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親衛騎士と放蕩姫

 白々と夜が明け始めた森の中。

 これからの行動を決めあぐねて馬車の横、取りあえず火をおこし、食事の準備をしていたターニャ達の背後。馬のひずめの音が響く。

「どぅ! ……やっと追いつきましたよ、ターニャ殿! ――あ。……その、お食事中でしたか、これはご無礼を」

「あれ、オリファさん? ――それは気にしないで良いですけど。準備始めたとこだし。……どうしたんすか、こんなとこまで」


 親衛騎士団の青い制服に白いマント。リンクの腹心であり近衛、親衛騎士オリファント・アブニーレルがまたも馬を飛ばし、伝令としてターニャ達と合流した。

怪物モンスター対策レスポンス会議ミーティング議長閣下カウンターメジャーから依頼施行中のリジェクタであるフィルネンコ卿へ連絡、リンケイディア様個人としてご友人であらせられるターニャ殿へご伝言。そして皇家のリンク殿下よりフィルネンコ事務所所長殿宛てに、書状をお預かりして参りました」


 馬から下りて簡単に礼を取ると、丁寧にターニャへと報告する。彼女がリンクの宮廷騎士代理人になった事で、リンクとのパイプ役でもある彼は、事実上彼女の部下になってしまった。

 だからこそターニャは出来る限りで普通に接してくれ、と彼に頼んである。

 アドリブで宮廷言葉など到底使えない彼女であるが、そこはオリファもわかった上で彼女の意思は汲んでくれ、最近は無礼にならない程度ではあるが砕けて話をしてくれるようになった。


「オリファさん。それ、発信人も受取人も。両方一人だよね……」

 肩書きが違うだけで、全部ターニャに宛てたリンクからのメッセージである

「お若いのに、融通の効かなさ具合は陛下や、かの皇太子殿下さえも超えて、宮廷一ですからね」

 オリファが表情を崩しながら、ふと馬車の横を見る。と、ルカの顔を見つけ、顔色が変わる。


「なんとっ! 姫様っ?」

 驚いているところを見れば、リンク経由で皇帝妃に送った“お手紙”の事はオリファは知らないようである。

「こっ、ここ、このようなところで。いったい何をなさっておいでですか……!」

 普段は流ちょうな話し方の彼が怒りで声をつまらせる。どうやら上司の妹、兄の部下。と言うような簡単な知り合いでは無いらしい。


「お、オリファントぉ!? ――じゃない、わたくしはルンカ・リンディで……」

「言い訳など聞けませぬっ! 姫様の直属である第五親衛騎士団が団長不在でどれだけ大変なことになっているのか、お城を無断で抜け出したのは初めてでは無いのですから、知らぬ道理が無いでしょう! 宮廷中またしても上を下にの大騒ぎなのですよ!」

 どうやらルカは家出の常習犯で有るらしい。ターニャはため息を一つ。


「勝手に騒がせておけばよいのですわ。わたくしごとき小娘に包囲を破られ、追跡も振り切られ、その上居所もつかめない近衛兵など、誰を護衛するつもりなのやら、親衛騎士団を名乗る事さえおこがましい。おのが未熟を棚に上げて騒ぎ立てるなど言語道断。お話になりませんわね」

 ――家出したのを棚に上げてるおまえが言うな。コツン。と、軽くげんこつをルカの頭にぶつけながら、二人の言い争いにターニャが割って入る。


「だいたい。守る対象が逃げ出すなんて、普通思わないだろうが」

「ターニャには関係が……」

「無いと思うか? なら。一昨日おとといからおまえのことを、誰が拾ってメシを食わせているのか。名前、言ってみ? それとおまえの立場もな? ――あぁ、無理強いはしない。もしも思い出せるんだったら。――で良いぞ」

「わ、わたくしは、帝国男爵位を預かるフィルネンコ家がご当主、レディ・ターシニア。にご厚意で拾って頂いた没落貴族の娘|(と言う設定)の、ルンカ・リンディ・ファステロン(偽名)。……ですわ」

 ――おぉ。覚えてたか、偉いぞ。ルカの頭をポンポンと叩きながら、ターニャはルカとオリファの真ん中に入る。


「オリファさんには悪いが、ルカの方にも何かしらの事情は少なからず有ると見たぜ。――でもまぁ、こんなとこまで連れて来ちまったのは悪かったよ。一応言い訳させて貰えば、突然仕事が入っちまってさ。一人で事務所の留守番なんかされるより、よほど安全だと思ったまでなんだけど」

「それは確かに。しかしターニャ殿がご存じだったとは……」


 と言いながら、オリファも少しテンションが下がる。

「どんなに性格がねじ曲がってようが、コイツだって帝国皇家おうけのお姫様なわけだし」

「ターニャが一体、誰の性格がねじ曲がっていると仰って居るのか。わたくしには皆目、見当も付きませんわね……」


「うっさい、黙ってろ。――事情はリンク皇子と、皇帝妃陛下おきさきさまにお知らせはしてあるんで。状況によってはこのままオリファさんに連れて帰って貰うって手も……」

「そんな手は有りません! わたくしはフィルネンコ事務所の会計係でしてよっ?」

 間髪入れずにルカが会話に割り込む。

「……まだ、お仕事はしておりませんが」


「黙れっ、つったろ! ……良いか、わかってねぇようだから何度でも言うぞ。あたしを誘拐犯にするつもりか? オリファさんだから良かったものの、他の誰かにバレてみろ。そんときゃあたしゃ姫様を誘拐した門で縛り首なんだぞ!」

「いや、あのターニャ殿。姫様の放浪癖は今に始まったことでは無いので、むしろご迷惑をおかけしているのは、これは多分に姫様の方と申しましょうか……」


 聞けば、かつて“家出”をした時に彼女が一時しのぎに身を寄せた先の人々は、真実を知ると同時に、ターニャと同じ事を口にして心底おびえていたらしい。

「お、おまえは~、これまでなんて非道い事を……」

「も、もちろん、キチンと保証はなされていますわよ!」


「自分で保証したわけじゃ無いだろ! ――ならば姫様、一つ聞く。行き先の無い女の子をただ助けた善意の人達、その人達には面と向かってちゃんと金じゃ無いお礼と、言葉の上だけじゃ無い謝罪、両方自分の口でしたんだよな? 礼節を重んじるシュナイダー帝国皇家の第一皇女殿下ファーストプリンセス様だものな?」

 そ、それはその……。ルカが口ごもる。


「やっぱりか……。あのなぁ。そう言うデカい口は、自分でやらかしたことの後始末が出来るように成ってから、自分で自分のケツを拭けるようになってから叩けっての」

「はっ! ……け、ケツなどと、なんと品のない言葉使いなのかしら」

「なら尻なら良いのか? お上品にお尻を拭く、とか言うか? ……あ、かえって生々しくて、ヤラシイ感じになっちゃったじゃないか! ……いや、あの。この際、言葉なんざどうでも良いんだ!」

 オリファはこのやりとりを見て不思議に思う。何故、誰の言う事も聞こうとしない我が儘姫様が、言いくるめられて居るのか、と。


「当分ウチに居たいとそう言うなら、今は取りあえずオリファさんに謝れ」

「な、何故オリファントに……!」

「ウチのお得意様、宮廷の代表だ!」

「いえ、あのターニャ殿? 私を宮廷全体の代表と言われましても……」

 ――今は関係者がオリファさんしか居ない。ターニャはそう言ってルカの顔を睨み付ける。


「わかりましたわよ! ――その、オリファント。……今回については多少なりとも考えはあったのですけれど、それでも無断で外へ出たために結果的に各方面を騒がせてしまったようで、その部分は大変遺憾に思っているところですわ。その点第五騎士団の騎士達へも……」

「はい、ストップ。――それの何処が謝ってる。生意気なだけだと自分で思わねぇのか? 謝る気がねぇってんなら形だけの謝罪なんかしねぇで、何処までも本気で屁理屈をこねろ!」

「う……、謝るつもりはありますわよ! ――あの、えぇと。……ごめんなさい」

「それで良い。ハナからそうしろ」

「……姫様」



「おほん。……アブニーレル卿、少し。よろしいか?」

「……っ! ははっ!」

 突然背筋を伸ばし、スッと顎を引き若干上目使いで自分を見るターニャ。自分より明らかに頭二つ分は背の低い彼女に何故か威厳のようなものさえ感じ、オリファは直立不動の体制を取る。

「まぁ、お楽に。……リイファ姫ご本人も反省なされている事ですし、なので一度気持ちを鎮めてほしい、アブニーレル卿。あたしとしても、きっとルカに悪気は無かったものと思ってる、のです。なので、えーと姫様が昔迷惑をかけた人達、特に城下の人達に。いまさら本人が自分で謝りに行くのも多分難しいだろうと思うから……」


 ロミのカンニングが無ければこの程度。だが言葉の内容はオリファには十分に理解が出来た。

「だからその人達に。今の謝罪の言葉、何よりもルカのその気持ちを……。卿よりお伝え頂くわけにはいきますまいか? このフィルネンコからも伏してのお願いを申し上げるところです」


 最後だけは何かの定型文がハマったらしい。何もしなくても普段からエラそうなのではあるが、態度のみならず言葉まで変われば、オリファの目からみても貴族家の女当主として問題なく見えるターニャである。

「いえ、あの。……はっ、しかと承りました、フィルネンコ閣下」

 そして慣れない宮廷言葉で、一生懸命アドリブで話している彼女の言いたい事は、何故あえて男爵として自分にお願いをしたのか、と言うところまでを含めて。少なくともオリファには伝わった。ただ、彼が気になる事と言えば。


「ご伝言は間違い無くお預かり致します。されど閣下。我がそれを言うのもおかしな話ではございますが、何故なにゆえ。今も閣下がご迷惑をこうむっているはずの姫様の肩を持たれるのか。ご無礼とは存じますが、そこだけは閣下にただしておきたいのです。お答え願えますでしょうか」

 明らかにルカの顔は狼狽を隠しきれない表情になるが、それを見てターニャはむしろにこやかに笑って答える。


「あた……、えと、わたくしの言う事です。当然難しい意味などありはしない。今やルカも、オリファさんも。みな仲間、でありましょう? ならば仲間の失態は補い、危機は共に乗り越える。仲間とはそうしたもの。わたくしはそう考える。それに良い時ばかりの仲間なぞ、鬱陶しいだけで意味が無い。きっとオリファさんの身に何かがあれば、その時もわたくしは同じ事をするでしょう。ただ、それだけです」


 それを聞いたオリファは片膝を付いて低頭する。

不躾ぶしつけな質問にも関わらず、懇切丁寧なお答えを頂きありがとうございます。閣下を試すような言動にも動ぜず、むしろ我をお仲間に加えて頂ける程の寛大なるお心、実に感服致しました。この浅慮なる配下を哀れにお思いになるならば、どうかお慈悲を持って無礼の段、お許し願いたく存じます。……閣下のお心はこのアブニーレル、十二分に理解致しました。我の手の届く範囲の皆様全員に、先ほどの“ルカお嬢様”の謝罪のお気持ち。間違い無くお伝えする旨。騎士の名にかけ、ここにお約束致します」



「ありがとうオリファさん。頭、上げて下さいよ。……今更ルカが自分で誤りに行ったら、それはそれでまた各方面で揉めるだろうしさ。――ところで急ぎで無いなら一緒に朝メシ、食っていきません?」

 そしてこのギャップである。――ここまで来るとメリハリが効いている、とは既に言えないのだろうけれど、リンク殿下は確かにお好きではあるだろうな。

 類は友を呼ぶ、か。オリファはそう思って苦笑いするしか無い。


「私の分も、……よろしいのですか?」

 戸惑う彼にクリシャが微笑みかける。

「夜通し走ってきたんですよね? たいしたものでは無いですが、一番近い街でも馬だって一時間弱、道も悪いし。……いらっしゃった時点で五人前に材料増やしました」

「では遠慮無く頂戴致す事とします、クリシャさん」

「馬だって休ませないと。皇子からの伝言とやらもメシを食いながら聞きましょ。――ルカ、もう終わりだ。いつまで突っ立ってる、とっとと座れ」


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