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個人の素養ってあると思うよ

 蹄の音にターニャが目をやると、馬を敬礼で迎える護衛の兵達。


「ご苦労様です、通りますっ! ――失礼致します、皇子殿下に伝令に参りました!」


 馬を飛び降りて少女の声で護衛の兵達にそう告げ、走ってきた青い制服(しんえいきし)が、ひざまいて、リンクの前でこうべを垂れる。

 一緒に来た兵の掲げる旗には帝国の紋とⅣの文字。

 一時、大混乱に陥ったと報告のあった四番組の旗である。


 リンクは、胸のプレートを見るまでも無く目の前の少女が、親衛第六(下のいもうとのおつき)だと気がつく。

「ご苦労。そなたらには今日も今日とて、要らぬ苦労をかけているようだな。……急ぎのようだが、どうしたか?」


 ――四番組組長たる我が姫、ルウパ殿下より、団長たる皇子殿下へご報告申し上げます! そう言って制服を着た少女は、多少誇らしげに顔を上げた……。

 



「ふむ、……四番組も体勢を盛り返したか」

「腕の良いリジェクタが揃っていたことと、センテルサイド伯の奮闘。そしてなにより姫様、御自おんみずからの剣で先が開けました。姫様には、後一時間の内には魔方陣へ到着する目処が立った旨、急ぎ皇子殿下に伝えてこよ。とのことで御座いました」


「うむ、伝令ご苦労。――アレはまだ、自身のことが自分で理解できていない。そなたらのみが頼りだ。……メル。そなたらには引き続きルゥパが短気を起こさぬよう、よく見ておいてやってくれ」

「いくら殿下の言葉とは言え、我らごときにはさすがに畏れ多いかと……」


「いずれ大事な妹ではあるからな、心配ではあるのだ。その点、そなた等であれば安心して任せ置ける。頼むぞ?」

「御意に! ――身に余るお言葉、光栄に存じます。では我はこれにて!」




「あれだけ混乱したというのに結局一番乗り、士気も高い。ロミには感謝せねばな」


「あんな可愛い見た目で、あえて自分で 駆除し(とっ) てみせる。みんな盛り上がるさ、そりゃ。……いちいちお妃様(おきさきさま)引き合いに出されるのを逆手に取るとかさ。……気の強いトコは“お姉様”にそっくりだぜ。絶対気にしてねぇはずがねぇのに」


 当人も二代目、三代目の名前があまりに大きすぎて、日頃やりづらい思いをしている四代目である。


「母上様(皇帝妃陛下)のお名前は、ルゥパにとって。やはりプレッシャーになっているだろうか」

「ほぼ間違い無く。――でも、そこはもう乗り越えたっぽいけどね」

「もう一二だ。そろそろ、皇族の自覚を持ってくれないと周りが困る」


 たった今。難しい戦況を鮮やかにひっくり返して見せたのだが。

 リンクの評価はいつも通り、もう一つ低いのだった。



「そうかなぁ。戦上手で用兵にも無駄が無い、その上現場からの信頼も厚く国民からも大人気と来た。さすがは黒曜石の剣聖なんて言われるだけのことはある、としか思わないけど」

「多分、ロミとヴァーンの頭領が上手くやってくれたのだろう。ルゥパが、自ら進んで前に出るとも考えがたい」


「なんで可愛がってるくせに、評価はからいんだろうかね」

 リンクを知るものの間では、本人がどう言おうと、妹達を猫かわいがりしているのは結構有名な話だった。


「皇家の名前だけで、周りが上手く段取りをしてくれるものなのだよ」

「ふーん、そうしたもんかねぇ。それにしたって個人の素養ってあると思うよ」



 末姫ルゥパを、度を超して可愛がっているルカ。彼女と普段から一緒に居るターニャなので、そもそもはルカが話を多少は盛っているのだろう。と思っていた。

 しかし、何度か話をした上で。

 まだ幼さを残す容姿とは裏腹に、かなりの出来物だ。とはわかった。


 そしてルカがとんでもない能力を、それこそ山のように持っている。

 そのことも知っている彼女は、自分の元に“拗ねて家出”をしてきた原因も。

 それでもなお、ルゥパを恨むことができず、変わらず可愛がっていることまで。


 基本的には頭も良く、品行方正なはずのルカの精神が、どうして奥底の部分で捻れて歪んでいるのか。

 それもターニャにはわかってしまっていた。


 ルゥパが褒められなければ、さすがにルカが救われない。

 そう思うターニャである。



「今日は、えらくルゥパの肩を持つではないか。何か思うところが?」

「いんや。ルカもそうだけど、どうしてお兄様は妹たちの評価だけ、厳しいのかなぁって」



 ターニャから見ると、ルカに関して言えば。

 文句があるのは口の悪さぐらいのもので、お嬢様としては非の打ち所が無く、経理係としてもほぼ完璧。

 しかもロミやオリファさえ上回り、彼女の知る限りで最強の剣士でもある。


 その辺は全く関係のない、姫としての彼女も市井の評判は、むしろ上々。

 さらには、すれ違う男達が二度見するほどの器量よし。

 全くダメな部分が無い。



 ルゥパも、周囲の期待に応えようと歯を食いしばって。最近は逃げずに“姫の役”を日々こなし、騎士としても名をあげつつある。



 そしてその二人が最も尊敬し、畏れる兄こそが彼。

 目の前で椅子に座るリンケイディア=バハナム第二皇子、その人である。

 多少は評価をしてあげても……。

 と言うのは事情を知るものであれば、ターニャで無くても思うところなのだ。


 

「まぁ我が儘姫のリィファ殿下には言いたい事はいっぱいあるけど、これはおいといて。ルゥパ姫はさぁ。……でも、やっぱり一概には言えないんだろうけど」 

「……貴女あなたには何が問題に見える?」



「ルゥパ姫一番の大問題は、わざとやってるわけでは無いにしろ、大好きなお姉様。その立場を自分が悪くしてる。と言う致命的な部分に気が付いてないことだ。……政にも積極的に参加しているとも聞いたし。だったら、遠からず気が付いちゃうだろうけど」


「それこそ、自身で気がついた上で乗り越えてもらうほかは無い。――それに、私が言うことでも無いし、それこそ自身でどうこうしたわけでもあるまいが。……リィファは。アレは、兄上と同じく、皇家の人間としては“出来者が過ぎる”のだ」


「は? ……いや、あの。皇太子だんなはともかく、優秀なのは良い事なんでは……」



「環境のレベルに合わない、というのは、例え周囲が自身より下であっても思いのほか大変なことのようでね。兄上のようにあえて廻りに合わせる、と言う事も出来ない。のでは無くやらない。だな、リィファは。……だから不要な誤解を受ける」


 ――あの二人こそ、まさにシュナイダーの直系だよ。私などは本当に居場所がない。

 リンクはそう言うと、しかしターニャと目を合わせ、口の端をあげて少し微笑んで見せた。


「そしてそのリィファが貴女あなたのことについては、褒めこそすれ一切の文句を言わない。……自身よりも価値が有る、と認めたということだ。希有なことだよ」



「……ま、お姫様は普通、モンスターとは関わりにならないだろうからね。リジェクタなんて、ウチに来るまで関わりがなかっただろうし」


「アレは頑固で、そのうえ自分の感性には絶対の自信を持っているからね。人間そのものに価値を見出さないと、そう言う態度は取らない。と言うだけの話だよ」

 リンクは微笑んだまま正面に向き直った。 


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