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首が惜しくば今すぐお黙り

「姫様。どうかお耳を! ――没落したとは言え、ファルセリィタ子爵家はエーデル伯が御母堂様のご実家! さらに悪いことには、閣下の剣の大師匠おおししょう。これがエルダラミオの先代ご当主なのです! かような状況で、歴戦の閣下さえ混乱しておいでなのです!」


 家族の括りならともかく、家銘には表面上ほぼ興味を示さない。

 その上。一度ひとたび剣を手にすれば、人が変わったように冷徹無比。感情など無いかのように見えるロミでさえ。


 自身の大叔父の鎧と相対した時には、完全に冷静さを欠いたのだ。

 と言う話を、“リンク(おにいさま)”から聞いたのをルカは思い出した。


「ですが、軍団の長を任されるものが戦場で混乱などと……」



「これは朝顔の旗(リィファひめ)の騎士として、首をかけて申し上げます。気に喰わねばこの場で首を落として頂いて結構っ! ――はっきり言って、皆が姫様のようにいつも毅然と。などとは絶対に不可能なことです!」

 おとなしそうにも見える、ルカと同世代の少年は結構響く声で。

 自分の首をかけると言い放ち、全力で自身の主人を説得にかかる。


「……繰り返しますが相手はモンスター。リジェクタとして数多あまたの現場を越えてこられた姫様と、同じレベルで達観せよ。などいきなり言われて、実践できうるものがいるとでもお思いですか。……姫様にあっては、この状況を把握した前提あってのさきのお言葉である。と僕は理解していますが」


 ――それで、よろしかったですね? そう言いながら彼は顔は上げない。


「わたくしに、どうしろと言うのです」


「特には何も。……ただ先程の姫様の話をお伝えすれば、姫様にお声がけを戴いたとなれば。それだけでエーデル伯も落ち着かれるはず。――おい、エリク!」

 先程ルカに休んでいろ、と言われた同僚へと声をかける。


「エーデル伯の元へ伝令に走れ! 大至急だ!!」

「デヴォン副長、しかし……!」



「相手はモンスター、騎士道など無用。むしろ騎士の真似事をし、勝手に鎧を動かす、故人の威光と尊厳を踏みにじる唾棄だきすべきやからである。躊躇ちゅうちょの必要など何処どこにもない、事前の話通りに全力を挙げて蹴散らせ。……姫様より重ねてのご命令だ!」


 ――それともう一つ。彼はルカにひざまづき下を見たまま続ける


「既に無い家銘とは言え、一族の象徴たるその紋章。そがこれ以上、けがさるるは見るに耐えがたく、看過するなどあってはならぬことである。伯爵閣下には軍団の総力を挙げ、その尊厳を護られんことをせつに希望する。……我らが姫様は今ほどそうおっしゃった。――聞いていたな?」


 彼はここで改めて自身の主と目を合わせるが、ルカはなにも言わない。


「帝国の矜持と臣民を護るためとは言え、……縁者の紋へと剣を向けざるをえない、その閣下の心情たるやいかばかりかと。見ての通り、姫様はとても心を痛めておいでだ。ことが急を要するのは、お前にも理解できたな? ――わかったら急げっ!」


「は、殿下のお言葉。全てを間違い無く伝えてきますっ!」

 ルカの前でかしこまる彼の後ろ、青い制服が全速力で駆けていく。



「僕の勝手をお許し下さい、姫様。……姫様のお言葉に見合うとも思いませんがこの首、姫様にお預けします」

「お前の首など必要ありません。わたくしの浅慮せんりょかばっての言である、と理解をしています。……そこは礼を言わねばならないのでしょうね」


「僕の懸念がご理解頂けたようで何よりです。……そして勝手ついでにもう一つ。今回は姫様が直接剣を取ることはお控え下さい、と進言します。――今後の姫様がどうなさりたいのか、親衛第五ぼくたちは誰よりも。ある意味、代理人のお二人よりも知っているつもりです」


「お前は……」

「表舞台に立つべきはルゥパ姫である、というなら尚のことです。ご自身で作られた、この作戦の立案書。作成者のお名前をルゥパ姫に書き換えておいででしたよね?」

「べ、別に書き換えたわけでは……」


「姫様が僕たちに隠し事など、できるとお思いですか? ……的確な準備、指示と計略で、最高効率かつ完全なる用兵を行い、完璧な勝利を収める。そしてそれら全ては、ルゥパ姫の作戦あってのことであった。……そう言う筋書きなのですよね?」


 ルカは肩をすくめると、エストックを椅子の肘掛けに立てかけ、姿勢良く椅子に座り直す。

「お前達に対してなにかを隠すつもりなど、もとより毛ほどもありません」


「……だったら尚のこと、姫様はその椅子から立ち上がってはいけません。そしていよいよとなれば我ら親衛第五の六人全員、楯となり剣となって、姫様がその椅子から動かず済む様。命を賭しても筋書き通りの作戦を遂行して見せます」


「ふぅ。……暫し会わぬ間に口が回るようになった。賢くなりましたね」

「姫様が自身で選抜されたのです。その僕らが賢くないわけが無い。……最も姫様のご希望が叶えば代理人のお二人はともかく。僕らは失業して、明日の食事にさえ困るのかも知れませんが」


 副長は微笑みを浮かべつつ、ひざを払いながら立ち上がる。


「他のものならばともかくも、わたくしの配下となったものを、自信の身勝手で飢えさせるなど万に一つも有り得ぬ話。……相も変わらず、なんと失敬極まる物言いか」

「もちろん存じております。僕らはだからこそ、姫様にお仕えしているのですから」


「フフ……。なるほどかしこく、では無く小賢こざかしくなったのですね。――さて、デヴォン。立て続けでご苦労ですが、中央の様子を見てきなさい。お前達を含め、三番組は精鋭のみで構成された組である故、そもそも人数に余裕はありません」


「僕が姫様に褒めて頂けるとは珍しい。……しかし、天気が悪くなっては作戦にも支障が……」

「首が惜しくば今すぐお黙り。――右翼はこのパムリィに任せ置いてある。ならばこそ、中央と左。これは間違い無く我ら、人が抑えねばなりません」


「もちろん女王パムリィにあっては。友人たる姫様への個人的な御厚意をもって、協力を賜っているのだと承知しております。この上なにかをお願いするなど、姫様のあり方とするならば言語道断、と言わねばなりません」


「その通りです。……デヴォン、頼みます」

 デヴォンは、――すっ。とごく自然に姿勢を正すと、かかとを鳴らして教科書通りの美しい敬礼を主へと送る。

「姫様より戴いたご命令です、この命と引き変えとなっても完遂されましょう」


「デヴォン。……わたくしは動かない。それで、よろしいのですね?」


「どうかそのように。……姫様の思惑を実現せんがための我らです。姫様としても護国の戦女神、などと呼ばれたいわけでは無いでしょう?」

「もちろんそれは……」


 ――それに。彼は笑みを浮かべながら、うやうやしく臣下の礼を取る。

「僕らとしてもお仕えする主とすれば。自由気ままな放蕩姫。その方が何かと都合が良いですからね……」


「まったく……。良いから早く行きなさい」

 椅子に座ったルカは肘掛けに置いた右腕に頬を乗せ、左手をしっしっ。と降る。

「では、行って参ります!」

 挨拶をした彼はそのまま振り向くと、姿勢良く駆け出して行った。




「ふむ。姫というのも大変よな」

 近くには誰も居なくなったところで。

 ルカの座る、戦の陣に置くには豪奢な椅子の背もたれに黙って座っていたパムリィが口を開く。


「わたくしには、あなたの“陸の女王”の方がよほど面倒に思えます」

 自分が口を開くと話がややこしくなる、と言うつもりはあったのだな。ルカはそう思うと凜と姿勢を正し、正面を向いて座ったまま返す。

 

「それに、普通の国の姫と帝国のそれとは、だいぶ形が違うのかも知れませんが」

「他国の形にさしたる興味はない。――ただのぬしの盲信者とも思ったが、主が冷静さを欠くところまで考えておる。全くたいしたものなる」


 ――結果的に彼には助けられてしまいましたね。放蕩姫の面目躍如と言った具合です。そう言ってルカはため息。



「しかし意外と言えば意外であることよな」

 パムリィは、――ふわり。背もたれから浮き上がるとルカの正面へと回る。


「なんの、お話ですか?」

「なに、下世話な話なる。……我が先のエルカトルと言うものにあったことで、ここまで第五親衛騎士団ぬしのぶか六人の全員の顔を見たことになる」


「それがどうしましたか?」

「最近我も、人間の言う美醜の基準がわかってきてな」


 ルカが姫のすまし顔から、はっとした顔に変わる。

「……! も、もう結構、それ以上なにかを言うことは許しません!」


「我に命じることができるは、我がお姉様たるルンカ・リンディただ一人」

「ならば尚のこと黙りなさい!」

「アレは先だってから里帰りなのだと聞いておる」

「き、詭弁きべんを。妖精が詭弁をろうするなど……」



「ぬしのことなれば、自身の回りは当然女で固めているものと思うていたが。まさか、皆が揃いも揃って、美醜の基準で言うところの美少年だとはな」

 宮廷の女官達からは、いつも必要以上の注目を浴びる親衛第五の面々である。


「……た、他意などありません! たまたま能力で選んだところがそうなっているだけです!」

 実はこの辺の言葉にもウソは無く。

 多かれ少なかれ、家柄やら出身地やらで能力を生かし切れないものを拾う。

 そう言う経緯で彼女の配下に着いたものばかり、なのではある。


「あのレンクスティアも親衛第三案じしんのおつきは、アストリゼルス以外、皆女であったしな」


 もっとも、レクスに関して言えば別に護衛は付いているので、公式行事の時に見た目が良くなるように。と回りが推挙したもので固めてある。

 詭弁を弄する妖精は、当然そこまで理解した上でからかっている。

 と言うことなのだが。


「……うぅ」


「毎日顔をつきあわせる前提なれば尚のこと、愛でて楽しいものを選ぶも道理ではあると思うが?」

「……こ、……これ以上余計な事を言うと、握り潰しますよ!?」


「椅子に座っておれ、と今ほど言われたばかりであろ?」


 パムリィが、座ったままでは腕のギリギリ届かないところに浮いている。

 そのことに気が付いてますます頭にくるルカであった。


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