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五番組、苦戦中

「組長に我が一番隊、隊将サリ閣下より定時報告! 我が隊と対峙する敵の傭兵は、バルトニアン王国のものである事が判明、総勢二六名。――我が隊は陣形維持で限界、現状での前進は難しいとの由!」

 帝国軍第二軍団の旗を掲げた兵が、白に青。宮廷騎士代理人の制服を着た二人の少女の前に走ってくる。


 皇帝旗と青い朝顔の旗(だいいちおうじょき)、二枚の旗を取り付けた5mを超える長い旗棒を姿勢良く担ぎ、スラリとした長身で髪を短く揃えた金髪の少女。

 そして地図を胸の前に、絵描きのように紐でぶら下げペンを咥えた、上背の無い赤毛の少女。


 彼女達の回りには帝国旗と五番組の旗をつけた槍兵達が、少し距離を置いて取り囲んでいる。


 彼が報告をするのは、五番組を任されたフィルネンコ害獣駆除事務所のメイドさんズにして、第二皇女ルケファスタの宮廷騎士代理人。

 アエルンカ・ファステリアとパリンディ・ロンデモシュタットの二人である。



「組長?」

 エルがそう呼び掛けたパリィは、地図を見て何ごとか書き加えていくだけで、返事はしない。

 いや、エルへは何ごとかを呟く。


「全く。――組長より、貴隊は無理に前進する必要なし。以降も陣形の維持を最優先、陣を突破されぬよう最善を尽くして頂きたい。との指示です。隊将たる男爵閣下にはそのまま伝えて下さい」

 全く姿勢を崩さずエルが答える。


「はっ!」

「ご苦労ですが、このまま定期連絡は欠かさぬよう要請します」

「了解です! ……では閣下、我は戻ります!」

「大変でしょうが、ここが踏ん張りどころです。よろしくお願い致しますっ!」

 ――ははっ! 伝令は一礼すると駆け出していった。



 

「パリィ。組長はあなたですよ? 自分で指示を出して下さい」

「軍の人に指示なんか出せるわけ無いじゃん! それともわかって虐めてるの? ……だいたい、なんであたしが組長なのさ。エルの方が絶対むいてるのに!」


「この場の指揮をあなたと私、二人で執るよう殿下よりご下命を頂いたから、です。殿下の代理人としては上下の差は無く同格、ならば年かさのあなたが長となるのは、これは至極当たり前です」


 二人で居ると、良く誤解されるのだが、一応。年齢とすれば童顔で背も低いパリィの方が、エルより一つ上である。


「なんでこんな時だけ年功序列!? 年齢以外は全部、エルの方が上なのに!!」

 地図の上に手帳を広げ、さらに何ごとか書き込みながらパリィ。


「嘘は吐かないことです、パリィ。……少なくても私にそれが通づるなどと、まさか本気で思っては居ないでしょうね?」



 一般的な事務や剣技は、確かにエルの方が評価が高い。

 こうした組織戦での指示の出し方も非常に的確。

 

 背の高い彼女が、代理人の制服を見せつける様に姿勢を崩さないのも、かなり重いはずの旗棒を手放さないのも。

 小娘に指示を出されるのは癪だろうが、自分の言うことは事実上、第一皇女リィファ姫、ひいては皇帝陛下の指示。


 暗に自身の後ろに宮廷の影を仄めかして命令を通している。と言うカタチにしてあるのだ。

 それならば、見たこともない小娘から指示を出されて面白くないとは言え、従わざるをえない。

 彼女はそこまで考えた上で旗棒を抱え、背筋を伸ばしている。


 だが一方、彼女たちは皇家の代理人なのである。

 その制服に袖を通す以上、基本的に無能はあり得ない。

 だから彼女たちを癪に感じるものはほば居ないが、見た目が小娘であるのも覆らない、それを自身で納得していた。


 彼女があえてそうしてくれているせいで、素直に命令に従えるのである。

 没落した騎士家の娘であるとは言え。

 その一貫した姿勢は、将軍や隊将達が改めて一目置くほどであった。

 



「この状況下で、エルに嘘吐いても得しないよぉ……」

「本気で言って居るとすれば、さらにタチが悪いです」



 一方のパリィも。

 実は宮廷に上がったばかりの修業時代、足りない部分を補う。として一時期、軍師としての勉強をさせられたのだが。

 その後。軍師総代に、代理人の仕事が無い時には是非、軍務省に来て手伝って欲しい。と言わせた逸材。


 しかも、モンスターはほぼ出ない。と言うのが前提の五番組ではあるが。

 だからといって分類で言うところのⅰ種、ⅱ種のモンスターはゼロでは無かったし、それに対して彼女の打ち出す指示は、当初はことごとく的確であった。


 あまり現場に出る機会が無いとは言え。帝国筆頭リジェクタとして、帝国全土に知られるフィルネンコ害獣駆除事務所の所属なのである。

 打ち合わせにはメイドの立場で同席し、資料作りや報告書を手伝いもする。

 知識はそれなりに備わっているし、それは何もモンスターばかりでは無い。

 

 彼女が出来ることは、スリとメイド仕事だけでは無い。エルが言うのはそう言うことだ。

 この後に及んでも、自分が人に命令を出す立場である、と言うことが馴染まないでいるだけである。



「なんでさ! 間違ったこと言ってないじゃん、どうしろって言うのよぉ!」



 彼女たちは、その辺の事情を良く知る自身の主から、二人で一人分。

 としてこの場を任されていた。その証が第一皇女旗である。


 必ずしもパリィが上、と言うことも無いのだが便宜上の組長は彼女。

 と言うことでしか無いのでパリィの言い分も、実はそう間違ってはいない。

 事実上の指示出しは始めからエルの仕事だったし、それで組全体が問題なく回っていた。



「そもそも私らだけで、どうにかできるわけ無いんだよ! あの阿呆姫っ!」

「いくら殿下だとて、こうした状況になる。などとは思っておられなかったでしょうからね」



 エルやパリィの心配をよそに。

 前線の部隊は、戦闘開始三〇分にして、この二人を自分たちの将として認めていた。


 そして本来、この二人だけで収まるはずの現場は、混乱の極みに陥っていた。

 なので当初、本陣と定めた場所よりだいぶ前に居る二人である。

 一時は五番組全体が総崩れになりかけたが、現状は各隊の陣が維持出来ている。

 それだけでも奇跡、と言えるまでの状況に追い込まれた。



 つまり、五番組だけは、敵となるものの“ヤマが外れた”のであった。



 この二人は優秀な司令官と軍師。

 その設定を踏み外すわけには行かなくなってしまった。


 だからエルは姿勢良く旗棒を掲げ、パリィは普段の軽口を封印してまで、各部隊の動きを読んで指示を出す。

 それ以外をする余裕がないのである。



「や、お二人さん。留守番ご苦労。……どぅ、どぅどぅ。――お疲れ。だいぶ前に出たね。気持ちはわかるが出すぎじゃあ無いか?」


 二人の後ろで馬から降り立つのは。帝都害獣駆除組合の組合長、ロジャー・ヴァーン。


「少しでも指揮官の腰がひけている、などと見えれば。この状況下では士気など容易く崩壊します」

「最低、あたしら二人だけでもある程度、進撃を遅らせる自信はあるしね。だったらギリギリ前に居ないと」


 ――組の壊滅前提で話をしないでくれるかな。そう言うと組合長は頭をかく。

「あ、ごめんなさい組合長。あたしが前線をなんとかして、ってお願いしたのに……」


「良いよ、パリィちゃん。気持ちはわからんでも無いし、こっちだって、カタチだけなんとかしたような感じだから」

 ――これ、見ておいて。そう言いながら持ってきた紙の束をパリィに渡す。


「たった5人だが、ヴァーン商会(アニキ)リジェクタ部門(のところ)から、荒っぽくて頭が悪そうなのを借りておいて助かったよ」


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