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クリシャの作ったもの

 『フィルネンコ害獣駆除事務所』。大層立派な看板を掲げた結構大きな、しかしやや古ぼけた建物。

 職人町とは言え帝都内、しかも王宮まで徒歩でも三十分。

 その立地にあって厩や大きな倉庫まで備えた屋敷。

 それは家の主が、それなりの地位にあることを示している。



「いい加減に資料をあげて頂かないと、さすがに学術院から文句がきますわよ」


 所長の席からソロヴァンを弾きつつ文句を言うのは、綺麗なプラチナを頭の後ろにまとめて。ダークブルーのエプロンドレスに空色のスカーフ、黒い腕抜きの女性。

 若干癖のあるフィルネンコ事務所の面々を、見た目に反してアタマから押さえ込んでまとめる、没落貴族のお嬢様。

 十八才になったルンカ・リンディ・ファステロンこと、ルカであった


「ごめんなさいルカさん。でもね、その学術院に頼んでいる資料がまだ届いてないんだよ。一応こないだ博士の称号もらっちゃったから、いい加減なこと書けないし」


「クリシャさん。それは作成を頼まれた資料の補足部分なのだと聞いておりますわよ? 当面必要が無いとも」


 政府系組織については、既に各方面にかなり太いパイプを築いているルカである。

 この仕事も。あまり動けないクリシャが、それでも資料整理以外の仕事をさせろ。と言うから、ルカが持ってきたのである。

 細かい条件まで知っていて当然だ。


「一気に完成させたいんだよね、中途半端って気持ち悪くない?」

「代価を頂く以上、不要な部分にひっかかって、締め切りに間に合わない方がよほど問題です」


 ――あとで差し替えとか出ても良いかな? とブツブツ言いながら渋々ペンを取るクリシャ。

 眼鏡に栗毛。見た目はほぼ変わらないが、ややゆったりした服を着て、おさげだった髪は肩辺りで切りそろえられている。


「まぁ、事実上期限はあってないようなものではあるのですけど、一応建て前であっても当初の提出日はありますからね」


「……ん? そう言えば今日は朝からメルパリの二人を見かけないけど」


 もはやひとまとめのメルとパリィのメイドさんズ。

 彼女たちは本格的なメイドで有るだけで無く、たまに駆除係フォワードとして現場に出て来ても良い仕事をする。として、業界では有名になりつつある。

 彼女たちをよこせ、と言う指名の依頼まである程なのだ。

 


「組合長から、片付けものを手伝って欲しいと要請がありまして。今日は朝から組合に貸し出しておりますわ。――無料で」


「そこはいちいち、強調しなくても良いんじゃないかな……」

「あら、あの二人をまとめて貸し出すとなったら、そこそこのお金は頂けましてよ? ……忌々しいことに組合には、まだ去年の分の借りがありますからね」


 去年の一時期、断ることの出来ない貴族からの仕事。これががあまりにも集中しすぎたフィルネンコ事務所は、完全に人手がパンクした。

 そこで、ロミとルカが“営業”に徹して、対処は組合から斡旋された下請け業者。と言う状況が三ヶ月ほど続いた。

 現状のフィルネンコ事務所は、組合に対しては以前より少しだけ、立場が弱い。



「と言うことで、急げ。とは言いながら、あの二人にお手伝いをさせるわけには行かないのですが」

「この程度は、ホントは一人で二日くらいで作っちゃわないといけないんだけどね」


 先日、宮廷に呼ばれ、親代わりであり師匠でもあるDr(どこかの).ギディオン(へんなおじさん)を追い越し、晴れて博士の称号を得た。

 こちらも一八になったところであるが、既に帝国学術院モンスター学会では最重鎮の一人である。

 ――そして。



「あらあら、ぐずり始めましたわね、今日は朝からずっといい子で、上機嫌でしたのに」

 赤ん坊のグズる声が、クリシャの席の後ろに置かれた小さなベッドから聞こえる。


「おしめはさっき取り替えたばかりだし、またお腹、空いたかな? ――どうした、どうした。最近はよくお腹が空くなぁ、キミは」

 そう言いながらクリシャは、慣れた手つきで赤ん坊をベッドから取り上げる。

 

「ター坊、また少し大きくなりましたか?」

「この時期は成長が早いと聞いてはいたけど、それこそ毎日重くなる感じだね。……お乳のあげがいはあるけれど、お腹が空くのは時間関係無しだから。思ってたより大変だよ。夜中とか」

 クリシャが服の前を空け、ター坊と呼ばれた赤ん坊の顔をそこへ持っていく。


「ごめんねぇ。これでも多少は大きくなったんだけどさぁ。……もう少し大きかったらおっぱい、吸いやすいのに。ねぇ……」

「ぱ、パムリィでもあるまいに、そう言う話で実用性、などと言わないで頂きたいですわ。はしたない。――それにしても……」


 ルカは、ソロヴァンを放りだして、乳を吸う赤ん坊をうっとりと見つめる。

「これは将来的にいい男になりますわよ。タルファラスレイドなどとたいそうな名前にも思えますが、名前が追いつかなくなるような立派な、良い男に……!」


「名前、付けたのは義理の父(へんなおじさん)だけど。あ、今や変なおじいさんか」



 その変なおじいさんには、命名権と引き換えに。彼女の息子には一切、成長過程の観察や実験等を行わない、として取引をしかけたクリシャである。


 エルフのハーフと人間との自然受胎。

 絶対に必要以上に興味を持つ案件だ、としてクリシャが先んじて釘を打った。

 ルカが、――母は強し、ですわね。と、あっけにとられるほどの強硬姿勢だった。

 

 一方のDr.大ポロウも、それ以降なにも言わず、むしろ。

 ――仕事が忙しくて動けない。何もしないから、連れて遊びに来てくれ。

 最近は週に一回ずつ、自身の“孫”を気にして手紙をよこすようにさえなった。



「いい男になってくれたら、それはすごく嬉しいけどさ」

「なりますわよ、わたくしが請け合いますわ! 今の時点でも可愛らしい上に十二分に凜々しいのですから!!」


「私、じゃないよなぁ。“お父さん”に似たのかなぁ」

「それは有り得ません。断固拒否しますわ!」

「いや、そこをルカさんに拒否されても……」




「ただいま戻りました! ……お嬢。仕事は今日で片付きましたよ? 今回、早期解決のインセンティブが載るのでしたよね?」

 若い男性の良く通る声が玄関から響く。


「その通りです、助かります。……お帰りなさい、手を洗ったらお茶を入れましょう。……丁度、息子さんも“お食事中”ですわ。――あぁ、そうそう。先程、宮廷からアリアネが来ていましてよ?」


「は? リアが。……それで彼女はなんと?」

「お金は払うので、宮廷で官吏との話し合いに同席して欲しいそうです。」


「改めて聞く必要性をあまり感じませんが、一応聞きましょうか。それに対するお嬢の返事はなんと?」

「お金を頂くなら断る道理がありませんわ。……オリファント、あなたは明後日の10時、親衛第四の詰め所に行きなさい」


「理由まで含めて完全に想像通りでした……」

 諦めたように肩をすくめてそう言うのは。

 宮廷勤めを辞して、現在のフィルネンコ事務所でロミに続くナンバー2フォワード。

 リジェクタとして名をあげつつある元親衛騎士、オリファント・アブニーレルである。


 優秀な親衛騎士であった、と言う事実は誰も疑うところはなく。また騎士ナイトの称号も宮廷を降りてなお、そのまま名乗ることを許された。


 今でもリンクのお付きである親衛第四はもとより、各親衛騎士団から相談を持ちかけられることも多く。

 但し、雑談の範囲で収まらなかった場合。

 彼の目の前の“お嬢様”は決して安くない対価を提示する。


 彼女に曰く、

 ――スライムを潰しに行っても一日あたり最低、五〇〇にはなるのでしてよ。

 なのであり、そこは彼もなにも言うところではなかった。

 但し、請求額は場合によっては、桁が一つ、どころか二つ違うことも普通なのであるが。



「ところでロミ君、一緒だったのでは?」

「そこまで一緒に来たのですが、中庭で片付けものをする。と言って出ていきましたよ? お嬢が何か頼んだのですか?」


「ター坊が“食事中”であるところが見えたのですね。彼がまごう事なき紳士である証左です。――とは言えそこまで来たというなら。無駄に遠回りをせず、事務所の中を通っていけば良いものを」


 事務を執ることを本格的に諦めたルカは、ソロヴァンと帳簿を横に押しやり。背もたれに寄りかかって伸びをする


「最近、個人的には日常の風景なので、気にかけていませんでしたが。……そう言うことでしたか」


「ですが、ロミ君は少し気にしすぎるきらいはありましてよ。――横を向いて中を通れば良い話です」

「だよねぇ。ロミとはある意味、姉弟きょうだいみたいなもんだし、あんまり気を使われても」


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― 新着の感想 ―
[一言] えぇぇ 最終章なんですか……毎回更新楽しみにしてた作品なのでなんだか寂しいのですが、最後まで正座待機しつつ読ませていただきます
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