表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
167/183

迷惑以外の何物でもない

「ルゥ、さっきの話だけれど」

 馬を寄せたロミがルゥパに小声で話しかける。

「せっかく。陛下がわたくしを信頼して下さったのに。お預け頂いた兵の損耗が、ここまで多くては……」


「僕は現状で大戦果だと思って居るよ」

「ロミだとはいえ、わたくしだって怒りますよ? 莫迦ばかにするのもたいがいに……」

 だがロミは涼しい顔で前線を見やる。


「全くもって状況が見えていると言ってるんだ、本当に僕の知らないところで立派な将になってしまった。――現状、四番組の前線が一番の激戦区、ラインを維持しつつ予定より早く押し上げている。今やプリンセス・ルゥパは、まさに名将だよ」

「……はい?」


「モンスターの種類が混合で、しかもこれだけの数がいる。さらにはこの短時間で。足元には霞草かすみそう噛みつき花(バイトフラワー)までが繁茂してる」

 ――単純な数だけなら、イーターが十万単位で来てるんだ、二番組には負けるだろうけれど。そう言うとロミはルゥパと目を合わせる


「事前の準備が絞りきれない、ツリーマンまでは予想したけれど数が倍。トレントまで複数居るなんてクリシャさんも考えて無かったし、僕も驚いた。足元の草だってそうだよ。これでリジェクタの頭数が、想定を遙かに超えて分散してしまったし……」


 ロミは、

「そのせいで。本来、ここに居て全体指揮をとらなきゃいけない人達までもが、前線に引っ張り出されてしまった」

 と言うと肩をすくめてみせる。


 そもそも。――自分はせいぜい一介の剣士程度のものなのであって、リジェクタと軍人の全体指揮なんかできる道理が無い。とは初めから言っている彼である。


 本来はルゥパ個人の護衛と相談役だったはずなのだが、次々将軍達が居なくなってしまった結果。

 現状、いつの間にか四番組本隊の参謀的な立場にある。


「だから言うんだよ。オルパニィタ殿下は組長として立派に、的確に指揮を執っていらっしゃる。まさにお妃様(テイアラのきし)の再来。――そのルゥにとって、悪いことはもう一つ」



「……まだ、なにかあると?」

「数合わせの急ごしらえ。無所属で名前をあげてお金を稼ぎたいだけの人達、これを集めた傭兵団。気を使ってもらったのかも知れないが。四番組ここに突っ込まれてしまったのは。……むしろ、ルゥにとっては迷惑以外の何物でもない」


「わたくしに迷惑、とは?」

「そんな人達が、組長の言う事なんか聞くわけない。一匹でも多く潰して、報奨金インセンティブと武勇伝が欲しいだけ、なんだから」

 思い通りに素っ気なく聞こえただろうか。ロミは多少心配しながら続ける。

「そんな人達が、お姫様の命令なんか。……黙って聞いてくれるわけないよね」



 組長であるリィファ姫の意向を受け、最大限人数を絞った編成の三番組。

 不安定要素として、妖精の部隊を抱えているのではあるがそれでも。

 組長の号令一下、一種異様なまでに少人数で組織だって行動する三番組。

 現状、それとは真逆の状況の四番組である。


「死傷者はほぼ全員、一番強いトレントに無謀に飛びかかった傭兵と、それを助けようとした人達。専門家リジェクタはみんな、助けに行く事さえ止めたはずだ。それを無視するなら、……冷たいようだけど自業自得だ。君が気に病むことじゃない」


「ならばここまでは順調だと?」

「恐いくらいにね。――前線が突出しすぎてるけれど、一応“恐い人”に釘を刺しに行ってもらってるし。……駆除リジェクトの現場であの人ほど恐い人を僕は知らない。普段は過ぎるくらいに優しいのに」 



「ロミ、わたくしは……」

「ちょっと待った。――リック、何があったか、見える?」

 だがロミは、その言葉を遮って青い制服(しんえいきし)に声をかける。

 前方でなにやら混乱が起きているのが見えた。そして声をかけたその彼、レキセドル・バートンが、異様に目が良いのを知っていたからだ。



伯爵カウント・閣下センテルサイドに報告っ! 飛び跳ね草(ホッパーグラス)が六匹前後! 包囲の中に入り込まれてしまったようです!」

 弓を左手に矢筒を背負った、まだ少年の域を出ない親衛騎士の制服が、後ろ向きのまま答える。

「場所はわかる!?」


「この先の草藪に紛れ込みました!!」

「ルゥ! 君はそのまま馬から下りないで!」

 ロミは馬を飛び降り、持っていた長い槍を地面に突き刺す。

 第二皇女旗あじさいのはたが、戦場を吹き抜ける風になびく。


「リック、こないだも言ったよ? 僕には爵位は無い。気にしないで良いよ」

「ですが、その。……センテルサイド様」


 ロミはさらに前へと出る。

「様も要らない、ロミで良い。……ラムダ、聞いてたよね?」

 今まで彼を背に乗せていた馬が正面からロミを見る。


「始めてモンスターを見た馬はたいてい驚くものだろう? 君は違ったかも知れないけれど、さ。……だから、ルゥの乗った馬がびっくりして暴れたりしないように、後で怒られてプライドが傷ついたりしないように。……君も僕の同僚(リジェクタ)、プロなんだから。だったら改めて僕がなにか言うまでも無い、よね?」


 ロミの言葉が終わると同時に、ラムダは皇女の騎乗する馬に寄り添う。

「ありがとうラムダ、そっちは頼んだ」

 ラムダは返事をするように鼻を鳴らすと、白馬に頭を寄せる。

 馬同士、何ごとかを話しているようにも見えた。


「ロミ!?」

「彼も立派な フィルネンコ事務所(ウチ)の職員、リジェクタだよ。さすがに自分で駆除をしないから、リジェクタ免許は持っていないけれどね。――位置取りは彼に任せて良い。言葉は理解できるから必要なら簡単な言葉で指示をしてあげて!」


「……ロミ、さん?」

「リック。僕はやはり、君とは違って騎士には成れないみたいだ、剣士崩れの駆除業者リジェクタがせいぜい。いや、むしろこっちの方が向きなんだろうね。――付いてきて!」



 ロミは腰の剣に手をやり確認すると、姿勢を低くしながら駆け出し。

 リックの指さした草藪めがけて走りながら、周りに声をかける。


「動きと音に反応します! 僕に引きつけるので、みんなは動かないで! ――見えるだけで五匹。あと二つは居るかな……? ――最悪、取り付かれても多少痛いですが死にません! まずは動かない、口を開かない。……物音を、立てないで!」



 まるで巨大な玉菜のような見た目でありながら、結構素早い。

 彼らはその根で、走り回って飛び跳ね、生き物に張り付いて体液を吸う。

 取り付かれても死にはしないが、強烈な痛みに意識を失うものもさえでる。

 悪いことには、大きいとは言え直径六〇cm前後、現状では回りの草藪に隠れてしまう。



 ロミはリックを伴って、草藪の中。

 わざと囲まれる位置へと自ら入り込んで動きを止め、人差し指を口に当てた。



「リック。入り込んだのはホッパーグラスだけ?」

 音も立てずについてきたリックが、背伸びをしてやや目を細めつつ答える。

「リジェクタの人達がウォーキンググラスの侵入を阻止してます、数は二七、八くらい。ですが更に後続が来てます、ホッパーグラスとあと、見たこと無い草も。全部で……、七〇前後のようです。あと三分程度で合流します」


「さすがに目が良い。……専門家リジェクタも集まりつつあるし、ならそっちは任せちゃおう。――少し遠いけど、君の正面、やや左。三つ居るの、わかる?」

「え? 二つでは無く……? あ、左の陰ですね。よくお気づきで」


「一応、僕もプロだからね。見えないことには話にならないさ。――真っ二つにするのが早いんけど……」

 少し不安を感じたリックはロミの顔を見るが、単純に――面倒事が増えた。としか見えない顔をしていた。


「少し距離がある……? でもリックの目と弓ならそこまで無理ではない、かな……。中心のやや上、葉っぱが縮れたように見えるところ。僕には見えないけれど、わかる?」

「はい、……見えてます」

「そこを射抜ければ一撃だ。君なら矢は三本で済む」 



「え? でも……」

「最低二匹は確実に頼むよ? 僕は向こうで五匹ほど“収穫”してくる」

「それでは数が……」


「専門家だからね、多少僕の分の数が多くなるのは当然。――それにここで零しても前に出れば丸見え、本陣には騎士と剣士が三〇人。アレが居ることはわかってるんだ、問題ないよ」


 ロミが二つほどサインをするとリックもうなずき、二人の距離は少しずつ離れていく。


 ロミがしゃがんで姿が見えなくなったのを見て、リックもしゃがむと矢を取りだして、つがえる。


「僕が合図したら、一息で全部仕留めて。失敗して弓の間合いから外れたら、行き先だけは見失わないように。でも無理して仕留めには行かないで。今、ここで無理をする必要はないから。いいね?」


 言葉と共に、リックの前からロミの気配がかき消えた。

「僕でも追えない……? なんて人だ」



 ロミは腰より高い草藪の中を音もなく進み、やがて唐突に立ち上がる。

 その音に反応して、自身を囲む包囲がやや狭まったのを感じる。


 ――全部で、六つ。か。予定より一つ多かったな。

 ――まとめて取り付かれたら、さすがに死んじゃうね。これは。

 ――でも、別に目があるわけで無し。姿が確認出来る分こちらが有利。

 ――逃げられても左に誘導すれば。僕は一人、と言う訳で無いからね。

 ――但し、問題があるとすれば……。


 ロミは左を見やると、

「あ、やっぱり……」 

 と呟く。――左は無し。かな……。



「それでも、ここで全部潰せば問題はないわけで!」

 彼は抜刀すると唐突に頭の上で振り回す。

「音が出てるはずだけど。……聞こえてるだろ? 獲物は“ここ”だ!」


 人間の耳には剣が空を切る音しか聞こえないが、クリシャが作ってつばの部分に取り付けた犬笛のようなもの。

 これが何某かの音を発しているはずで、隠れていたホッパーグラスがもぞもぞと動き出す。



 さらに大きく剣を振り回し、わざと足音を立てつつ大声で叫ぶ。

「ほら、こっち来いっ! ――リックっ! やってっ!!」

 ――ぴゅん! 弓の音が聞こえるのと、丸い陰が六つ、ロミに飛びかかるのとはほぼ同時だった。


「せいっ! たっ! ……みっつぅ! よっつ!」

 ロミの回りには真っ二つになったホッパーグラスが転がり、さらに弓音が続く。

「いつつっ! これで、……終わりだっ! むっつめ! ――リック!?」

 

 

「ロミさん、すいません! 一つ急所を外しましたっ!」

 むしろあの距離で、自分のオーダー通りに二匹を一撃で屠ったことに舌を巻くロミだが、残った一匹の逃げた方向が悪かった。

 自分でも追いつけない、リックの弓も届かない。


 ロミは腹をくくって捨てたオプションを再度、採用することにする。

「構わないから、そのまま追い込むっ! 急いで!!」

 ロミは声を張って指示を出す。 

「は? はい!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ