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カリスマの誕生

「ラムダ! そのに“草”を見せるな! 驚いて暴れるといけない、前に出て体で目隠し、君がそのを護って!!」

 ロミの左側、草藪を抜けた先。

 本陣の真ん中にいるはずの騎手の居ない栗毛の馬と、白に赤。宮廷騎士の制服が白馬に跨がり、そこに居た。



 ルゥパが槍を地面に突き刺し、自身の剣を右手に持って彼の方をみている。

 そこまでは事前に見て、確認してある。


 ――最後の逃げ道が皇女殿下では、あまりに不敬だよな。


 本来零した分は、護衛の弓兵や槍兵に止めを刺してもらう腹づもりだったが。

 そこにいたのが護衛でなく、ルゥパ本人だったので一度逃げ道は捨てた。


 但し。実は、誰よりルゥパに任せてしまうのが一番適切である。

 と言うのも、ロミには始めからわかってはいた。




 そこに居るのは護られるべき皇家の姫ではあるが、一方。

 結婚こしいれ前には“ティアラの騎士”の二つ名で、帝国全土にその名を知られる現皇帝妃おきさきさま。その血を色濃く受け継いだ娘。


 その髪と瞳の色から、弱冠一二才にして“黒曜石こくようせき剣聖けんせい”の異名を欲しいままにする剣技の天才。

 魔法剣士マジカル・フェンサーとしては帝国史上最強とさえうたわれる帝国を代表する騎士。

 帝国王朝全土から、羨望と期待を一身に集める、優美で優雅、最強の騎士にして高貴なる(マジェスティック・)姫君プリンセス


 始めに捨てた最悪の選択肢は、実は最適の対処法なのである。

 



「ルゥ! そっちに一匹行った! キミにしかできない! なんでも良い、剣を“飛ばせっ”!!」


 ロミがそう叫んだ直後、刃の付いてない金のサーベル。その鈍色の峰が鮮やかな赤に輝き、

「承知っ! ……はぁああ! ――せいっ!!」

 ルゥパは全く構えの無かったところから、唐突に片手で剣を振り上げ、一気に振り下ろす。

 剣から“剥がれた”真っ赤な刃が正面へと飛んだ。


 

 回りを完全に無視してジャンプし、ルゥパの頭へと飛びかかった巨大な玉菜。

 真っ赤な刃がそれの表面を削り落としながら飛び過ぎる。


 ――不味い、外したっ!?


 ロミがそう思った直後に切断面から炎が吹き上がり、一抱えもある体は一瞬で全てが燃え尽き、塵になって宙に舞う。


 剣の走った草藪は幅三mで焼け野原に成り、最終的にやいばの“刺さった”場所では、

 ――ずどーん!

 大爆発が起こり、地面がえぐれて炎が渦を巻き、高々と火柱が吹き上がる。



 これを見て一気にロミの頭の中が回転する。

 ――この際だ、乗っかっちゃえ!

 彼はそう結論し、剣を鞘に収めつつ。

「ルゥ、名乗りを!」

 やや小声で、ルゥパに促した。


「いやいや、……そんな無茶な。たった、一匹の……」

「今のはそれに値する、十二分だよ。……早く!」

「本当にやれ、と?」

 ロミは黙って頷くと剣を外して片膝を付く。

「うぅ、そんなぁ……」


 ルゥパはいったん目をつむり。

 剣を馬上でもう一度構え直すと、――ふぅ。一つ息をつく。


 金に輝く証の剣、刃の無いサーベルを高々と掲げ、

「……まずは一体! 陛下にかわりてその末娘、オルパニィタ=スコルティアがここに討ち取ったり!」



「うおぉおおおお!」

 一瞬遅れて、兵達の快哉が轟き、ロミが後方に置いてきたはずの赤紫の第二皇女旗あしさいのはたが、高く掲げられる。


「やべぇ! 姫様に全部取られちまうぞ!」

「全隊、進撃用意! 我に続け! 殿下に後れを取るな!!」

「美しい上にお強い、我らが姫は既にお妃様を越えたぞっ!」

「国を守護せし黒曜こくようやいば、オルパニィタ姫に敵無しっ!!」


 魔法剣士マジカル・フェンサーとしてのルゥパ姫は、軍内部であっても見たことの無いものの方が多い。


 ルゥパは、金のサーベルをさやへと戻すと地面の槍を引き抜き、手にする。

「戦果の全ては陛下のため、帝国臣民のために……! わたくし一人なぞこの程度。今後も、みなの助力を乞うものなりっ!」


 遅れて届いた爆風の煽りを受けて彼女の持つ槍のてっぺん、皇帝旗が翻る。

 その場の全員、片膝を付き。

 装備の都合で座れないものも頭を垂れ、胸に手をやった。


 ロミが腹の底から精一杯の声を出す。

「ははっ。……御意のままにっ!」

――御意のままにっ!!!

 荒野に兵達の声が響いた。



 姉姫リィファの自信や自尊心をまとめてへし折り、絶望の底に叩き落とし。

 周囲からの期待と言う名の重圧プレッシャーを発生させ、今もルゥパ本人をさえ苦しめる魔法剣。

 その剣が持つのは、何も破壊力だけでは無い。

 魔法剣がその本当の力を、改めてまざまざと見せつけた瞬間であった。

 



「うん、正面からやり合ったら……。立ち合いの一太刀目で殺されるな……」

 剣を腰に戻したロミの横にリックも合流する。


「今のは、殿下。……ですか?」

「リック、巻き込まれなくて良かった。――知らない間に威力が数倍になってるよ……。結果的に、かなり良いデモンストレーションになったね」



 このところ、指揮や剣の腕について懐疑的な話が出始めていた彼女であり。当然噂は本人の耳にも届いていた。

 必要以上に死傷者数を気にしていたのは、実はここである。

 但し、ロミが言った通りに激戦区になる。と言う認識は宮廷や軍師達にもあり。


 だからこそ、経験の浅い姫のため、参謀格として歴戦の将軍三名をそばに付け。

 剣の腕は立つが実戦経験の足りない皇帝軍ではなく、あえて帝国軍でも戦上手で知られる部隊を招集して配置した。


 予定していた帝国軍とリジェクタだけで無く、急遽傭兵団を組織して四番組へ配属さえした。

 なにが来るのかわからない以上、傭兵団は状況が落ち着くまでの使い捨て。

 大袈裟に言えば、宮廷側はそれくらいのつもりだったのである。


 だが。この場の人間は知らないことだが現状、宮廷の軍師達が予想した人的被害の1/4、死者数ならもっと小さく収まってしまっていた。

 


 そしてロミが言うデモンストレーション。狙ってやったわけでは無いにしろ、最高の舞台で最大限の効果を持って行われた。

 ものごとなんでも、基本的には手堅く、慎重に考えるはずのロミが。


 ――これ以上のタイミングは無い! 


 と即断するほどに。

 少なくても四番組本陣に配置されたもので、剣の腕に対して文句を言うものは居なくなった。



 ほんの一時で。名実共に、軍事国家シュナイダーの名前を背負って立つ姫にして、戦上手いくさじょうずで剣の腕も立つ名将。

 自身では届くはずが無い。と思っていたものさえ、【黒曜石の剣聖】はとっくに通り越していた。



「すまない。師匠の目の前で、鍛錬を怠っていたのが露呈してしまった……」

「飛ぶ剣技なんて、教えた覚えはないよ。……怪我は無かった?」


「お膳立てをしてもらって怪我も何も無い、そちらこそ……」

 最後の名乗りも含めて、全てはロミのお陰。

 そう思って多少目を伏せるルゥパだが。

「力も示せたし、士気も上がった。直接の戦果まであがった。君はやはり名将だよ」




「ロミ! 今のはなんだい!? 爆弾を使うとは聞いてなかったよ!?」

 ロミが前線に送った恐い人。

 抜きん出て大きな馬に跨がった、周囲の騎馬より頭二つは高い美女、リジェクタ側の本当の参謀。

 リアンが巨大な爆発を見て戻ってきていた。


「リアンさん、爆弾じゃありません。あれがルゥパ姫の本気、まさに伝家の宝刀です。……最前線はどうでした?」


「傭兵達だって、相場の二倍もらってるんだよ。……それに、あえて帝国軍や軍務省を飛ばして、軍務大臣から直接仕事が来てるんだ。それだけでも声のかかった連中は名誉なことなの。……そこまで莫迦なヤツらは少ないのよ」

「多少は居る、と?」


「これ以降、組長の命令を無視するなら。――本国どころか帝国王朝全域で。仕事ができない、どころか住めないようになるけども。もしかしたら家族共々命が危うくなるかも知れないけれど。それで良いんだよね? と問いかけてきた。……答えは聞いてこなかったけど、あれでだいたい大丈夫じゃないかな」



 帝国王朝最大規模、野菜から不動産までなんでも扱う史上最大の商家であるのはもちろん、人捜しや情報屋。リジェクタに傭兵団に要人警護、さらには非合法の誘拐や暗殺を行う部隊まで。


 おおよそありとあらゆる全ての業種を傘下に収め、本国のみならず、帝国全域に影響力を持つヴァーン商会を経営し、子爵の位さえ帝国政府に許されたヴァーン家。

 そのヴァーン家の、事実上の当主であるリアンがそれを言うのである。


 無駄に容姿の整ったリアンに、冗談めかして笑顔でそう言われたとすれば。

 真顔で言われるよりよほど恐ろしい。

 なにしろ、傭兵団の二つや三つ。事実上の国外追放をすることなど、リアンが顎を一つしゃくるだけでできるのだ。

 むしろ家族全員皆殺しのほうが容易い、とさえ言えた。



「滅茶苦茶恐いですっ!」

「これ以上殿下のお立場を悪くするなら、この場で首をもいじゃったほうがかえって早いんだけど」


「リアンさんが死者数を増やさないで下さい! 自分で殿下の立場を悪くしてるじゃ無いですか!!」

「気がつかなかった、そうなるんだね……。わたしはなんであれ、段取りを乱される、ってのがいっちばん腹立つのよ。――ところで。皇女殿下のお付き。ロミの他、今はその弓のボウヤだけ?」


「リアンさん。逆に他のみなさんは?」

「歴戦の将軍とは言え、なにしろモンスター相手だからね。全員前線で直接指揮を執ってる。傭兵団の陣はラインを引き直したけど、戻るまで少しかかるんじゃないかな」


「当面の問題は無さそうですし、そろそろ親衛第六のみなさんも全員戻りますが」

「なら、良ければちょっと手伝って? ――トレントの対策がまもなく仕込み終わる。ロミの剣が必要なのよ、なにしろ数が多いから、ここで一気に全部。仕留めてしまいたい」


「ここも収まったし、僕だけなら良いでしょう。……リック(ナイト・バートン)。皆さんが戻るまで、殿下をお任せしても?」

「はい、もちろんです!」


 と、そこでロミはルゥパの意見を、ここまで一切聞いていないことに気がつく。

「……あ、殿下。その、勝手に……」


 

「わたくしのことは気にせずとも結構。当面、切迫した決断を迫られる事もないでしょう。――トレントのこと、伯にはむしろわたくしより頼みます。あの位置にトレントがいる限り、被害は大きくなるばかり。それは誰も望むところではない」


「我が家の爵位は……。いえ、終わり次第すぐに戻ります。――ラムダ? 行くよ」

 ロミは簡単にラムダに跨がると、リアンと共に前線へと向かった。




「ところでリック」

 矢筒に矢を足し、弓を背中に背負い直したリックに、白馬の馬上から声がかかる。

「なんでしょう、殿下」

「アレは食べられるものなの?」

 ルゥパが指を指すのは、ロミが二つに切ったホッパーグラスの死骸である。


「見た目はちょっと抵抗がありますが、ガワは二、三枚剥がせばそのまま生でも。玉菜のつもりで食べて大丈夫ではあります。僕の村では内臓もガワと一緒に塩漬けにして保存食に……。あの、殿下?」

 そこまで話してリックは気がついた。

 彼の主が、全く真面目な顔で話をしていることに。


「ん? どうかしたの? リック」

 うかつなことをルゥパに吹き込んだ、となれば。

 直接の教育係であるメルからのお仕置き(きょういくてきしどう)。これが確定する。


 メル自身とすれば、普段の言動と見た目。誰に聞いても可憐な少女なのであるが。

 一方で、“帝国で一番短い導火線”と揶揄されるルゥパが、完全に機嫌を損ねた状態であっても。

 必要となれば一切気にせず、正面切って意見を具申する希有な人物。


 その彼女からの“指導”を受けるとなれば。

 親衛第六では見習いの立場である彼にとっては、命に係わる一大事である。


「一応確認するんですが。絶対食べちゃダメ、ですからね!?」

 帝国皇家の姫様が、モンスターの死骸を。

 ドレッシングをかけようが。生でバリバリ食べて良いわけが無い。

 もちろん、塩漬けにしたから良い。と言う問題でもない。


「あ。……うむ、聞いてみただけ、です。……そうですね、後学のために後ほどサンプルを二,三……」

「殿下が直接拾うのもダメですっ! 標本はロミさんに頼んで作って貰って下さい!!」


 ――絶対に知らんぷりしながら、何処かで手に入れて食べようとしている!

 帝国の姫が食べるものでは無いだろうし、食べ方を教えてしまったのは自分。


 彼には額に青筋を立てて、

『覚悟あり、ですか。さすがは荒野の民、良い根性です。……まずは座りなさい』

 と、言うメルの姿が見えた。


 ――うん、これは間違い無くメルさん(ふくちょうだいり)に殺される。リックは、顔から血の気が引いていくのが自分でわかった。


 絶対に殿下に死骸を触らせてはいけない。

 完全に顔色を無くしたリックは、固く心に決めた。


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