最終防衛戦(上)
「ターニャ殿、配置は完了しました」
マクサスは口元に手を当て、何ごとか考え込むターニャに声をかける。
「あ、ご苦労様です。……無理はしない様に言ってもらえました?」
魔道士や召喚士達が戦前に、――強引に召喚するならここだ。としてマークをした数カ所。
そこを遠巻きにするように兵や騎士達が展開している。
「まぁ、立ち位置的に体を張るのは仕事の一部でもあるんでしょうけど。……でも、相手はモンスターでさ。いくら倒しても名誉なんか無いですからね」
「まずは命を最優先、状況が整わない時は無理はしないで一時引いて体勢を建て直すよう様、指示はしてあります。……いささか不本意ながら名誉云々のお話もそのまま伝えました」
「軍とか騎士の人達はさ、命をかけるのも仕事。みたいなとこ、あるからさ。ここは無駄に死んじゃいけない場面でしょ?」
「まぁ、おっしゃることは……」
――頭で理解はしても、場合によっては死ぬことも名誉である。と言う考え方にはどうにも納得がいかないターニャである。
「それに“出来る人”が名誉のために死んじゃったら、その後困るでしょ?」
ターニャはそう言いながら、以前リンクが、
――人は須く効率的に死ぬべきだ。
と言っていたのを思い出す。
それを聞いた当時は。
さすがに帝国の皇子ともなると、ずいぶんと人の値段が安いものだ。と憤慨したものだったが、今ならばわかる。
例え犯罪者であろうと、彼は人の死など望んでいない。
最近はなんとなくそれが腑に落ちる。
「皇太子殿下よりリンケイディア殿下に伝令!」
リンクは立ち上がると、廻りの兵達が浮き足立ちそうになるのを手で制してみせる、
「かまわん、――どうしたか?」
「状況は了解、護衛の陣を固めるので、殿下のやりたいことを存分にやるように。とのことで御座いました!」
「やりたいことを、ね。……殿下のご厚情に感謝する、とお伝えしてくれ」
「五番組組長より伝令、作戦終了。これより事後処理に入るとのこと」
「ご苦労だった。……これで全組魔方陣を潰せたが、――ターニャ?」
「取り越し苦労だったら、それに越したことは無いんじゃね?」
「それはそうだがな。……ん?」
少し離れたところから、何かしら喧騒があがる。
「マクサス、何があったか!」
「すぐに確認致します」
だが彼が動く前に兵士が駆け込んでくる。
「組長閣下に報告! Bポイント、スライムが出ました!」
「ちくしょう、やっぱりか! 種類は!?」
「詳しくはわかりませんが、前線とほぼ色とカタチは同じであります!」
「ベニモモか。……大きさと数はどうかっ!?」
「はっ。3mに迫るものが一匹です、殿下!」
「一匹しかいねぇにしたってデカすぎだろっ! ――あたしもすぐ行く! 無理はしないで距離をとらせて!!」
だがその返事を聞く前には、もう一人走り込んでくる。
「良いよ、行って! ――今度はどうしたの!?」
「組長に報告! スライムに二人、やられました!」
「な……! 弓の届く距離まで包囲をさげて! パウダーは持っていったよね!?」
前回のスライムの標本から作った、通常よりもかなり効果を高めたメルトパウダー。
一番組全員はその袋を腰に下げ、弓兵達はさらに手持ちの矢の半分には、始めから毒矢の要領で仕込んだものになっている。
「既にやっていますが、事前の予想よりも腕が長く伸び、メルトパウダーの方も煙が上がるだけで、まるで効き目がありません!」
「槍兵を引かせ、動かせる弓兵を全員ここに集めろ! 大至急だっ!!」
マクサスが叫び、呼応して二人、駆け出していく。
「ターニャ。パウダー自体は前線からは効果あり。と、報告が来ていたな? どう言うことだと思うか」
「さらに改造しやがったって事だとおもう。……生き物を、なんだと思ってやがる。くそったれが!!」
「多分アレは素人では無理です! まもなく街道に入ります!!」
――思ったよりも早い! そう言いながらスライサーを抜き放つ。
「わかってる、すぐ行くっす! ――マクサスさん!」
「は!」
「皇子を、……お願いしますっ!」
「もちろん、我が命に代えてもっ!!」
ターニャがスライサーを手に駆けつけた時。巨大なピンクの固まりは、見た目はゆっくりとした動きで街道に出ようとしていた。
「……さすがにデカいな、これ。たっぱが三m以上ある。直径は五m越えだね。デカすぎだよ……。触腕も五本形成できる、か――状況は!?」
「五人やられました、腕が最大で10m以上伸びるうえ、以外に動きが速く……」
透き通るピンクの固まりの真ん中、少しくすんだ部分を見て取ったターニャは唇を噛む。
「足止めもままならず。……スライム、あんなにも早いものなのでしょうかっ?」
「動きが速いんじゃ無い、デカくなった分多く動けるんだ。結果は同じだけどね」
そして件のスライムは、自分の進行を妨げる弓兵に対して、威嚇するような触腕の出し方をしながら街道へと入った。
本来、補食以外の行動はとらないし、自身の脅威以外に威嚇するなど。そんな行動をするはずが無い。
目的を持たされた上に、その目的のために行動できる、賢い個体。と言うことだ。
「完全にいろいろ規格外だ。あんなもんにいきなり出てこられたら、プロでもやられる」




