迷惑以外の何物でもない
「ルゥ、さっきの話だけれど」
馬を寄せたロミがルゥパに小声で話しかける。
「せっかく。陛下がわたくしを信頼して下さったのに。お預け頂いた兵の損耗が、ここまで多くては……」
「僕は現状で大戦果だと思って居るよ」
「ロミだとはいえ、わたくしだって怒りますよ? 莫迦にするのもたいがいに……」
だがロミは涼しい顔で前線を見やる。
「全くもって状況が見えていると言ってるんだ、本当に僕の知らないところで立派な将になってしまった。――現状、四番組の前線が一番の激戦区、ラインを維持しつつ予定より早く押し上げている。今やプリンセス・ルゥパは、まさに名将だよ」
「……はい?」
「モンスターの種類が混合で、しかもこれだけの数がいる。さらにはこの短時間で。足元には霞草や噛みつき花までが繁茂してる」
――単純な数だけなら、イーターが十万単位で来てるんだ、二番組には負けるだろうけれど。そう言うとロミはルゥパと目を合わせる
「事前の準備が絞りきれない、ツリーマンまでは予想したけれど数が倍。トレントまで複数居るなんてクリシャさんも考えて無かったし、僕も驚いた。足元の草だってそうだよ。これでリジェクタの頭数が、想定を遙かに超えて分散してしまったし……」
ロミは、
「そのせいで。本来、ここに居て全体指揮をとらなきゃいけない人達までもが、前線に引っ張り出されてしまった」
と言うと肩をすくめてみせる。
そもそも。――自分はせいぜい一介の剣士程度のものなのであって、リジェクタと軍人の全体指揮なんかできる道理が無い。とは初めから言っている彼である。
本来はルゥパ個人の護衛と相談役だったはずなのだが、次々将軍達が居なくなってしまった結果。
現状、いつの間にか四番組本隊の参謀的な立場にある。
「だから言うんだよ。オルパニィタ殿下は組長として立派に、的確に指揮を執っていらっしゃる。まさにお妃様の再来。――そのルゥにとって、悪いことはもう一つ」
「……まだ、なにかあると?」
「数合わせの急ごしらえ。無所属で名前をあげてお金を稼ぎたいだけの人達、これを集めた傭兵団。気を使ってもらったのかも知れないが。四番組に突っ込まれてしまったのは。……むしろ、ルゥにとっては迷惑以外の何物でもない」
「わたくしに迷惑、とは?」
「そんな人達が、組長の言う事なんか聞くわけない。一匹でも多く潰して、報奨金と武勇伝が欲しいだけ、なんだから」
思い通りに素っ気なく聞こえただろうか。ロミは多少心配しながら続ける。
「そんな人達が、お姫様の命令なんか。……黙って聞いてくれるわけないよね」
組長であるリィファ姫の意向を受け、最大限人数を絞った編成の三番組。
不安定要素として、妖精の部隊を抱えているのではあるがそれでも。
組長の号令一下、一種異様なまでに少人数で組織だって行動する三番組。
現状、それとは真逆の状況の四番組である。
「死傷者はほぼ全員、一番強いトレントに無謀に飛びかかった傭兵と、それを助けようとした人達。専門家はみんな、助けに行く事さえ止めたはずだ。それを無視するなら、……冷たいようだけど自業自得だ。君が気に病むことじゃない」
「ならばここまでは順調だと?」
「恐いくらいにね。――前線が突出しすぎてるけれど、一応“恐い人”に釘を刺しに行ってもらってるし。……駆除の現場であの人ほど恐い人を僕は知らない。普段は過ぎるくらいに優しいのに」
「ロミ、わたくしは……」
「ちょっと待った。――リック、何があったか、見える?」
だがロミは、その言葉を遮って青い制服に声をかける。
前方でなにやら混乱が起きているのが見えた。そして声をかけたその彼、レキセドル・バートンが、異様に目が良いのを知っていたからだ。
「伯爵閣下に報告っ! 飛び跳ね草が六匹前後! 包囲の中に入り込まれてしまったようです!」
弓を左手に矢筒を背負った、まだ少年の域を出ない親衛騎士の制服が、後ろ向きのまま答える。
「場所はわかる!?」
「この先の草藪に紛れ込みました!!」
「ルゥ! 君はそのまま馬から下りないで!」
ロミは馬を飛び降り、持っていた長い槍を地面に突き刺す。
第二皇女旗が、戦場を吹き抜ける風になびく。
「リック、こないだも言ったよ? 僕には爵位は無い。気にしないで良いよ」
「ですが、その。……センテルサイド様」
ロミはさらに前へと出る。
「様も要らない、ロミで良い。……ラムダ、聞いてたよね?」
今まで彼を背に乗せていた馬が正面からロミを見る。
「始めてモンスターを見た馬はたいてい驚くものだろう? 君は違ったかも知れないけれど、さ。……だから、ルゥの乗った馬がびっくりして暴れたりしないように、後で怒られてプライドが傷ついたりしないように。……君も僕の同僚、プロなんだから。だったら改めて僕がなにか言うまでも無い、よね?」
ロミの言葉が終わると同時に、ラムダは皇女の騎乗する馬に寄り添う。
「ありがとうラムダ、そっちは頼んだ」
ラムダは返事をするように鼻を鳴らすと、白馬に頭を寄せる。
馬同士、何ごとかを話しているようにも見えた。
「ロミ!?」
「彼も立派な フィルネンコ事務所の職員、リジェクタだよ。さすがに自分で駆除をしないから、リジェクタ免許は持っていないけれどね。――位置取りは彼に任せて良い。言葉は理解できるから必要なら簡単な言葉で指示をしてあげて!」
「……ロミ、さん?」
「リック。僕はやはり、君とは違って騎士には成れないみたいだ、剣士崩れの駆除業者がせいぜい。いや、むしろこっちの方が向きなんだろうね。――付いてきて!」
ロミは腰の剣に手をやり確認すると、姿勢を低くしながら駆け出し。
リックの指さした草藪めがけて走りながら、周りに声をかける。
「動きと音に反応します! 僕に引きつけるので、みんなは動かないで! ――見えるだけで五匹。あと二つは居るかな……? ――最悪、取り付かれても多少痛いですが死にません! まずは動かない、口を開かない。……物音を、立てないで!」
まるで巨大な玉菜のような見た目でありながら、結構素早い。
彼らはその根で、走り回って飛び跳ね、生き物に張り付いて体液を吸う。
取り付かれても死にはしないが、強烈な痛みに意識を失うものもさえでる。
悪いことには、大きいとは言え直径六〇cm前後、現状では回りの草藪に隠れてしまう。
ロミはリックを伴って、草藪の中。
わざと囲まれる位置へと自ら入り込んで動きを止め、人差し指を口に当てた。
「リック。入り込んだのはホッパーグラスだけ?」
音も立てずについてきたリックが、背伸びをしてやや目を細めつつ答える。
「リジェクタの人達がウォーキンググラスの侵入を阻止してます、数は二七、八くらい。ですが更に後続が来てます、ホッパーグラスとあと、見たこと無い草も。全部で……、七〇前後のようです。あと三分程度で合流します」
「さすがに目が良い。……専門家も集まりつつあるし、ならそっちは任せちゃおう。――少し遠いけど、君の正面、やや左。三つ居るの、わかる?」
「え? 二つでは無く……? あ、左の陰ですね。よくお気づきで」
「一応、僕もプロだからね。見えないことには話にならないさ。――真っ二つにするのが早いんけど……」
少し不安を感じたリックはロミの顔を見るが、単純に――面倒事が増えた。としか見えない顔をしていた。
「少し距離がある……? でもリックの目と弓ならそこまで無理ではない、かな……。中心のやや上、葉っぱが縮れたように見えるところ。僕には見えないけれど、わかる?」
「はい、……見えてます」
「そこを射抜ければ一撃だ。君なら矢は三本で済む」
「え? でも……」
「最低二匹は確実に頼むよ? 僕は向こうで五匹ほど“収穫”してくる」
「それでは数が……」
「専門家だからね、多少僕の分の数が多くなるのは当然。――それにここで零しても前に出れば丸見え、本陣には騎士と剣士が三〇人。アレが居ることはわかってるんだ、問題ないよ」
ロミが二つほどサインをするとリックもうなずき、二人の距離は少しずつ離れていく。
ロミがしゃがんで姿が見えなくなったのを見て、リックもしゃがむと矢を取りだして、つがえる。
「僕が合図したら、一息で全部仕留めて。失敗して弓の間合いから外れたら、行き先だけは見失わないように。でも無理して仕留めには行かないで。今、ここで無理をする必要はないから。いいね?」
言葉と共に、リックの前からロミの気配がかき消えた。
「僕でも追えない……? なんて人だ」
ロミは腰より高い草藪の中を音もなく進み、やがて唐突に立ち上がる。
その音に反応して、自身を囲む包囲がやや狭まったのを感じる。
――全部で、六つ。か。予定より一つ多かったな。
――まとめて取り付かれたら、さすがに死んじゃうね。これは。
――でも、別に目があるわけで無し。姿が確認出来る分こちらが有利。
――逃げられても左に誘導すれば。僕は一人、と言う訳で無いからね。
――但し、問題があるとすれば……。
ロミは左を見やると、
「あ、やっぱり……」
と呟く。――左は無し。かな……。
「それでも、ここで全部潰せば問題はないわけで!」
彼は抜刀すると唐突に頭の上で振り回す。
「音が出てるはずだけど。……聞こえてるだろ? 獲物は“ここ”だ!」
人間の耳には剣が空を切る音しか聞こえないが、クリシャが作ってつばの部分に取り付けた犬笛のようなもの。
これが何某かの音を発しているはずで、隠れていたホッパーグラスがもぞもぞと動き出す。
さらに大きく剣を振り回し、わざと足音を立てつつ大声で叫ぶ。
「ほら、こっち来いっ! ――リックっ! やってっ!!」
――ぴゅん! 弓の音が聞こえるのと、丸い陰が六つ、ロミに飛びかかるのとはほぼ同時だった。
「せいっ! たっ! ……みっつぅ! よっつ!」
ロミの回りには真っ二つになったホッパーグラスが転がり、さらに弓音が続く。
「いつつっ! これで、……終わりだっ! むっつめ! ――リック!?」
「ロミさん、すいません! 一つ急所を外しましたっ!」
むしろあの距離で、自分のオーダー通りに二匹を一撃で屠ったことに舌を巻くロミだが、残った一匹の逃げた方向が悪かった。
自分でも追いつけない、リックの弓も届かない。
ロミは腹をくくって捨てたオプションを再度、採用することにする。
「構わないから、そのまま追い込むっ! 急いで!!」
ロミは声を張って指示を出す。
「は? はい!」