帝国よりの使者
2016.9.6 予告を後書きに挿入しました
「うあっちぃ。……やっぱ、クリシャの入れてくれたお茶がないと、一日が始まんないなぁ」
「誤魔化されないよ? ……全く、どんな仕事だったらいいわけ?」
「そうだな、おんなじ組合飛ばすんでも、帝国政府の使者が早馬で持ってくる指名の仕事とか……」
言い終わる前に石畳に響く蹄鉄の音と、――どぅ! と言う男性の良く通る声がドアの外から聞こえてくる。
少し間があってドアの呼び輪を叩く音。
「扉を開けられよ! 我は帝国親衛騎士団の騎士にして第四騎士団副長、オリファント・アブニーレル! 帝国政府の特使である! 所長であらせられるフィルネンコ男爵閣下はご在所か? 急ぎ謁見を所望するものなり!」
「フィルネンコ所長はあちらです、アブニーレル卿」
ロミが扉を開けそう告げると、まだ若い親衛騎士団の制服が片膝を突いて挨拶をする。
「お目にかかれて光栄です、フィルネンコ閣下。噂以上に見目麗しいことで……」
アブニーレル特使の背中越し、ロミの目配せがターニャの視界の隅に入る。
「あーごほん」
彼女は立ち上がり、背筋を伸ばすと、決して大声では無いが若干いつもよりトーンの高い声で返答する。
「わざわざ宮廷よりの特使のお役目、ご足労でした。……お急ぎのご様子でもあるようです。少々紳士淑女の作法には反しましょうが、なれば挨拶などを飛ばしつつ、早速に卿の御用向きを伺いたく存じます。それでよろしいか?」
事前にロミが作って置いた文章を、頭の中で再生してそのまま答えろ。
さっきの目配せの意味はそうである。
「はっ。我のようなものまでへのお気遣い、ありがたく存じます。――閣下とポロゥ博士におかれましては、その他一名と共に緊急事態発生につき、環境大臣の特別命令にて環境保全庁総督のもとに召喚されました。よって至急お越し頂きたい由、怪物対策会議議長閣下より、取り急ぎ男爵閣下にお知らせするよう我が仰せつかり、急ぎまかり越した次第です。……閣下、召喚命令書をこれに」
皇族の近衛兵である青地に白の切り返しの入った親衛騎士団の制服には、長として命令を出す立場である事を示す緑の飾り紐。そしてサーベルを吊った黒い皮のベルト。
特使は、恭しく書状をターニャに手渡す。
何故特使に親衛騎士が来たのかは置いて、彼自身も親衛騎士である以上、当然政府から最低でも騎士の称号は受けているはずである。
だが一方、政 と 戦 に関しては大幅に免責を受けている形だけの爵位、とは言え公式にターニャ自身は男爵。
貴族であり、そして仕事で必要な場合。と言う条件は付いているものの。
帝国軍や親衛騎士達の上に立つ指揮官の資格も政府から下賜されている。
どう見えようがターニャは爵位を持つ貴族。
しかも帝国軍人はもとより、親衛騎士に対してさえ指揮権を持つ、親衛騎士団副長相当官なのだ。
当然彼は礼を失したと言われないよう振る舞う義務がある。
以前政府からのメッセンジャーに横柄な態度で対応した時。
ターニャはロミにしては珍しく、そう言われて怒られたのを思い出した
だから顎を引いて胸を張り、背筋を伸ばして特使から書状を受け取る。
ちなみにその、ロミに怒られた時についても、当然彼女自身に悪気などは一つも無かったのである。
むしろそれが地味にショックを引きずる原因になっている。
いずれ。そう言う態度を取れば元々の見た目もあいまって、服装以外は女伊達らに男爵家の当主である。
としてもそこまでの違和感は無い。
それに、元々エラそうな事にかけては改めて何かをする必要が無い彼女である。
対応の台詞も事前にロミが作って置いて暗記したものを、口に出しているだけ。
だが、メッセンジャー相手に短時間ならばこれで持つのだった。
但し相手が親衛騎士団というのは、そのロミでさえ想定外だったのだが。
「早朝よりの早駆け、さぞやご苦労であったでしょう。――書状はこのフィルネンコ、しかと受け取りました。卿には更にご苦労をおかけしますが午後より召喚されし三名全員、総督閣下の元へ出頭致しますと、返答をお伝え願えましょうや? アブニーレル卿」
「確かに閣下のご返答、お預かり申します。……では、急ぎます故これにてご無礼を!」
ドアが閉まり。――はぁ! と言うかけ声と共に、石畳を走る馬の足音が一気に遠ざかっていく。
「ターニャ?」
「……ターニャさん」
「二人共何してる、出かける準備をしろ。正規に呼び出されちゃ,なにしろ顔出さねぇ訳には行かねぇだろ? ……歩いて行く訳に行かねぇ。ロミ、馬車呼んでこい」
「でも、ターニャさん。なんで親衛騎士団の人が来たんでしょうね?」
――ヤバい仕事、なのかも知れないな。髪を一旦ほどきながらターニャはニヤッと笑った。
「そう言う仕事は辞めようっていってるのにっ!」
ほどいた彼女の髪を編み込みながらクリシャ。
「なんで命がけとかそう言うの、好きなんですかっ!?」
外に行きかけたロミも抗議の声を上げるが、“所長”は全く意に介する気配は無い。
「燃えるじゃねぇか、ウチは帝国一の専門家だぜ? こうでなくっちゃ!」
次章予告
帝都最高峰のリジェクタ、ターニャの元へターニャ向きでは無い
“普通”のモンスター駆除の依頼を出したのは
なんと、帝国の皇子だった。
そして依頼の内容もまた、実は普通では無かったのである。
次章『黒い矢印』
「……おっさん。この仕事、いくらだ?」