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避難勧告(下)

 集まっていた村人は、村長むらおさが宮廷に使える騎士を怒らせた事に恐怖した。しかも怒った原因は皇家を公然と侮辱したこと。更にそれを言ったのが村長本人。

 これ以上親衛騎士の心証を害してしまえば、村長がこの場で無礼打ちされるかも知れない、そしてそうなれば。村長以下、帝国に仇なす不敬の輩が集まっている村である。として最悪、帝国軍に村ごと焼き払われても文句さえ言えない。


 そう思える程にオリファは、彼らの目にはバカ真面目な騎士として映っていたし、親衛騎士の青い制服は彼らからすれば、それ程までに帝国の権力が集中する宮廷、そこに近いのである。

 自分たちの命を助けたい。として、先ほどまでは、帝国政府としての要請に対してもごねる平民の自分たち。

 それに対しても平身低頭であったその親衛騎士の彼を、村長自身が怒らせた。事態はこれ以上無い程に最悪である。



 騎士の上位に立つ程の権力を持つらしいリジェクタの女リーダー、彼女はモンスターを狩るのが仕事であり、現状の村人達は仕事の邪魔になる障害物。程度にしか思って居ないのだろう。

 さっきは一応、形だけでも避難してくれ。とは言ったものの、実際には村人の命などには特別な興味など持っていようはずも無い。

 騎士に声をかけてくれることも無く。馬車にもたれて、ただのんびりと彼らのやりとりを眺めているだけ。



 実際のターニャはあっけにとられて、誰に何を話して良いのかわからないのだが、村人達にそこまでわかるはずがない。



 そしてそのリーダーの他なら唯一、騎士に意見出来る立場にあると見える、何故かリジェクタの助手の位置に納まる貴族のお嬢様。彼女もまた、ただ黙って成り行きを見守るのみ


 村長が言葉選びを間違って、一番怒らせてはいけないタイプを怒らせた。その場の全員がそう思った。なので。

 “総意ではありません。”村人達は無言でオリファに返事をしながら、長を残して一斉に一歩下がる。




 ――ほぼお嬢様の思った通りに運んでいると思うのですが、この後どう収拾を付けるおつもりか? “シナリオ担当”のルカに目をやったオリファは彼女の目配せに気が付く。まだやれ。と言う事らしい。

 ――私は姫様の直属でも役者でも無いのだが。……全く、目配せ一つで気安く使ってくれる。オリファは村長を再度睨み付け、更に台詞を続ける。


「なるほど答えぬか。……それはつまり、我の様な若輩者とは話など出来ぬ、貴様如きが宮廷にお仕えするなどは笑止である。そういう事でよいのか?」

「いえ、騎士様。ワシはその……」

 ルカの目配せを受け、オリファは話を微妙に個人対個人にすり替えた。そして。……すら。村長に対し剣を抜刀してみせ、彼には話を続けさせない。


「我となぞ話をする価値も無し、か。よろしい。いずれよほど腕に覚えがあるとみた。なれば、正々堂々立ち合わせられよ。我も皇帝陛下より騎士の位を預かる身、こそくに勝ちを拾う気など無い。そうまで言う以上はご老体とて容赦はしない」

 そうまでも何も、村長はなにも言っていない。オリファは内心ため息で続ける。


「手加減は無用、全力で参られよ。……卑怯者のそしりは受けたくない故、この場にてこれより十五分待つ。鎧であろうと槍であろうと、何なりと準備をされるが良い。気遣いは無用、我はこの剣一降りにてお相手申し上げる!」

 完全に違う話になった。何故ルカがこう言う流れにしたいのか、オリファには良く分からない。


「き、騎士様! ワシは……」

 すちゃ。オリファは抜き放った剣を村長に向け、ここでも村長の言葉を切る。

「さぁ、ご老体! 我に話を聞く価値が有るや無しや。真剣勝負、いざ尋常にお立ち会いを願おうっ!」

「……そんな!」



「お待ち下さいませ騎士殿っ!」

 ここでやっと。満を持してわざとらしく両手を広げたルカが、村長とオリファの間に割って入る。

「これよりは先はリジェクタの出る幕では無い。……それになにより、貴女あなたにお怪我などあってはいけません、そこより退いて下さい、ファステロンの御令嬢(レディ・ファステロン)!」

 とは言え、流石に切っ先を“ルカお嬢様”に向けるわけにはいかず、オリファの剣が下がる。

「いいえ、退きません。……騎士殿は勘違いをなさっておいでなのですわ!」


「そのものは騎士の誇りを侮辱したのです。例え力及ばず我が倒れようとも、ここで立ち会いを受けねば、親衛騎士の名折れとして生涯笑われましょう」

 と、オリファは自分でそこまで言って漸く気が付いた。皇家に対する不敬の罪なら、最悪村ごと潰してしまう、と言う裁定が下ってもおかしくない。

 だがバカにされた若手の騎士が暴走しただけなら、少なくても宮廷に持ち帰ったところで笑い話、最悪オリファが処分されるだけで済む。

 ――なんと面倒くさいシナリオを。流石はお嬢様というか……。


「騎士殿が聡明なること、わたくしは良く存じあげております。冷静になってわたくしのお話をお聞き下ればわかって頂けるはずなのです! どうか、お願い致します、わたくしの話を……」

「言われる迄も無く、我は冷静です。……してお嬢様、お話、とは?」

 ルカに言われずとも、彼は初めからここまで、終始冷静なのである。


「この方は、村の長として村民の生活を第一にお考えなだけの、長としては優れたお方なのですわ。……騎士殿とはお話が何処かですれ違ってしまっただけで、決して騎士殿のお心を無視したり、存在を軽ろんずるような、その様なお方では断じてございませんっ!」

 話をすれ違わせた本人が力説する。

「お嬢様に伺います。いったい何を根拠にそのような……」


「騎士殿にはご存じの通り。わたくし、人を見る目には絶対の自信が御座いますの。ここまでの騎士様とのお話を聞いておりましただけでも、村長様の村を想う真摯で実直なお考え、これが良くわかりましたわ。お話しが噛み合わず、悪い方向にすれ違っただけ――そうでございますわよねっ? 村長様」

「ワシは、その……」


 ――最後の駄目押しを致しますわよ? 正面に陣取って、両手を広げたルカのウインクを見て、オリファはいい加減げんなりする。

「ふむ。……若き淑女の善意迄をも逆手にとって、帝国貴族たるお嬢様までをも騙して居るのではあるまいな? 長よ、返答次第によっては貴殿のみならず、この場の全員、このアブニーレルがただでは済まさぬからそう思え! ……さぁ、返答やいかに!」




「それ程のものなんだ、これ」

 近所の小屋から村人が牛を連れ出して隣の村へと向かうのを見ながら、ターニャは白銀に輝くレイピアをしげしげと眺める。

「ターニャ殿、そのお話、何処まで本気だと思えば良いのですか……?」

 かなりやつれた感じを醸し出すオリファが、それでも一応突っ込む。

「いずれ、皇家の紋を知っていたならあそこまでおどかさなくても良かったかも知れませんわね。代理人の制度は知っていて、わざとごねていたのですし」

 ――よいしょ。勝手に馬車から道具を降ろしお茶の準備を始めるルカ。


「なにか、自分は悪くない。みたいな事を言おうとしていませんか? ルカお嬢様」

「今回は意外と簡単に折れましたし、ならばすこしやり過ぎたきらいもありましょう。そこはわたくしも反省致しますわ。――騎士殿、火をおこして下さいます?」


「でも、話がこじれる可能性だってあったんじゃ無いですか? ルカさん」

 こんな強引な交渉術は自分には無理だな、と思うロミである。

「あらロミ君。わたくしを誰だと思っておりますの? そちらの場合もちゃんと考えてありましてよ?」

「はい?」


 ルカは上着のボタンを外し、しゅら! 胸に吊ってあった鞘。そこにに収まっていた金色に輝くダガーを目にも止まらぬ早さで逆手に抜刀し、くるん。と器用に順手に持ち替え、柄についた皇帝章をターニャ達に見せるようにする。

「帝国臣民であるならば、皇家の紋は知らずともこの紋章を知らない。と言うものは居ないはずですもの」

「……そりゃ、そうだろうけどよぉ」


 大帝国王朝連合の国章よりも重いとされる皇帝の紋、二つ尾三つ足のワイバーンが火を吹く様が描かれた真っ赤な皇帝章。確かに知らないはずは無い。

「お嬢様、それはつまるところ……」

「代理人の存在をあくまで無視するとなれば、宮廷騎士本人がここに居るのですもの。帝国皇女ていこくおうじょルケファスタが皇帝陛下の名において強権を発動すれば良いだけ。この場で村の所有地と家畜、全てを召し上げ、異議を申し立てるものはこの場で全員処刑、残る村人全てを保証、救済一切無しで、強引に村の外に放り出すなどは造作も無い事ですわ」


「そっちのシナリオに誘導しようとしてなかったか? おまえ……」

「物事何でもそうでしょうけれど。――噛みつく相手を端から間違えている以上、優しく言って聞いて頂けないとするのなら。……その後は手の届かない頭越しにやりとりされようが、それに文句を言うのは筋違いですわ」

「要らんところは皇女様だな、おまえ……」

 ――普段からもっとお姫様らしくしろよ。と思うターニャである。


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