ルカの開き直り
2020.9.21 一部追加変更
「おや? 静かになりましたね。――ラ・ブゥルさん? 二人分のお茶の用意を。皇女殿下がまもなくお戻りですわ」
「ルカさん、ルカさん。おうじょさま、もう怒ってないですか? ……さっきはちょっと怖かったです。いつもはとてもほんわかして、あったかくてやさしい女の子なのに」
「まぁ、一度。本格的に言いたいことが言えたら、それで済むでしょう。心配要りませんわ。戻ればいつも通りに、あなたとお話しもしてくれましょう。……それよりお湯が足りません、もう一度湧かしていらっしゃい? ――パムリィ」
「……言わずとも良い、もう諦めておる」
パムリィは、ラ・ブゥルを追って台所へと向かう。
「……リック、もうルゥパは諦めをつけたのでしょう?」
「何故だかリジェクタになりたいと、大姫様のことを知る前から言っておられまして。――それにロミさんは、人生にあってもお師匠様なのだ。とも殿下ご自身がおっしゃっております。……だからロミさんにお話を聞いて頂けたら、きっと……」
どう考えても、決闘の申し込みにしか聞こえない口上。
それが聞こえたことは無視しよう。と決めたリックである。
「……とは、副長代理も言っていましたが」
「アメリアでなくとも、当面の落としどころはそれだけ、ですわね……」
「大姫様もそうお考えですか……?」
「お互い、諦めるべきは諦めないといけないでしょう。……わたくしも、妹も」
「うぬは今でも、未練がましくあるようにしか見えないが?」
ラ・ブゥルと一緒に台所に行ったパムリィが戻ってきていた。
「当たり前ですわ。ラ・ブゥルさんのように左右にスッパリなどと。そうそう割り切れるものでもありません。……今だって完全に諦めた、とは言えませんでしょうし……。それでも。廻りに迷惑をかけるほどに引き摺るのは、それはあり方として正しくない。と最近では思うのです」
「大姫様と我が殿下のあり方、ですか……?」
「あり方を生き様。というならばそんな姿は何しろ、……美しくありませんからね」
「ルンカ・リンディの場合なれば、被害を被るのが我とターシニア程度であればかまわぬ。と言う話なる」
パムリィは、――全く迷惑千万な話であるな。そう言って空中で腕を組む。
「あなたがいつ被害を被ったというのです、失敬な! ……ターニャは、まぁ。――いずれリックは延々と最後まで被害を被る側ですわね」
「……大姫様、それはちょっと。それに副長代理もいらっしゃいますし」
――あの子は要領が良いから、もめ事になる前には上手く逃げますわね。そう思うと口元が緩むルカである。
「前にも言いました。わたくしのことはルカで結構ですわ。戻っていますよリック。……ところで明日以降の親衛第六は、二日ほど暇になりますわね?」
アリネスティア伯爵の、家銘凍結解除と名誉回復の件についてはルゥパが全てを仕切っていて、誰にも触らせようとしない。
――公務が滞って困るので大姫様よりひと言、諫めては頂けないか。と言う書簡や話が来たのも一度や二度では無い。
名誉回復と、爵位返還がなったのなら。その事務手続きに官吏が二人がかりでも一日はかかる。
ルゥパがいくら頑張ろうと、完全に二日は忙殺されるということだ。
「えぇと、お嬢様? ……なんの、お話でしょうか」
「ちょっと大規模なスライムの駆除があるのですが、予定では現場はわたくしだけ。――殿下には後でわたくしから話をします。貴方を含めて三人ほど、お手伝いをして欲しいのですわ」
「僕は確定なんですか!?」
「何しろ、いつ見ても一番暇そうですものね」
――別にここに来たのだって暇だというわけでは……! 抗議の声は完全に無視して机の上にあったソロヴァンを片付け、ノートを畳む。
「もちろん、対価はルゥパを経由せず、直接にお支払いしましてよ?」
「時にルンカ・リンディ。……戻って来ぬな」
「ふむ。……台所、目を離していて大丈夫ですの?」
「火を怖がるわりに眺めるのは好きなのだ。……火が起こってしまえばあとは、お湯が沸くまでおとなしく、かまどを見ながらしゃがんでおる。――我の言うは、ラ・ブゥルの話では無く……」
「わかっています。……所長様もたまのお出かけです、せいぜい羽を伸ばして頂きましょう。ここに居ても気詰まりでしょう、エスコートの方を考えれば万に一つも、間違いは起こりえないのですし」
――むしろ多少間違いが起こって欲しくさえあるのですが、現状では……
そう考えるとルカは少しだけ表情を曇らせたが、もう一度建て直すと台所に声をかける。
「ラ・ブゥルさん、――お湯は沸きまして?」