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記録更新の依頼

「――ところで」


 当人がまだ、落ちぶれお嬢様設定にもう少し慣れていない。その上組合長も宮廷には仕事上、顔を出す必要がある。本人を直接見たことのある可能性は高い。

 これ以上話が横道にそれるとルカの素性がバレかねない。そして今この場でバレるのは流石に不味い。

 そう判断したターニャが、組合長に話を振る。


「わざわざ呼びつけて何の話だ? 当番はまだ先だったはずだが?」

怪物対策会議(MRM)から議長カウンターメジャー名義で組合に緊急の仕事が入ってる。受けてくれないか、ターニャ」

「意味がわかんねぇな。どう言うことだ? MRMが直接あたしを指名して来てるっつぅことなのか?」

「実質はそうなる。MRMは仕事を出せねぇから、当然保全庁経由。表向きは当然指名も無しだがな」

「ますますわかんねぇ。なんなんだ?」


 MRMの現議長カウンターメジャーはリンク皇子。そしてフィルネンコ事務所の長、ターニャは彼への忠誠を誓った自身の宮廷騎士代理人。必要があるなら直接依頼をかける事に躊躇するはずが無い。先日のように保全庁に話をすればそれで良いのだから手間もかからない。

 それに途中の経緯はどうであろうと、最終的には組合経由で仕事の依頼があったていになる。緊急の案件なら尚のこと、依頼の時点では組合を通す必要が無い。


「西方支部に出た依頼だったから、詳しい経緯は知らんのだが。いずれにしろまだフリーが二組しか失敗していない。保全庁の仕事ならリジェクタへ指名依頼が出来るには法的に五組失敗しなきゃならん。だからMRMは一般依頼を取り下げ、クラス限定依頼に切り替えるよう保全庁に指示を出した。その上で内々におまえを指名した上で組合こっちに振ってきたってぇ寸法だ」

「ちょっと待て。五組失敗が条件、って事は危険度Ⅰじゃないか。何故二組目の時点で専門家プロに振る? つうか、危険度Ⅰで二組失敗ってどう言うことだ?」

「MRMの今度の議長カウンターメジャーは実に機動的でかつ合理的だ。状況を鑑みてこれはリジェクタ(プロ)があたる案件だと判断した。……その判断は僕も正しいと思う」


 怪物駆除業者モンスターリジェクタは専門業者、当然ながら依頼金は高くつく。なので、危険度判定が低いと通常はリジェクタには仕事を回さず組合から、趣味で狩りを行う怪物狩りモンスターハンターや腕試しをしたい冒険者などに仕事が回る仕組みになっている。


 但し、素人では無理な相手だ。とMRMが判断した案件は、保全庁からの依頼が専門業者限定のものへと切り替えられる。○回失敗、はその基準であるが基準を満たさなくても状況によっては依頼が切り替わる事はある。

 そしてその判断をするのは、保全庁のアドバイザー的役割を果たすMRM、最終的にはその議長カウンターメジャー、つまりはリンク皇子である。


「モノはなんだ?」

「危険度Ⅰなのに地元では無く、組合本部に依頼を差し戻してまでおまえを指名してくる。どう考えてもスライム以外にあるまいよ」

 組合に仕事を出して、結果的にターニャが組合から仕事を受ける。今回はそう言う形にしてくれ。と言う事らしいが、わざわざ手間暇をかけてそこまでするリンクの意図が、ターニャにはわからない。

 しかもスライム、である。リンクは合理的なことを好む。知り合いだから、専門家だから、等と言う理由でターニャを指名したりするはずはない。


「ルビーポイズンジェリーでも大量発生したとか、そういう事なのか? スライムでは過去最高額だったろ? あの件。ウチはまだ父様とうさまの時代だったが。ウチが他の案件で受けられなくて、ビリーんトコが大儲けしたはずだ」


 ターニャはやたらに数が増える上、結構な毒性を持つスライムの名前を出した。

 かつて帝都で六〇〇匹以上が大量発生し、更には単純に切断されるとむしろ数が増える、と言う鬱陶しい属性であった為、帝都の北側があっという間に“赤黒いぐちゃぐちゃ”に占拠されてしまった。


 この時は環境大臣名義で保全庁に完全駆除命令が出され、スライムとしては異例の四万もの賞金がかかった種類である。

腐れロッテンスライムではないよ。なにがしかの大型種だ」

 だが、どうやらそれは違うらしい。

「……西の村を潰して帝都に向かってるってヤツか」

「知ってるなら話は早い」


「噂以上のことはあたしは知らんぞ?」

「それでも資料くらいは見てくれそうだな。……それとも金の話を先にした方が良いか?」

「はぁ。……今のMRMの議長カウンターメジャーはあたしの御主人様マイロードだ。知ってんだろ? ――指名で来てる以上、それが二〇〇だって言われても断る理由にはならねぇんだよ」

 ――リンク皇子はターニャのマイロードなのですか……。そう繰り返したルカをターニャは、取りあえずひと睨みして組合長へ視線を戻す。


「おまえでもその辺気にするのな、意外と言えば意外な話だ」

「あんたもうるせぇよ、大きなお世話だっつの。――で? あんたはどう見てる、組合長」

「種類はわからんがベニ系スライムのデカいヤツ、ベニウスアカスライムじゃ無いかと思ってる」

「ウスアカなら確かにデカいが、自分から人間の近所に出てくるか?」


 1mを超える種類で人間も襲われることはある。だがターニャの疑問は人の発する生活騒音ノイズ、これを極端に嫌う種類だと言うことだ。

「赤系統の色で大きさが全高一m以上、群れもかなりデカいと報告書にある。デカくて5匹以上の群れで、狩りのような連携行動が取れるならウスアカだろうと思うのだが。確かに自発的に人里を襲うと言うのは無理があるか……」

 人里に群れて現れるのは残飯や鶏などの小型の家畜を狙う、大型の不定型スライム(ロッテンジェリー)であることが多い。但しこの場合、大型と言っても三〇センチ前後である。


「連携してるってのは?」

「報告書には紅い河のように見えた、とある。群れの長さは一〇〇mを超えるらしいから、間違い無く1m超級が一〇〇匹以上居る。全部で三〇〇以上の大集団だ」

「なんでウスアカがそんなに集まって群れが維持出来てんだ? ――それは置いても、MRMが騒ぐならかなりの被害が出てるってことか?」

 ばさっ。組合長は糸で閉じられた紙の束をテーブルに投げ出す。


「人的被害はハンター五名だけだが。……これは多分全員喰われた」

怪物狩りハンターがスライムに喰われたっ? マジで言ってんのか組合長、ベニったって、ウスアカだろっ?」

 話のベニウスアカスライムは、大きくはなるし肉食を好むのではあるが、一方臆病な性質であるため人里に現れる事はほぼ無く、通常あまり人的被害は出ない。


 そして趣味で狩る者、賞金稼ぎが目的の者。いずれわかってモンスターに挑む以上は。少なくても相手がスライムと知っているなら。通常は喰われるはずが無い。

 依頼失敗、となっても通常は死人が出ないのが危険度判定Ⅰなのである。

「詳細は俺も知らんのだ。監視報告にそう思われる部分があったとMRMから」

「スライムに喰われた何らかの形跡はあったんだな?」


「村を一つ通過したが、こちらは避難命令が間に合って人死には無し。もっとも村自体はたった1週間で全てを喰われて壊滅。あとは山林の被害が非道い。通った後は下生えも立木も、枯れ葉も腐葉土も。何も残っていない、好き嫌い無く本当に何でも喰う。スライムならではだ。――これ、クリシャも後で見ておいてくれ。多分この後にも数が増えてる」


 資料をターニャ達の方に押し出すと、――ここで一番の問題は。組合長は顔を曇らせて続ける。

「種類がなんであれ、この紅い河は、幅五mで全てを食い尽くし数を増やしつつ、群れの形は維持し、真っ直ぐ最短距離でこの帝都に向かってきていると言う事だ」


「意味はわからんが危険だというのはわかった。……この仕事、いくらだ?」

「キャリーオーバーは今回乗らないぞ」

「意外とケチだな、皇子」

 ――リンク殿下に限ってそんな事はありません! と隣でぶうタレる縦ロールのお嬢様をターニャは再度睨みつける。

「ところがルカさんが言う通りなんだな」

「は? どう言うことだ」


「キャリーオーバーが乗らないのは新規でA級限定として依頼を切り直したからだ。スライム駆除で五十五万、最高額を一〇倍以上更新して新記録だ。おまえが忙しそうにしてたから、一応他のA級連中にも話は聞いたが、全員に断られた」


 さっき話が出たベニウスアカスライムでも最大級で一匹一〇〇位が相場、一〇〇匹狩っても一万、しかも通常は多くても一〇匹前後が群れているに過ぎない。それが故にスライム狩りは、駆け出しの冒険者や食い詰めた賞金稼ぎの仕事なのである。

 そしてそれは、スライムを専門にするB級以上のリジェクタがフィルネンコ事務所一軒しかない所以ゆえんでもある。


「なんでだ? おいしい仕事だろうがよ。スライムで五十五万だぞ! 半年以上遊んで暮らせる」

 此所までの情報を照らせばどうあっても厄介な仕事なのは間違い無い。軍隊が山焼きでもして山ごと無かった事にした方が良さそうな雰囲気でさえある。

 出来れば、誰かが手を挙げたからやらない。と言う口実が欲しいターニャであったのだが。


「全員が全員、絶対にヤバい気がする、イヤな臭いがする。と言っていた。特に今のカウンターメジャーになってからのMRM経由の仕事は、金額を見れば難易度がハッキリわかるからな。――口を揃えて、帝国のためにどうしてもと言われりゃ引き受けるが、『MRM絡みでスライムだから先ずはターニャに聞け』。とさ」

 ターニャとしても、そのイヤな臭いは金額を聞く前には嗅ぎ付けて居たが、降りることが出来ない事情が二つある。


 リンクからの指名、そして相手がスライム。リンクの宮廷騎士代理人でスライムの専門家、立ち位置とプライド。

 だから事情を知る他の者達は興味を持っても手は出せず、ターニャには絶対に降りることが出来ない。

「次の村まであと何日ぐらいかかりそうだ?」

 ――今はこの辺だ。地図を広げながら組合長。

「速くても三日、実質は四日ってとこだろう。森も荒れ地も無視して最短距離で帝都に向かってるならそうなる。もっとも奴らは道があろうが無かろうがスピードはさして変わらんがな」

帝都ここまでは三〇日ってところか……。今居る場所は?」

「ここからは馬車で二日くらいだ。ただ……」


 ――時間がかかると。組合長はそこで言葉を句切る。

「専門家のおまえには言うまでも無いことだし、何故かはわからんが、群れは崩れずに数だけが増える。今回駆除数のインセンティブも乗らない。増やすのは得策では無い」

「わかってるさ。……指名で来てる以上、あたしもプロだ。この仕事、受けたぜ」


 ターニャはそう言うと部屋をぐるりと見渡す。

「クリシャ、ルカとこのまま遠征の買い出し、六日分は見てくれ。ロミは真っ直ぐウチに帰ってスライム装備を点検、馬車を準備してそのまま積み込め。今日の明るい内に出る。――時間が無い、若干不本意だがルカにも現場まで付き合ってもらう。いいな?」

「もちろんですわ。おいていったら怒りますわよ!」

「会計士がこうなら頼もしい限りだな、ターニャ」

「ちっ、……人ごとだと思いやがって。――ルカ、まずはクリシャの買い物に付き合ってくれ。張り切って値切ってこい」


 四人して部屋を出た後の廊下、クリシャとロミは買い物の打ち合わせをしながらターニャとルカの前を早足で歩く。

「それとルカにはもう一つ。大至急、例の手紙を書け、リンク皇子から借りてる鳩でそのまま送る」

「でもそれではお兄様に……」

「だったらお妃様きさきさま以外には秘密にしてくれとでも書くんだな。その手紙が宮廷に向かったのを確認出来ない限り、連れて行かない。組合長に素性をバラして組合ここにおいていく。わかったな?」

「う、……わかりましたわ」

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