得意分野
「ね、エル。確かに実物は見てないけどさぁ、報告の通りだとして。エルとあたしだったら、一〇分もあれば三〇〇は潰せるんじゃない? 多分それだけで押し込めるよ?」
態勢を変えてパリィの胸元、地図をのぞき込むエル。
「だいぶ広がっていますね……。移動の手間を考えると、一〇分なら二〇〇も難しい、と見た方が良いでしょうね。一応、無抵抗ではないのでしょうし」
「でもさ。こことここ、あとここ。ね? 三箇所で百二、三〇も潰せれば、それだけで形勢はがらっと変わるよ。間違い無く」
「いや、あのキミ達……?」
「……生きてる人間のアタマを二つに叩き割る、もしくは横にスライス。ここまで私は何度もやってきました。今さら躊躇する意味を感じません」
暗殺者として身を立てようとした彼女だが、ほぼ仕事は無く。
だからかつては、闇の組織同士の抗争などに参加することで餬口を凌いでいた。
その場に出れば方法はどうあれ、殺すこと以外は求められない。
「あたしも喋ってる途中に、棍棒で顔面ごとぶっつぶしたこと、あるよ。――相手が死んでるなら楽勝じゃん。なんかためらう理由って、あるの?」
もともとスリではあるが、傭兵集団に所属していたこともある彼女である。
当然、倒した数だけが全て、騎士道などは時間の無駄。
戦いとなったら問答無用、名乗りなど莫迦のすることである。
――ちょっとお願いします。言葉を失った組合長に何気なく旗棒と地図を渡すと。二人はバタバタし始める。
「殿下から頂いた剣ではあまりに華奢だ。最悪刃など無くても良い、頑丈な剣が要る。……済みませんがどなたか、大きめな剣をお持ちでは?」
「さっきフレイル持ってる人は居たけど、メイスの方が良いな、後は。うーん、包丁じゃなぁ……。あ、そこの人! そのナタ貸して、――うん、ナタ! それそれ!!」
「二人共、ちょっと待て! 本陣はどうするつもりなんだよ!?」
全く顔色を変えずにエルが振り向く。
「パリィが軍師の真似事をしている程度です。本陣とは言え、有力な将や皇家の方が居るわけでなし。……組合長にはご苦労様ですが、本陣の目印としての旗持ちだと言うならば。私達は多少空けても構わないと考えます」
普段通り。態度こそ慇懃ではあるが、皇帝旗や第一皇女旗に対する敬意など微塵も感じない。
エルが仕えるのはリィファ皇女本人のみ。他のことは、権威だろうが皇帝だろうがどうでも良いのだ。
「目の前でこうやるんだってしてみせたら、そしたらみんな、始めるよ。戦いなんて狂ったフリでもしなきゃやってらんない。――あたしらみたいに、完全に狂ってるわけじゃないなら。人間よりも、絶対ゾンビの方がやりやすいはずだもん」
そしてパリィは、絶対の権力を持つ代理人である自らを指して狂人。と言い切った。
その狂人の、人として唯一残された矜持がルカに仕えること。なのである。
「……やれやれ。――コリンズ卿、少しよろしいですか?」
「おや。どうかされましたか? 組合長、ヴァーン閣下」
帝国一の商家として知られ、爵位こそ低いが本国でも有数の貴族、ヴァーン家の四男。
そして正規の爵位がつくわけでは無いが、場合によっては伯爵相当以上とされる帝国害獣駆除組合の長。
さらには切れ者で容姿も整ってはいるが、出自を含めて良くない噂しかない第一皇女の代理人の二人と普通に話をし。行きすぎた言動はたしなめさえもする。
本陣警護を任されている騎士、コリンズから見れば雲の上の存在なのだが。
「僕を閣下だなどと、大袈裟ですよ。――卿と配下の皆さんで。皇帝旗と本陣を、小一時間ほどお願いされてくれないですか? 多分それくらいで三人とも戻れると思うので」
組合長は、旗棒と画板を強引に手渡すと、自分の馬の方へと歩いて行く。
「な、ちょ……、み、皆さんは、どちらへ?」
「ちょっと、ゾンビ狩りに行ってきますので」
「は……?」
「さてお二人さん、僕も手伝おう。左は多少薄いようだし、“妙齢のお嬢さん”が多いとも聞いた。それなら僕の出番だ。……各々持ち時間はここに戻るまで一時間、ってことで良いかな?」
そう言いながら、彼は馬にくくりつけてあったグレイブを手にして、刃にかけられていたカバーを外す。
「組合長、興味本位で聞くのですが」
「なんだい?」
組合長は返事をしながら、皮手袋を填めてグレイブをかつぎ直す。
「なぜ殿下の組に行かなかったのです? てっきり私達は組合長は、現場に出られるとしても、三番組だと」
一応、次の日には素性がバレた。とは二人共ルカから聞いている。
そして彼女たちの主が、それを不快に思っては居ないことも見ていてわかった。
彼女たちの代理人の服も、立場も。既に知ってるから気づかいは無用。
立ち位置は今まで通りに、フィルネンコ害獣駆除事務所のメイドと害獣駆除業者組合の組合長で。
と言う、お互いの理解の上でのここまでの振る舞いである。
「ここなら単純に剣を振るう機会が多い、と思ったのでね。どれくらい腕が鈍っているか、試してみたくなった。――キミ達は知ってたんじゃないか? 僕も傍流ではあるけれど、かつて免許皆伝を頂いたことがある。ロミには及ぶべくもないけれどね」
リジェクタになる前は、貴族の放蕩息子であったのは自他共に認めるところ。
気まぐれで始めた剣技には結構な素養があったが、それを極めることはしなかった。
今は本人も当時を悔いているが、それは人に語られることは無い。
もう一つやる気の無い事務屋。その位置に収まったのもまた、自分の意思である。
「それにこの状況なら専門家の薄い方に回るさ。……前にも言ったが、基本はモンスター召喚用の魔方陣、環境は間違いなくモンスター側によってしまう。だから出現ゼロはあり得ない。ここに来るのは必定。――それに、僕は仕事と私事は分けるタイプなんでね」
「私事? なんか個人的な理由、あんの?」
「眉目麗しくお優しい。何があろうと泰然として、でも考え無しでお人好し。と言う一般向けに“ご自身で創っておられる”イメージはともかく」
ルカである時の彼女はともかく。
リィファ姫としての彼女は、一般にはそう思われている。
代理人の二人も。能力はあってもろくでなし、それを拾って矯正したのだ。
として、――姉姫様は懐が深い。と、市井ではむしろ感心している。
偶然にも、そこは全くその通りなのだが。
「実際の姫は、皇太子殿下やルゥパ姫など及びも付かないほど。……シュナイダーの血統そのものと言って良いほど鮮明に、冷酷に、残酷に。一目で物事の本質を見抜く、実に恐ろしいお方」
たまに宮廷を抜け出して家出騒動を起こしても。
国民の視点からみれば、少し手の込んだ微笑ましい悪戯、
――日照りが続いて大変だ。と聞いて、我ら平民の暮らしを見てみたかったのだろう。シュナイダー皇家の直系だというのに、何処までもお優しい姫様だ。
程度に思われている。
皇女としての自分ができること、宮廷での立ち位置。
努力は全て反故にされ。期待されることは、有力貴族への輿入れくらい。
自分の力の無さと未来の無さ。双方に絶望し自棄になっている。
などとは誰も思わない。
「戦だというなら尚のこと。キミ達に言うのもなんだが、そう言う方のお側など、僕なんかは是非に勘弁したいところだよ」
「我が主のことを。……よく、ご存じで」
――そこまで良く存じてはいないさ。組合長はいつもの調子で続ける。
「姫とは一度、親しくお話をさせて頂いただけだが。あのタイプの人は、現場に出たら恐いんだよ。……僕のお師匠様に良く似ている。ならば、仕事にはとても厳格で、妥協は一欠片も許さないはずさ。まして戦で指揮をお執りになってるんだぜ? 僕なんか、怒鳴られただけで死にかねない」
――よっと。重そうなグレイブを担いだまま簡単に馬の背に収まる。
「“殿下”がなにをどうお考えか。などとは、僕が知るはずも無いけれど。ルカさんとは、事が終わったら一緒にお茶を飲む。と言う約束をしていてね。――僕は、これを実に楽しみにしていているんだ。だからまずはこの場を、一刻も早く片付けないとね」
――僕のノルマは四〇くらいで良いかい?
そう言い残して馬は前線へと向かう。
「……まさか。殿下の本質を見抜いておられる方が、皇帝妃陛下以外にもおられるとは」
刃渡りが一,五mにもなろうかという剣を背負い、手には鎧ごとたたき割れそうな、ゴツい剣。何処で調達してきたのかファルシオンを抜き身で下げたエル。
「だから。あの人はお妃様と同じくらいヤバい、って言ったじゃん。姫の事だって自分で見破ったんだよ?」
左肩にやたらに重そうなメイスを担ぎ、右手にいかにも、さっきまで藪を切り払っていました。と言う風情で緑の汁をつけたナタをさげたパリィ。
二人共、代理人の制服に似合わないことおびただしい。
「気負わないでお話しできるのはありがたいのですが……」
「うん。あたしも。あのタイプは好きになれないなぁ……」
二人の少女も前線へと走り出した。




