知恵が回るのも考えものなる
「なぁ、ルンカ・リンディよ」
「おほん。……ここまで来て、ルカに用事とはなにごとですの?」
声が聞こえる位置に兵士たちは居ない。
ルカは呼ばれた通りに“モード”を切り換える。
センシティブなことを聞かれた場合、姫のままでは通り一遍の答えしか返せない。と思ったからだ。
喋り方や姿勢など、見かけも確かに変わるのだが、それに引き摺られるように考え方も多少変化する。と言うのは自分でも気が付いて居る。
一応、納得をしているのかは置いて、カタチの上では皇女とお姉様は別人格。として振る舞っているパムリィである。
その彼女がルカを名指しで聞いているのだ、通り一遍の答えなど求めては居るまい。
そう思ってルカは返事を返す。
「ぬしからみて、我のあり方は正しいか?」
「存外に往生際の悪いことですわね。――あなたがその辺を気にするなど、珍しいこともあるものですわ」
「ターシニアや“水の”に大見得を切ったは良いが、……なんとなく。な」
「先のヘルムット殿の言ですか……。わかる様な気はしますが、しかし。彼とあなた。人との関わり方も立ち位置も、全てが違いましてよ?」
実際に、難しい顔をして腕組みのパムリィをみて、――おや、これは本当に珍しい。と思ったが、これは口に出さない。
彼女なりに、女王としての葛藤があるのだろう。と思ったからだ。
「今の生活を気に入っている、あなたが普段、嘯いている通りに思っているなら、そこに齟齬は無いと思いますわ。そもそも、…………! パムリィっ!」
「ほぉ、……アレがそうであるか」
小さな影が、突如二人の前に現れる。
「ごきげんよう、お姉様。お名前はなんとおっしゃるの? ……あら、小さなお姉様もいらっしゃるのだわ。なんて素晴らしいことかしら、お姉様が二人も。お揃いのお洋服がとても素敵なのだわ……」
身長一mに満たない身長で、全身のフリルをゆらし。
とても愛らしい少女がルカとパムリィの目の前で、首をかしげて微笑んでいた。
見た目に問題があるとするなら、発光する瞳と、そして両手にさげた肉切り包丁。
リビングドールがふらり、と前触れも無しに二人の前に現れたのだった。
「あいにく、そなたに名乗る名の持ち合わせなどありません」
「ぬしに名乗る必要性を一切、感じぬな」
「お名前は良いのだわ。ねぇ、わたしと遊びましょう? お姉様方。うふ、うふふ……」
周りを囲んでいたはずの兵士たちを無視するかのように突如、目の前に現れた不自然なほどに自然な少女は、そう言っていかにも楽しそうに笑う。
「小さなお姉様は、簡単に二つになってしまいそう。でも、大丈夫。首はキチンと手でもいで差し上げますから、心配はしないでも大丈夫なのです。そう、キレイに。あぁ、なんて素敵なのでしょう。わたしが、ブチッと。もいで差し上げるのだわ! うふ、うふふふ……」
兵達は一気に包囲の輪を作るが、事前の想定を遙かに超えて皇女殿下との距離が近かったため、それ以上動けない。
「いくらミリィさんが一時目を離したとは申せ、なぜ故あそこまで大きな個体が……」
いくら人形とは言え、ここまで大きければ持っている刃物も比例して大きくなる。
人間の急所を知り尽くしているリビングドールなので、一撃で致命傷を与える事も可能なのだ。
「ふむ、ミリィの虚けめ。一体だけとは言え、包囲に隙を作るとは。――先程の話を確認するが、……今のぬしは、肩書き以外なんの役にも立たぬ放蕩姫。そう言うことで良いのか?」
パムリィは。肘掛けに立てかけたエストックに手をやって、腰を浮かしかけたルカを、暗に制止する。
「先の話はそう言うこと、ではあるのですが、しかし……」
但し、戦闘力ゼロの“お飾り姫”を護る親衛第五の面々は今現在、不在。
黙って倒されるわけには行かない事情。
それは帝国第一皇女としての彼女にはあるのだが。
「なればそのまま座っておれ。……泰然と、黙って座っていよ。むしろ皇女として、何ごとにも動ぜぬ胆力。これを示すには良い機会であろ?」
「……あなたが護ってくれる、とでも言うおつもり?」
「当然だ。――ぬしとは違って、ここに居る我。パムリィは、フィルネンコ害獣駆除事務所の所属なる。こうして同席してある以上、帝国の姫を護るは当然至極、義務である。間違っているかや?」
彼女はいつも通りに、音もなく浮き上がるとルカの前に出て、腰に帯びた金色の剣を抜く。
「良いのですね?」
「仕事は段取り八分、ターシニアが良く言っておるな。当然、対策は仕込んである、という話なる。……但し、少々扱いが面倒でな。回りは待避をさせよ」
「では、なにをする気なのかは知りませんが、任せます。――皇女ルケファスタの名において命じますっ! 回りのものはわたくし達に近寄ること、まかり成りません! 既に女王パムリィが対策をこうじてある故、心配無用! 距離をお取りなさいっ!!」
「妖精はなにを考えているのか、人間にはよくわからぬ存在なのであろ? そう言わるればそのように動くのみ。――もう待たずとも良い。……やれっ!」
――ぴゅん! パムリィの剣が振り下ろされた瞬間。
美しく赤い一m前後の固まりが、人形の居た位置にあった。
透き通る赤い固まりの中。人形が少しずつ強力な溶解液に溶かされ、カタチを無くしていく。
「……ベニモモスライム! パムリィ、あなたっ!?」
「此奴は我が用意した。今ターシニアの戦っておるアレとは別物なる。……スライムに言うことを聞かせるとなれば、ある程度頭が良くなければいかん。状況的に不細工になったのは“妖精の基準”でことをなした故なので、目をつむれ」
パムリィは、――シュゥ、カチ。剣をさやに戻しつつそう言った。
ベニモモスライムは人が知る限り、特に“頭が良い”スライムの一種ではある。
「ドミネントどもであれば、見た目も良かったのだがな。……きゃつら、後々飼い主の立場が悪くなっては困るから、納屋からは絶対に出ない。と言い切りおったのだ。無駄に知恵が回るのも考えものなる。――ご苦労、退け」
――パチン、彼女が指を鳴らすと、スライムは出て来た時同様、――すっ。とどこへともなく消える。
「なんのつもりで……」
「猛獣使いやら蛇使いがおるのだ、【スライム使い】がいても良かろうものだと思うてあるが。いずれ戦闘向きでは無い、見世物の類なる。……最期の手段、と言うヤツであるよ。使うつもりは無かったのだ、許せ」
ベニモモを使役したこと事態は、あまり良い感情を生まない。そこは理解をしている様子のパムリィを見て、
――ここは誤魔化した方が良い。
とっさにそう判断したルカは。姫モードでは珍しく、声のボリュームを上げる。
「やれやれ、全くあなたという人は。……人の世にあっては、それならそれと先に言いおいておくものなのですよ? お陰で兵達を驚かせてしまったでは無いですか」
――そうで無くとも我が三番組は、特に真面目で任務に忠実なものが集まっておるというのに。皇女殿下は顔色一つ代えずにそう言うと、パムリィの方を見る。
まるで、リビングドールもスライムも無かったかのように、雑談を始めた。
と見える(様にやや声を張って話をしている)ルカの声。回りの兵達は耳をそばだてる。
「しかしまぁ、面白きものを見る事ができました。あなたと友人で良かったと、改めて思うところです。――急に大声を上げて驚かせました。もう大丈夫です、……みなも、我が盟友。女王パムリィに、心よりの感謝をっ!」
何ごとにも泰然と。と言うよりは、半分やけをおこしたルカである。
「ははっ! きおぉつけぇい! 感謝を込め、女王パムリィにぃ、敬礼っ!!」
――ざざ! 回りでその声を聞いた騎士や兵士が、パムリィに対して敬礼をする。
「みな、なおってくれ。……我は人で無い故、敬意は不要なれどその気遣いには感謝しよう」
「なるほど、その台詞が気に入ったのですね……」
――それを言いたいがために、わざと一体、零したんじゃないですわよね?
あるいは、自身が味方にいることの優位性。それをあえてベニモモを動かすことで示して見せたのかも知れない。
人では無いと言いながら、最近のパムリィはその辺が実に人間くさい。
ルカはそこまで考えが及んだので、とりあえず口を塞ごうと思ったが。パムリィのほうが一歩早かった。
「そこまで安いつもりも無いぞ、ルケファスタ=アマルティア」
「女王である以上、もとより安くは無いでしょう」
「普段の給金は安いのだがな」
パムリィは少し声を大きくし、それが聞こえた兵達の間で笑いが起こる。
兵士たちに囲まれ、凜として椅子に座る現状。
唇を噛んで、パムリィを睨むしか無いルカであった。
――事務所に帰ったら。お仕置き、決定。ですわ……っ!