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パムリィの拾い物

「所長代理様ぁ。資料の整理、終わりましたぁ!」

 二〇代前半、少し年齢よりも若い感じの格好をした女性が、埃まみれで事務所に入ってくる。 


「ラ・ブゥルさん? 普通に名前でお呼びなさい、とは前にも言いました。お気をつけなさい。……存外早くに済みましたわね」

 ルカは自分の方を見るクリシャに頷いてみせ、さっき空けた机の上に別のノートを出して広げる。


「終わっておらぬよ。……言われた分は、と付けよ」

「すいません、パムリィさん。わかんなくて」

 ルカと同じエプロンドレスを着て、口元を布で覆ったピクシィ。

 陸のモンスターを総べる女王、パムリィがその肩に乗っている。


「パムリィ、良いのです。出来たものは出来たもの、そこは評価しましょう。今は一つづつできるようになれば良い。――あなただって納得ずくで面倒をみることにしたのでしょう?」


 埃にまみれた布を首にずり落としながら、パムリィが抗議の声を上げる。

「納得はしておらぬわ。勝手に自分のその後を、我に命ごとぶん投げてよこしたのだぞ? この阿呆が自分で、な」



 ある日。記憶を失った二〇代前半と思しき女性を、パムリィが“拾って”きた。

 彼女は自身の名前をレブールと名乗ったが。

 その他のことはなにひとつ知らなかった。


 記憶喪失どころの騒ぎではない。

 常識どころか生きるために必要な知識全般、彼女は全てをもちわせていなかったのだ。


 ルカが事情を聞いていた時に一つだけ。

 ――いつか皇太子殿下にお会いしたいのです!

 彼女は、そこだけは瞳を輝かせて語った。



「パムリィ、そのくらいにしておきなさいな。……それでもあなたは、そのぶん投げられたものを拾ったのでしょう? 捨て置く選択肢があったのに、あえて拾う。と自身で決めて」

「だからかえって腹が立つ、と言うはぬしとて理解できよう。どうしてここまで阿呆なのだ……」


「ラ・ブゥルさん、まずは着替えて手と顔を洗っていらっしゃい。話はそれからです」

「はぁい!」



 どんな仕掛け(ギミック)があってそうなったのか一切答えなかったが、パムリィはレブールを指して、

 ――これは。『ピューレブゥル』の、そのなれの果てなる。

 とだけルカに言った。



「忘れたものは仕方が無いとして。……新たに覚える事は出来るのですから、今はそれで良いでしょう」 

「理屈はそうだが、我だけが割を食っている気がしてならないな」


「あなたを拾った当初のわたくしの気分を、多少なりと味わって頂けたら僥倖というものですわ」

「拾われたのでは無いぞ、来てやったのだ。それに我は聡明でなかった時なぞ一度もないわ!」


 

 ルカは、彼女を自身の雑用係として雇うことに決め、強引にウォークインクロゼットとして使っていた、自分の部屋の横の物置を片付け、彼女のベッドを置いた。

 

 あえて宮廷へと出向いて自身で話をつけ、正式な帝都臣民としての戸籍も作った。

 なに一つ、記憶さえ持たない女性レブールは、サイレン=ラ・ブゥル・ソルトレーク。という名前を与えられたことにより、帝都に存在を始めた。



「あのぉ、ルカさん、ルカさん。パムリィさんは何か怒っているのですか? 私がなにか、わるいことしたから……」

 いつの間にか服を着替えて、顔も髪の毛もぐっしょり水に濡れたラ・ブゥルが戻って来ていた。


「特に怒ってはおりませんよ、いつもこんな感じだったでしょう? ――良いですか? ラ・ブゥルさん。言葉遣いが乱暴であると、そのような誤解を受けるのです。普段から、言葉使いには特にお気をつけなさい」

 ルカは、彼女にタオルを渡しながらそう言った。


「そして昨日も言いました、顔を洗ったらお拭きなさい。あなたは自分のタオルを三枚、持っているはずですね?」

「……ごめんなさい、今度はふきます」

「別に怒っては居ませんよ? けれど次からは忘れずにそうなさい」




 ラ・ブゥルの来る直前、水の女王の代替わりがあった。と業界では話題になった。

 だからこそ。なにも持ち合わせの無い無垢の女性、レブールが何かの理由で目立たないよう。ルカは多少強引に名前と役目を与え実在の人物とした。


 だからルカとクリシャは、ラ・ブゥルの言動は知る限り、全て記録に残している。

 パムリィが一切の説明について拒否しているため、何が記憶や教育の資料になるかわからないからだ。

 彼女の手元のノートには、今もさらに文字の列が増えた。



「……それについては一切、誤解など無いと思うが?」

「おや、この後に及んで諦めの悪い。このお話は以上とします。パムリィも、良いですね? ――クリシャさん?」

 服を直して立上り、赤ん坊をあやしているクリシャに声をかける。


「はいはーい。……どうしたの?」

「クリシャさん、ター坊とラ・ブゥルさんの手前もあります。はい、は一回。――早いですが今日はもう、あがって良いですよ。オリファントもター坊の騎士である以上護衛の任がありましょう、一緒に帰りなさい。報告書は明日の午前中で結構です」


「……? お嬢。どうか、しましたか?」

「例の件。先日、帝国大法廷と上級貴族院で相次いで決定が出ました。ならば直接に。結果を通達しに“来る”のではないかと思うのです」


「……それは、つまり」

「えぇ、わたくし個人は今日辺り。ここでター坊の情操教育上、良くない事態が起こるのではないかと考えている、と言うことです」


「お嬢……」

「……ロミ君もその方が気楽でしょうし、ね」





 その三十分後。

 相変わらずルカはソロヴァンを弾き、パムリィとラ・ブゥルは何かの資料を見ている。

 ラ・ブゥルが字を読めるようになるまで、半年“しか”かからなかった。

 思うよりは手のかからない彼女である。


「なぁルンカ・リンディよ」

「なんですか?」


「赤子とは不思議な物よな」

「あなたの存在ほど不思議にも思いませんが」

「混ぜっ返すな。素直に言っておる。……ぬしはもちろん、我であってもつい目を奪われ、ちょっかいをかけたくなる」


「ター坊にちょっかいをかけたら、その場で握り潰しますわよ」

 その可愛がり様は、――少々度が過ぎていないか? 自分の子でもあるまいに。とパムリィが呆れるほどである。


「やれやれ、アレのことになると目の色が変わるのよな。……母性、と言うヤツか。胸が大きくても乳が出ぬでは役に立たぬでは無いか」

「母性をなんだと思って居ますの!?」



 パムリィの話では、ピクシィやフェアリィには小さい少女の時代はあっても、赤子と言うべき時代はない。

 小さな“少女”の時代はコロニー全体で面倒をみるのであり、いわゆる子育ては必要がないのだ。

 その、本能的に母性のようなものが無いパムリィでさえ。擁護し保護すべき存在である、と理屈抜きに理解をしている。



「でも見る限り、人の事は言えませんでしてよ? ――あなたでさえそう思う。確かに言われれば不思議、ですわね」



「パムリィさん、パムリィさん。……タルファくんも、ラムダも、スライムも。みんな可愛いですよ?」

「括りが大きすぎるのではないかや? ラ・ブゥルよ」


「おおきな、くり? 焼いた栗は大好きですがトゲトゲも多いですか?」

「あのな、……む? ――栗は蒸した方が旨いが、その話はしばし待て。客が来たようなる」


「良いですわ、わたくしが出ます。パムリィはその資料から必要な薬をピックアップしておいて下さい。在庫に不足があれば明日、エルに買いにいかせます」

 ルカは腕抜きを外して席を立つと、玄関へと向かう。


「あ、エルさんは明日、お買い物に行くんですか? ……私も行きたいです!」

「市場に行くわけでは無いですよ? ……まぁ、考えておきましょう」

 そう言いながらドアを開ける。



「お、お嬢様、本日はその……」

「……みなまで言わずとも結構、バートン卿。お役目、ご苦労様ですわ」

 予想通りに申し訳なさそうな顔で、いまや親衛第六ではなんでもこなす機用者としてならす、リックことレキセドル・バートン。


 青い制服を、隙無く着込んだリックが立っているのを見て、

 ――あぁ。押しつけられましたわね、可哀想に。

 と、内心ため息のルカである。



「殿下もご一緒でいらっしゃるのですよね? ……どうぞ、気にせずお入りを」

 直立不動で動かないリックを押しのけて、親衛騎士の白に赤が映える制服を着た黒曜石の剣聖こと、オルパニィタ第二皇女が、いかにも不機嫌そうに入ってくる


「話が早くて結構なことです、ファステロンこう。ロミ・センテルサイドは戻ってきていますか?」

「ごきげん麗しゅう、皇女殿下。彼ならば中庭に。――ラ・ブゥルさん、殿下をご案内……」

「不要だ。……中庭だな? 邪魔をするっ!」


 ルゥパは、長い黒髪をなびかせ、腰のサーベルをジャラジャラ鳴らしながら。

 事務所の奥の扉を開け、そのまま扉の奥へと消えていった。


「あらあら,まぁまぁ、いつもに増して荒れておられますこと……」

「今日はここ暫くで特にご機嫌が悪く、副長代理でさえ抑えきれず、その。……我らがついておきながら、至りませんで本当に申しわけありません! 大姫様っ!!」

 直立不動から突然片膝を付いたリックは、地面に擦りつけるようにして頭を下げた。


「なおりなさいリック。帝国で一番短い導火線。などと言うわりには、ここまで良くもったではありませんか。――あなたが気にすることではありません、お入りなさい。お茶を入れましょう、……ラ・ブゥルさん? お茶の準備を」


「お茶? お茶……。うーんと。最初にお湯を沸かすんだよね、ね? ――あ。ルカさん、ルカさん。おしえて? ……なんでおうじょさまはあんなに怒っていたのですか?」

「ふむ、たまに難しいことを言いますのね。……そうですね、ただの女の子である可能性など無い事に気が付いたから、でしょうかしら」



「みんな、いっつもむつかしいことを考えているのですねぇ。私にはわかりませんが、でも。……ニコニコしてたら、かわいいし、楽しいのにね」

 ――髪の毛もツヤツヤでキラキラしてて、おうじょさまはステキ、大好きです。そう言いながらラ・ブゥルは、台所へと向かう。


「かまどの火とヤカンのふたには気をつけるのですよ? また火傷をしても今度はわたくし、知りませんからね?」

「はぁい!」

「……パムリィ。見ていてもらって良いですか? 返事が軽すぎて不安です」

「全く、……何処までも手間のかかる」


「大姫様。僕は、その……」

「今ほど言いましたよ? 気にする必要はありません。……今回に限って言えば、あなたは被害者と言っても良いでしょうからね」


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