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最終局面、突入

 二人がどうでも良いやりとりをする間にも、護衛の兵達が二つに割れ、親衛騎士の青い制服がリンクの前に走り込んできて片膝を付く。

 やや幼さを残した少年の顔には、リンクは見覚えがあった。


「殿下、ご報告申し上げます! 三番組、作戦が最終段階に入りました!」

「デヴォン、お前を直接寄越す。と言うことは大分余裕があるのだな?」

 リィファ姫が、自身の部下の中でも代理人以外なら最大級の信頼を置く、親衛第五の副長である。


「全体の状況など僕にはわかりません。ですが姫様に、お前が殿下へと直接報告してこよ。と言われてまいりました!」 


 リィファ姫が彼を自分の直縁から一時でも離す、と言うことは。現場は大分余裕があると言う事に他ならない。


「お前を寄越したことで詳細な報告に変える、か。……アレも最近はだいぶん横柄になったものだな」 

「その辺は僕にはなんとも……」


 リンクは肩をすくめて大袈裟にため息を吐き、顔をさげたデヴォンの口の端が少しだけ上がる。



「この際、兄貴も諦めてさぁ。妹の優秀な部分くらいは認めてあげちゃどうだい?」

「あぁ、そうだな。もうわかっているとも。――デヴォン。この際リィファのことはお前に全て任せる。……私の言うことなど、素直に聞いてはくれないものでな、頼むぞ?」


 ――はは! 姫様は我ら親衛第五、命に代えてもお守り申し上げます! デヴォンは、頭が地面にめり込むかというほどに頭を下げた。


「むしろお前がアレを上手く使う気であたれ。……知っているだろうがあえて言う。気を抜けば非道い目にあうのは、それはお前だぞ?」


「ふふ……。殿下もお人が悪い。僕の立場ではお言葉への返事は出来かねます。――今般にあっては姫は姫のままあられるとの仰せです。……なので、かえって心配ですので急ぎ戻ります。僕はこれにて!」

「頼むぞ」

 デヴォンは機敏に立ち上がると、リンクに一礼して足早に馬へと向かう。



「もうリィファは私が庇う必要など無いのだろうね」

「だから皇子おうじのそういうトコだってば。――その辺にお互い、甘えがあるんだと思うぜ? 姫様あっちの側にも、お互い。な」


 後ろに組んでいたはずの腕を腰に当て。多少怒っているようなジェスチャのターニャを横目に見て、リンクは苦笑いをする。 

「今日は手厳しいのだな」



「“兄ちゃん”も、“妹”も。――両方、大事な友達だと思ってるし、あたしのこともそう思ってくれてるんじゃないかなぁ、とも思ってる。なら、腹ん中は全部言い合うのが友達同士ってもんだろ?」


「……やれやれ、貴女あなたには敵わないよ」

「勝ち負けの問題じゃ無いんだって……、ん? またなんか、来たね」



 いかにも正規の書類と見える紙を持った、伝令の兵がリンクの前に通される。

「お話中失礼致します! 五番組組長より団長閣下たる殿下に伝令です!」

「今度は私宛? ……何ごとであるか?」


「は。傭兵団の所属する国への賠償金の発生通知、並びに条約違反の抗議状を書き起こしたので、至急内容の見分をし、明日中に賠償請求の計算開始を知らせてくれ、とのことです」


「パリィの仕業だな? 自分の金には頓着しねぇくせに、相手を叩けるとなったら嬉々としてやり始めるからなぁ」

「しかし、彼女にそんな複雑な計算や文章は……」

 キチンと書式の整った書簡と、細かい数字の並んだ「概算、但し増額の可能性アリ」と但し書きの付いた請求書を手にしたリンクが呟く。



「見た目良い男で頭も切れる、リジェクタとしてはあたしの兄弟子で出来物、剣士としても事務屋としても組織のあたまとしても優秀。けれど人としては最低最悪、問題だらけ。そう言うヤツが五番組あのふたりに付いてる」

 ターニャはいかにも嫌そうな顔をして、リンクから目を外しつつそう言う。

「……組合長のことか?」


「そう言うこと。多分なんかの条約を知ってたんだな、日付切ってるのは多分組合長の入れ知恵だよ。――そして元があるなら、相手を必要以上に脅すようなアイディアはパリィ。そして紋切り型の書類は普段からやってんだ、内容さえ伝えれば、エルならいくらでも書ける」


 報告書の内容を見ながら、追加請求となる部分をパリィが大袈裟に読み上げ、エルがそれを聞きながら公式の書類としてまとめていく。

 フィルネンコ事務所の普段の風景である。


「まぁ……。せっかく作ったんだろうしな。――マクサス、聞いていたな? 今、私も申し送りの書状を書くから、これらをまとめて財務大臣に届けさせ、明日の朝一番で皇帝陛下の決済を頂き、外務大臣より即座に送付するよう申し伝えよ」


「では、ただちに誰ぞを宮廷へ走らせます」

「頼む」

「宮廷に伝令を出す、馬の用意をさせろ! ……む? 定時報告には時間が合わんが、何かあったか?」



「代理、失礼を。――組長に報告が」

「あぁいいけど。――どうした、リアちゃん。なんか、……あったか?」


「は、申し上げます! リジェクタ班が巨大スライム駆逐を開始。一班班長の話では悪くても三〇分でカタが付くだろうとのことでした!」

「もう始めたのかよ! しかも自信満々かぁ。どうかしてるだろ、みんな」


「なのでターニャ殿には、本陣の守りを固めるよう申し添えてくれ。との事で御座いました」

 報告を終えたリアは、あえてターニャからはしなくて良い。と再々言われている敬礼をしてみせる。


「ありがとう、……リアちゃんはまた前線まえに行くのか?」

「はい、次の定時は予定通りにデイブが参ります!」

「わかった、十分に気をつけてな?」

「お言葉、ありがたく。では、私はこれにて!」



「順調、と言うことで良いのかね? 組長」

 リンクには言葉通りの、順調な報告にしか聞こえなかったが。

 但し、報告の内容を聞いてターニャの目つきが変わったのを見て取った。


「むしろこっからだよ、皇子。――マクサスさん、一昨日おととい、あたしのやったスライムの“臨時講座”受けた人を全員ここに集めて貰えますか? スライムスライサー、使える人には全員点検して装備させて」


 ターニャは制服の上、帯剣ベルトからレイピアを外し。

 肩に吊り紐の回った帯剣ベルトはそのままに、上から“仕事用”のベルトを巻き付け、金具を締める。


「一、二匹零れてくるとは先程仰って居ましたね、……了解です、ターニャ殿」

「そうじゃ無いよ、……多分だけど。ここに隠し球をぶっ込んでくると思う」


「ターニャ、どう言うことか?」

「ここだけはたいした調査も無しにスライムが湧くことがわかった。つまりわざと見せたんだよ、スライムが出るって」


 ターニャは自分のスライサーを腰に差し、何かしようとするマクサスを手で制すると前へと歩いて行く。


「あんだけの魔方陣、一人で五つも制御してるくらいだ。一匹くらいならこの辺に直接呼び寄せる事くらい出来る、ってのはなんとなく理解できる」


「油断を誘っている、と?」

「場所も良いものな、他と違って皇太子だんなの居る中央公園まで真っ直ぐだ」


 ターニャが話しながら天幕を出て振り返ると、丘の上。ひときわ高いところに真っ赤な旗がなびいているのが見える。

 もっと近づけば。それが、赤地に金の糸で獅子が描かれた皇太子旗である事がわかるはずだ。



「旦那の性格とシュナイダーの皇子の立場。考え合わせればあそこに総本陣を張って自分が総団長として陣取る、なんてのは考えなくてもわかる」

「なんと。兄上、皇太子殿下を、だと……! ターニャ、軍師達にこの話は?」

「その軍師さん達に黙ってろって言われたんだ、ごめん。……軍師さん達も確証を得るまでは口外無用。皇太子殿下だんなにも秘密にするって言うからさ」

 


「貴女には後で話があるからそのつもりで。……それで?」

「その辺はほぼ軍師さん達とも考えが一致した。敵の強度が脆すぎた場合は……ってね。――だから逆にあえてスライムでこの陣を突破。その上で皇太子殿下だんなを直接、首謀者自ら 殺し(とり) に来る可能性が高くなった」


「何故あえてスライムで来る、と……?」

「あたしも不思議に思って軍師の人達に聞いた。……帝国のプライドを穢しに来るんだ、って。その為のスライム、その為にあえていけるのに、皇帝陛下で無くていったん旦那で止めるんだ。って」 



「ターニャ、しかしそれは……!」

 ターニャは振り返ると、リンクに向けていつもの自信満々の顔で笑ってみせる。

「大丈夫! デカいスライム一匹、ここを通さなきゃそれでおしまい。それであたしらの勝ちだ! ――いけるよな? マクサスさん」


「らしくないとは思いますが、ここは大口を叩かせて頂きます。――お任せを!!」

「オリファさんもそうだけどさ」

 口元に笑みを残したまま、正面のマクサスに向き直ったターニャは、――普段からそんくらいで良いと思うぜ? と言うのだが、その目は笑っていなかった。


「マクサス、大口を叩いた責任は取ってもらうぞ? ――スライムはターニャもいる。問題は首謀者だ、来るというなら必ず捉えよっ!!」

「はっ。――本陣警護班! 全員集合!!」


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