仕事は段取り八分(下)
大帝国シュナイダー王朝連合のほぼ中央に位置する、大シュナイダー帝国。その中心部に位置する帝都の更に中心、宮廷内。朝食後の第二皇子リンクの執務室。
大きなデスクに座ってくしゃくしゃになった二通の手紙を見るリンク。
そして、そのデスクを挟んだ反対側。
リンクが団長を務める関係上、そのリンクの近衛騎士でもある第四親衛騎士団七名の事実上のトップは、副長であるオリファント・アブニーレルになる。
その部下に当たる人物が、青い制服を着てリンクのデスクの前に直立不動で立っている。空色の飾り紐は副長代理、実質的なナンバー2にあたる。
「……殿下。その件について、副長はなんと仰っておいでなのでしょうか」
「初めから、必要ならターニャを手伝えと言ってあるからな。……それに彼の性格を思えば是非も無い。駆除が終わるまで帰ってくるまい、と思っては居たのだが」
「しかしながらそのお手紙。副長が勝手に現場に居座っているわけでは無く、フィルネンコ代理人閣下も、副長からの要請は受諾されたわけですよね?」
「そういう事だ」
「“あの”フィルネンコ卿がモンスター絡みの案件で、副長の支援をそのまま受けられるとは……。状況はそれ程悪いのですか?」
皇族に付く親衛騎士は護衛対象と同世代が選ばれる場合が多い。
副長が一つ年上ならば、生真面目な態度を崩さずリンクのデスクの前で直立不動で立つ副長代理マクサス。彼はリンクと同い年である。
「恐らくは、な」
「殿下は先日、相手はスライムだと仰っておられたはずですが」
「あぁ、スライムだ。この手紙を見る限りにおいても、それは間違いが無い」
「あのターニャ殿が、駆除の失敗を危惧する程に危険なスライム。そんなものがあるのですか……」
リンクは手紙を折りたたむ。
――失敗を前提に、この私に用意をさせる。専門家のターニャに、オリファを付けてなお、そこまで様子が悪いというのか。
……鳩に持たせることの出来るわずかな情報だけでは、リンクには現地の詳細な様子など掴みようが無い。
特にターニャの手紙は珍しく自筆であり、更に文章には悲壮感さえ滲んでいた。
いずれにしろベニモモ五〇〇匹の群れ、これがどれほど大変なことであるか。それは理解が出来るリンクであり、目の前に立つ近衛騎士。彼はオリファと並んで優秀ではあるが、リンク付きとしてはもう少しモンスターについての理解は乏しい。
「マクサス、あの近辺に駐留している帝国軍は第四軍団麾下の部隊であったな?」
「は。ジョルティーア子爵閣下率いる第四軍団第二分隊。通称、羆分団。その数五〇ではありますがご存じの通り、子爵閣下のご実家も近い故の地の利に加え、山岳行軍や山狩り、風を使った山焼きも得意にしておりますが……。しかし」
「案ずるな、マクサス。現地にはターニャにオリファまでいるのだ、あくまで万が一、だ。……だがもし明日の昼までにターニャ、若しくはオリファより連絡の無い時は、即座に行動を起こさねばもう間に合わなくなる。鳩なら半日かからないのだからな。――万一に備え、ジョルティーア卿に連絡をしておく必要はあろう」
「取り急ぎ。子爵閣下にまずは山狩りの準備をして頂くよう、殿下のお名前で要請を致しますのでご許可を」
「良いだろう、ソレについては許可する。マクサスの裁量で適当にあたれ」
「では直ぐに書簡を用意します故、殿下のサインを。……それと殿下には、有事の際には情報軍団より我が第四親衛騎士団へワイバーンの貸与が受けられるよう、“どなたか”にご相談をお願いしたいのですが」
「どなたか……な。ふむ。あいわかった。なれば皇帝陛下へ直接、お願いをする事としよう。陛下には午後より別件でお目にかかる用事があるのだ」
「では、そのように願います。――それと殿下には更にもう一つ。現状副長がおりません故、ご自身の現場への臨場についても、事前に陛下と皇太子殿下のご許可を頂いておきませんと。――行かれるのですよね? 現場へ」
「ターニャが失敗すればそうなる」
リンクはちょっと苦い顔をするが、それは見ない事にしたマクサスは先を続ける。
「先日のティオレントの件も御座います、……後々宰相閣下や宮廷監理官殿、侍従総長様あたりと揉める原因になりましょう」
当然のように文官としても優秀なオリファである。行動前の事前の根回しなども普段はリンクが口に出す前には彼が終えている。
その気が利く彼は現在ターニャの元へレンタル中。ならばもめ事のタネはリンク自らが一つずつ潰すしか無い。
「ふむ、そうだな。……これより一時間で皇帝陛下と兄上、いや皇太子殿下に見て頂く資料の準備をしておく。――そなたは陛下より先に皇太子殿下へ謁見出来るよう、時間の調整を。頼むぞ? 副長代理、マクサリス・フォリエンテ」
「は、我が主様。……お心のままに」
礼を取るとマクサスは足早に執務室を出て行く。
「全く。――取り越し苦労のための根回しなど、まさに面倒の極みであるな」
自身が面倒くさい人間だ。とは先日もターニャに言ったばかりだが、まずはこの宮廷内部の根回しが一番面倒くさい。と資料に目をやりながらリンクは思った。
「ターニャが帰って来たならば、宮廷へ呼び出した上で面と向かって愚痴の一つも言わなければ、もはや気が済まんぞ! ……こんな手紙をよこすなど。――わかっていような? ターニャ」
「陣形は目玉焼きに変化中、一番近いスライムはここから二〇〇mですが小型を中心にどんどんこちら側に広がってきます。――ルカさんが山を下り始めました」
「クリシャは?」
「えーと既に予定ポイント到達、待機中。……少しスライムの動きが悪いみたいですね。荷車を置いて多少前に出るようです」
草藪の中。遠眼鏡に顔を付けるロミと、右手の小袋を三つ、お手玉にしてクルクルと。投げては受けながらターニャが座っている。
「動きが悪いんじゃ無くて陣形がおかしいんだ。恐らく小型が前面に出てきてるんだろ?」
――本当だ。ロミは遠眼鏡を覗いたまま驚く
「……そうみたいですね。メータークラス以上は群れの中心部に移動しつつあります」
「多分オリファさんはこの先に人が居る、脅威がある。と教えるために前に出た。最低メータークラスが前面に出て行かないと、あたしらとルカが動けないからな」
「見てもいないのにどうしてわかるんですか?」
「一応、スライムに関しては帝国一の専門家だぜ? あたしは。小さな連中に多少良いものを喰わせて大きくしたいんだろ。その程度の知恵は廻るんだろうからな」
「確かにそこまで考えて行動してるなら、もうスライムとは言い難い……」
「よし、あたしらも準備をするか」
――と言っても心構えだけしか、すること無いけどな。ターニャはそう言いながらロミの遠眼鏡を受け取り、自分の背中のバッグを降ろしてその中に放り込むと立ち上がる。
「気負うな。……何時もの朝の素振りのつもりでやれ」
「……な、なんで知ってるんですか!」
「隠すならもっと上手くやれ。……まぁルカみたいに器用ならなにも言うことたぁ無いが、不器用なヤツも嫌いじゃ無いぜ」
――あたしも器用なタチじゃ無いからな。そう言ってターニャは、にっ。と笑ってみせる。
必要以上に大きな態度で自信満々、いつもの自分に見えているだろうか。内心ターニャはそう思うのだが、それを今。ロミに聞くわけには行かない。
後詰めは既にリンクへ頼んだ。彼のことだ、既に準備を始めているだろう。だからターニャが失敗してもスライムの処理はそれで良い。
但しそれは、彼に会うことはもう二度と出来ない事を意味する。後詰めの部隊が動くことは、ターニャがスライムの栄養になってしまうことと同義だからだ。
小さなベッドルームでの何でも無い会話を思い出す。
――貴女と私は捻くれ者同士……、面倒くさい人間には違いない。
その面倒くさい同士、再度話をするならば。
この仕事が上手くいけば。
仮にも皇子に後詰めの部隊を用意させてしまった、その謝罪をしに宮廷に行く。と言う用事が発生するのは間違い無い。
――皇子にワビを入れなくちゃいけないなら、簡単には死ねねぇよな。
ロミには聞こえないように小さく呟くと、年頃の女性からリジェクタの顔になってロミに振り返る
「スライサーの油は?」
「満タン、予備も二回分持ちました」
「よし。ルカが陣形を乱したらサイドから全力で突っ込む。おまえの膝下以下の大きさは溶解粉も使うな、蹴っ飛ばすか無視しろ。油もパウダーも予備がねぇ。スライサーに火を入れて使うのもメーター以上だぞ、良いな?」
「はい!」




