褒めて延ばす方針
「組長、五番組の組合長閣下からです!」
護衛の兵がメモを差し出す。
「皇子じゃなくてあたしに? ……それに、なんで紙?」
「閣下、読み上げても?」
「お願いします」
当然リンクも中身を知っておいた方が良いだろう。そう思った彼女は兵を促したが。
「こっちはまもなく片付く。アニキに、……五人分。対策本部の経費で、払えるように。段取り、しておいて……。くれ……? ――だ、そうです。が」
読み上げた兵のみならず、ターニャもあっけにとられる。
「そんな手紙、わざわざ戦のさなかに送ってくんなってのっ!!」
「じ、自分に言われましても……」
「自分ちの中でカタぁ付けろよ。……あの兄弟は金持ちのくせに無駄に小銭にうるせえっ、つーんだよ。全く。――なんであたしが組合長の呼んだ連中分の請求書、回さにゃならんのか、全然理解ができねぇ!」
「まもなく片づく、と言うのだな?」
全く表情を変えずにリンクが問う。
「まぁ、その。そうとしか書いてありませんが、……恐らくは」
「ターニャ、私が直接請求を受けるから気にするな。――彼が自発的に五番組に回ってくれて助かった。専門家としてものごとを大きく見る能力に長けているのだろう、組合長のポストはまさに適任だ。……エルとパリィは専門家とは言えないだろうしな」
「とりあえず、ご苦労様。――組合長に阿呆! って言っておいて」
伝令に来た兵は、――さすがに私からは。そう言いながら笑いをこらえつつ下がった。
「組合長がそう言うなら、どうやったのかは別にして。ゾンビはどうにかしたんだろ、きっと」
「ゾンビ、か。処理は面倒くさいものなのか?」
「単純に死体がもぞもぞ動いてるだけ、なんだけどさ。……問題は拝み屋とかリジェクタでは無く。初手で普通の兵士が、正面からあたっちまったことだ」
ターニャはあからさまに嫌な顔をする。
「強い、と言うことなのか?」
「もっと単純に、キモい。って言うことだよ。……始めて見るなら、そりゃ、……ちょっとね。――人ってさ、わりと簡単にパニックを起こすんだよ。一人で動いてるんじゃ無い限り、組織の統率が取れなくなるってのが一番恐い」
――多分、組合長が何かしら誤魔化しを考えついたんだろうけど。ターニャはそう言いながら、――ありがとう。のジェスチャをしてみせ、メモは陣の隅で各組の報告をまとめている官吏へと渡る。
「でも、誤魔化せるなら。……確かにやることの方針さえ示せたら、あとは力押しでいけるんだよ。……あそこにはエルとパリィが居る」
「うん? どう言うことだ?」
「知ってると思うけど、あの二人は法外に強いからさ。――二人だけでも、ゾンビの200や300ならものの数じゃ無い。……傭兵でも冒険者でも、そのまま喰ってけるレベルだもんよ」
「結構なレベルだとは思って居たが、貴女がそう言う程なのかい? ……しかしそうならそうで、なぜ。そのような二人が、あえてリィファと共に居てくれるのだろうな?」
「自分より強いのがルカしか居ないから、じゃねぇの? 力だけで無く、地位も、あり方も。そしてあの鼻っ柱の高さも、ね」
そのターニャの説明に、むしろリンクは不思議そうな顔をする。
「時々、貴女の言うことがわからない」
「ん~。あの二人、自分のために何かをする。ってのには、てんで興味がなくてさ。――簡単に言っちゃえば誰かの役に立ちたいんだよ。けれど自分より劣るヤツなら、貴族だろうと近寄るのもお断りっ、ってな具合でね」
――もちろん“戦闘力”の話じゃ無いぜ? ターニャは記録係の視線に気がついて、一つ頷いてみせる。
記録係はそれを見て、一番上の紙を破いて捨てるとペンを置いた。
「あの二人、ぱっと見だけはまともに見えるけど。人としての立ち位置自体が捻くれてんの、知ってるだろ?」
「完全に、なんというかその。……有り体に言って頭のおかしい人間のように聞こえるが?」
「いくら皇子に言われたとは言え、あの二人がウチでメイドしてる時点で。……もう、完全におかしいだろ?」
――まぁ、アイツ等が大なり小なりおかしい。ってのは否定しないけど。ターニャは、続々伝令に来るものの中に知った顔を見つけ、手をあげてみせつつ。
「でもさ。今のあり方がアイツ等としては至極、真っ当な結論なんだ」
「……おかしいことが真っ当である、と?」
「リジェクタ事務所でメイドなんかやってるのは、ホントは勿体ないんだけど。でも、アイツ等が選んだ最良の選択がリィファ姫と一緒に居ること。……なんだよ」
ターニャとリンクが小声で話している内にも、続々と各組の情報が入り、各組が順調に魔方陣へと侵攻している報告が上がる。
「――了解した。報告ご苦労、引き続き頼むぞ」
「は! 殿下より身に余るお言葉を頂き、光栄です!」
ひざを付いて報告をあげた兵士は、立ち上がるとリンクに敬礼を送ると足早に去った。
「皇子、二番組が右翼から突貫を試みるってのは……」
「あぁ、さすがはクリシャだ。ブラックアロゥを最初に蹴散らすとはな」
二番組の右翼は二番組最大の強敵、ブラックアロゥが陣取っていたはずの場所である。
「軍の死者がゼロって……。ヘシオトールのおっちゃん、頑張りすぎなんじゃ……」
エルファスを一〇人単位で突っ込んでいる、とは事前にヘシオトールから聞いているターニャである。
「人の事ばかりいうが、ターニャもクリシャを褒めてはどうか?」
「二番組、現場の仕切はオリファさんでしょ? そう言うの、クリシャが得意じゃ無いのは、知ってるもんよ」
「……わかった、私も折れよう。中を取って両方を褒める事にしないか?」
「あのさ、……皇子はそう言う理由で褒められて、嬉しい?」
「褒められる前段はあるのだ、言わなければわかるまい」
「そう言うことじゃ無いんだけれど……」




