四番組本隊、前進!
帝国旗と皇家の旗を掲げた、騎馬と歩兵の一団。
その真ん中に位置する、白馬に跨がる少女の元へ、四番隊旗をなびかせた騎馬が一騎。そばに近づく。
「組長たるオルパニィタ殿下に伝令! 最前列は完全に押し切ったとのこと! 傭兵団第一、第二! ラインがさらに一つ上がります! 我ら第四軍団一番隊第二分隊もこれに追従するとの由、分隊長より急ぎお伝え致します!」
「あいわかった、伝令ご苦労であります。周囲に十分気を配り、陣形の維持に注力するよう伝えて下さい。ヒグマ分団と喧伝さるる貴隊の働き、期待しています。――メル、後方へ伝令! 状況を見ながらさらに全体を押し上げよ、と。わたくし含め本隊もこのまま前進、前線に合わせこちらもラインをもう一段あげる! みな、移動の準備を!」
鎧や兜は一切なしで、白地に赤の制服。オルパニィタ=スコルティア第二皇女が、同じく騎乗して隣に並ぶ部下へと指示を出す。
「了解ですが、姫。……あまり本隊が前に出ては」
親衛第六副長代理。メル、ことアメリア・ロックハートが、言葉を発した自身の主を怪訝な表情で仰ぎ見る。
「わかってはいます。ですが、今は勢いこそが大事」
「理解はできますが、しかし……」
「わかっていると言いました。……どうしても相手が草、と言うことで舐めてかかっている節がある。全ての組での損耗は、我が組が一番激しいのではないですか? メル。現状の死傷者数、どうなっている」
四番組の正面では、まさに無数の人喰い草と飛び跳ね草、さらには歩き回る枯れ木、木の人が数体。
人類領域ではみることさえ希な歩く樹木、樹木の人の姿まである。
他にも複数種の出現が確認されており、予想より多くの種類のモンスターへの対応を迫られたリジェクタ達は、その準備のために完全に手を取られている。
なので最前線は現状、リジェクタでは無く軍が担い。
その最前列には討伐数にインセンティブの付いた傭兵団が、自ら前に出て弓をつがえ、槍や剣を振るっている。
モンスター相手にいくら軍事大国とは言え、正面から軍や傭兵があたるのは。
これは誰が見ても効率的とは言い難い。
そんな中で、予定を前倒して戦線が上がって行っている。
「死者七、後送したもの一八、です。……相手が弱く見えるのでどんどん前に出る、と言うことですか?」
「他の組では双方片手に足りるはず。――草であるからこそ恐ろしい。わたくしに、知る事実を兵達に伝える口さえ無いとは。それに後送者にリジェクタはおらぬでしょう? ……なぜわたくしにはこれほどまでに力がないのか。姉上様なれば、こんな時であろうとも、きっと……!」
彼らは草の見た目でありながらむやみに素早く、人とみれば襲いかかってくる。
なにより、見てくれに反してやたらに戦闘力が高い。
かつて自身で対峙したことのあるルゥパは、当然そのことは身をもって知ってた。
だから事前に、各部隊の長にもしつこく言っておいたはずであったが。
「……姫」
「口惜しいことですが。もはやわたくしの声では、前に出る圧力をとどめ置くことはできません。ならばせめて、皇帝旗を前線に持ち出し、士気をあげるほかは無い」
馬に乗ったルゥパは、自身の持つ長い槍。その先につけられた皇帝旗に目をやる
「副長もまもなく戻ります、姫にはせめて我が親衛第六の集結まで、それまで無理はなさらないで頂きたいです」
「それもわかっています。足りぬ部分は足りぬと知った上で、それを姑息に補なわんがための親衛第六、そして専門家です」
それを聞いて、――あぁ。まもなく本格的に拗ねそうだな。と気がつき、なだめにかかるのは横に控えていたロミである。
「姑息ではありませんよ。できぬことをできぬと知る、それこそが全ての道の第一歩。殿下は間違い無く剣士の矜持をもって、この戦場に臨んでおられる。今もって師匠と呼んで頂く身としては、冥利に尽きる限りです」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが、しかしな……」
「力有るものが必要以上に謙遜するのは、むしろイヤミに聞こえます。殿下。配下に聞こえては士気に関わります、お控えを。――メルさん、副長さん達はすぐお戻りですか?」
「何も無ければ、あと二〇分もすればこちらに」
「では二〇分は待ちましょう。けれど、それ以上となると士気の崩壊が恐い。――殿下の御身はもちろん大事。ですが皇帝旗はともかく、この状況下では紫陽花の旗、これはなんとしても常に最前線で翻る必要があります」
ロミは手に持った槍をあげて、槍に結んだ彼女を示す赤紫の、紫陽花の紋章の描かれた旗を掲げてみせる。
「確かに。【ティアラの騎士】の再来が同じ戦場に居る。それだけで騎士や剣士の士気は上がりましょう」
「今や“国を照らす黒曜石”などと、吟遊詩人達に喧伝されているのも伊達では無い、殿下は一流の剣士にして指揮官、それはもう間違いの無いところです。殿下の居場所を示すこの旗が、どれだけ士気をあげるか。などと、わざわざ口に出す必要さえ無い」
ロミが思いつきで言っているわけでは無く、彼女の美しい髪色と剣技とを賞して【黒曜石の剣聖】、などと市井で祀り上げられつつある彼女である。
彼女は。どちらかと言えばそう呼ばれるのは好んでいないが、ロミはあえて口に出した。
国民の人気と期待。彼女の活躍がどれほど待ち望まれているか。
それをもう一度自覚させ、自棄にならないように。
「僕一人では国の宝を守り切る、などとは重責に過ぎます。早く戻って下さいね」
「ロミさんがそれを言うなら、それこそご謙遜というものです。――引き続きリックは残します、雑用にでも使ってやって下さい」
「メルさん、気をつけて!」
「お気遣い、ありがたく! ――しばし姫と皇帝旗はロミさんにお預けし、私は伝令へでます! では。……はっ!」
メルの馬は全速力で一群から離れ、後方へと向かった。
「親衛第六が全員戻るまで、暫しここで待ちます。――よろしいですね? オルパニィタ殿下」
「ロミがそう言うなら仕方が無い、一時止まろう」
「ありがとう御座います、殿下。――本隊は副長さんが戻られるまで一〇分少々、この場にて暫時待機とします!」
ロミがそう言うと、騎馬と歩兵双方がロミとルゥパを中心として、遠巻きに円陣を組む。
「了解です、センテルサイド殿! ――周囲の警戒を厳と成せ!」
「は!」




