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ターニャの約束

 午後もやや遅く、まだ日中の太陽が照らす丘の上。

 墓地の外れにしつらえられた、椅子とテーブル。


 貴族の跡取りと見える若い男性。

 そして、少し不自然に椅子に腰をかけるワンピースに上着を羽織り、綺麗な金の髪を前髪以外短くまとめた妙齢の女性。

 そこだけ多少長く伸ばした前髪には、青い焼き物のついた髪留め。



「いまさら意味はないのかも知れないけれど、でも。母様ははさまに会ってもらえて、本当に嬉しかった。ありがとう」

「私は無意味だとは思わないがね。貴女あなたはもちろん、私にも。……意味はあったさ」

 ターニャとリンクは、風景がオレンジに染まる少し前の帝都を見下ろして、雑談に興じていた。


「そうそう、ルカからお茶を持たされたんだよ、現地で一緒に飲めって。ちょっと待ってね」

 肩から提げたカバンから、水筒とお菓子を不器用に取り出すのを、リンクはただ微笑んでみていた。 

 


「意味とすれば、あたしは区切りをつける必要があったんだけど……」

「故人を想うことに意味など求めなくても良いと思うのだが。――先日パリィから聞いた、いかにも彼女らしい持論ではあるが。墓所というのは生きて居る人間の為のものなのだそうだよ」


「ふーん。……お墓って、死んだ人用じゃないの?」

「生のある人間が、死した者をしのび、思い出し、時には新たに知る場所でもある。……なのだそうでね」


「吟遊詩人かっ! 相変わらず頭が良いんだか悪いんだか、良くわかんねぇヤツだな……」

「まぁな、突然ここに墓を作りたいと言うから、何ごとかと思ったものだが」

「そう言えばこないだ言ってたね、そんなこと」



 さすがに親衛騎士代理人の位置にある者なのである。

 話を持ちかけられたルカが扱いに困り、リンクへと話が回った。

 もっとも、リンクとてしきたりやらに特に詳しい。と言うことでも無く。

 騎士としてのあり方についてまで、宮廷や騎士庁、法国まで話が広がり、結構な大騒ぎになったのだが。


 彼がその話を知っているのは、そう言う経緯あっての事である。



「妙なところを気にするものだと思って居たが、今日。ここへ来てみて一理あり、と考え直した。……ここに足を運び、墓に向かわねば。フィルネンコの先代御当主やターニャの御母堂殿に、口頭で挨拶するなど、出来なかったからね」


「生きてた時の方が難しいかも」

「そうかもな。……ここへ参るにも二年もかかってしまったくらいだ」


 普段の仕事の他、帝都防衛戦の後始末に加え、皇太子おうたいしの即位も近く。ここしばらくの彼は多忙を極めていた。

 公務から完全に離れて丸一日をフリーにする。

 このところのリンクにあっては、それはとても大変なミッションであった。


「イヤ、それはその、こっちも。……ごめんなさい」

 以前よりも一回り小さく見え、日焼けも無くなった白い肌。ターニャが椅子の上。少し不自然に座ったままでさらに縮こまる。


「そう言う意味では無かったのだがね。……気にしすぎ、と言ったら怒るかも知れないが、貴女はもっと鷹揚に振る舞って良いと思うのだよ」



「……背中を刺されたのにさ。足が動かなくなるとか、思わないでしょ? 普通。腰から下、全部動かなくなるとかさ。……本当にごめん、皇子」



 申し訳なさそうにするターニャだがリンクは取り合わない。

「何か悪いことをしたならば謝罪も聞こうが。なにもないのに謝る輩は、だいたい腹に一物抱えていると相場は決まっている。――さて、此度こたびの貴女は何を企んだ?」

「どうやってこびを売ったら、下まで連れて行ってもらえるか、……なんて」



 墓所のある丘の上までは、ターニャ自身で来ることは叶わない。当然降りることなどもっと出来ない道理だ。

 普段はエルかパリィ、もしくはラ・ブゥルが彼女の乗った車椅子を押すのだが、


 自身が如何に小柄とは言え、高低差のあるところはターニャも連れて行け。とは言いにくい。

 ラ・ブゥルはともかく、エルやパリィなら。実際のところ、車椅子ごと持ち上げてもおかしくは無いのだが。


 だから、以前はある程度の頻度で来ていた墓参りだが、歩けなくなってからは来ていなかった。

 今日も以前、――いずれ墓参に来る。と言った自身の言葉を覚えていたリンクが、ターニャを半ば強引に馬に乗せ。ここまで連れ出し、丘の上まで抱えてきたのである。


 ――性格が大きく変わったわけでは無いが、自身を卑下するような言動は増えたな。リンクは内心ため息を吐く。

 


「自虐的なことを言うな。と言ったつもりだったのだが、さらに逆効果だったな。――なかなか正面切って聞くことも出来なかったが、あえて今教えて欲しい。傷の方はもう良いのか?」


「え? あ。……うん、背中と腹の穴はもう完全に塞がって、内蔵なかみも大丈夫。じゃないかなぁとは先生が。普通に息が出来て、ご飯も食べられて、出るものも出て。……その、なんだ。えーと。月のものもさ、もう、ちゃんとあるから。――だから、ガワも中身も、だいたい傷は治ったんじゃ無いかって」


「……あぁ。済まない、別に貴女に恥をかかせるつもりは無かったのだ」

 ――デリカシーに欠けている自覚はある、許して欲しい。そう言いながらもリンクは話すことをやめない。


「誰も貴女の容態のことをキチンと教えてくれないのでね。貴女に直接聞いて良いものかどうかも大分迷って、ここ一年モヤモヤしていたのだ」


「あとはゆっくり、歩けるようになれば良いって。一年もしたら立てるようにはなる、って言うんだけどさ。……そもそも。どうやって立って歩くのか、忘れちゃったよ」


「まぁ普段、意識して歩いているものも無かろうからな。……そうかそうか、それは良かった。まさに僥倖。久しぶりの良いニュースだ」

「でもまぁ、腹と背中に、さらに傷がついちゃって。……前から見てもちょっと自信、無くしちゃったよ」



「ははは……。そこまで言えるなら元通りなのだな。肩の荷が一つ、下りた気分だ」

「いや、そこまでのことじゃ……」

「私の目の前で刺されたのだぞ? ――ここまで言ったことは無かったが、この際だから話してしまおう。……ここまで二年、どれだけ自分の無力を悔いたことか」


「あの時も言ったけど、皇子がなにかを思うことでは……」

「私は皇子である前に騎士であるのだ。……想いを寄せるご婦人を護ることが出来なかった。騎士としてこれほど悔やむことも無い……!」


「いやいや、騎士は王様護るのが仕事でしょ? ……それにあたしは死んだわけじゃ無いし」



「……当たり前だ、簡単に死なれてたまるかっ! ――貴女にはこれまで、何度も何度も、繰り返し言ってきたでは無いか。自身の価値を自ら軽んずるでない、莫迦者ばかものっ!!」

 顔を上げていたターニャは。泣きそうな顔で怒鳴るリンクを正面から、見た。



「……ご、ごめんなさい。巫山戯ふざけたつもりは。無かったんだ、……けど」

「済まない、私もご婦人に対して大きな声を上げるなど申し訳無かった。それは謝る。……だが、貴女が価値有る人間なのだ。と言うこと。それは努々(ゆめゆめ)忘れないでくれ」


 リンクはターニャの手にそっと触れるが。

 自身がたった今怒鳴ったばかりで気がひけ、握ることはぜずに、それでも触れた手はそのままにした。

 

「……ありがとう。……皇子が、怒るくらい、心配してくれて、たんだ……。あれ、おかしいな? 嬉しいのに、ごめん、ホントにごめん。涙、止まんない。怒られたから。じゃない、から……」

 テーブルにさす日差しはごくわずかずつ、その勢いを弱めつつあった。




 その少し後。

 世界の全てが夕日で真っ赤に染まる中。リンクがターニャを横抱きにして、墓所からの階段をゆっくりと降りていた。


「あの、さ。……重く、ない?」

 多少俯きながらターニャが問う。

「ははは……。来る時も聞かれたぞ? 行きと帰りで体重が変わるとでも?」


「そうじゃ無いけどさぁ……!」

 ターニャは少し拗ねて横を向くが、リンクの視線はすぐ上にある。

 完全に抱きかかえられていては、逃げようが無い



「気にすることは無い、冥利に尽きる。と言うヤツだ。――そう言えばドレスは作ったかい。今回はルカ嬢に念押しするのを忘れたが」

「別に新調するほどでも無いのかなって思って。それで皇子が恥をかくなら困るけど、このところ、ドレスで出るようなところに行かないし。勿体ないから前に作ったヤツでも良いのかなぁって」


「貴女が良いなら構わんのでは無いか? ご婦人は何度も同じドレスを着て夜会や舞踏会に行くのは嫌がる方が多い、と聞いたので気になってね」

「あ、そうだ。その件で聞こうと思ってたんだよ」


「まぁ出たくないと言えば、今のところ事情はある訳だし……」

「今回は出る。もうこれ以上皇子に恥をかかせてらんないよ。違うよ、そうじゃ無くて。――あのさ。そう言う場で使う杖って、何か特別な物ってあるの? 今から作って一月で間に合う?」


「……は? 杖、とは?」

「宮廷騎士代理人が、メイドに背負われてちゃカッコつかないだろ。来月までに、絶対に立つとこまで行く。背筋を伸ばして、皇子が演説してる横に立つんだ……!」


「まて、せっかく順調にここまで。……いや。――あぁ。……貴女は、そうだったな」

「へへ、来年には現場にも復帰する! ……皇子とも約束、あるし。仕事できるくらいになっておかないとさ」


「私との約束……?」


「腹に穴が開いちゃって少しボロくなったけど、約束は約束だから守ってもらう! 腕しか動かなきゃつまんないだろ? 全身で、息が出来なくなるくらい、イヤだ、つってもしがみついてやるから覚悟しろ!」


 夕日のせいで自分の顔が赤くなるのはわかるまい、と正面からリンクを見つめてターニャはまくし立て、

「今は腕しか動かないけどねっ!!」

 腕を首に回して抱きつく。



「お、おい、……なんだ。危ないぞ。階段はまだ……」

「その、ちょっと揺れたからしがみついた。腕は,動くから。……さ」

「そ、そうか。それは済まなかった」



「しかし、ターニャよ。現場復帰の予定が早すぎないか? 命がけになってしまっては本末転倒だ」

 まだしがみついたまま。必要以上に距離の近いターニャの顔は、しかし。いつも通り、不敵に。――にぃっ、と笑う。


「大丈夫、命がけになんかならないよ」

「ほぉ。何故そう言い切れる?」

「体が言う事聞かなきゃ、そう言って。あとは突っ立ってるだけで良いんだもの」

「ん? どう言うことだい?」



「国一番の専門家リジェクタだぜ? ウチはスタッフも良いのが揃ってんだよ! 知ってんだろ?」


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