一番組、攻勢
ひときわ高い位置に皇帝旗。そしてその両脇に、虎の紋章の描かれた第二皇子旗と帝国旗。
三本の旗竿に三枚の旗がはためく防衛団総本陣兼、一番組本陣。
椅子に座った防衛団団長リンクと、その横に立つ一番組組長ターニャの図は、戦闘が始まろうと変わることは無く、作戦が順調であることを示していた。
「ここは当初の予定よりも順調に見えるが。……ターニャ? スライムの数、どうなっているか?」
なにかを書き付けた帳面の頁を繰りながらターニャ。
「やっぱり見えないとこでピューレブゥルが動いてくれてる、ってのはホントみたいだね。普通のフルサイズ、これを超えるデカいヤツが予想の六割しか来てない」
「彼女の手の者が、大物を止めおいてくれている、と?」
「多分。……エルファスはともかく。本来、人類領域に来たがらないダークエルフやら光のエルフの目撃情報が、リジェクタからポツポツ上がってきてるからね」
普段居ない上に、人間からは認識しづらいエルフ系。その中でも特に人間との接触どころか、人類領域に入ることさえ忌避する種族である。
相手が リジェクタ だとは言え、それの目撃情報が複数上がる。
ということは、通常ではあり得ないほどの数が状況に介入している。と言う事でもある。
「エルフの戒律を無視してまで動く。その指示を出せるとすれば、彼女以外には無い、か」
但し、一番人間には“慣れている”はずでコンタクトの手段さえ持ち。
その上、最近ではフィルネンコ事務所はおろか、一部のものは宮廷にまで出入りを許された白エルフ。
彼らは、人類領域に入ったもの全員が二番組についているはず。
「娘の危機に駆けつける。これは人もエルフも関係がないと思うが?」
戦前にエルファスの頭領、ヘシオトールが自分でリンクに、そう宣言している。
人間自体に直接コンタクトを取ることはせず、しかも言う程の数は割くことのできない状況下にあって、エルフ達は目に見える成果を挙げている。
「そう言うこと。手助けしてくれる。とは、こないだ大鹹湖で会った時に言われたんだろ?」
「まさかこれほどとはな。A級リジェクタ五班分以上の働きだ。……なるほど、言われる通りにエルフは優秀なのだろうな」
「人間はもちろん。モンスター同士となったら、エルフに勝つのはかなり難しいだろうね」
しかも彼らは人間以上にモンスターの弱点に通じている。
改造されたとは言え、モンスターであることは変わらない。
魔方陣を壊すのが最終目的ではあるが、発動前の魔方陣に手をかけると、全ての魔方陣が連動してとんでもない規模で暴走を起こす。
事前の調査でそれがわかったので、魔方陣を見つけても発動まで包囲する以外、手が出せなかったのだ。
直径一キロがモンスター領域になって、さらには無限に、属性無視でタイミングもランダム。そんな条件でモンスターを呼び出される事になっては手に負えない。
――実に手の込んだ防衛装置だ! と宮廷の魔道士達は地団駄を踏むしか無かった。
だから事前に場所までわかったものの、起動を待つしかなかったのである。
「彼女は人間に貸りを作るのがイヤ……。と言うよりは、むしろ積極的に貸しておきたいんだろうね。……特に皇太子殿下あたりに、さ」
「兄上は次期皇帝であるからな。さすがに人間社会の有り様を良く理解しておられる」
「……多分、そこはあんまり関係無いかも」
「うん? なにか……?」
「……うんにゃ、なんでも」
――ま、人の事は言えないが。皇子はその辺、気がつく人じゃないよな。ターニャは見えないように肩をすくめる。
――気がつかないからこの人、なんだもんな
「……すみませんが、この先は」
「急ぎだ! ターニャに、組長に合わせろ!」
護衛の兵士と、荒い男性の声が聞こえてターニャはそちらに目をやる。
「俺は二班の班長だぞ! 伝令だ、至急の話なんだよっ!!」
「ですから、いったん我が取り次ぎを……」
「あぁ、良いっすよ。大丈夫。……その人。恐いのは顔だけで、悪い人じゃ無いから」
「やかましいわ! 急ぎだっ、つってんだろ! 混ぜっ返すな!!」
いかつい顔に、いかにもな筋骨隆々の体つき。
ターニャの知り合いで、先輩にあたるリジェクタ。
チームリーダーでもあるはずの彼が、本陣まで来ていた。
「そんな怒んなくても。――ダリルのセンパイ、何ごとッすか? 二班の伝令はロスじいさんトコの若い衆がさっき……」
「四代目! いやさ組長! スライムスライサーは貸せる分、まだあるか!? あと油っ!!」
「いきなりなんだよ。――まぁ油はいくらでも。あと、スライサー? 普通のヤツならあと七振。魔道火のヤツはあたしの含めて三振あるけど」
「お前のヤツを持って行けるか! 普通ので良い、三本借りるぞ、四代目っ!」
「此所においててもしょうがない。センパイ、何だかわかんないけど、魔道火のヤツも一振、持ってって」
「良いのか? 助かる! ――おぅ、そっから三本と、その右のヤツも一本、借りてくからすぐ積め! あと、油を二箱、例の薬も三袋持っていく! あとはメモの物、全部積め! 大至急だぞ、すぐ積め! もたついたら、わかってんだろうなっ!!」
――ハイ! 一緒に来て居た少年二人が、慌てて荷車に荷物を積み込み始める。
「で? なんでわざわざセンパイが本陣に戻ってきたんすか?」
ターニャはメモを手渡される。
「何処を切ったら効果的か、完全に掴んだ! この際、一気に“デカブツ”二二匹、片っ端から全部潰してやる! ここから作戦を変更するという報告だ!!」
「アレにも有るんだ、弱点。良く見つけたっすね」
「おうさ、四代目に“表と裏”で触腕の形成スピードが若干違う、と聞いたのがヒントになった! お前はヌケ作だが、流石にスライムは専門家だな! 俺達だけならそんなこと気がつかん!! いまリジェクタ組の全班に連絡回してる!」
「ならあたしも……」
「ちょっと待った! 俺らはライン維持を放棄して、全チームでデカブツに集中する。軍隊だけじゃあ普通のフルサイズを零す可能性があるから、お前はむしろここに居ろ! 帝都リジェクタの意地にかけても絶対、皇子様を守れ! 良いなっ!?」
「おっけー、話はわかった。――軍の人達には?」
「それも伝令は回したが、なにしろフルサイズが相手となれば容易じゃ無ぇ。お前が最後の砦ってこった! ケツはフィルネンコの看板に任せるぜ! ――なら四本、借りていくぞ!! ――用意、出来たか!?」
――はい! 少年達二人は縄を結び終わった荷車の前と後ろに付く。
「班長、ご武運を!」
「おぅ、ありがとよ! そっちもな!!」
兵士の敬礼を受けて馬に跨がりかけて行く彼と、それを追うリジェクタ見習いの少年達。
「改造スライムをも何とかする、か。……やはりプロだな」
「この場に来てんのは、クラス問わずにみんな一流だからな」
「それを仕切る組長が良い。とは、今日は言わないのだな。……ははは」
「……さすがに今日は、何もしてないからね。――マクサスさん、良いっすか?」
「ははっ! ……何なりと」
ターニャはマクサスを相手に、各方面への指示を出し始めた。