きを持つヴァーン家。

 実は組合長の実家でもあり、そのリジェクタ部門は八人のリジェクタプロを抱える帝国最大級のA級業者でもある。


 会頭はヴァーン家五人兄弟の一番上。子爵の肩書きは父親が持っているものの、ヴァーン家を仕切る事実上の当主でもある。

 更に個人としてもターニャと同じく、最高級、種類による処理制限無しの駆除免許を持つリジェクタ。


 専門はインテリジェントモンスターの中でもドラゴンや精霊以外では特に頭の良い妖精。

 とても頭が切れ、人間相手に実力行使に出たときもかなり強い、その上で通常ルートはもちろん、暗部の人間さえもまとめ上げる統率力もある。


 ターニャが頭の上がらない、数少ない人物の一人でもある。


「組合じゃ無くてヴァーン商会から人が来たのか?」

「うん。あとでエライ人が来るからっていってたよ?」

「エライ人、ね。……姉御あねごが直接ここに来るってぇのか? 珍しいこともあるもんだね」


 会頭自身が優秀なリジェクタでも有る関係上、リジェクタ部門は会頭直接の仕切りで動いている。

 そして言動を見ても分かる通り、ターニャとは旧知の中。

 フィルネンコ事務所に用事のあるヴァーン商会のエライ人なら、ほぼ会頭のことでそこは間違いがないはずである。



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