ロミ、取り戻す
「ロミネイル=メサリアーレ・センテルサイドっ! 貴公の時間を少々頂く!」
中庭に道具を並べて整理をしていたロミの背後から、聞き知った声がかかる。
「え? ……はあっ? 殿下っ!? いつお越しに? ――いったい何の……」
それには一切答えず、ルゥパは腰でジャラジャラ音を鳴らしていた二本のサーベル。そのうちの一本をロミに放る。
「ちょっと、ルゥ! 危ないだろっ!! 刃物を……」
サーベルを思わず受け取ったロミはそのサーベルに刃が付いていないことに気が付く。
「いや、練習用だとしても剣を粗末に扱うのは剣士として……」
「師匠たる貴公に、人生をかけて勝負を挑む! 完全イコールコンディション、私に一太刀入れることができたれば、その時点でアリネスティア伯爵の銘を名乗ることを、皇女オルパニィタの名において許そう!」
「はい? ……あの、一体。なんの話を始めて……」
――但し。ルゥパはロミの話を遮る。
「貴公が負けた場合、人生そのものをわたくし個人がもらい受ける! 不戦敗でもわたくしの勝ちとするっ!」
「そんな横暴な!!」
「皇家である以上、その程度は許容の範囲内! ……こちらも魔法剣は使わない、構えてもらおう、我が師よっ!」
「問答無用、ね。――体格差も男女差も、そもそも絶対的な腕の差がある。わかっているのか? 僕が相手なら、どうあってもキミに勝ちの目はないぞ。ルゥ」
何気なく持っていたロミの持つ剣。――すぅ。と構えが変わる。
「やってみなければわかるまい! お姉様であれば男女差も流派も関係無い! わたくしもそのようなものにならんと、今日までやってきた!!」
「何度も言った、ルカさんは異常者だ! 普通の人間では、100年かかってもあの域には絶対到達できない、目標にしちゃいけない人なんだ!!」
「うるさい、黙れっ! わたくしとて皇家の血を継ぐもの、姉妹なのだぞ!? 姉姫ルケファスタとわたくし、如何程の違いがあると言うつもりかっ! ……覚悟!!」
ロミはいきなり斬りかかってきた剣を、最小限の動きでかわしつつ、しかし意外にも攻勢に移る隙がない事に舌を巻く。
「言うだけの、ことはある、ようだね……!」
「騎士団の運営を、政を、皇女の立場を……!」
――なんだ? この気合い。まるで隙が見えない! 裂帛の連撃に対して避ける以外、剣を受けることさえ出来ない。
剣筋も目的も。考えがまるで見えない。ロミは焦りを感じる。
「やればやるほど! どんどん々々、能力の無さばかりが浮き彫りになる! 毎日々々、己の無力さのみを、己の無様さのみを、己の醜さのみを! それのみを感ずる生活に! 今この場で、貴公に打ち勝ち、手に入れることで! ついに今日、今、ここで! 終止符を、打つのだっ!」
普段から見れば、尋常ならざる剣の速さと精度。――なんでここまで集中力が高まってるんだ、剣筋に迷いが無い!
彼女の剣は迷いの剣、自身の立場そのものを現すような剣だったはず。
そしてロミは刹那の瞬間、対処が遅れた。
キィン! 一瞬の隙を突いてロミの眉間を躊躇無く割りに着た剣をなんとか弾く。
――刃がついて無くても。今のをくらったら、死ぬよ! 迷い無さ過ぎだろ!
キン、チィン、ギャリン!
ロミの逡巡を見て取ったルゥパは、好機と捉え、防御を完全に捨て、さらに踏み込んでくる。
必殺の一太刀を許したことで、ロミは完全に防戦一方に追い込まれる
――完全に正々堂々騎士の剣。……だからこそまともに正面からうちあったら思う壺だ!
それ程までに太刀筋は正確で、重く鋭かった。
だから。怒濤の連撃をかわし、流しながら、ロミはじっと待っていた。
少女であることはくつがえしようが無い、隙のない連撃を繰り返せば、息も上がるし集中も切れる。
そうなれば、基本的には一四の少女。単純な腕力は男性に及ぶべくもない。
抑えが効かずに隙が出る。
たった一太刀、その瞬間を劣勢の中。ずっと待っていた。
……そして。
両者の動きが急激に止まる。
「ルゥ、動くな! 僕の勝ちだっ!! ……知っているね? 刃が付いていなくともキミの首くらい、僕には簡単に堕とせる」
ルゥパの首筋にピタリとつけた、ロミの持つ剣の峰。
但し剣は縦になって。刃が付いていようと、このままでは傷がついても首は墜ちない。
「ふふ……、さすがは我が師。やはり勝つことは叶わぬか。……完敗、であるな」
「例え縛り首になろうと、横暴を通す皇族に反抗してのことなら僕に文句はない。まぁ、キミの首を墜とすつもりなんか無いけどね。――ルゥ。本当に一体どうしたんだよ。このところ“真面目に”お姫様をやっていたじゃ無いか。……何があった?」
ロミは剣を降ろして地面に置くと、そのまま固まってしまったルゥパの手からも剣を取り上げ地面へ並べた。
「……アリネスティア伯爵の爵位凍結を解除、センテルサイド家の嫡男ロミネイル=メサリアーレを当主として認め、権利と名誉を回復する。なお、家銘凍結が違法な決定であったことを認め、帝都内に没収前と同等の屋敷を用意し、また旧伯爵夫人とその子女の引っ越しに関わる費用に関し、これら全ては帝国政府が負担するものとする」
ルゥパは突如、両の腕を下ろし、表情をなくして呟くように話始める。
「は? ……なんなんだよ、さっきから。意味が、わからないんだけど」
「上記の決定は明後日以降、第二皇女オルパニィタ=スコルティアの承認によって即刻発布、施行するものとす。……これは一昨日、帝国大法院で確定した判決である」
「キミは……」
「ロミの銘はわたくしが手づから戻す、そう約束をした。――たかがこれしきに、二年以上ももかかってしまったこと、済まなく思う。……父上様の名誉の回復はおろか謝罪さえも、ついに引き出せなんだ」
「いや、たった二年でこんな……。一体、見えないところで何をしていたの!?」
「それは色々だ。――表も。裏でも、色々、やりました。皇女の名、姫の顔の使い方も大分覚えましたが……」
そのまま――ストン、と膝立ちになると上を見上げ、表情は全く変えずに。目からは大粒の涙が零れて、頬を伝って形の良い顎へと集まり、地面に落ちる。
「ロミの言う通りです。わたくしはお姉様には遠く及ばないと良くわかった。なのに、わたくしが居るせいで宮廷にお姉様の居場所がない事も、またわかってしまった。……こんな、こんな莫迦な話が。横暴というならそれこそが横暴でしょうにっ! 違いますかっ!?」
皇女として本格的に周囲が認めたのは、皮肉にも二年前の帝都防衛戦、その時の魔法剣の一件からなのである。直接関わったロミとしては黙るしかない。
「能力の高いものをあえて放逐同然で放置し、血を吐く努力をして漸く人並みでしかない、そんなわたくしを持ち上げ担ぐなど、宮廷も、政府も、臣民さえもっ! 狂っているとしか言いようがないっ!!」
「……ルゥ」
「さらに悪いことには、そうして持ち上げられる以上、……宮廷を降りる。などとは出来るわけが無いのです」
「まぁ、そこは」
それは、ロミには始めからわかっていた。
黒曜石の剣聖は帝国の旗印。宮廷から外へなど、出すわけがない。
「だからせめて! 最悪の状況から逃げられないなら! ロミに手伝ってもらいたかった、わたくしのために代理人の服を着て欲しかったのです。爵位を人質に取ってでも、御母堂様と妹君の立場を利用してでも……!」
「……でも、やらなかった。なんでだ? 爵位はともかく、母上と妹の名前を出されれば僕は従うしかない」
「脅しすかして配下に引き入れたとて、なにも解決はしない。……それはカタチはロミではありましょうが、ロミとは言えないでしょう。……だから」
ルゥパは、涙を袖で拭って立ち上がる。
「だから諦める前に、全てを賭けて最後の一勝負。恫喝でも理屈でもなく。力でロミを手に入れる、そう思ったのです。お姉様はまさにその手法で、逆に宮廷から外へと出られました」
「ルカさんは家出しただけでしょ? 今でもそうだし。……でもキミは」
「但し、代理人の話はあとで改めて相談させて頂きます、ターニャ殿の先例がある。リジェクタをやりながら、制服を着てもらうことも出来ようかと思いますから……。よろしいですね? センテルサイド伯」
ルゥパはそう言って涙顔のまま、笑った。