あれをごく普通。とは言わない
「……その。お疲れ様です、組合長。前線の様子は如何でしょうか?」
「如何もなにも、キミ達が本陣で指揮を執っていなかったらヤバかった。代理人でリジェクタ。影響力と専門知識。……お陰でなんとか持ち直せたよ」
一部で士気が総崩れになりそうなところを、予備として連れてきていた自身の手駒を投入し、表面上建て直した上で戻ってきた彼である。
「組合長でさえ建て直すのでやっと。――これ以上作戦の立てようが無いよぉ!」
「パリィちゃん、泣き言言わない。……他の組も本格的に戦闘に入ったから援護は望めない。ここで僕らが何とかしなきゃね。――燃えるじゃないか、なぁ? エルちゃん」
「……何とか出来る目処が立つなら、それも結構なお話ですが。我ら二人、壊して殺す以外の頭がありません。何かの役に立つとも現状……」
「代理人閣下がご謙遜、だねぇ。……そこを僕ら三人だけでなんとかしよう、と言う話だ。な? 燃えるだろ?」
「私は現状。そこまで自信が持てないのですが……」
「キミらなら、普段のメイド仕事より簡単なんじゃないか?」
「確かにあたしら。お皿洗うよりかは、モンスターだろうが人だろうが。考え無しでただ殺すんなら得意だけど」
「それが当てはまる状況とは言い難いのではないかと」
五番組の護る陣地の付近については、事前の情報として。
転移陣から出てくのは傭兵達と多少は腕の立つ剣士や弓士、槍使い達。
そう目されていたので、当初リジェクタは配置されなかった。
本職のリジェクタとは言い難い、エルとパリィが陣を任された理由でもある。
だが。それを聞いた組合長は、あえて自前でリジェクタを一〇人ほど都合し、自ら五番組組長、エルとパリィの補佐役に付くと言った。
――ゼロはあり得ない。むしろそう言う予定なら、かえって手はかかるはずさ。そう言って直前、さらにヴァーン商会からもリジェクタ5人を借りだしたのだが。
「まだ実家で待機してる連中がいたんだから。ケチらないで全員連れてくるべきだったな、たった一五人では手が足りなかったよ」
見積がまだ甘かった、として本人は嘆くのだった。
「ただ、組合長にここに居て頂いて助かりました」
「あたしらだけじゃ。もう、なにもできなかったよ」
リジェクタはもちろん、有力な軍師や将軍はこの組には配置されなかった。
モンスター絡みで混乱した場合、収拾が付かなくなる。
と言うのは二人も始めから危惧していた部分である。
「なんとか組合長に前線の収拾はつけて頂きましたが。……まさか敵の過半数が“ゾンビ”だとは」
「アレを傭兵とは、なかなか言い難いとは僕も思う。……確かに分類上、駆除の対象にはなるんだけどさ」
「駆除対象ねぇ。あのさ、組合長。アレって駆除業者の仕事なの?」
そう言いながらも、渡された紙の束を見ながら、何ごとか書いているパリィの肩に組合長が、――ポン。と手を置く。
「ターニャじゃ無いが。どうみても拝み屋か魔道士の領分だよ、……ホントはね」
その手の案件は、意外にも処理は簡単で、しかも依頼金額は跳ね上がる傾向にあるのだが。
普段、高額の案件には目が無いターニャが極端に嫌って居る。
そして、それはリジェクタ間でも結構有名だった。
「なにしろ“見た目”が良くない。なんでラインが崩壊してないのか、僕自身が不思議だよ」
本来、傭兵達が来る。と予想された位置には、刃物を持った無数のゾンビ。
そこに紛れて本当の傭兵達が侵攻し、危うく陣を突破される寸前まで追い込まれた。
相手の傭兵達も容赦なくゾンビに襲われるため、上手く連携が取れない隙を突いてなんとか陣を再構築できた。
今は侵攻を食い止めるだけ。守りに入っている。
最前線は、実はこの三人から二〇〇m離れていない。
「ごく普通のお嬢さん方まで混じっている、と報告にはありました。……腕や足をもいでも向かってくるとも」
「ごく普通のお嬢さんなら、最前線には僕が花束を持って出る。むしろ僕以外は下がらせるさ。……明らかに死んでるんだから、あれをごく普通。とは言わないだろうね」
見た目、兵士でないものが。文字通りに土気色の顔で、剣や槍を持って襲ってくる。
戦闘力が上がったわけではない。もともと戦に関係のないものが大半、しかも既に死体である。
戦闘力は通常の兵士には比べるべくもない。
但し報告の通り。妙に目鼻立ちの整った妙齢の女性までもが含まれている。
あからさまに非戦闘員なのであり、戦慣れした帝国の兵士とは言え、これはかなりやりづらい。
しかも相手は死体。単純に気持ち悪い。
さらには首がもげようがまだ向かってくる。変に容姿が整っているものなら、かえって恐怖が倍増する。
そしてたまに本物の傭兵が前衛に顔を出す。
リジェクタも兵士も問わず、最悪の相手と言えた。
「むぅ。……傭兵は確認出来るだけで三部隊、約六〇人」
「パリィ、ゾンビの方は?」
「ここまで確認が上がった分、全部足すと七〇〇強、未発見分は最低一割以上は増えると思うね。ほら、この辺の報告がまだ来てない。……駆除した分は、一七だけだもんなぁ」
「簡単に言わないでくれよ、パリィちゃん……」
組合長があえて、ゾンビの真正面にリジェクタを投入したのは、
――僕らは“おかしなもの”には慣れてるだろ?
と言う理由であり、現に兵士たちが怯む中。
自身も含むリジェクタの一団は次々腕を切り落とし、首を跳ねて回ったのだが。
腕をもいで脚を切り飛ばしてもまだ向かってくる。
頭を落としても、その頭に噛まれる始末。
歴戦の兵であっても怯む状況である。
さらにその隙を突いて“人間の傭兵”が陣の突破を図ってくる。
状況は最悪と言えた。
「ワンダリングメイルのような方法で操っているのだろうが……」
「制御の魔方陣や紋章がない、って書いてあるね」
モンスター寄りの傾向が顕著な土地では、希に埋葬したはずの死人が歩き回る。と言う事例が発生する。
これがいわゆるゾンビなのであり、知識としてはリジェクタでなくとも知っている。
但し、ワンダリングメイルのように人工的に発生させた、と言う例は無い。
そのワンダリングメイルの弱点は兜。
だから当初。組合長は連れていったリジェクタ達に、頭を優先的に落とすよう指示を出した。
「メイルなら兜を外せは終わり。と、実際にあたったことのあるロミ君に聞きました」
「そう思って当初頭を落としたが、体は動き続けて頭にも噛まれる。ただでさえ見た目が気持ち悪いってのに、そんなものが増えたら。士気以前に戦意、と言うか正気を保てなくなる」
「……“見た目が悪い”。……改めて言われると、確かにそうですね」
「一応、潰したゾンビを裸に剥いて見分してきた。誰もやりたがらないので僕が、ね」
「これ、自分で調べてきたんだ」
もらったメモを見ながらパリィ。
「意外かも知れないが。実はね、パリィちゃん。……世間が思ってる程には、僕は仕事が嫌いではない」
「あ、いえ。そう言う意味では。――パリィ!」
「エルちゃんも気にしないで良いよ。そう見えるんだろうなぁ。とは僕も自分で思ってるし。――ただ」
――体中、喉の奥まで探したが駆動用の魔方陣が見当たらない。組合長は少し顔色を悪くして手を口に当てる。
口には出さないが、倒したゾンビは結構細かく切り刻んで内蔵まで解体し、見分してきた彼である。
自身が見た限りでも、脳に直接何某かの細工をした、としか考えられなかった。
「墓を暴いて、死体を腐らせずに保存した上で手を加えて操る。何処の誰だか知らんが、……外道め!」
「結局、頭を落とすんじゃ無くて割るか潰すか。それ以外に手がない、って事?」
「色々やってみたが、結果はそうだね。どうやら全体の制御は生きてる時と同じく脳みそでやってるみたいでね。どう言う理屈なんだか、アタマがもげても潰さない限りそのまま動く」
当然彼は、頭もかなり詳細に見分してみたのだが。
半分溶けた脳以外、結局何も見つからなかった。
――溶けた脳みそでどうやって動かすんだよ……。組合長は肩をすくめてみせる。
「もっと、おどろおどろしい方がやりやすい。いくらリジェクタとは言え、人間のカタチ、と言うかあからさまに死体だからなぁ。完全に拝み屋の仕事だよ……」
――もっとヒドい見た目なら、躊躇無く潰せるんだろうけどなぁ。組合長はため息。
「完全に腐ってしまっては、そもそも動かせない。と言う道理なのでしょうか」
「……ん~、多分ね」
そのうちにも次々伝令が入れ替わり立ち替わりやってきて、パリィの手元の紙はどんどん厚くなる。
「総数八〇〇強、か。特に攻撃力もないのにじわじわ押されてる……」
「さすがにリジェクタだってゾンビを見慣れている、なんてヤツはほぼ居ないからね。兵士なら尚のことだ。なんでこんな複雑な状況に……」
「あ。組合長? 思ったんだけどさ。単純に、頭潰して回れば良いんじゃないかな? ――この状況」
「なるほど、確かに。片端から頭を割ればそれで良い、と言うなら話はそこまで複雑では無い気もしますが」
「キミ達は、アレをみていないから……」
特にあわせたわけでも無く。
エルは組合長をみながら。パリィはなにがしか書き付けながら。
――生きてる人間の方が、気持ち悪い。
揃ってそう呟いた。
「キミ達は……」
ルカが拾うまで、人間の穢い部分を必要以上に見てきた二人である。




