専門家
環境大臣指揮の下、帝国の道路や河川、上下水道の整備、管理を行う帝国環境保全庁。
その守備範囲は思いの外広く、人里近くに害獣やモンスターが現れた際の対処もまた彼らの仕事の範囲とされる。
なのでそれを仕切る総督は、フリーの勇者を名乗るものや騎士崩れ、地元猟友会や怪物狩りなどにも顔が効く。
故に、その気になれば一軍の将にも匹敵する軍団を仕立てることさえ可能な権力を持ち、帝国政府からも伯爵同等位として認められている程の権力を誇る。
その総督室。
今朝方見た、親衛騎士団の制服とは真逆の配色、白地に青の詰め襟に乗馬ズボン。
但し国章、家紋、飾り紐などは一切付いていないし、正装時の帯剣は許可されていないので、肩から吊した革のベルトには乗馬用の鞭を吊り、髪は綺麗に編み込んで頭の後ろに纏めたターニャ。
博士の正装でマントを羽織り、帽子を小脇に抱えたクリシャ。
チェックのジャケットにタイを締め、いかにも二人の従者と言った風情のロミ。
その三人が、局長のデスクの前に立つ。
「四代目、今日も良い天気で何よりだな。また一段と美人になったのでは無いか? 胸も尻もデカくなったし、こうなると周りが放って置かんなぁ。オヤジ殿があの世で心配して居るぞ?」
総督の椅子に座り、若干額があがり眼鏡をかけた男性がそう言うが、ターニャは意に介さず、だんっ。と彼の机を右手で叩く。
「組合飛ばして直接依頼かけたくせに、総督がそう言う話から入る。そんな時は大概ろくでもない事になってるって相場は決まってる。――単刀直入に言うぞ? いったい何があった。親衛騎士に早馬を出させるなんで尋常じゃ無い!」
当然総督とターニャは先代、つまり彼女の父親の時代からの顔なじみ。
本来は顔を合わせる度、挨拶代わりに嫌みの応酬になるはずの二人である。
その総督が、仕事の話でお世辞から入る。と言う時は。
絶対に国内一の看板を背負うターニャに仕事を受けて欲しいと言うことなのであり。
逆に言えば事態は既にかなりろくでもない事態になっている。と言うのが通例である。
内容はともあれ今のも彼としてはお世辞のつもりであるし、ターニャも当然そこはわかっている。と言う事だ。
「あのな、四代目……」
「で、おっさん。今回は何が出た? サラマンダーか? リバイアサンか?」
「人里にドラゴンなんか出てこられてたまるかっ! ……わかった、そう急かすな。――今回おまえに駆除して欲しいのは村喰い蟻だ」
人間さえも補食対象にする、大きさ約十cmの大きなアリのようなモンスター。
その顎は名匠が鍛えた剣の切っ先を噛み千切り、口から出す酸でドラゴンの炎を防ぐ楯に穴を穿ち、尻に持つ毒針は牛さえ一匹で倒す。
モンスターとしては小さいが、雑食でかつ食欲旺盛。集落の近所に現れた場合、村一つ程度なら人間や家畜を含めて畑や家屋敷まで。全てを食い潰すことから、付いた名前が村喰い蟻。
巨大な群れになればその数は三万匹を超え、行動半径は五キロ以上、一キロ以上続くその行軍の姿はさながら黒い矢印。その矢印の向いた先は何も残らない。
それがビレジイーターと呼ばれる種類のモンスターである。
ビレジイーターの他、やや小型だが一番攻撃性の苛烈なメドゥイーター、大きさが十二cmを超える大型のグレイトイーターの三種が知られている。
とは言え。
「アリじゃねぇかっ!」
と言うターニャの言葉もわかる話。モンスターとは言え行動様式はアリそのもの。特に素早いわけでも無ければ、巨大なわけでも無い。駆除方法も確立され、人間の住む地域では事実上絶滅。新規に入ってきた場合もすぐに駆除される。
「総督さん、私から見てもターニャ向きの仕事では無い気がしますが……」
「ただの村喰い蟻ならそうだろうな、博士」
「総督さんの見解としてはただのビレジイーターでは無い、と?」
総督は机の上に六枚の依頼書を並べる。
「五〇名規模の村一つが五日で食い潰された。……その時点でフリーの冒険家や怪物狩り達六組、総勢二五名に依頼をかけたが、現状誰一人帰って来ていない」
「あの……。本当にビレジイーター、なんですよね? 種類がグレイトイーターだとしても被害が大きすぎる気がしますが……」
一晩で村を食い潰す。
と、言葉の上では言うものの。
実際にそこまでのスピードで被害が拡大するわけでは無い。
ビレジイーターはたった五日で村を人の住めないような状況まで破壊しつくし、モンスターハンター六組をことごとく返り討ちにする。
などと言う、パワフルなモンスターでは無い。
「だいたい。虫ならあたしなんかより、ロブのオヤジに話をした方が早ぇよ。そもそもの専門がアリだろうがよ、あのオヤジ。キャリーオーバー六組分なら、なにも言わずに飛びつくぜ? あのオヤジだったら」
怪物駆除業者の中でも各々得意な分野は違う。
例えばターニャはスライム系。
話のロブは虫系モンスター、特にビレジイーターを得意にする同じくA級の免状を持つ専門家である。
「俺もそう思ったんだよ。五日前にはね」
総督が机から紙を引っ張り出し、もう一枚。少し様式の違う依頼書が机の上に増える。
「ロバートソン・マキシマイル率いる“マキシマイル怪物対策社”に依頼を出したのは四日前。だが昨日の朝から連絡が無くなり……」
「……まさか」
「昨日夕刻、被害状況の査定に向かった帝国軍情報軍団が、ロブとその仲間と見られる白骨死体を発見した」
「アリの専門家だぞ! 怪我とかならともかく、喰われたってのか!?」
――具体的にはわからん、と言うのが現状なのだ四代目。更に机の上には帝国軍のマークと真っ赤なインクで“緊急”。のはんこが斜めに押された書簡が増える。
「既に二つ目の村も事実上食い潰され人的被害は処理に向かったもの含め五十人越え、今はティオレントの街の入り口まで迫ってきている。――情報軍団からの緊急情報を受けた後、環境大臣に掛け合って漸く今朝ほど、おまえ達に依頼をする事で許可が降りた。事態はそれ程までに深刻なのだ」
そこまで話して総督がため息を吐いたところでドアがノックされた。
※イラスト提供
加純 様 https://mypage.syosetu.com/793065/