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捻くれたコンビ

「宜しい。なれば参りましょうっ……! 我が帝国領内でのこれ以上の狼藉、許し難し! よって目にもの見せて差し上げましょうっ! ――第一皇女ルケファスタがこの場に居たこと、不幸と思いなさいっ! ……はいやぁっ!」


 一気に群れの後方に近づくと、ルカは手綱を放す。

「ラムダ、頼みます! ……このまま真っ直ぐっ!」

 片手で次弾の革の包みを外しつつ、ヒュン! スリングを振り切る。



 ボコ。最後方の30センチ前後の頭を飛び越え50センチを超えるような個体にぶつかった革の包みは、そこで開いてスライムの表皮を融かし、風に乗って拡散する。但し。そのスライムが煙を上げて破裂する前には、もう次の包みが隣の個体へと飛んで来て居た。

 四連続で仲間が破裂すれば、流石にスライム達も気が付いて反撃に転じようとする。しかし、

「ラムダ、後退っ! 全速で右へ!」

 既に馬の蹄の音は遠ざかった後であった。


 一瞬にしてスライムは一〇匹以上の仲間を失い、更に後続の小型がパウダーの混ざった体液と消化液の残骸に突っ込み、餌食になる数は更に増えていく。

 衝撃で簡単にほどけるような特殊な紐の結び方、馬に乗ったままスリングを巧みに操り、更にはその状態からの四連続投擲とうてきで全てが狙い通りに命中。

 帝国中探しても、ルカ以外でこんな芸当が出来るものは相当限られるだろう。

 最終的にたった四回の投擲とうてきで二〇匹以上を仕留め、彼女は最高の形で、群れの後方攪乱と言う仕事を始めた。



 反撃を避けるため、少し離れた場所に一旦待避したルカと乗馬ラムダ。

「ラムダ。あなたは恐ろしいモンスター相手に全くひるむこと無く、勇敢に良く走りました。馬とは申せ、流石はフィルネンコ事務所に籍をおくものであると、わたくし改めて得心致しました」


 ルカの乗る馬は、――当然だ。と言わんばかりに首を振りながら、荒々しく鼻息を吹く。

「うふふふ……。いくら飼い主とは言え。そういう要らないところはターニャを真似なくて良いのですからね。――この場面はあなたの品性が問われる、そういう大事なところなのですよ?」



 スリングを一度腰に戻したルカは、残った皮の包みを取りやすい位置に付け替えながら微笑んで馬の首を撫でつつ。それでもスライムの群れからは目を離さない。

 ――スライムなのに・・・陣形を気にする。ターニャの言った通りとは。あぁ見えて、流石は専門家。的確ですのね……。

 ルカの突っ込んだ部分は小型を含め全滅、そこだけ馬蹄形に穴が開いて見える。但し、陣形を立て直そうとしているのは彼女の目にもわかった。



「ふむ、……とは言え、ラムダはともかく。わたくしの方は手際が良かったとは言いがたい様です。少しばかり拡散の具合が悪かった。もう少し上に当たればもっと広がる、のかしら? 若しくは角度の問題、とか……」

 但し、彼女にとってはまだ戦果が足りなかったものらしい。


「メーター越えがほぼ居ない以上、届く範囲の50センチ以上は残らず刈り取らなければ……。まだいけますね? ――ならば次は東から回り込む、よろしくて? では。……リィファとラムダの第二撃っ! 更に推して参りますっ!」

 ルカがそう叫ぶと、ラムダは前足を高々と上げて嘶き、一気に加速していった。




「一撃で、ひのふの……、二十三匹、か。ルカのヤツ、想像以上にやるもんだな。お姫様よりリジェクタに向いてるよ。間違い無く」

 立ち上がってスライムスライサーを手にしたターニャは、ひゅー。と口笛を鳴らす。

「器用なんてもんじゃなくて、アレはもう天才ですよ。だいたい人見知りするはずのあのラムダまで、完全に手足にしちゃってますし」



 頭は良いが“人を見る”。相手によっては背中に乗せるどころか触ることさえ拒む、のみならず噛みつき、暴れる。

 致命傷にならないと判断すれば躊躇ちゅうちょ無く蹴る。そう、彼に蹴られてもせいぜい打撲。骨が折れたりするようなことはほぼ無い。

 かしこいい分かえってタチが悪い。ラムダはそういう馬である。


 馬でさえも。ターニャの周りに集まるものは皆、“面倒くさい”のであった


 そのラムダをルカが、しかもモンスターに襲われると言う極限状態の中。何気なく手足のように乗りこなしているのは、だから驚きに値することなのだ。

「その辺はプリンセスだって話を聞いてたんじゃ無いのか?」

「馬から見てお姫様って、なにか関係があるものなんでしょうか……」



 彼は頭の良い馬だった。更に競走馬とまでは行かないが足が速く、その上力も強い。売り物にするつもりだった牧場主はだから、なまじ素養が良いだけにその馬の扱いに困っていた。

 だが何故か、ターニャには初対面から懐いた。黙って頭を撫でさせ、自分の背中に乗って外へ連れて行け。と言う仕草さえみせた。


 馬を持て余した生産者と、賢い馬を欲しい客。需要と供給のバランスはここで釣り合った。馬を探しに来たフィルネンコ事務所へと、なし崩し的に“格安”で就職先・・・が決まった。

 この面倒くさい馬がラムダである。



 現状。ターニャの他には、事務所の二人はどうやら言う事を聞くべき人間として認識している様子ではある。若しくは餌をくれる人間として、なのかも知れないが、どちらにしろ一応言う事は聞く。

 

元々人語をある程度解する程に頭が良い。だから事務所の三人であれば普通に言葉で話しかければ、複雑な話でなければ理解する。但しそれ以外の人間は、誰がなにを言おうと基本は無視。

 事務所の三人以外は、彼の背中に跨がることさえ困難なのである。


 その彼の背の上で手綱を放した上で、意のままに乗りこなしてみせたルカがおかしい。ロミが言うのはそういう話である。

 そしてその事を見透かしたように、――ラムダを使え。とルカに指示を出したのはターニャである。



「少なくてもあたしの大事な知り合い、ってのは理解したんじゃねぇのか?」

「ケンカしてるようにしか見えませんでしたが。……というよりは、昨日からずっとケンカしてましたよね? 二人共」

 あの姿を見る限り到底“大事な知り合い”には見えなかったロミである。


「ケンカする程仲が良いって言うだろ? ラムダなら簡単なことわざくらい知ってそうだし」

「だいぶ意味が違ってる気がします。……まぁラムダはともかく、ルカさんが器用なのはそうなんでしょうけど」


 文武両道とは簡単に言うが、ソロヴァン使いで計算が得意。ターニャによれば剣士としても超一流、交渉事にも長け、家事全般さえも全く問題なくこなす。

 乗馬に限ったことでは無く、彼女のスキルには一切の隙が無い。

 その上大帝国シュナイダー王朝連合を司る、本国こと大シュナイダー帝国。その皇帝の娘にして長女、第一ファースト皇女プリンセスなのである。



「器用で金持ち、か。……とは言えルカも、決してただお気楽なお姫様、ってわけじゃ無さそうだけどな。――さてっと、こっちも初めっか」

 ターニャはそう言うと左手のスライサーを掲げ、刀身が炎に包まれる。ターニャのスライサーを包む炎は魔道火、基本的にガス欠の心配は無い。 


「はい」

 ロミもスライサーを抜き放ち、種火を付けてから一降り。薄い刀身が一瞬炎に包まれ、そして消える。



「目の前には膝下しか居ねぇ、まずは雑魚を一気に駆逐する」

 まだターニャの右手の上では、パウダーの入った袋がお手玉よろしくポンポンと宙を舞っている。


「そしてフルサイズを切り刻みつつ目標はデカブツだ!」

 ちゃり、ちゃ、すちゃ。もてあそんでいた革袋は、三つともターニャの右手に収まった。



「アイツを 駆除すつぶせ れば群れとしての行動は恐らく不能になる。そうなれば、ベニモモとは言えただのワンダリングモンスター。なら、あたしらにとっては敵じゃ無い。……お前にチャンスが廻ってきたら、あたしに遠慮はしないで良い、一気にぶった切れ。そこで躊躇するヤツは名のある専門家プロには成れないぜ、ロミ。――なんでだか、判るか?」


「チャンスをものに出来ないと、賞金の……」

「もっと簡単だ。その時点で喰われて人生が終わるから、だ。……向こうにとっても獲物を喰うチャンスだって事を忘れるな? 駆除す るか、餌になとられ るか。他の選択肢は。……無い」

「……はいっ!」




 ピンクに輝くスライム。その群れのど真ん中に入ったターニャとロミの周りで、次々と表皮を融かされピンクの中身をまき散らして小型のスライムが破裂する。

 それを受けて、二人を脅威と見なしたメーター越えの個体が二人に迫ろうとするが、飛んできた矢に突き刺され、中身を吹き出しながらしぼんで行く。

 その後ろで触腕をまさに伸ばそうとしたフルサイズが丸見えになった。


「オリファさん、ナイス! ――ロミっ!」

「これで、じゅう、ごおっ!」

 ロミのスライムスライサーが炎に包まれ、虚を突かれて対応出来ないフルサイズ、1.5メータークラスのスライムが伸ばした触腕ごと両断される。そのロミに後ろから襲いかかろうとしたメーター越えの三匹は、あっさりとターニャのスライサー、その魔道火に包まれた刃の餌食になった。

 そのターニャの背後、あらぬ方向から延びてきた触腕をロミが切り落とすと勢いそのままに本体へ突っ込み、彼のスライサーがフルサイズをまたも両断する。


「はぁ、はぁ。……十六っ! ターニャさん、だいぶ潰せましたよっ?」

 右側からは、ある程度連携がルカによって分断されてしまっているものの、数で二人を飲み込もうと果ての見えないピンクの群れが押し寄せている。

 向かって左側、当初オリファ達に向かったフルサイズの半分が二人の方へと向きを変えて迫ってきている。

 今の一瞬で大小二十匹以上を失ったスライムは、ターニャ達を再包囲にかかるのだが、お互いに“手が届く”直近には一匹も居なくなってしまったので多少は時間が出来た。


「まだだ! 気を抜くな。数は減ったが中央に近づけてねぇ!」

 一方で、何本かオリファの放ったパウダーを頭に付けた矢。これの直撃を受けたはずの超大型スライムは、しかし今だ、群れの中央で平然としていた。

 そこから零れたパウダーで周りの個体が破裂しているにもかかわらず、である。


「クソ! やはりデカくなれる分皮が厚い、ってか。――今のうちに油、補給しておけ、直ぐ次が来る!」

 ――はい。返事をしながらスライサーに給油するロミを庇うようにタ-ニャが立つ。


 そうしている間にも左側ではフルサイズが一匹、刺さったボルトの根元から煙を上げて破裂し、周りにもその影響は飛び火。戦力が明らかにダウンする。

 右側では馬の力強い嘶きと共に更に群れの形が崩れ、元々群れる生き物ではないベニモモスライム達は、収拾が付かなくなりつつある。


「よし、お前は右に回って五十センチ以上を徹底的につぶせ、狙いは回り込んでリーダーだ! 状況に応じてルカと合流しろ。この状況下ならお前達二人が組めれば無敵だ」

「ターニャさんはっ?」

「主役は正面突破って相場は決まってんだろ! フルサイズなぎ倒してリーダーへ向かう! ロミ、喰われるんじゃあないぞ!」

「お互いにっ!」

「言うようになったな、いいぜ! ――あとでな!」

 

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