最終防衛戦(中)
――くそ、どうすりゃ良い! 打つ手が見当たらず、スライサーを手にターニャは立ち尽くす。
但し、何があろうと動揺を兵達に悟られてはいけない。
それは事前に軍師達から言われていた彼女である。
ターニャの立ち位置は一番組、と言うよりは防衛軍全体の象徴であり、最強の専門家なのである。
状況が悪くなろうが泰然と、次善の策を淡々と打ち出し、具体的に指示をする必要がある。
彼女の言動によっては、部隊全体の士気に影響が出る。
「……あ、あんなもん、足止めできると思ってる方がどうかしてるよ。――弓兵の人のアタマは?」
「は、自分です」
「今の距離は絶対保って撃ち続けて。――ボゥガンは?」
距離が近いなら、貫通力も命中率も只の弓より間違い無く上。
フィルネンコ事務所が持っている位なのである。
帝国軍の精鋭を集めたのだ、装備だって最高のはず。現場にいないわけが無い。
「両方ダメです、まるで刺さりません。パウダーも煙は上がるものの、全く効果があるようには見えず。どうしたら良いものなのでしょうか!?」
「とにかく撃ち続けて。多少でも効果があるなら、進行の邪魔は出来る!」
「は、了解であります! ――二班は四班と交われ! 一射毎に後退しながら手持ちの矢は全て放て! 三班は待機しろ。矢の補給を最優先だ、前線からも引き上げてこい。もう要らないはずだ!!」
マクサスが集めたと思しき弓兵の隊が到着し、今まで弓を射っていた部隊と交代する。
ターニャはスライサーをいったん腰に戻して、ブーツの紐を結び直す。
「見切れるかどうか、ちょっと見てみる。……状況を見て、いったん突っ込むからあたしの動きをフォローして下さい。……さすがに、味方には撃たれたくないからね」
「わかりました、そこは請け合います。卿にあっては、その点はご心配なく」
ターニャは、見たことも無いような巨大なスライムの前に立つと、スライサーを引き抜き、片手で構えるとその刃が炎に包まれる。
「速い、デカい、賢い。……既にスライムじぇねぇだろうがよ、こんなの。――なんであたしんトコには、普通の仕事が回ってこねぇんだよっ!? 専門は普通のスライムなんだっつーのっ!!」
――とは言え。……チャリ。ターニャはスライサーを構え直す。
「弱点はとうに知ってる、ただデカくなっただけだろうが! あたしにこけおどしが……効くと思うなっ!!」
ターニャはいきなり走り出し、そこに向かって触腕が五本伸びるが。
その動きは、ここまで観察していたターニャの予想通り。
楽々かわしつつ大きなピンクの固まりの直近へとたどり着き。
「様子見じゃ無くて、これで、終わりだぁ!」
ターニャはそのままその横を駆け抜け、炎に包まれた刃が、彼女の背丈の倍以上あるピンクの固まりを切り裂いていく。
「へへ……。結局、一匹で済んだ。意外と割の良い仕事で……、なに!?」
振り返った彼女の目の前で、切られた部分が即座に復元していく。
「ただデカくなっただけじゃ、無い!?」
虚を突かれたターニャに伸びてきた触腕。
それに火矢が数発当り、動きが鈍ったことでターニャの逃げる隙ができた。
「組長! 大丈夫ですか!」
後ろ側に展開した弓兵隊である。
「ありがとう、助かった! ……火は嫌いなんだな、やっぱり」
「我々は薬の矢が切れたので火矢になってます」
「お陰で死なないで済んだよ。距離、そのままとって継続! ……さて」
ターニャはスライムの進行方向に回り込むと、自分が二つに切ったはずのスライムを再度正面から睨む。
「効いてねぇ。と言うわけじゃない、と。……デカい分回復力があるだけ、だな」
赤い表皮に、自分が切った跡が残っているのを見やると。いったんスライサーの火を消す。
「あの時と同じ事をすりゃ良いだけだ。……弓兵の班長、ちょっと話がある!」
「はい!」
スライサーを手にしたターニャが、スライムの行く手を再び阻む。
「突破はさせないし、皇太子んトコにも行かせねぇ。……そんなことはあたしが居る限り、させねぇ! ……いくぜ、火力最大!!」
スライサーの炎がさっきよりも激しく刃を包む。
「人間様、舐めんなぁ!!」
再度スライムに肉薄するターニャ。
今度は二本、彼女の読みとは違う方向から触腕が伸びるが。
帝国でも有数の剣士、ロミの認める無形の剣は、反射的に障害を切り落とす。
そして炎に包まれた刃は、さっき切ったのと寸分違わぬ部分へと。
「あたしに当たってもかまわねぇ! ……撃てっ!!」
刃の走るその後ろに無数の矢が殺到し、ピンクの固まりの中に半分以上が吸い込まれていく。
「人間とやり合う、ってんなら付き合うまでだ! この土地は、渡さねぇっ!!」
走り抜けたターニャは振り返り、スライサーを上段に構え。
「限界突破っ! あたしのぉ、勝ちだぁあっ!!」
三mのスライムよりも、さらに数倍高く炎の棒が天へと伸び、それはそのままスライムを両断する。
それでも一気に傷口には再生がかかり、薄く膜が貼るが。
「全員、離れろぉ!!」
張り始まった膜が突如破れ、直径五m以上の巨大なマカロンは中身を吹出しながらその形を崩していく。
「専門家、舐めんなっ!!
「さすが帝国筆頭!」
「やったぜ!!」
「ざまぁみろ!!」
吹き出すのを辞めたピンクの粘液は、それでも静かに地面に広がっていく。
「ふぅ。完全にイカレたか。二回目だもんな、オーバーブースト。……新しいの、結構高いんだよなぁ。――またルカに怒られんぞ、これ」
――カラン。ターニャは、多少刃の部分が歪になったスライムスライサーを放り出す。
「ターニャ!」
「皇子、まだ出て来ちゃダメだってば。状況が完全にはわかんねぇ」
「無事なのだな?」
「見ての通りだ」
若干おどけて両手を広げて見せた彼女だが、背中と腹に違和感を感じた。